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其の5


 翌日の朝。

 悼矢が洗面所で顔を洗ってリビングに行くと、先に起きていたらしいリタがソファに座ってテレビを見ていた。もう既に我が物顔で居座っているあたりリタの図太さを感じる。


「こよりはまだ寝てるのか。俺より起きるのが遅いなんて珍しいな……」


「こよりなら私の部屋でまだ寝ていると思うわよ。昨日は遅くまで話していたから」


「まったくこよりの奴……。迷惑じゃなかったか? 早く休みたかっただろ」


「別にいいわよ。こよりと話をするのは楽しかったし」


 リタはテレビに視線をやったままで答えた。そんなリタを見ながら悼矢は思う。どう見ても人間にしか見えないのに、こいつにはとんでもない力があるんだよな、と。そこでふと気になったことを尋ねる。


「おまえさ……俺が主でいいのか?」


 その問いに驚いたのか、リタはテレビから視線を外して悼矢の方に振り返った。


「なによ、急に……」


「いや……エーテルにとって契約は重要なことなんだろ? 契約する相手が俺みたいなのでお前は納得できるのかと思ってな」


 リタは肩を落としてため息を吐いた。


「……愚問ね。確かにエーテルにとって人間と契約することは人間界の結婚みたいに神聖なものよ。契約した人間とエーテルのほとんどは一生の付き合いになるわ。簡単に決めるものじゃない」


「だったらなんでだよ」


 リタはあごに指をそえて天井を見る。


「そうね……。もちろん紋章が反応したことも理由の一つだけれど……。あえて言うなら……あんたの眼かしら」


「はあ? 眼?」


 思わぬことを言われ悼矢のその眼が点になる。


「アンタの眼はエーテル使いの眼をしているわ。エーテルを寄せつける眼と言い換えてもいいわね。その眼が気に入ったのよ。ま、私が選んであげてるんだから自信持ちなさいよね」


 ずず、と紅茶を口にするリタ。


「そんな理由で自信なんて持てるかよ。そういえばどうしてお前、あの空き部屋にいたんだ?」


「うっ……」と痛いところをつかれたようなリタの顔。


「もしかして寝床でも探してたのか?」


「そうよ。悪い? こっちの世界に私の住む家なんてないんだから仕方ないじゃない」


「これだけ多くの家がある住宅街でよく我が家をピンポイントに選んでくれたもんだな」


「私もどうしてこの家に惹かれたのか疑問に思ったわよ。でも調べてみて納得したわ」


「調べたって……いつの間に……」


「今朝よ。それで分かったことが二点。まず一点目はこの家の周りには結界があることよ」


 その言葉に一瞬、沈黙が空間を包んだ。


「はあ!? 結界だって!? 結界っつーとあれだよな……漫画とか小説の……」


「もう何年も前のものだからほとんど効力は落ちてて意味をなしていないけど、修復は簡単にできるから復旧するのに時間はかからないわ。今日にでもやっておくつもりだし。

 結界さえ治せばこの家に禍魂が侵入できないようにすることもできるはずよ」


「この家に結界だなんて信じられないな。一体、誰が……」


 思い当たる節を探そうと頭の中を巡らせてはみるが誰かの顔が浮かぶ気配はない。それもそうだろう。悼矢は今まで“日常側”で暮らしてきたのだ。結界なんてものは“非日常側”であって、悼矢の知るはずもない。


「二点目はこの家にエーテル・エネルギーが溢れているってこと。人間界にもエーテル・エネルギーがないわけじゃないし、人間自身だって多かれ少なかれエネルギーを含有しているわ。でも普通、一般家庭にこんなエネルギーがたゆってるなんて考えられないわよ。私みたいなエーテルからすればぬるま湯に浸かっているみたいに心地いい空気よ、この家。

 この二点から導き出される答え。ここに住んでいた人間……まあアンタの両親でしょうね……がエーテル使いであった可能性が高いわ」


 そんなリタの言葉に悼矢は腹を抱えバシバシと机を叩いた。


「はっはっは! ないないない! ひぃーっひっひ! いくらなんでも冗談キツいぜ、そりゃ! ひぃーくるしい……!

