-5-
ゆゆのことが気になってはいたが、蜜愛はいつもと変わらず散歩へと出かけていた。
それは、気分転換という意味合いもあったのかもしれない。
ゆゆの気持ちがいまいち伝わっていない感じではあっても、涙まで流して熱い想いを語ってくれた友人をムゲにはできない。
蜜愛も悩んではいるのだ。
だったら直接話し合うべきだと思うが、ケンカ別れしたような現状ではそれも難しい。
もし散歩中に会えたら、沙羅双樹たちに相談してみようと、蜜愛は心に決めていた。
やはり、ゆゆの気持ちを理解できていない。
今日の散歩コースは住宅地の真っただ中だった。
実際にはほとんどなにも考えず、目的地もなく歩いていただけなのだが。
基本的に住宅地の多いこの一帯の特色を考えれば、適当に歩き回った場合、住宅のあいだを通り抜けることになる可能性が極めて高いのも頷けるだろう。
無論、蜜愛がどこをほっつき歩いていようとも、彼らは現れる。
今に限って言えば、蜜愛が待ち望んだ顔。
沙羅双樹、獅子春人、瑠璃月の宇宙人三人組――蜜愛の感覚で表すなら、三人の外国人だ。
「やぁ、今日も会ったね!」
「はい、偶然ってこんなにも続くものなんですね!」
これだけ偶然が繰り返されていれば、それはもはや必然となるわけだが。
蜜愛本人としても、会いたいと考えながら、いや、おそらく会えるだろうと考えながら、散歩していたわけだが。
それでもなお、偶然会っただけ、というスタンスは崩さないつもりのようだ。
「このところ、日記の更新はしてるけど、小説のほうは更新されてないよね?」
「あっ、はい、そうですね……。なかなか上手くまとまらなくて……」
「あの内容で、上手くまとめてるつもりだったのかよ!」
「あなたは黙ってらっしゃい!」
余計なことを言った獅子春人には、毎度お馴染み瑠璃月キック。
「おふたりは相変わらず、仲がいいですよね~」
「よくない!」「よくありませんわ!」
いつものごとく、ツッコミも息ピッタリだった。
「はははは。でも、ちょっと気にしてたんだよね。……僕たちのせいで巻き込んじゃったから、それで書けなくなったんじゃないかって」
沙羅双樹が寂しげな声音を漏らすと、蜜愛はすぐに明るい笑顔で応じる。
「そんなことないですよ~! 沙羅さんたちがいてくれたからこそ、私は書き続けていられるんです! 今日はちゃんとアップしますから、楽しみにしていてくださいね~!」
「うん、わかったよ」
にこっと、沙羅双樹のほうも笑顔をこぼす。
ほがらかで温かな雰囲気に包まれていた。
だがそんなふたりの笑顔も、一瞬にして凍りついてしまう。
空気が、変わった。
いや、風が消えた……?
たまに吹き抜けていた自然のそよ風が、突如として不自然に止まったのだ。
まったくの無風状態。
周囲の音も聞こえない。
まだ日も傾いていない時間帯の住宅地ではあっても、寂しいくらいに静かになることは充分にありえる。
しかし、まったくなんの物音もしない、とまではいかないはずだ。
しばらく先まで進めば国道も通っているし、さらに歩けば鉄道の線路にも行き着く。
この近辺がどんなに静かになろうとも、そういった少し離れた場所からの音は伝わってくるものだ。
だが今は、すべての音という音がシャットアウトされているようにすら感じられた。
そして――。
「…………?」
蜜愛の目の前で、なにかがキラリと光を放つ。
その向こう側では、沙羅双樹と獅子春人、瑠璃月の三人が驚愕の表情で固まっている。
えっ? どうしたんですか?
