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「はぁ……」
何十回、何百回と、ため息が繰り返されていた。
昼間ではあるが、カーテンを閉めきっている。
電気も点けておらず、薄暗い。
そんな部屋のベッドの上に、パジャマ姿で体育座りをしつつ、壁にもたれかかっている蜜愛の姿があった。
熱はすでに下がっていた。
頭がまだぼーっとしていて気だるさも抜けていないため、学校はまだ休んでいる。
三日連続の欠席。明日からは週末となる。
母親は随分と心配していたが、無理に学校に行かせようとはしなかった。
蜜愛が深く悩んでいるのを、感じ取っているからに他ならない。
土日もゆっくり休んで気分が落ち着けば、来週の頭からは元気に登校してくれる。
そう願っているはずだ。
カーテンを開ければ、明るい日差しが照りつけてくることだろう。
まだ梅雨明けはしていないが、今日の空は真夏のように晴れ渡っている。
そんな天候とは対照的に、蜜愛の気分は一向に晴れない。
一番気になっているのは、ゆゆのことだ。
ケンカをしている状態なのは、蜜愛にだってわかっている。
だとしても、中学生時代からの友人で、ここ三年くらいはほとんどずっと一緒にいたと言ってもいい親友なのだ。
風邪をひいて三日も休んでいるのだから、心配してくれているのは間違いない。
ゆゆは心配してくれている。絶対。たぶん。きっと。でも、もしかしたら……。
蜜愛の心の曇り空からは、じとじとした雨が今も降り続いている。
心配してくれている、と思いたい。
しかし、ゆゆからのメールはない。電話もない。お見舞いにも来てくれない。
このまま学校を休み続けるわけにはいかない。両親にだって迷惑がかかってしまう。
だからといって、風邪が治って元気に復活、何事もなかったかのように笑顔を取り戻す、ともいかない。
もともと元気いっぱい、という性格でもないのは確かだが。
それに元気いっぱいなのは、ふたりのあいだでは、ゆゆの専売特許のようなものだが。
「はぁ……」
ため息ばかりがこぼれ落ちる。
壁にかけられた時計の秒針が、定期的なリズムを刻む。
そんな暗く静かな部屋に、不意に母親の声が響いた。
「蜜愛~? あんたの知り合いだっていう人たちが訪ねてきてるんだけど……」
……知り合い?
蜜愛は首をかしげる。
もしゆゆだったら、母親とも面識があるから、普通に名前で伝えてくる。
担任の先生だったとしても、こんな言い方にはならない。
母親と顔を合わせたことはないかもしれないが、それならば最初に名乗るだろう。
そして、クラスメイトということもありえない。
お見舞いに来てくれるほど仲のいい生徒がいない、という意味ではなく、同年代であれば学校のお友達といった言い方になるからだ。
とすると、いったい誰が……?
「なんか、男性ふたりと女性ひとりで、年上の人みたいだけど……」
続けられた言葉で、蜜愛は確信する。
それが沙羅双樹たち三人だと。
ゆゆから会うなと言われた三人だと。
住所を教えたことなんて、一度もなかったはずなのだが。
ゆゆが言っていたように、なにか怪しい。
今さらながらに思い始める蜜愛だった。
「帰ってもらって。具合悪いの……」
「そう……わかった」
蜜愛の答えに、母親は素直に従う。
嘘、とまでは言えないものの、出ていけないほど具合が悪いわけではなかった。
最初に反応があった時点で母親はドアを開け、部屋の中に顔をのぞかせていたのだから、蜜愛がベッドの上で体育座りしているのも見ていたことになる。
それがわかっていながらも、無理強いはしなかった。
優しい母親に感謝する。
今は誰とも会いたくない。
……ゆゆ以外とは。
状況を改善するためには、もしかしたら沙羅双樹たちに相談したほうがいいのかもしれない。
とはいえ、ゆゆとのケンカはあの三人には関係ない。
いや、ケンカした原因となっていたことを考慮すれば、無関係とも言いきれないわけだが。
そうであっても、これは自分とゆゆの問題だ。自分でゆゆと向き合って解決しなければならない問題なのだ。
そこまで考えているのに、自ら歩み寄る勇気も持てないでいる。
無視される可能性もあるが、メールを入れるなり電話をかけるなり、気持ちを伝える手段はいくらでもある。
メールや電話では味気ないと思うなら、どこかに呼び出すなり家に来てもらうなりして、直接顔を合わせればいい。
わかってはいるのに、どうしても一歩踏み出せない。
「ブログをやめれば、またゆゆちーと仲よしに戻れるのかな……?」
ぽつりとつぶやく。
ブログ――。
ゆゆはたまに見るくらい、と言っていたが。
そもそも蜜愛がブログを始めたのは、ゆゆの言葉があったからこそだった。
蜜愛は中学生の頃から、趣味として小説を書いていて、そのことをゆゆも知っていた。
中学を卒業し、高校の入学式を控えた、中学生でも高校生でもない中途半端な時期。
ふたりは、楽しい高校生活になったらいいねと笑顔で話し合っていた。
場所はここ、蜜愛の部屋。
ふと、勉強机の上に出しっぱなしになっていたノートに目をつけたゆゆは、無断で手に取りパラパラとめくり始めた。
蜜愛は恥ずかしがってすぐに取り上げたのだが、ゆゆは温かな視線を向けながら言った。「ミッツはこういうの好きだよね」と。
「うん」と素直に答えた蜜愛に、ゆゆはさらに提案してきた。
「だったら、他の人の目にも触れるようにしてみたら? ブログとかでさ!」と。
合格祝いにノートパソコンを買ってもらっていた蜜愛は、ゆゆにも教わりながらブログをスタートさせた。
ゆゆは過去に一度ブログをやっていたことがあったのだが、三日坊主で終わってしまったらしい。
自分も同じような結果になってしまうかもしれない、という思いはあったものの、やれるだけやってみようと考え、蜜愛は小説ブログを開始した。
自分でもここまで続けられたことに驚いてはいる。
だが、ゆゆがいたからこそ、スタートすることができた。
ゆゆがそばにいてくれて、楽しい気分にさせてくれたからこそ、頑張って日記と小説を書き続けることができた。
ここ最近はモデルになってもらっているせいもあってか、沙羅双樹たちに関する意識のほうが強くなり、蜜愛の心の中に占めるウェイトが変わってしまってはいたが。
それでも、自分にとって一番大切なのは、ゆゆの存在なのだ。
そう考えれば、ブログをやめてしまうのが最善の選択のようにも思えてくる。
ただ、小説を書くのが好きで、読んでくれる人も増えてきているのに、はたしてやめることができるのか。
答えはノー。
やめたくない。
それが蜜愛の正直な気持ちだ。
「はぁ……」
揺れる想いのはざまで、蜜愛の小さな胸は行ったり来たりを繰り返すばかりだった。




