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「案の定、会ってはもらえませんでしたね」
「そうだね……」
「けっ! だから無理矢理押し入って、脅迫でもしちまえばいいって言ってんだろ!?」
沙羅双樹たち宇宙人が、住宅地をとぼとぼと歩いていた。
蜜愛の家まで行ったのに、結局会えずじまいで帰ってきたところだ。
「そういうわけにはいかないよ。楽しい気持ちで書いてもらわないと、意味がないんだから」
「それだって、確実にはわかってねぇだろうが! 強制的に書かせてみたら、案外問題ないかもしれねぇぜ?」
「問題ないかもしれないけど、問題があるかもしれない。危険なことはできないよ。なんたって全宇宙の未来がかかってるんだからね」
「ですが、わたくしたちではもう、解決のしようがないのかもしれませんわね……」
「やっぱり殺してしまうのが一番手っ取り早いのだ!」
宇宙人たちの人数は四人。
その中には甲高い声の女の子、まーちゃんも含まれていた。
蜜愛を殺そうとしたこともあったため、余計な心配をかけさせないよう、先ほど訪問した際には身を隠していたのだ。
「ダメだよ。キミたちの部隊だけじゃなく、すべてが消えてしまう可能性がある」
「む~っ! お前はアタイらの部隊だったら犠牲になってもいいというのか!?」
「そういうわけじゃないけど……」
手のかかる子供を相手にしているかのように、苦笑まじりの沙羅双樹。
解決策が示せるわけもなく、まーちゃんを落ち着かせる言葉を続けることはできなかった。
「ともかく、まずはゴッドに――蜜愛さんに小説を再開してもらえるよう促すのが先決でしょうね」
「だがよ、俺たちが願い出たところで、素直に従うとは思えねぇぜ?」
「門前払いを食らってしまったくらいだからね。話すら聞いてもらえない公算が高いかな……」
「だったらどうすればいいというのだ!?」
まーちゃんは、駄々っ子のようにわめき散らす。
今現在、一番危険が迫っているのは彼女たちの部隊なのだ。焦るのも仕方がないと言えるだろう。
「う~ん、僕たちの力ではどうしようもない……かも……」
沙羅双樹の爽やかな顔は、完全に曇ってしまっていた。
と、ここで、答えの出ない不毛な会話に終止符が打たれることになる。
「でしたら、別の手段を使うまでですわ!」
瑠璃月は手早くポケットから携帯電話を取り出すと、どこかへやら電話をかけ始めた。
喫茶店に、ゆゆの姿があった。
宇宙人たちがいつも会議を開いている、あの喫茶店だ。
ゆゆは瑠璃月によって電話で呼び出された。
関わるべきではない。そう考えている相手からの呼び出し。普通に考えたら応じるとは思えない。
それでも素直に出てきたのは、蜜愛がピンチだと言われたからだ。
助けるためにはゆゆの力が必要。だから来てほしい。
そんなふうに言われたら、胸が破裂しそうなほどに蜜愛のことを心配しているゆゆが、出てこないはずはなかった。
蜜愛本人は、メールも電話もお見舞いもなくて、心配してくれていないのかもと悩んでいたが。
ゆゆのもとには以前、脅迫状が届いていた。
『凛々原ゆゆ。友人の姫鷺蜜愛にはこれ以上関わるな。我々も手荒な真似はしたくない。だがもし今後も彼女に近づくようなら、消すしかなくなる。お前も、そして友人も。そうならないためにも、懸命な判断をしてくれることを願う』
こんな内容の脅迫状を受け取り、実際に蜜愛が命を狙われる場面にまで遭遇したら、単なるイタズラとは判断できなくなる。
自分が蜜愛に近づかなければいい。それだけだ。
心配な気持ちを抑え、陰から見守ろう。
そうは思っていたのだが、朝はついつい普段と同じ時刻に家を出てしまい、通学路で鉢合わせすることになってしまった。
また、中学時代から毎日のようにお喋りを楽しんでいたため、休み時間ともなれば蜜愛のほうから近寄ってきてしまう。
だが命の危険がある以上、そばにいるわけにはいかない。
涙を飲んで蜜愛と距離を置いた。
直接話すことができず、関わるなと脅迫状に書かれてあるせいで、メールや電話もできず、ゆゆもひとりで部屋にこもって悩んでいたのだ。
もちろん蜜愛とは違い、学校には行っていた。
もし蜜愛が元気になって登校してきたら、遠くからでも見守って、様子を確認できると思っていた。
しかし、蜜愛は学校にも姿を現さなかった。
もしかしたらもう、蜜愛はこの世にいないのかもしれない。
そんなバカげた考えまでもが、ゆゆの頭を何度となくよぎっていた。
そこへかかってきた電話。
知らない番号だったが、ワン切りではなかった。
しばらく待っても鳴り続けた。
出てみたら、瑠璃月だった。
番号を教えたことなどないはずだが、蜜愛から聞いていたのかもしれないと考えた。
とりあえず話を聞いてみたところ、蜜愛がピンチだと言われた。
自分の力が必要なのだという。
罠かもしれない。
普通の女子高生である自分が、そんなふうに考える事態に陥っているのが、なんだかやけにおかしかった。
ともかく。
罠でも構わない。
蜜愛のために、なにかしてあげたい。
その一心で、ゆゆは呼び出しに応じた。
そこにはなぜだか、いつもの三人だけではなく、蜜愛を連れ去ろうとしていたまーちゃんの姿もあった。
やっぱり罠か!