 あー、呼吸困難になるところだった」


 馬鹿にしたような悼矢の口ぶりにリタはむっとした様子で立ち上がった。


「そう思うなら確認しましょ。私もどういう理屈でここにエーテル・エネルギーが溢れているのか知りたいし」


「おいおい。何もそこまでしなくても」


「うるさいわね! さっさと来なさい!」


「あ、こら! 俺、まだ朝ごはん食べてないんだって!」


 悼矢はリタに引っ張られてずるずるとリビングを後にした。

 そして悼矢とリタは悼矢の父親、司の部屋の前に立っていた。リタはこの部屋から濃いエーテル・エネルギーを感じているらしい。


「入るぞ」


 キィ、と音をたてて扉が開く。誰も使ってないので埃が溜まってるかと思えばそうでもなかった。こよりが日頃、こまめに掃除をしているおかげなのだろう。

 二人は部屋の物色を始める。だがこれと言って珍しい物は見当たらない。


「何も変わったものなんて見当たらないぞ」


 一〇分ほど探すと悼矢は飽きてきたのかばふっと書斎の椅子に座る。


「そうね。でもこの部屋になんらかの仕掛けがあるのは間違いないわ。エーテル・エネルギーが充満しているもの。ってなにアンタ休んでんのよ! 探しなさいよ!」


 本を投げられ悼矢の顔にばしっと当たる。

 悼矢と打って変わってリタは次から次へと部屋の中を調べていた。積まれた本を掻き分け、棚の中をごそごそと掻き回している。


「って言われてもなぁ……」


 ぼりぼりと頭を掻く悼矢。そんな悼矢の視界にふと一枚の風景画が目に入った。そこに描かれているのは緑に囲まれた湖だった。遠くに山が見えていて、湖にその山が反射しているのが何とも幻想的だった。悼矢はなぜかその風景を見て“懐かしい”と感じた。無意識のうちにその絵を壁から外す。


「この絵……俺、どこかで見たことがあるぞ」


「何言ってるのよ。あんたの家にあるんだから見たことあるのは当たり前でしょ」


「…………。……それもそうか」


 至極当然な理由を言われ納得する。


「って、ちょっとあんた……それ……」


 リタは悼矢の後ろを指差した。

 リタの驚いている顔を訝しがりながら振り返ってみると、風景画の後ろに隠れていたのだろう黒い金庫が姿を見せていた。


「おお、こんな金庫があるなんてな。だけどどこの家庭にも金庫くらいあるもんだろう」


「よく見てよ。これ鍵で開くようになってるわ。普通、金庫といえばダイヤル式が主流でしょ?」


 言われて見てみれば確かに金庫には鍵穴がついていた。それは鍵穴というよりも何かカードでも差し込むように作られた細い裂け目だ。


「変な形の鍵穴だな。カードキーで開くのか? こんな金庫の鍵なんて預かった覚えないぞ」


「あんたの両親が鍵を持っているのか、もしかしたらどこかに隠してあるのかも知れないわよ。どちらにせよ、この金庫が異彩を放ってるわね」


 リタは重そうな金庫を持ち上げて振ったり眺めたりし始める。


「特殊な造りの金庫だってのは分かるけどよ。そんな注目するものでもないんじゃないか?」


 と二人で言い合っていると、


「なにしてるの?」


 物音で目を覚ましたのか、こよりが眠気眼をこすりこすりやってきた。


「おはー、こより。起きたか」


「おはよう、こより」


「おはよー、リタさん、悼矢ちゃん。何か探しもの?」


「こより。おまえ親父から何か鍵を預かったりしてないか?」


「鍵? 鍵……うーん……裏庭にある倉庫の鍵なら預かってるけど……」


 どうやらこよりも金庫の鍵に思い当たるふしはないようで、首を傾げている。


「だよなぁ。謎は深まるばかりだ」


「それらしいのが見つかっただけ良しとしましょ。それよりこよりも起きたことだし朝ご飯にしない? もうお腹ぺこぺこよ」


「おまえも食べてなかったのかよ。ってよく考えたらリタが料理できるようには見えないもんな」


 悼矢の呟きが聞こえたのかリタが悼矢の背後から首に腕を回して締め上げる。


「なんなら特別にあんたを料理してあげようか?」とニコニコ顔なリタ。


「ぎゃああ! 死ぬ! ギブギブ!」


「あははは。じゃあ私、朝ご飯作ってくるね」


 こよりはとてとてと階下に降りて行った。


「ったく、朝から疲れさせないでよね」とリタも髪を掻き揚げて出て行く。


 それに倣って悼矢も部屋を出ようとして、ふと振り返る。


 視線の先には例の風景画。


(あれはどこの景色なんだろう)


