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土手の脇に転がった男の周囲を固めるように、宇宙人たち三人と蜜愛、ゆゆの合計五人が取り囲む。
意識を取り戻した男は、逃げる素振りも見せなかった。
どうせ逃げたところで、少なくとも瑠璃月には敵わない。また痛い目を見るだけだ。
それを悟り、観念しているのだろう。
年齢は見たところ二十代前半くらい。
中肉中背のこれといった特徴もない青年だった。
宇宙人たち三人が中心となって問い詰めると、男はぽつりぽつりと語り始めた。
「ボクは痛姫様のブログのファンなんです。毎日のように見に行ってます。小説も独特な感じで好きだし、毎日更新される日記も平凡なものながら、痛姫様の穏やかな雰囲気がうかがえて気に入ってます。
ネット上でブログが更新されるのを心待ちにしていて、読み終えたらなんだか温かな気分になる、そんな感覚を楽しむだけで幸せだったんです。
でも、たまに日記のほうにアップされる画像から、なんとなくあまり遠くに住んでいるわけではなさそうだと考えるようになりました。といっても、電車で一時間くらいかかるから、近いとは言えないかもしれませんけど……」
男は淡々と語っていく。
蜜愛は個人情報に関して意識の薄い部分がある。
それは友人のあだ名である「ゆゆちー」を小説の中でそのまま使ったことからも、容易にうかがえるだろう。
そしてそれは、日記側にも言える。
むしろフィクションである小説なんかよりも慎重になるべきなのに、日記のほうでもしっかりと、友人として「ゆゆちー」を登場させていたし、近所の建物の名前――○○ハイツ、といったようなものまで書いていたことがあった。
それだけで個人が特定できたわけではないが、この男はある予測を立てたのだという。
痛姫様と呼ばれている蜜愛だが、本来のブログ上での名前は『板姫』だ。
なぜ板なのか。
胸が板みたいにペッタンコだから、という理由ではないはずだ。
性格的にそんな自虐的な名前にするとは思えなかった。
とすると、自分の名前や住んでいる地名など、関わりのある部分に『板』の文字が入っていると考えられる。
姫、というのも同様だ。
自らをお姫様だなどと自意識過剰に言えるような性格では決してない。
なんとなくではあったが、最初の『板』のほうが地名などの一部、『姫』が名前の一部なのではないかと結論づけた。
日記に載せられていた写真を改めて見てみると、『板ヶ谷』という文字が写り込んでいるのを何ヶ所か発見できた。
地図で確認すれば、板ヶ谷高校というのがあることや、その所在地なんかも簡単に調べられる。
日記から高校生だということもわかっていて、徒歩で通っているとも書かれてあった。
ならば、この高校に通っていて、なおかつ近所に住んでいる生徒とみて間違いないだろう。
ともあれ、そこまで調べはしたものの、実際に足を運んで痛姫様を見つけ出そうとまでは思っていなかったらしい。
そんなある日、ブログの小説に気になる話がアップされた。
宇宙人たち三人と出会ったという内容だ。
それだけならまだしも、主人公である『私』が、サラードという男に惹かれているような描写がなされていた。
主人公がサラードにキスされそうになったときには、思わず「やめろ~!」と叫んでしまっていたという。
小説の『私』がブログ主である痛姫様自身だとは、どこにも書かれていないが、どう考えてもそうとしか思えなかったのだ。
そこで、痛姫様に直接会って真偽のほどを確かめよう、と男は決意した。
どの辺りに住んでいて、どの学校に通っているかまで、男はすでにつかんでいた。
行動さえ起こせば、あとは早いものだった。
朝の通学時間帯に板ヶ谷高校の近く――あまり学校から近いとあからさまに怪しいため、少し離れた場所にしたようだが、そこに身を隠して通学する生徒たちを眺めていれば、いつかは発見できる。
男はそう考えながら、毎朝のように来ていたらしい。
