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放課後、家に帰ろうとしている蜜愛のもとへ、ゆゆが歩み寄ってきた。
「あっ、ゆゆちー、途中まで一緒に帰る~?」
「…………」
いつも元気いっぱい、騒がしいくらいのゆゆだが、なぜだか反応がない。
「ん? ゆゆちー?」
ゆゆのほうから近寄ってきたのだから、なにか用があるのは間違いないはずなのに。
首をかしげる蜜愛の前で黙り込んでいるゆゆは、しばらくなにやら悩んでいるようだったが、やがてその重い口を開いた。
「ずっと考えてたけど……やっぱり、距離を置くべきだと思う!」
「ええええっ!?」
「もう会うのも話すのもやめておくべきなんだよ!」
「ふえええっ!?」
どうしてゆゆからそんなことを言われるのか、蜜愛には理解不能だった。
「なんだ? ケンカか?」
「あんなに仲がよさそうだったのにね~」
「痴話ゲンカってやつ~?」
「えっ? あいつらってそういう関係だったの?」
「いやいや、所詮女の友情なんて、そんなもんってことだろ!」
「もしかしたら、三角関係のもつれ!?」
「おおっ、それもありえるかもだな!」
「でもなぁ、あのうるさすぎ女と色気ゼロのぬりかべ女が、恋愛絡みなんて……」
「なら、どっちも片想いだったらどうだ?」
「お~、それだ!」
周囲のクラスメイトが口々に勝手な意見を述べて盛り上がり始める。
人気者であるゆゆならともかく、蜜愛のことなど普段は大して気にも留めていないのだが、こういう展開には目ざとく気づいてしまうものらしい。
「ちょちょちょちょ、ちょっと、みんなしてなに言ってるの!? ゆゆちーも、なんとか言ってよ~!」
焦りまくる蜜愛。一方、ゆゆは再び沈黙状態に戻ってしまう。
「と……とりあえず、場所を変えよう、ゆゆちー!」
蜜愛は慌ててゆゆの腕を引っ張り、教室から出ていった。
そんなふたりの背後からは、
「人目のない場所に移動して、タイマンか!?」
「いや、ここは人目を忍んでラブラブするところだろ!」
「距離を置くって言ってたのに?」
「フェイクってやつだよ!」
「なるほど! 許されざる恋に走るふたり……。青春よね~!」
「なんにせよ、頑張れよ、お前ら~!」
といった感じで、またもや妙な想像に向かうクラスメイトたちの声が飛んできていた。
「で、ゆゆちー、いったいどうしたの~?」
「……あの三人には、もう会わないほうがいいよ!」
階段の下の空きスペースまで移動してきた蜜愛が尋ねると、ゆゆは大声を響かせた。
下駄箱のある渡り廊下側とは反対の階段のため、あまり人通りは多くない。
だからこそ、この場所を選んで移動してきた。
それでも教室にまで聞こえてしまうかと思えるほどの大声に、蜜愛は戸惑いを隠せない。
戸惑っている原因は、大声だけではなく、その内容にもあったのだが。
「ゆゆちー、声が大きいよ~! それに、あの三人って、沙羅さんたちだよね?」
こくん。
今度はまったく声を発することなく、頷きだけで答えるゆゆ。
極端すぎる。
精神的にかなり不安定な状態なのかもしれない。
「まーちゃんとかいう子があんたを連れていこうとしたのだって、あの三人のせいなんでしょ?」
「そう……なのかな……?」
「沙羅さん本人が、そう言ってたじゃない! あんた、命を狙われてるのよ!?」
「えっ、命!? そりゃあ、まーちゃんは私を連れ去ろうとしてたみたいだけど、殺そうとまでは思ってないんじゃ……」
あまりにも突飛なことを言い出したため、蜜愛はさすがに苦笑を浮かべる。
だが、ゆゆは伊達や酔狂で言っているわけではないのだろう、必死に食い下がる。
「そ……そうだったとしても、狙われてるのは確かなのよ!? そんな気楽に構えていていい状況じゃないでしょ!?」
「う~ん……。あはは、確かに私、もともと危機感とか足りないのかもしれないけど。でもさ、沙羅さんたちが助けてくれると思うし……」
「そうやって他人任せにしてるとこも、ムカつくのよ!」
「えっ? ゆゆちー……? ムカつく……って……」
ここでようやく、ゆゆの怒りの矛先が自分に向けられていることを知り、蜜愛は目を丸くする。
「そんなに沙羅さんたちと会いたいの!?」
