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其の3

 

「だからあんたは私の主になるのよ。そんでもってさっきの化け物と戦うのよ」


 リタの眼は冗談が言えないほど真剣だ。


(何言ってんの、こいつ。今、戦うって言ったか? 俺が? あの化け物と?)


 さきほどの禍々しい存在を思い返す。まさに化け物と呼ぶに相応しい存在。その体のどの部分もが人間を殺すために作られた凶器のような存在。

 あれはまるで人間の天敵のようだった。


「冗談じゃねぇ! さっきみたいなのはもうこりごりだ! 命が幾つあっても足りないっての! それに何で俺なんだよ!?」


「理由は簡単よ。私の紋章が反応したから。私たちエーテルは主人にふさわしい人間を探している。エーテルを超えた上位存在になるためにね。この紋章はその探知機みたいなもんなのよ」


 リタは右腕の肩にある紋章を見せた。その細く白い華奢な肩には確かに奇怪な赤の紋章が刻まれている。


「紋章があんたを選んだ。それは私があんたを選んだってことよ。光栄に思いなさいよ」


「ああ、光栄だね。光栄すぎて俺の身には余りそうだ」


 悼矢は関心がなさそうに肩をすくめてみせる。


 しかしリタとしてはここで悼矢を逃がすわけにはいかない。やっと見つけたエーテル使いの素質がある人間なのだ。


「とにかくさっさと契約しましょ」


 近づいてくるリタの肩を悼矢は掴んで止めた。


「待て待て。俺は一言もおまえの主とやらになるなんて言ってないぞ。つか、この惨状を作っておいて他に言うことはないのか! まずはおまえが何者であの化け物がどうしておまえを狙ってるのか、そのあたりを説明したらどうなんだ!」


 リタは半壊した部屋を見回した。そしてポリポリと頭をかく。


「あー、まあ、これは悪かったとは思っているわよ。まさかここまで追ってこられるなんて予想の範囲外だったわ。でも命を救って貰った代償だとすれば安いものじゃないかしら」


 しれっとした感じでのたまうリタ。


「助けてもらったことには感謝してるさ。だけどあの化け物はおまえを狙ってきたんだろ。なら俺はただ巻き込まれたってことだ。これ以上関わりを持つのはごめんだっての!」


「ふーん、それは残念。

 でもね、どっちにしてもあんたはさっきの化け物に姿を見られているのよ? それにあいつは私の主があんたになることも予測するだろうし。例えあんたが関わるのを嫌がっても向こうから接触してくるわよ。

 ああ、ちなみに接触っていうのはもちろん殺しにくるってことよ。あんたの最善策は私と契約して私に守ってもらうことだと思うけど」


「…………。……最悪だな。目眩がしてきた」


 頭をおさえつつ悼矢は唸る。

 と、その時だった。


『ただいまー』


 がらがらと玄関の引き戸が開く音。こよりが帰ってきたのだ。


「まっずい! こよりだ!」


 悼矢の顔が焦りに染まる。あたふたと慌てて畳の剥がれた床を隠すように布団をひき始める。そんなことをしたところで窓やベランダはぶっ壊れているし、隣の部屋へと続く大穴が穿たれているのだからこの惨状自体は隠しようはないのだが。