 悼矢はそれが少し気になった。


 


 ご飯を食べてから悼矢は縁側に出ていた。少しこれからのことを落ち着いて考えたかったのだ。

 天気は快晴。春の陽気がぽかぽかと庭の雰囲気を暖かなものにしている。そんな暖気に誘われたのか一匹の猫が塀をとことこと歩いてくるのが見えた。

 その猫は真っ白だった。ここから見ても分かるほどさらさらとした毛並みをしていて、睫毛の長い綺麗な顔、すらっと伸びる足で塀を歩く様は優雅ですらある。

 その白猫はちらりと悼矢を見ると、すたっと庭に降り立って近づいてきた。


「こより~! しらたまが来たぞー!」


 悼矢が家の中に向かってそう叫ぶと、たったったと軽やかな足音が近づいてきた。


「あ、ほんとだっ」


 こよりは白猫を見ると庭におりて抱き上げた。


「ふわぁ~、ふさふさで暖かい~~」と白猫に頬擦りするこより。


 そんな暑苦しいだろう抱擁に嫌な顔一つしない白猫。

 この白猫は時々この庭にやってくる。誰かに飼われてる様子もなく、どうやら野良らしい。こよりはこの白猫を白玉団子のように真っ白なので“しらたま”と名づけて可愛がっているのだった。

 しらたまはするりとこよりの腕から降りると縁側にのって丸くなり、眼を閉じる。どうやら昼寝にきたらしい。


「お前は呑気でいいよなぁ」


 悼矢は隣でぽかぽか陽気を楽しんでいる白猫に言った。

 するとしらたまは片目を開けて悼矢を見る。


「? なんだよ?」


 悼矢が問うと、しらたまは『別に』とでも言うようにふいと逆方向を向いて眼を閉じた。


「しらたまお昼寝しに来たんだぁ。それじゃあ、寝かせてあげないと可哀相だよね」


 こよりはしらたまと遊べなくて少し残念そうだった。


「したらまに場所をとられちまったな。こより、少し出かけてくる」


「はーい。夕飯までには帰ってくるよね?」


 こよりはしらたまの横に寝転んでしらたまが昼寝しているのを嬉しそうに見つめながら尋ねた。


「ああ。ちょっと散歩してくるだけだから」


「んー、分かったー。いってらっしゃーい」


 本当に分かっているのか、いないのか。悼矢はやれやれとため息を吐いて、街へとくりだした。


 


 駅前というのはどの街でも発展しているものだ。悼矢が住んでいる波科町の駅近くも例外ではない。カラオケ、ボーリング、デパート、パチンコ、ゲーセン、ショッピングモールなどなど。欲しい物があればここに行けば大抵は手に入るし、時間を潰すには最適な場所なのである。

 悼矢はそんな人がごみごみとした大通りを歩いていた。


 ――こんなことを言うのは卑怯かも知れないけど禍魂は現界にどんどん増えてる。止めなくちゃいけない。誰かが戦わなくちゃならないのよ。


 思い返されるのはリタの言葉。

 そりゃ禍魂をこのまま放っておくのは危険だろうし、リタの協力はなるべくしてやりたい。だが自分に何ができるというのだろうか。今まで普通に生活してきたのに、いきなり化け物だの異世界だの常識を超えることばかりで頭が痛くなる。


(あー、くそっ)


 悼矢はわしゃわしゃと頭をかく。

 だが知ってしまった以上このままではいられない。


(もしあんな化け物が街に溢れるようになったら……)


 人類の滅亡。それも冗談ではなくなる。何の理由があってかは分からないが禍魂は人間を親の仇のように狙っているようだった。

 だが悼矢には人類の滅亡よりも怖いことがあった。それよりも何よりもこよりに危害が及ぶ可能性があるというこの一点だ。

 悼矢にとってこよりはただ一人の大事な妹。

 悼矢とこよりの関係は普通一般的な兄妹のそれとは違う。両親が離れていることもあるからかお互いのことをよく理解し、支えあっているのは言うまでもない。が、それよりも深い絆が悼矢とこよりにはあった。それは兄妹以上の信頼からくる関係だった。悼矢とこよりだからこそ成り立った関係が二人にはある。


 ――こよりを頼むぞ。


 それはかつて父親に言われた言葉だ。


(そんなこと言われるまでもない!)