電車で一時間くらいかかる距離だというのに、朝っぱらからご苦労なことだ。
そしてついに、聞き慣れた名前を耳にする。
蜜愛が友人に背後から絡みつかれているときに放った、「ゆゆちー」という名前だった。
はっとして視線を向けると、そこには蜜愛と、背後から胸を揉んでいるゆゆの姿があった。
なにやってんだか、こいつら。
正直そう思ったという。
だが、通学途中のはずなのにその場に留まり、少々おバカな会話を展開するふたりの様子を見て、男は第一目標の達成を確信した。
痛姫様発見の瞬間だった。
「思ったとおりの人で、僕は嬉しかったんです。まさか小説に書かれているように、本当に胸を揉まれたりしているなんて、夢にも思っていなかったけど……」
「ゆゆちーって、変態だから」
「変態言うな!」
ずっと眉間にしわを寄せ、苦々しい表情で独白していた男だったが、蜜愛とゆゆのやり取りを見てわずかに顔をほころばせた。
「ともかくボクは、痛姫様がサラードという男とくっつくのが嫌で、それを止めるためにここまで来たんです」
「あの小説はフィクションなのに……」
さすがの蜜愛も、苦笑をこぼす。
「うん、そうですよね。小説の中の痛姫様と違って、実際には胸も小さいし……」
「うっ……」
事実ではあるが、気にしている以上、肯定できるはずもない。
言葉を失う蜜愛。
「それも予想どおりだったんです。友人のゆゆちーが胸の大きさを羨ましがっていると書いてあったけど、普段の日記のイメージからしても、痛姫様は絶対に胸は控えめだと思っていましたから」
「うぐ……」
再び言葉を失い、蜜愛は無意識に胸に手を当てる。
「あ……ごめん、気にしてるんですよね。でも……ボクとしては想像どおりの人で、本当に嬉しかったんです」
そこで一旦大きく息を吐き出し、男はさらにこう言った。
「ボクは、痛姫様のことが好きだから……」
通っている学校を突き止め、本人を探し出すくらいだから、それは予測の範疇ではあっただろう。
しかし、言われた当人である蜜愛にとっては、直接面と向かって受けた生まれて初めての告白ということになる。
耳まで真っ赤になってしまっていた。
そこまで言われて、蜜愛はあることに気づく。
「あの……もしかしてあなたって、宇宙王子さんですか……?」
「あ……はい、そうです」
遠慮がちに尋ねた蜜愛に、男は素直に頷いた。
「そっか……宇宙王子さん……。ブログにコメントをくれる人と実際に会うのって、これが初めてです~」
若干、ぽーっとした表情で、つぶやきを漏らす蜜愛だったのだが。
「だけど、単なるストーカーでしょ? ミッツ、騙されちゃダメよ!」
不意にゆゆが口を挟んできた。
その手には、男が持っていたはずのデジカメが握られている。
瑠璃月によって蹴り飛ばされた際に、男の手から放り出されていたようだ。
「カメラのシャッター音、あたしは聞いてるんだからね! あんた、ミッツのこと、盗撮してたんでしょ!?」
言いながら、ゆゆはデジカメを操作し、メモリに保存されている写真を次々と液晶画面に映し出す。
蜜愛も横から画面をのぞき込んだ。
確かにそこには、蜜愛を写した写真が何枚も収められていた。
「あれ……意外と普通の写真ばかりだけど……。あっ、これ! あたしも写ってるし、それにミッツのパンツまで写ってる!」
「朝の通学時間みたいだね。ってゆーかこれ、ゆゆちーが胸を揉んでるところでしょ? そのせいでスカートがめくれちゃっただけなんじゃ……」
「うん、そうやって偶然写っちゃったことは、何度かあったかも……。でも、断じてそういうのが目的じゃないですから!」
「だったらなんで写真なんて撮ってるのよ!?」
「それは……。少し地味な感じではあるけど、イメージどおりで……やっぱり好きだったから……。写真に残しておきたかったんです……」
激しく問い詰めるゆゆに、男は頬を赤く染めながらも、想いを乗せたつぶやきを返していた。