 そんなパニクっている可哀想な悼矢を見てリタはやり過ぎたかな、と思った。


「こより? 誰よ?」と腕を組んで尋ねる。


「俺の妹だよっ。買い物にでかけていたんだが帰ってきたらしい……! ああ、まずい。まずすぎる。まずすぎ、やばすぎ、やりすぎの三冠王だ」


 こよりのおかんむりな姿が容易に眼に浮かんだ。


「妹……? ちょうどいいわね。挨拶してくるわ」


 リタは部屋の扉を開けて出て行こうとする。それを悼矢は慌てて後ろから羽交い絞めにして止めた。


「こらこらこらっ! どこ行く気だ、おまえ!」


「どこってだからアンタの妹に挨拶をしに――」


「行くなよ! ちったぁ自分の格好を考えて行動しろ!?」


『悼矢ちゃん? 二階にいるの?』


 とっとっと、とこよりが階段を昇ってくる足音。もうあまり時間はなさそうだ。


「とにかくおまえはここにいろ! 絶対にこの部屋から出るなよ!」ときつく言い聞かせる。


「ちょっと待ってよ。風が吹き抜けて寒いんだけど。それに雨が降ったらきっとびしょびしょになるわよ」


 リタは窓際の屋根を見た。そこからは月が綺麗に見えている。


「知るか! おまえがやったんだろ!」


 悼矢はリタの文句に文句で返して扉を開け廊下に出た。

 悼矢が廊下に出たのとこよりが二階に上がってきたのは同時だった。

 こよりは悼矢を見つけると駆け寄ってきた。


「お、おかえり、こより」


 悼矢は笑顔に見えなくもないひきつった笑みをつくる。


「ただいま、悼矢ちゃん。空部屋で何してたの?」


 悼矢は背中で部屋の扉を隠していた。それをこよりは体を横に折って覗くように扉を見る。

 その時、ガタンッと部屋から音がした。


(あのバカ……中で何してるんだ! バレるだろうが!)


「いや、別に何もしてないぞ。それより買い物はどうだった? いい物買えたか?」


 悼矢は背中で部屋の扉を押しながら話題を変えてこよりの意識をこっちに集中させる。


「えへへー、見てー。この服、気に入ったから買ってお店で着替えちゃったんだ」


 こよりは春物のワンピースを着ていた。くるりと回転すると、それにあわせてスカートがふわりとひるがえる。ちょっとスカートが短い気がするが明るいこよりによく似合っていた。


「ああ、よく似合っているな。可愛いぞ」


「えへへー」と照れたように頬を赤くするこより。


「へぇー、あんたの妹とは思えないわね」


 不意にリタの声がした。だが扉は悼矢が背中でおさえているので開くはずがない。


(一体、どこから見てるんだ、あいつ!)


「今……女の人の声が……」


 こよりが周りを見回して、ある一点でびくりと止まる。悼矢もこよりの視線を追って理解した。

 そこには穴が開いていた。化け物が放った光線で開いたあの穴だ。リタはそこから顔をだしてこちらの様子を見ていたのだった。


「ふわぁー、綺麗な人……。悼矢ちゃん……この人、だれ?」


「だ、誰なんだろうな。お兄ちゃんにも分からん」


 悼矢はあさっての方向を見てこよりの視線から逃れた。

 リタは穴からひょいと廊下に出てきて、にこりと爽やかに微笑む。


「初めまして。私はリタ=ルクライル。お兄さんの友達よ」


 凛とした声でそう言って右手を差し出す。


「あ、はい。初めまして。片桐こよりです。兄がお世話になってます」


 こよりはちょっと戸惑っていたが、照れながらリタと握手する。


「お世話するのはこれからだけどね」


 ぼそりと呟いてリタはこよりの頭を撫でた。するとこよりはくすぐったそうに眼を細めて笑う。人見知りの激しいこよりがすぐ他人に心を許すのは珍しいことだ。

 と、そこでこよりは何かを思い出したかのようにリタが出てきた穴を見た。


「あ、あの穴はだな、こより! なんていうかその……非常口?」


「同じ方向に非常口を作っても意味がないと思うの、悼矢ちゃん」


 こよりは天使のような笑顔だった。あまりにもにこにことしているので逆に怖い。というか悼矢はこよりの額に青筋がたっているのを見逃していなかった。


「悼矢ちゃん、ちょっとそこどいてくれないかな?」


 静かに優しく大地母神のように慈愛に満ちた声で言うこより。


「あ、いや、しかしだな、この部屋は何というか――」


 じりっと迫られて悼矢の背中と扉がぴたりと張り付く。


「いいから、どけ」


 地の底から響くような声とともにこよりの眼がすっと細くなる。


「…………ド、ドウゾ」


 悼矢はホテルの案内係の人みたく道を譲った。


(ひさしぶりのブラックこより降臨……)