 そこまで互いを想い合っているこよりと悼矢だ。悼矢が何かを決める時には自然とこよりのことが頭をよぎる。


(リタと一緒にいればこよりの安全性が増すんじゃないか……。いや、逆に禍魂に狙われるようになるかもしれない……)


 悼矢は立ち止まった。


(うじうじ悩んでても仕方ないか……)


 と顔を上げると見覚えのある顔を発見した。

 髪の毛を真っ赤に染めた軽薄そうな少年。

 名をたわら衛助えいすけと言う。悼矢の一つ上の先輩で、今年三年生になる。

 俵先輩はその外見にぴったりと合う行動をとっていた。つまりナンパである。

 しきりに同年代の女の子に声をかけ、断られて、がくりと肩を落としている。そこで顔を上げた俵先輩と眼が合ってしまった。


(しまった。気づかれる前に逃げるべきだった)


 そう思った時には既に遅い。俵は悼矢のところまでやってきていた。


「かっちゃんやないかー! えらい偶然やなー!」と関西弁丸出しの俵先輩。この人通りの多い中で名前を叫ばれてかなり恥ずかしい。しかし俵先輩は全然気にしていない様子。

 何でも生まれも育ちも関西の人らしい。その底が抜けるような――というか抜けてる明るさはその言葉と相まってえらく目立つ。


「先輩。俺忙しいんで来年にしてくれますか」


「なんやー? えらい辛気臭い顔やなぁ。って、来年になったら俺もう卒業しとるやんけ!」


 と豪快にツッコミを入れてくる俵先輩。彼のテンションが上がれば上がるほど悼矢のテンションは下がるばかりだ。


「…………。先輩は悩みとかなさそうですね」


「なに言うてんねん。そりゃもーぎょーさんあるでー! いつになったら恋人ができるんやとか、こっちじゃ吉本新喜劇が見られへんとか、本気でお笑い芸人目指すべきかもしれへんとか」


「俵先輩、お笑い芸人になるんですか?」


「ならへんよ? なんでや?」


 眼をぱちくりさせてる俵先輩。


(だめだ……。この人、早く何とかしないと……)


 悼矢は質問を質問で返されて頭が痛くなった。


「なんやー? かっちゃんはえらい悩んでるみたいやけど……。わいがあてたろか?」


「面白いですね。当ててみてくださいよ」


「よしきた! 当ててみせたろーやないか! あ~~~~ん~~~」


 先輩は腕をひねって両の掌を組むとぐるりとひっくり返し、その穴から悼矢を覗き込む。


「見えたで! かっちゃんは“異世界から来た化け物と戦う金髪の女の子に契約を迫られて悩んどる”んやろ!」


「ブフゥゥゥゥウゥゥッ!」


 思わず噴出す悼矢。


「ま、まさか本当に見たんですか、先輩!?」


 あたふたと尋ねる悼矢。


「なにをや?」


 だが先輩は再び眼をぱちくりさせていた。


(当てずっぽうで言っただけかよ……)


「あ、いえ、何でもないです。っていうか、そんな漫画みたいなことあるわけないじゃないですか、先輩!」


「そんなことは分かっとるよ。そこまで必死に否定せんでもええやん。ただの冗談に決まっとるやないか」


(冗談で的確に核を突くこの人って一体……。相変わらず謎な人だ……)


「あー、なんだか一気に疲れました。俺、帰ります」


「なんやもう帰るんかいなー。ほな、また学校でなー」


「はい……」


 とぼとぼと歩き出すと後ろから大きな声がした。


「かっちゃん! 何を悩んでたんかわいには分からん。でもな気張らなあかんで! 気持ちが沈んだら悪いことが向こうからやってくるさかいな。幸せはな……勝ち取らなあかんねん! 元気出しや!」