身構えるゆゆだったが、瑠璃月が落ち着いた声で諭し、席に座らせた。
そしてゆゆは、思いも寄らなかった事実を聞かされることになった。
「わたくしたちは、宇宙からやってきました」
四人全員を睨みつけながら椅子に腰かけたゆゆに対して、最初に放たれたひと言。
そこからして、ゆゆの想像を絶していた。
ケンカっ早い印象の獅子春人や、カッコいいもののどこか抜けていそうな沙羅双樹ならまだしも、落ち着いた雰囲気のある大人の女性といった感じの瑠璃月から、まさかそんな言葉を聞くことになろうとは。
ただ、冗談を言っている素振りはまったく見えない。
爽やかに微笑んでいる沙羅双樹も、腕を組んでうんうん頷いている獅子春人も、ストローで吸ったレモンスカッシュの炭酸に驚いて目を丸くしているまーちゃんも、宇宙からやってきたという発言に関してツッコミを入れることは一切なかった。
「え……っと、それ、ほんとなの?」
「ええ」
ゆゆの半信半疑、どころか一信九疑くらいの問いかけにも、瑠璃月はさらりと肯定を返す。
信じられない……が、考えてみたら蜜愛の小説では、この三人をモデルにして書かれたキャラは宇宙人という設定だった。
とすると、蜜愛の思い描いていた宇宙人に三人が似ていたからモデルになってもらったのではなく、逆に宇宙人だと知ったからこそモデルになってもらっていたのか。
ゆゆとしては、パズルのピースがピッタリとはまったような感覚だったのだが。
それはすぐに否定される。
「このことは、ゴッド――いえ、蜜愛さんには内密にお願い致します」
そんな前置きをしたのち、瑠璃月はゆゆに事情を説明し始めた。
自分たちが、地球を取り囲んでいる宇宙人部隊から遣わされたスパイであること、
目的は『ゴッド』こと蜜愛への接触であったこと、
理由はわからないが、蜜愛の書いている小説が宇宙全体を改変してしまうこと、
その改変は、ブログへのアップによって確定されること、
あとからブログに修正を加えても、改変された状況には変化が出ないこと、
今現在、更新が止まっているせいで、一部の部隊が消失してしまったこと、
このまま更新されなければ、すべての部隊が消えてしまう可能性があること、
それだけに留まらず、宇宙全体が消し飛んでしまう恐れもないとは言いきれないこと。
一応相づちを打ちながら話を聞いていたゆゆではあったが、思考回路の許容範囲を遥かに超えた内容で、頭の中はパニック状態だった。
「そんなバカみたいな話、まともに捉えられるのなんてミッツくらいなもんでしょ……」
思わず本音が漏れる。
「バカみたいとはなんだ、バカみたいとは!」
「そうだじょ! バカって言うほうがバカなんだじょ!」
直情的なふたりの宇宙人が怒りをあらわにしていたが、それはさておき。
「うん。だからこそ、蜜愛さんにその役割が与えられたのかもしれない」
「与えられたって……誰から?」
頭を抱えながらも、ゆゆは沙羅双樹に食ってかかる。
その問いに答えたのは、意外にもまーちゃんだった。
「ブラックローズなのだ!」
「ブラックローズ?」
オウム返ししかできないゆゆに、まーちゃんは詳細を語った。
宇宙発祥の瞬間、ビッグバンという大爆発があったと考えられている。
現在その位置と推測される場所は、完全な真っ暗闇でしかなく、星などはまったく見えないが。
実はそこには、黒い思念体が存在している。
それが宇宙神ブラックローズだ。イメージ的には女神となっているらしい。
日記のような感じで全宇宙の理を司るとされ、その女神の思念がデスティニーダイアリーと呼ばれている。
正確に言えば日記ではないのだが、わかりやすいようにそういった解釈となっているのだろう。
ところがいつしか、デスティニーダイアリーが止まってしまったとの噂が流れ始めた。
もともと文字で書かれているわけではなく、包括的な思念として宇宙全体に伝わっていく波動のようなものだと考えられているため、証明まではできなかった。
それでも、一旦噂が流れてしまうと、不安な気持ちは加速度的に広がっていく。
宇宙神ブラックローズが死んだ、もしくは病気になった、日記に飽きてやめてしまっただけだ、などなど……。
いろいろな説がささやかれてはいるが、真相は不明。
そしてそのデスティニーダイアリーの機能が、なぜか辺境の惑星――つまりこの地球に住むひとりの少女、蜜愛に宿った。
一時的なものなのか恒久的なものなのかはわからないが、蜜愛はそのせいで精神的に重くなったと考えられる。
見かけによらず強大な力を持つまーちゃんが蜜愛を抱え上げられなかったのは、無意識に宇宙全体を背負ってしまっている状態だったからだ。
以上が、まーちゃんたちの暮らす星系の宇宙人たちが唱えている理論なのだという。
