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ナイフを突きつけられるという恐怖体験を受けはしたものの、蜜愛にはかすり傷ひとつなく、実害はなにもなかった。
獅子春人が怪我をしてはいたが、「こんな傷、俺の筋肉の前では怪我のうちになんか入らねぇ!」と笑い飛ばす様子を見る限り、実際に大したことはなかったのだろう。
沙羅双樹たちと別れ、家へと戻った蜜愛は、深く考え込んでいた。
実害がなかったとはいっても、命を狙われたのは事実だったからだ。
気づけば時刻は七時を回っていた。
普段ならば夕飯の前に終える毎日の日記すら、書くのを忘れていた。
夕飯を食べ終えてから、急いで短い日記部分をブログにアップする。
「すでに衣替えが過ぎているのに、随分と涼しい日が続いていますね。予報ではしばらく涼しい日が続くみたいです。風邪をひかないように気をつけましょう」
そんな内容の他愛もない日記だ。
今日は小説側の更新もすると、沙羅双樹に宣言してある。
このところ滞り気味だったこともあり、明日に回すわけにもいかないと考えた。
いまだにコメントまでしてくれる宇宙王子や、初期の頃から見てくれている人に加え、最近になってこのブログを知ったような人たちだって、楽しみにしているに違いない。
単なる自己満足でしかない、素人の創作小説。
それでも本文を通じて、そしてコメントを通じて、蜜愛自身の心をも温めてくれる大切な存在となっている。
どうしても頭にちらついてしまうのは、まーちゃんのことだ。
不安でいっぱいになる。
だからこそ、小説の内容も完全に引っ張られる形となってしまってはいたのだが。
もとより、実在している沙羅双樹たち三人をモデルとしていて、友人のゆゆまで登場させているような小説なのだから、まーちゃんが登場したところでさしたる問題はないはずだ。
今回アップされたのは、『かこまれたちきゅう 第17話』。
宇宙人の刺客、マガマガが現れる、という話だった。
マガマガは宇宙悪魔の子供。
宇宙全体を支配下に置こうとする、明確な悪者として描かれている。
「見た目は子供、パワーは大人、その名は宇宙悪魔マガマガ。銀河に代わって、お前たちを奈落の底に突き落とすのだ!」
と叫んで宇宙人エリートの三人、サラード・レオン・ルナに襲いかかってきた。
三人が『私』を巡って三つ巴のバトルを演じている、まさにそのときだった。
三つ巴から四つ巴となり、激しさを増す戦いに、『私』も目を奪われる。
だが、油断していたのがマズかった。
マガマガが狙いを『私』に変えたのだ。
どうやら四つ巴でバトルしているように見えて、マガマガは完全に無視されている状態だったらしい。
怒ったマガマガは『私』を人質に取る作戦に出た。
絶体絶命の大ピンチ。
サラードたちの動きが止まった。
ここは一時休戦し、協力してマガマガを倒そう。
頷きあう三人の宇宙人。
三対一となれば、いくら強大な力を持った宇宙悪魔といえども太刀打ちできなかった。
「覚えてろ~~~~~っ! お前のかーちゃん、デミグラス~~~!」
わけのわからない捨てゼリフを残し、マガマガは去っていった。
「ありがとうございました!」
「キミは僕たちのうち誰かの妻となる身だからね」
「そうだぜ! あんな奴に殺されるなんて、そんな結末は絶対に許せねぇ!」
「そのとおりですわ。あなたはいずれ、わたくしたちの神様になるのですから」
お礼を述べた『私』に笑顔を残し、沙羅双樹たち三人の宇宙人は消えた。
毎度毎度のお約束で、太陽が沈んだからだ。
三人は自らの意思で進んで助けてくれたが……。
自分がいるせいで、迷惑をかけてしまっているだけなのではないか。
小説の中の『私』は、頭上を覆い尽くしている暗くなってきた空のように、深いブルーに包まれていた。
小説は無事にブログへとアップされた。
いつもならそこで満足の吐息を漏らし、布団へと潜り込んですぐに就寝するところなのだが。
蜜愛の口からこぼれ落ちたのは、長く深いため息だった。
小説にも実際の自分の気持ちが如実に表れていた。
結局自分は、沙羅双樹たちに迷惑をかけているだけなのではないか。
そう思い悩んで、ブルーになっていたのだ。
もう夜も遅い時間帯。空はブルーの時間を通り過ぎ、真っ暗になっている。
蜜愛の心も同様に、深いブルーではなく、完全なるブラックにまで落ち込んでいた。
しかも蜜愛は、親友と言ってもいいほどの大切な友人、ゆゆともケンカをしてしまっている状態だ。
どうしてあんなに怒っていたのか、それは蜜愛にはわかっていない。
それでも、心配してくれていことだけは、よくわかっていた。
ゆゆが言っていたとおり、自分はまーちゃんから命を狙われた。
ゆゆが言っていたように、もう沙羅双樹たちとは会うべきではないのかもしれない。
しかし、沙羅双樹たちと距離を置き、自分ひとりでいるときに、もしまたまーちゃんが現れたらと思うと、不安は募るばかり。
まーちゃんは、あの三人の目の前で蜜愛を殺そうとしているようだった。
だとすれば、蜜愛ひとりだけのときは安全とも考えられる。
いや、本当にそうと言いきれるだろうか?
朝の通学路や体育の授業中には、沙羅双樹たちがいない場面でもまーちゃんは現れた。
授業中に現れたときは沙羅双樹たちが駆けつけ、結果的に助けてもらえたわけだが。
これから自分は、どうすべきなのか。
答えが出せず、堂々巡りが繰り返される。
蜜愛が眠りに就いたのは、結局それから数時間も経ったあとのことだった。




