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放課後、蜜愛は日課のようになっている散歩へと出かけた。
場所は土手の上にある河川敷の道。
蜜愛が出向くことの多いこの場所では、太陽の光が川面に反射し、目に心地よいきらめきを演出している。
五月も中頃となり、暖かい日が増えているここ数日。
学校の衣替えはまだだが、長袖では汗ばむ陽気ということもあり、今日の蜜愛は半袖の爽やかな服装に身を包んでいる。
普段より露出部分が多い服装のため、二の腕がたぷんと揺れていたり、短めのスカートから伸びる太ももにも余分な肉がついていたり、といった様子がありありと見て取れる。
年頃の女の子であれば、夏が近づく前に体を引き締める必要がある、と判断するところだろう。
しかし蜜愛は元来、人の目などあまり気にしない性格。
少しくらいぽっちゃり気味でも、べつに構わないと考えているようだ。
もっとも、今は見えていないおなかの贅肉が人目にさらされることになったら、いくらなんでも恥ずかしく思って隠そうとするに違いない。
それはさておき、いつものようにぬぼーっとしながら散歩している最中、蜜愛はこれまた日課であるかのように、宇宙人たち三人と出会うことになった。
「今日も、偶然ですね!」
「うん、そうだね」
こんな会話で始まる宇宙人と女子高生の交流。
蜜愛は外国人としか思っていないわけだが、どうしてここまで毎日にように会っているのに偶然と考えられるのか。
一度頭を解剖して脳みそを調査してみたくなるほどの、非常におかしな思考回路を有していると言える。
そんな普通でない思考回路だからこそ、あんな小説を書く『痛姫様』として活動し続けられるのかもしれないが。
「昨日、あれから大丈夫だった?」
「はい! 無事に家まで帰り着きました!」
「でも、小説の更新はなかったけど、ブログの日記には不安な様子が表れてるよね」
「あ~、そうですね……。日記は素直な思いを綴ることが多いので、気分が沈んでいたりすると、すぐにわかるらしいんですよね~。以前もちょっとゆゆちーとケンカしちゃったときに、宇宙王子さんがコメントで心配してくれてました」
「まだブログを始めて、それほど長い時間が経っているわけでもないのにね」
「そうですね~。最初にアップしたのが四月の初め頃だから、まだ一ヶ月半くらいでしょうか……。それなのに、こんなにたくさんの人に見てもらえるようになって、私は嬉しいです!」
素直に笑顔をこぼす蜜愛だったのだが。
このあと、その笑顔が曇ることになる。
「あっ、また……」
視線を感じたのだ。
前と同じ、いや、それ以上に熱い視線のように、蜜愛には感じられた。
蜜愛の顔がこわばったことに、沙羅双樹も気づいたらしい。
「大丈夫?」
「はい……」
沙羅双樹はそっと蜜愛の肩に手を置き、落ち着かせようと試みる。
「また視線か? 気のせいじゃねぇのか?」
直情傾向のある獅子春人も、様子を察知して問いかけてきた。
「いえ、なんだか、すごく熱い視線だった気が……」
答える蜜愛自身、確信を持つまでに至ってはいないようだが。
それでも、じとっと湿ったひや汗を垂れ流す蜜愛を見れば、誰でも心配になってくるだろう。
「蜜愛さん、落ち着いてください。たとえなにがあっても、わたくしたちがお守り致しますわ」
単純に安心させるためだけの言葉ではない。
それは優しげな瑠璃月の瞳を見れば明らかだった。
「瑠璃月さん……」
自分を守ってくれる。
蜜愛はそう言われ、素直に安堵する。
そこに、なにやら物音が響いてきた。
河川敷には身を隠す物陰など、さほど多くは存在しない。
しかも今響いてきたのは、木の枝や葉っぱなんかがこすれるような音だった。
とすると、おのずと物音の発生源として可能性のある場所は限られてくる。
視界内には、背の低い植え込みが何ヶ所か見えている。
そのうちのどこかから聞こえてきた音だと考えて、まず間違いないだろう。
そしてそこに隠れているのが、これまでにも蜜愛に怪しげな視線を向けていた人物、ということになるはずだ。
じっと様子をうかがう。
微かにではあるが、葉音が聞こえた。
真っ先に動いたのは獅子春人だ。
「そこか!」
大声とともに飛びかかる。
「きゃっ!」
その場所にいたのは、蜜愛と同じ学校の制服を着た女子高生だった。
いや、その声には聞き覚えがある。
聞き慣れているとさえ言える。
「あれ? ゆゆちー?」
そう、それはゆゆだった。
友人であるゆゆが蜜愛を心配して、隠れて様子を見ていたということか。
ただ、蜜愛には気がかりなことがあった。
最初に聞こえた音は、ゆゆがいる場所とは違った方向から響いてきた、そんな気がしてならなかったのだ。
「痛いってば! やめて!」
「こいつ! 友達をこそこそ追い回してやがったのか!」
獅子春人の巨体によって、ゆゆは地面に倒され、押さえ込まれている。
「違うわよ! 離して! ダメだってば、騒がしくしたら……!」
涙を浮かべながら、必死に訴えかけてくるゆゆの声に、
「うん、逃げられちゃう……」
爽やかな声質が重なる。沙羅双樹のつぶやきだった。
刹那、別の場所から人影が飛び出す。
そのままこちらに顔を向けることもなく、人影は一目散に駆け出していた。
人影は男性。
その手には、デジタルカメラが握られていた。
逃げられる!
