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半袖の制服から伸びる二の腕がまぶしい季節。
朝から汗ばむ陽気であれば、そんな表現もばっちりと当てはまるはずなのだが。
まだ梅雨時期ということもあってか、今日はかなり肌寒い。
中には鳥肌が立っている人もいるくらいだ。
ここ数日、ずっとこんな感じの天候が続いていた。
一応衣替えから二週間以内は切り替え期間となっていて、気候に応じて冬服で登校してもいいことになってはいる。
しかし衣替えがあってからすでに一週間以上経っている今、冬服はクリーニングに出したあと、という人も多いのだろう。
そもそも、そういった切り替え期間があることすら、知らない生徒が大多数を占めているに違いない。
切り替え期間については生徒手帳に明記されているのだが、わざわざ書いてある内容を隅々まで確認するような奇特な人間など、ほとんどいないものだ。
「ふわぁ~~~」
夏服に身を包んだ学生たちが次々と通り過ぎていく通学路に、あくびを連発している、ぬぼーっとした感じの女子生徒の姿があった。
もちろん蜜愛だ。
前日、なかなか寝つけなかったため、激しい眠気に襲われているようだ。
ちょっとした肌寒さくらいでは、眠気を吹き飛ばす効果は期待できないらしい。
そんな蜜愛の背後から迫る影。
凛々原ゆゆという名のお友達。
いつもどおりの朝であれば、蜜愛の胸を揉んで騒がしい声を響かせることになるわけだが。
今回ばかりは、そういった展開にはならなかった。
当たり前だ。
ふたりは絶賛ケンカ中なのだから。
「あっ、ゆゆちー、おっぱ~!」
普段、自分からは絶対に『おっぱ~』とは言わない蜜愛が、おっぱいという意味合いをも含んだその挨拶を、自ら口にしてゆゆに話しかける。
返事はなかった。
肌寒い今日の気候なら、ゆゆがいつものごとく背後から胸を揉んで絡みついてくれば、若干恥ずかしくはあるものの、少しは暖を取れるという考えもあったのだが。
まったくの無視。
たまたま同じ時間に通りかかってしまっただけ。
それどころか、気安く話しかけないでもらえませんか? とばかりの澄まし顔。
まだ怒っているのは一目瞭然だった。
蜜愛は黙ったまま、ゆゆの横に並ぶ。
ゆゆはそれをとくに拒んだりはしなかった。
走って逃げられてしまうかもしれない、と考えていた蜜愛は、ひとまず安堵する。
ただ、どんなに話しかけようとも返事は戻ってこない。
ひたすら、自分ひとりの声だけが響き続けると、より一層の空しさが漂う。
結局、ひと言も会話を交わすことなく、学校までたどり着いてしまった。
同じクラスのふたり。当然ながら目指す教室も同じだった。
にもかかわらず、正門を越えて下駄箱へと向かうあいだも、上履きに履き替えて廊下を歩くあいだも、ドアを開けて教室に入ったあとも、ゆゆは完全無視を決め込んでいた。
ふたりの席は、少し離れた位置関係となっている。
好きな者同士、好きな場所を自分の席にしていいのなら、確実に前後か左右の位置に陣取ったはずだが。
くじ引きで決められた以上、そうそう思いどおりにはならない。
そのままホームルームを経て、一時間目の授業となった。
授業の内容なんて、まったく頭に入らない。
もっとも蜜愛の場合、普段から集中して授業を受けているとは言いがたいのだが。
蜜愛は休み時間になると、ゆゆの席にまで赴いて喋ろうとした。
しかし、ゆゆは逃げるように席を立ってしまう。
友達なのだから、追いかけていってもよさそうな場面だが、蜜愛はそこまでしなかった。
あまりしつこくしすぎても、嫌がられるだけに決まっている。
そういう思いを抱いているのも、理由としてはあるに違いないのだが。
それ以前に、なんとなく蜜愛自身、気力が湧かないというか、気だるさに包まれているような状態だったのだ。
お喋りに興じる時間のないまま、放課後を迎える。
蜜愛が声をかけるよりも早く、ゆゆは教室を出ていってしまった。