 悼矢の体は恐怖でがくがくと震えていた。


 ガチャ。


 こよりが扉を開けてその惨状を見た瞬間。


「………………」


 ぽてり、とこよりは横に倒れた。


「あら、気を失っちゃったわよ、トウヤ」


「うぅ……眼を覚ましてからが怖いぃい……」


 眼の幅涙をどばーっと流す悼矢と泡をぶくぶくと吹いて白目になっているこよりを見て、リタは流石に悪いことしたと反省するのだった。


 


 しばらくして片桐家の食卓には悼矢、こより、そしてリタの三人の姿があった。

 ちなみに悼矢はこよりにこってり油を絞られたせいで肩身狭そうに小さくなっていた。


「へぇ~、こよりは料理が上手なのね。これとてもおいしいわ」


「うん。私、料理には自信があるんだ。こっちのも食べてみて」


 なんだか和気藹々と団欒風景が目の前に広がっていて悼矢は非常に気に食わなかった。いや団欒自体はもちろん悪いことではないし、むしろ一人で食事を済ませてしまう家庭の多い今の日本には見習って欲しいくらいだ。ただそこに無関係な人間が入っているのが悼矢にとって気に食わないだけだった。その無関係な人間(いや人間じゃないのか)とはもちろんリタのことなのだが。


(なんでこよりはあいつの格好にツッコミを入れないんだ……。ドレスの上に甲冑だぞ、甲冑! おかしいだろ、どう考えても! しかもずっとリタと話してるし!)


 がつがつがつ、とまるで八つ当たりするかのようにご飯を口の中にかき込む。


「こより、ご飯おかわり!」


 何だか楽しそうに談笑しているのを割って入るようにことさら大きな声で言って、こよりに茶碗をさしだす。

 だが、こよりはにこりと微笑んで、


「自分で入れたら? 悼矢ちゃん」


 ガクガクガクガク……!


 悼矢は震える手で茶碗にごはんをもりつけた。


「リタさんは日本人じゃないみたいですけど、どこの国の人なんですか?」


「あー、そうね……えーっと何て言えばいいのかしら……」


 リタは困った表情で悼矢を見た。その視線が『助けなさいよ』と言ってるのは明らかだったが悼矢はキッとリタを睨むだけだった。


「遠い国なんですか?」


「え、ええ、そうね。とても遠いわ。……とてもね」


「どんな国だったんですか?」


「ん~~、そうね。自然が多くてとても活気がある国よ。こう……丘の上にのぼると街が見渡せてね。……とても綺麗だったわ」


 感慨深そうに遠い故郷に想いを馳せるリタ。


「へぇ~~っ」


 他国に興味があるのかこよりはリタの話に興味津々だ。食事をする手も止まっている。その時、ふと何か思いついたようにこよりは顔をあげてとんでもないことを言いだした。


「あ、そうです! 今日、泊まっていったらどうですか? うちお部屋ならいっぱいありますし! リタさんの国のお話も聞きたいですし!」


「お、おい、こより……!」


 止めようとした悼矢の言葉を遮ってリタは頷く。


「それはいいわね! お言葉に甘えさせてもらうわ」


「やった!」とこよりは大喜びだ。


 なんてこった、と悼矢は頭を抱えた。どんどん悪い方向に話が転がっている気がする。こよりはリタを気に入ってしまったようだ。だがリタと一緒にいるということは危険がすぐそこにあるということだ。こよりを危険にあわせるわけにもいかない。


(ああもう……どうすりゃいいんだ……)


“判決・おかず抜き”というこよりの必殺技を食らった悼矢は涙を流しながらひたすら白ご飯を口に含むのだった。


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