と疑問の声を発する前に、蜜愛は悟る。
自分が背後から抱え込まれ、キラリと光を放つなにかが首筋へと押しつけられている状況にあるということを。
光を放っているのは……正確に言えば光を反射しているそれは、ナイフの刃だった。
刃渡り十五センチほど。明らかに銃刀法違反だ。
もっとも、そんなことを考える余裕が、今の蜜愛にあるはずもない。
「おっと、動くんじゃないのだ!」
この喋り方と甲高い声。正体はすぐにわかった。
「まーちゃん!?」
「ご名答なのだ!」
顔を隠しもせず声を変えもせず、この状態で正体がわからないはずもないのだが。
身長の違いから、背中に無理矢理またがっているような格好ではあったが、まーちゃんは器用にバランスを保ちながら蜜愛の首筋にナイフを突きつけている。
「やっぱり三人がいる前でこいつを殺すのが一番、アタイはそう考えたのだ!」
殺す。
その言葉に、蜜愛の背筋を寒気が伝う。
ゆゆは蜜愛を心配していた。
ゆゆは蜜愛の命が狙われていると言っていた。
ゆゆの言ったとおりだったのだ。
「周囲の音が聞こえないのは、特殊な空間だからみたいだね」
「そのとおりだなのだ! ここはまーちゃんの空間、略して『ま空間』なのだ!」
「センスのねぇ名前だな!」
「うるさいのだ、筋肉バカ男!」
蜜愛がナイフを突きつけられているのに、沙羅双樹と獅子春人は意外と余裕があるように見える。
状況をじっと見据え、相手の隙をうかがっているといったところか。
「こいつがどうなってもいいのか!? よくないだろ? ならアタイの言うことを……」
「べつにどうなってもいいよ」
まーちゃんの言葉を遮るように、沙羅双樹がいつもながらの爽やかな笑顔のまま、爽やかな声でさらりと口にした。
およそ爽やかではない答えを。
「んなっ……!?」
まーちゃんは驚きの表情。
声こそ出さなかったが、蜜愛自身も目を大きく見開いている。
もし自分に危険が迫ったら沙羅双樹たちが守ってくれる。そう信じて疑わなかったというのに。
以前実際に瑠璃月の口から、たとえなにがあっても守るといった言葉を聞いていたというのに。
沙羅双樹自身は、蜜愛に優しく声をかけてはいたが、守護を約束するような話をしたことはない。
とはいえ、行動で示されていた。
少なくともこれまでは、蜜愛のことを守ってくれていた。
にもかかわらず、今回は見捨てるような発言をしている。
「殺せるもんなら殺してみなよ」
さらにはこんな、挑発とも取れるセリフまでぶつける。
とすると、その真意は――まーちゃんを動揺させることにあるのだろう。
それを証明するかのように、獅子春人が動いた。
戸惑って言葉も出ない状態だったまーちゃんに、獅子春人の巨体が襲いかかる。
拳を握り締め、全力を注ぎ込んだパンチを食らわせるつもりなのだ。
首筋にナイフを突きつけられた蜜愛がいる現状では、前方からの突撃は危険と言わざるを得ないが……。
しかし、獅子春人の拳はまーちゃんにも、もちろん蜜愛にも届くことはなかった。
「な……なんじゃこりゃ!?」
槍、槍、槍――。
不意に地面から、無数の槍らしき物体が飛び出してきたのだ!
間一髪で飛び退き、どうにか串刺しになるのは免れたが、槍先がかすったのか、幾筋かの傷からは真っ赤な血がしたたり落ちていた。
宇宙人でも血は赤いものらしい。
「ここはアタイの空間だと言ったはずだじょ! 頭で思い浮かべたとおりに、物質の形状を自在に変化させることができるのだ! この空間ではアタイはまさに神! 負けるわけがないのだ!」
勝ち誇った表情のまーちゃん。
苦々しい表情の獅子春人。
絶望に支配された表情の蜜愛。
相変わらず涼しげな表情の沙羅双樹。
……ひとり、足りない。
と考える間もなく、まーちゃんの体は浮いていた。
背後から音もなく忍び寄った瑠璃月が、左手でナイフを持つ手を封じ、右手で小さな体をつかみ上げ、一瞬にして蜜愛の背中から引き剥がしたのだ!
続いて瑠璃月は、うつ伏せ状態のまーちゃんを勢いよく地面へと叩きつけ、全体重をかけて押さえ込む。
「はい、ご苦労様でした。いくらあなたの空間でも、頭で思い浮かべる時間すらない不意打ちならば、やはりどうにもならないようですわね」
「うぐぐぐぐぐっ!」
その状況を見て、沙羅双樹も落ち着いた声をかける。
「それに、もし思い浮かべたとしても、体の自由が利かないようだと物質を変化させることはできない。つまり、なにかしらの動作が必要、といったところかな?」
形勢逆転。
完全に動けなくなったまーちゃんを、さてどう料理しようか。
そんな雰囲気へと移行していたのだが。
油断大敵。
突然、まーちゃんが叫ぶ。
「解除!」
その言葉とともに、一瞬にして空間が歪んだ。
まーちゃんの制御していた『ま空間』が消え去ったのだ!
同時に、押さえ込まれていたはずのまーちゃんの姿も消えていた。
「しくじりましたわ! 空間の解除は言葉だけで発動可能でしたのね!」
瑠璃月が悔しげな思いを吐き出す。
周囲を見回すも、まーちゃんは見当たらない。
その直後、
「ふんっ! ここは一旦退いてやる! お前ら、覚えてろ~~~~~~~~っ!」
甲高い声の捨てゼリフだけが、音を取り戻した住宅街の片隅に響き渡った。