と思った蜜愛だったが、とっさに動けるほどの敏捷性を持ち合わせているはずもない。
仮にすぐ反応して走り始めていたとしても、蜜愛の足で追いつけるとは思えないが。
そんな中で、迅速に行動を起こした人物がいた。
沙羅双樹だ。
ぱっと見では敏捷性のかけらも感じられない、蜜愛と同類としか考えられない沙羅双樹だが、意外にも反応は速かった。
とはいえ、反応の速さだけではどうにもならないのが、足の速さというものだ。
沙羅双樹と逃げる男との距離は開くばかり。
ふと、沙羅双樹が表情を緩めると、それに合わせるかのように走る速度をも緩めた。
「諦めたの……?」
蜜愛のその予想は外れていた。
逃げる男の目の前に、土手の下から突然現れた人物が立ちはだかったのだ!
それは紺色の落ち着いた着物を身にまとった女性――瑠璃月だった。
どうやら先回りしていたようだ。
普通に考えれば、男性である沙羅双樹でも追いつけなかった相手に、女性の瑠璃月が先回りできるとは思えない。
瑠璃月は裾の長い着物姿なのだから、なおさらだ。
だが瑠璃月は、男が走って逃げ出すよりも随分と前から動き出していた。
獅子春人がゆゆに飛びかかった瞬間、即座に犯人は別にいると判断、あらかじめ逃げ道の片方を塞ぐ方向へと走っていたのだ。
もし犯人が逆方面に逃げるようなら、沙羅双樹が対処できるはずだと考えて。
見事な連携プレイだったと言える。
それぞれ別の星系からやってきた宇宙人で、地球侵略という目的の前では敵同士だというのが信じられないほどに。
なお、獅子春人もその連携プレイの一端を担っていた……というわけではない。勢いに任せて考えもなく飛び出しただけだった。
「うわっ、美人!?」
「ふふ、嬉しいことを言ってくださいますわね」
目の前に和服の女性が飛び出してきたことで、男は驚いて立ち止まった。
それでも顔に目が行って感想を述べているあたり、男としてのサガというものを感じる。
対する瑠璃月は、落ち着いていながらも妖艶な声で微笑みを送っている。
土手の上で対峙するひと組の男女。
一陣の風が吹き抜け、緊張が走る。
男の背後には沙羅双樹もいるのだが、瑠璃月に任せているのか動く気配はない。
数瞬ののち、男は瑠璃月の綺麗なおみ足を、しっかとその目に焼きつけることとなる。
しかし、それも一瞬の出来事でしかなかった。
なぜなら、瑠璃月の白くてすらりと長い、蜜愛とは雲泥の差とも言える足は、男の側頭部目がけて繰り出されていたからだ。
「ごぼあっ!?」
妙なうめき声を上げたかと思うと、男の体は土手のほうへと弾き飛ばされていた。
そのまま、丈の短い草が生い茂る土手の斜面を、成すすべもなく転がり落ちていく。
勢いよく転がった男の体は、斜面が途切れると同時に止まり、そして仰向けの状態で終焉を迎えた。
土手を転がったことにより、顔は泥まみれの傷だらけになっていた。
「これはいくらなんでも、やりすぎだったんじゃないかな?」
「あいにくわたくし、容赦という言葉を知りませんの」
沙羅双樹からかけられた若干呆れ気味の言葉に、瑠璃月はさらりと答えを返す。
だったら仕方がないね。
沙羅双樹はそう言いたげな苦笑を浮かべていた。