同じ中学出身で、家もさほど遠くないふたりだが、放課後に一緒に帰ることはほとんどない。
ゆゆは蜜愛と違って、部活に所属しているからだ。
仕方がない、今日は素直に帰ろう。
帰ったら、いつもみたいに散歩に行こう。
蜜愛はそう考えていた。
とはいえ、どうにも気だるさが消えない。
家に帰り着き、自分の部屋へと滑り込んだ途端、気力も体力も使い果たしたかのようにベッドへとダイブする。
制服のままベッドに潜るなど、シワになってしまうだけの行為でしかないが。
元来大雑把な性格の蜜愛は気にしない。というより、そこまで考える余裕もなかった。
なんだか熱っぽい。
いや、完全に熱があるのだろう。
顔も赤く染まり、気温的には涼しいというのに汗も止まらないようだ。
ともあれ、着替えてから寝ないと、余計に疲れてしまう。
どうにか最後の気力を振りしぼってパジャマに着替えると、蜜愛は再び布団にくるまり、電池が切れたように一瞬にして眠りの世界へと落ちていった。
目が覚めると深夜だった。
頭が重い。
寒気もする。
起き上がる気力もない。
若干汗が気にはなったが、蜜愛は寝直すことにした。
次の朝になっても、頭の重さや寒気は消えていなかった。
それどころか、明らかに悪化している。咳まで出始めていた。
涼しい気候だったことが原因か、それともさらに前日の寝不足が原因か、風邪をひいてしまったのだ。
ブログの日記には、「風邪をひかないように気をつけましょう」などと書いていたというのに、書いた張本人が風邪をひいてしまうとは。
そんなふうに考えて、昨日は日記の更新もできなかったことに思い至る。
これまで蜜愛は、小説こそ数日おきというペースだったものの、日記に関しては毎日の更新を貫き通していた。
気分が乗らない日には、ほんのひと言ふた言だけという場合もあったが、それでも休まず続けていた。
その記録が、昨日で途絶えてしまったことになる。
だが、考えるのも億劫になるほど、気だるさが全身を襲う。
母親が起こしに来たが、体調の悪さを訴え、今日は休ませてもらった。
学校への連絡は母親がしてくれることだろう。
ゆっくりと、布団の温もりに包まれる。
しばらくすると、母親が雑炊を作って持ってきてくれた。
素直にそれをたいらげ、風邪薬を飲む。
熱を計ると、三十八度ジャスト。
平熱が三十六度二分くらいの蜜愛としては、それなりに高めの熱と言っていいだろう。
母親が用意してくれた濡れタオルを額に乗せ、布団に潜って天井を見る。
熱のせいでぼーっとしてはいたが、前日の夕方から寝続けていたため、眠気はまったくなかった。
蜜愛は考える。
よくわからないが、まーちゃんはブログが危険だと言っていたような気がする。
そのせいで、ナイフを首筋に突きつけられるという状況にまで陥った。
まーちゃんの幼い容姿からは上手く結論に結びつかないのだが、どうやら自分は狙われ、殺されそうになっていたらしい。
「ブログ……やめたほうがいいのかなぁ……?」
蜜愛自身は続けたいと思っているが、命を危険にさらしてまで続けようとは思わない。
それに、ゆゆは沙羅双樹たち三人と会うのをやめるようにも言っていた。
沙羅双樹たち三人と会っているのは、なんとなく話したりするのが楽しいという理由もあるが、一番の目的は小説のモデルになってもらっていることだ。
ブログさえやめてしまえば、もう三人と会う必要もなくなる。
「でも……」
蜜愛はぼやけた頭で考え続けていたが、そんな状態ではまとまるはずもない。
やがて、熱があるのに頭を使うのはよくないことに、本人も思い至ったのだろう。
いや、単に考えることに疲れただけかもしれないが。
ともかく蜜愛は、なるべくなにも考えず、体をしっかり休めるように努めた。
雑炊だけとはいえ食べ物が胃に溜まったおかげか、それとも風邪薬によるものか、眠りすぎというくらい眠ったあとではあったが、蜜愛はいつしか寝息を立てていた。