 そう言ってグッと親指をたて爽やかな笑みを浮かべている俵先輩。


(…………疲れるけど俵先輩っていい人だよなぁ……。疲れるけど)


 一気に体力が激減した悼矢は肩をだらんとさせたまま帰路についた。

 そんな背中を見送り、俵衛助は振り返ると呟いた。


「そうや。頑張って貰わなあかんねん。なんせかっちゃんは“特別”なんやからな……」


 そう言った衛助の口元がニヤリとなる。それは悼矢の前で見せていたようなへらへらしたものではない。衛助はその眼光を鋭く光らせ、空を見上げた。

 それは暗雲が立ち込め、一雨来そうな空模様だった。


 


 夕方になると悼矢は自宅に戻ってきた。


「話がある」


 悼矢の真剣な表情からリタはその内容がどういうものであるか理解した。


「決心したみたいね。待ちくたびれたわよ」


「ああ。俺なりに色々と考えてみた」


「それで……どうするつもり?」


「俺は……」


 悼矢は拳をぎゅっと握った。


「俺は…………おまえと一緒に戦うことはできない」


「……………………」


「よく考えてもみろよ。俺は普通の人間なんだよ……! そりゃお前の手助けはしてやりてぇさ! でも無理なんだよ! エーテル使いって言っても俺にお前をサポートしてやる方法もない! 足手まといになるだけだ……!」


 一気にそう叫んで悼矢は少し冷静になる。


「それに俺たちの親はもう何年もこの家に帰ってきてない。俺が家を空けるようになったら、こよりはこの広い家で一人になっちまう」


「それがアンタが私の主になれない理由?」


「ああ」


「そう……。アンタはもっと自分勝手な奴だと思ってたけど……。私の見込み違いってわけね」


「なんだよ、それ……! どういう意味だ!」


「アンタが言った理由。全部アンタの理由じゃないじゃない。私の足手まといになるとか、こよりが一人になるとか。笑っちゃうわね。アンタは勝手に人のせいにして逃げてるだけでしょ」


「逃げてる……だと……! 俺がか……!?」


「私を狙ってた禍魂の話だけど……この家の結界はもう復旧させたからアンタたちに危害が及ぶことはないわ。そもそも私がいなくなればアンタを狙うことなんて最初からないと思うけど……」


 言ってリタは立ち上がった。


「……結構アンタのこと気に入ってたんだけど……仕方ないわね。こよりによろしく言っておいて」


「待てよ! どこ行くんだ!」


 すたすたと玄関へ向かうリタを引き止めようとする。するとリタは顔だけこちらに向けた。


「アンタが私の主にならないって言うなら私がここにいる理由はないわ。私は主を見つけて戦わなくちゃならないんだから」


「…………っ!」


 思わず伸ばした手を引っ込めた。

 引き止められるわけがなかった。悼矢はリタと違う道を選んだのだ。なのに引き止めるなんて矛盾したことできるわけない。

 そんな悼矢を見てリタが何か言葉を紡ぐ。だがその声は小さく悼矢の耳に届かなかった。そしてそのままリタは玄関から外へ出て行ってしまった。おそらく彼女がここへ戻ってくることは二度とないだろう。


(これでいい。俺は普通の毎日を送ることしかできないんだ。化け物と戦うなんて……そんなことできるわけないッ)


「あれ? リタさん、どこかに出かけたの?」


 二階からこよりがやってきた。


「あいつは出て行ったよ。こよりによろしく言っておけってさ」


 悼矢はリビングへと戻る。


「え~! まだ聞きたいこといっぱいあったのに~!」


 こよりは残念そうで、それでいて不満そうだった。


「仕方ないだろ。あいつにも事情があるんだから」


 悼矢はソファにどかっと座る。


「むー。せっかく今日のご飯は豪華にしようと思ってたのに……」


 こよりはそう言いつつキッチンの中に入っていった。悼矢はテレビを点けるとごろんとソファの上で横になる。


(もう忘れよう……。俺は日常を送るんだ)


 悼矢の意識は深い眠りの中へ落ちていった。


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