沙羅双樹たちも感心して聞き入っているところを見ると、完全に独自の解釈でしかないことがうかがえるのだが。
これまでの会話を総合して、ゆゆは自らの頭の中で吟味する。
「……じゃあ、小説のアップを再開しても、蜜愛に危険はないのね?」
脅迫状の件が気がかりだったゆゆは、真っ先にそのことを確認したかった。
ゆゆが一番懸念しているのは、蜜愛の身に及ぶ危機だ。
今の話を聞く限り、蜜愛が殺されたりするような理由は見当たらない。
沙羅双樹たち三人にしても、まーちゃんにしても、むしろ更新が止まったら困るという立場にいるのだから、蜜愛に危害を加えるとは思えなかった。
そこでまた、瑠璃月から驚きの事実を聞かされる。
だがそれは、ゆゆにとって悪いものではなかった。
「ゆゆさんのもとに届いた脅迫状ですが、実はあれ、わたくしが送ったものなんです」
「えっ?」「はっ? なんだと!?」「脅迫状……?」「なんだそれ、美味いのか!?」
ゆゆを含め、この場にいる全員が疑問を浮かべる。
脅迫状をゆゆに送りつけたのは、今本人が語ったとおり、瑠璃月だった。
その目的は、ゆゆを蜜愛に近づけないようにするため。
蜜愛とゆゆ、ふたりのつながりが強すぎるせいで、小説にも悪影響を与える危険性があるのではないかと考え、排除しようとしたのだ。
沙羅双樹も獅子春人も、当然まーちゃんも、それを知らなかった。瑠璃月の独断だったということだ。
「自分なりに考えて行動したつもりでしたが、余計なことをしてしまいましたわね。申し訳ありませんでした」
素直に頭を下げる瑠璃月は、続けてこうお願いを続ける。
「ゆゆさん、どうにかご友人――いえ、親友である蜜愛さんと仲直りをして、ブログの更新を再開させてください。お願い致します」
「僕からも、お願いするよ」「俺も、このとおりだ!」「アタイもアタイも!」
四人から頭を下げられたゆゆは、それでも表情を緩めなかった。
「あなたたちは、結局自分のことしか考えてないのね」
「いや……ん……ごめん……」
沙羅双樹がなにか答えようとするものの、やはり謝ることしかできなかった。
「随分と素直ね。爽やかで優しい雰囲気だけど、沙羅さんの言葉はなんとなく、自分自身の感情が込められていないように感じる。瑠璃月さんだってそう。レオさんとまーちゃんは、感情は強いけど考えなしだし……」
けなされているだけ、というような言葉にも、誰も反論できない。
ただ黙って頭を下げ続けるのみ。
「安心して。わざわざ言われなくても、仲直りはするから。あたしとミッツは親友なんだから、当たり前よ。ただし、ブログの再開までは約束できない。それはミッツ次第だと思うから……」
「……ありがとうございます」
瑠璃月が代表して小さくお礼を述べる。
「あなたのためじゃないわ。あたしは自分のため、そしてミッツのために行動するだけ」
そう言い残して、ゆゆは席を立った。
その背中に、沙羅双樹から声がかかる。
「あっ……。繰り返しになっちゃうけど、僕たちが宇宙人だってことは、蜜愛さんには黙っていてほしい」
「わかったわ。ま、話したところで信じないとは思うけど。というか、あたし自身、信じてないし。というよりも、信用してないし」
ゆゆは颯爽と店を出ていく。
そのあとを、宇宙人たち四人も無言のまま追いかけた。
蜜愛の家に向かって力強く足音を響かせる、ゆゆを先頭とした五人の小部隊。
その道中、思いもしなかった人物と顔を合わせることになる。
「あっ、あの! お久しぶりです……! ボク、痛姫様のことが心配で! 小説の更新も止まってるし、ここ数日は日記も……。元気……なんですよね……?」
それは以前やってきたストーカー男、宇宙王子だった。
今は細かく語っている場合でもない。
ゆゆは正直、少し鬱陶しく思っていた。
他の四人にしても同じだったのか、誰も答えることなく、宇宙王子のことを完全に無視して通り過ぎようとした。
それでも、状況をなんとなく察し、これから向かう先が蜜愛の家だと感じ取ったのだろう、
「痛姫様のことが心配だったから……休みを取ってここまで来たんです! ボクも是非、一緒に行かせてください!」
宇宙王子はおどおどした表情ながら、同行を申し出てきた。
このクソ忙しいときに。
怒りの念がないわけでもなかった。
しかし、蜜愛を心配してここまで来たという部分だけ考えれば、ある意味、同志とも表現できる。
ゆゆは言葉もなく、微かに頷く。
了承を得た宇宙王子は顔をほころばせると、黙ったまま大きく頷いた。
いざ決戦のとき。目指すは蜜愛の家。
総勢六名となった、蜜愛の親友と宇宙人四人とストーカー男という一行は、足並みを揃えて夕刻の住宅地を闊歩するのだった。