「実際に見ていたら、サラードのモデルになっていそうな男性と会っているのもわかりました。ただ痛姫様は全然、異性として見ている素振りはなくて、これならボクにもチャンスはあるかな、と思っていたんですけど……」
それでも勇気が出せなかったこの男は、今日もまたこの町にやってきて、下校して散歩に出かける蜜愛を尾行し、隠れて写真を撮っていたのだという。
「本当にすみませんでした。痛姫様にも、不安な思いをさせてしまいましたよね。ブログの日記で、わかってはいたんですけど……。どうしても姿を見たくて……」
「ま、なんにしても、ストーカーには違いないわね。警察に突き出しましょう!」
「待って!」
ケータイを取り出したゆゆに、蜜愛が制止の声をかける。
「警察はいいよ~。ブログのファンだって言ってもらえたの、すごく嬉しかったし」
「はぁ? なに言ってんのよ、あんた! こんなストーカー男を、許すっていうの!?」
「うん」
率直に、そして簡潔に、蜜愛は答えた。
「だいたい私、べつになにか実質的な被害とかを受けたわけじゃないもん。ちょっと不安になってはいたけど、それだけだから」
続けて蜜愛は、男のほうに顔を向けて、こう言った。
「……でも、デジカメの写真だけは消させてもらいますね~。私はあまり気にしないですけど、ゆゆちーは気にするでしょうし。それで終わりでいいと思う」
男からの返事はなかったものの、無言を肯定と受け取ったのだろう、蜜愛はゆゆに写真の削除を指示する。
「まったく……甘いんだから」
文句を言いながらも、ゆゆは言われたとおりデジカメを操作し始めた。
「あっ、ミッツのパンツが写ってる写真だけ、残しておこうか?」
「それは真っ先に消して~!」
「にゅふふ、冗談よ、冗談! ……はい、終了!」
ゆゆは操作を終えると、デジカメを男の手に戻す。
呆然としながら受け取った男は、どうにか状況を把握し、大きく頭を下げる。
「ありがとう……」
「いえいえ。お仕事頑張ってくださいね~」
邪気のない笑顔。
蜜愛としては、すべてを許して送り出すつもりだったのだろう。
ゆゆは、あちゃ~、といった様子で頭を抱える。
おそらく気づいていたからだ。
男が無職だということに。
「ボク、今はその……働いてないんです」
「そ……そうだったんですか! えっと、ごめんなさい、私……」
「痛姫様が謝るのはおかしいですよ。こちらこそ、ごめんなさい」
慌てて頭を下げた蜜愛に、男は微かな笑顔を返す。
「痛姫様の前には二度と姿を現さないと、神に誓って約束します。許してくれて、本当にありがとう」
「あっ、はい。宇宙王子さんも、頑張ってください!」
「うん」
最後に一点の陰りもない素直な笑みを残し、男は駅の方向へと去っていった。
「そうだ。沙羅さん、瑠璃月さん、ついでにレオさんも、ありがとうございました!」
男の背中が見えなくなったあと、蜜愛は宇宙人たち三人に頭を下げた。
「俺はついでかよ!」
「間違って友人のゆゆさんを押さえつけるなんて、大きなポカをやらかしただけですからね。ついでだとしても、あなたがお礼を言われたことに驚きですわ」
「うっ……確かに。すまなかったな、ゆゆ」
「そうね。今度なにかおごってくれたら許してあげる!」
「くっ、しっかりしてやがるな……」
「あなたはもっと、しっかりしてくださいませ」
「うるせぇ! ……ま、仕方がねぇな、わかったよ! なんでもおごってやる!」
「にゅふふっ、ラッキー! ブイッ! ブイッ! ビンテージ!」
「ビンテージ!?」
そんな会話によって、ほがらかな雰囲気に包まれていく。
ゆゆたちの様子を眺めながら笑顔をこぼしていた蜜愛に、沙羅双樹がいつもながらの爽やかな声で語りかける。
「あれで本当によかったの? もう来ないみたいなことを言ってはいたけど、嘘をついている可能性だってあると思うよ?」
「そう……ですね。でも、大丈夫だと思います。だって、最後に微笑んでくれたときの宇宙王子さんの瞳、とっても綺麗でしたから」
蜜愛は自信満々に、そう言いきった。