「え……っと、べつにそういうわけじゃないけど……。ただ、小説のモデルになってもらってるから……」
「あんなバカみたいな小説なんかと、あんた自身の命と、どっちが大事なのよ!?」
「バカみたいな小説って、それはひどくない?」
「ひどくない! どうして沙羅さんたちと会うのをやめてくれないのよ!」
「……ゆゆちー、沙羅さんを本気で好きみたいなことを言ってたよね? だから会うなって言ってるの? もしかして……嫉妬?」
「な……なにわけのわからないこと言ってるのよ! そりゃあ、ちょっといいなって思ったのは事実だけど! でもあたしは、ミッツのことが心配で……!」
ゆゆはそこまで怒鳴り散らして、自分が蜜愛の肩を強くつかみ、のしかかるほどの勢いだったことに気づく。
一旦力を緩め、わずかに間を置くと、ゆゆは改めて思いの丈を語り始めた。
「あたしは友達として……ううん、親友として、ミッツのことを大切に思ってるの。だから……!」
「それは……嬉しいけど。でも、それでどうして沙羅さんたちと会うなって話になるのか、よくわからないよ~」
「あの人たちのせいだからよ! だいたい最初から怪しかった! 外国人みたいだけど、日本語だってすごく上手だし!」
「日本語の上手な外人さんなんて、たくさんいると思うけど……」
「それはそうだけど、でも……!」
必死に説得しようとするゆゆの熱い気持ちは、蜜愛の心にまでは全然届かない。
「あの人たちのせいなの! それは確かなのよ……! わかってよ、ミッツ……」
目に涙を溜めながら、震える声をしぼり出すゆゆの様子を、蜜愛は冷めた視線で見つめることしかできなかった。
「なんでわかってくれないのよ! ミッツはあたしとあの人たち、どっちが大事なの!?」
これ以上ないほどの大声で、泣き叫ぶように想いをぶつけてくるゆゆに、なおも蜜愛はまともな答えを返せない。
「う~んと……」
それどころか、悩み始めてしまう。
中学時代から三年以上、ずっと友達として生活してきた、親友と呼んでもいいゆゆと、
たった数週間前に出会ったばかりの三人を、
天秤にかけた上で迷いを浮かべる蜜愛。
当然とも言えるかもしれないが、ゆゆの怒りは頂点に達する。
「もういい!」
苦々しい表情で吐き捨てる。
これまで蜜愛とともに歩んできた時間を、すべて放り投げて捨ててしまうかのように。
そのままゆゆは、泣きながら走り去っていった。
呆然とする蜜愛には、追いかけることも声をかけることすらもできはしなかった。
「なによ……ミッツのバカ……」
夕刻前の通学路に、ゆゆの涙声が微かに響く。
誰も聞いている人などいない。
誰も見ている人などいない。
ひとり寂しく、とぼとぼと歩く。
アスファルトに涙の跡を残しながら。
その手には、なにやら手紙のようなものが握られている。
そこに書かれているのは、こんな内容だった。
『凛々原ゆゆ。友人の姫鷺蜜愛にはこれ以上関わるな。我々も手荒な真似はしたくない。だがもし今後も彼女に近づくようなら、消すしかなくなる。お前も、そして友人も。そうならないためにも、懸命な判断をしてくれることを願う』
脅迫状、ということになるのだろう。
これがゆゆのもとに届いたのは今朝方。
差出人の名前はなかった。
しかし、蜜愛は今日、実際に連れ去られそうになった。
最強のファイターだという、まーちゃんによって。
差出人はあの小さな女の子に間違いない。ゆゆはそう結論づけた。
親友の蜜愛と会わなければいいだけかもしれない。
とはいえこの文面からでは、ゆゆが蜜愛に近づいたらふたりとも殺されることしか読み取れない。
蜜愛に近づかなければ、ゆゆが消されることはなくなる。
ただ、逆も真とは言いきれない。蜜愛がそれで救われるとは限らないのだ。
だからこそ、助言した。
まーちゃんの目的があの三人なら、蜜愛が彼らと会わなければ問題は解決するはずだと考えて。
結果は失敗に終わってしまったわけだが……。
いつの間にか、足の動きも止まっていた。
ゆゆは失意に打ち震え、立ち尽くす。
「でも……これでいいのかも……。これで、指示どおりだから……。ミッツも殺されなくて済むはず……。というか、そうであってほしい……」
ぐしゃり。
手紙は痛々しく握り潰されていた。
ゆゆの、小さな心と同じように――。




