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丘に作られた散歩コースに蜜愛の姿があった。
しっかりと舗装されていて、丘のふもとに広がる町並みを楽しめる、爽やかさを売りにした遊歩道だ。
人通りはそれなりにあるが、偶然通りかかるような道ではない。
ある者は徒歩で、ある者は走って、またある者は自転車で、この道を通り抜けていく。
本来、自転車で通ることは認められていないのだが、いくら取り締まっても侵入してくる人があとを絶たないらしい。
ぬぼーっと歩きながら散歩を楽しむ蜜愛は、下り坂をハイスピードで駆け抜ける自転車に恐怖した経験が何度もある。
それでもここを通るのをやめていないのは、それだけ丘の上から眺める景色が綺麗だからだ。
とくに夕刻の赤一色に染め上げられた町並みの展望は、絶景のひと言に尽きる。
蜜愛はゆゆに対して、身振り手振りをまじえながらこの場所の美しさを語ったこともあった。
それだけ気に入っているのだろう。
ゆゆも蜜愛と一緒に訪れてみたことはあるのだが。
そのときの感想が、「坂は疲れるから嫌い!」といった文句だけだったため、蜜愛が再び誘うことはないと思われる。
そんなわけで、蜜愛はただひとり、夕焼け色の遊歩道を踏みしめていた。
「ふう……今日はちょっと暑かったかも……。半袖にしてくればよかったかな~」
独り言をつぶやきながら袖をまくる蜜愛の前に、お馴染みの三人組が登場した。
「こんにちは、ゴッド……じゃなくて、蜜愛さん」
「こんにちは、沙羅さん。それに、レオさんと瑠璃月さんも。こんなところで会うなんて、奇遇ですね~!」
実際には沙羅双樹たち三人は蜜愛に会う目的で歩いてきているわけだし、これだけ毎度のように会っていたら、どう考えても偶然とは思えなくなるのが普通だろうが。
蜜愛はまったく不審になど思っていないようだ。
「あっ、そうだ。ブログ、修正しましたよ~! ……って、もう見てくれてます?」
「うん。ただ、それなんだけど……前回直してもらった部分、やっぱり最初の状態に戻してほしいんだ」
「ええ~っ!?」
沙羅双樹からの言葉に、蜜愛は驚きと抗議の入りまじったような声を上げる。
それはそうだろう。ブログの小説の修正は、沙羅双樹自身からお願いされたことだったのだから。
「ほんと、ごめんね」
「えっと……わかりました、いいですよ!」
頭を下げ続けている沙羅双樹に、蜜愛はいともあっさりと肯定の意思を返した。
「私としても、最初の流れで続きを考えていましたから」
「ありがとう……。迷惑をかけて、ほんとに申し訳ないけど」
「もういいですってば~! モデルにもなってもらってますし。でも、コメントをくれる人たちからは、またツッコミを入れられちゃうかな~。『痛姫様迷走中!』なんて、修正した途端に書かれてたんですよね~」
苦笑を浮かべてはいるが、小説の内容をもとに戻すこと自体には、わずかなためらいもなさそうだった。
と、不意に蜜愛の顔がこわばる。
そしてすぐさま背後を振り向き、周囲に鋭く目線を配り始めた。
「蜜愛さん、どうしたの?」
「いえ、あの、なんか視線を感じた気がして……」
答えながらも、緊張は解けない。
暑さのせいもあるかもしれないが、頬をひと筋の汗が伝う。
「視線だとぉ~? お前のことなんて、誰も見やしねぇだろ! これといった特徴もない、ぬぼーっとした女なんてよ!」
「うっ……」
確かにそうかもしれない。
蜜愛自身も同じような考えは持っていた。
だが、これが初めてではない。
ゆゆと一緒にいるときだったが、少し前にも視線を感じたことがあった。
無視していて大丈夫なものか、蜜愛が不安に感じてしまうのも、ごく当然の反応だったと言える。
そこですかさず、瑠璃月が優しい声でフォローを入れてくる。
「この唐変木には女性の繊細な気持ちなんてわからないのですわ。許してくださいませね?」
「あっ、いえ、べつに気にしてませんから」
とはいえ、さらに続けられた言葉は、言い方こそ違うものの、獅子春人が言った内容とさほど変わってはいなかった。
「ですが、わたくしも視線のようなものは感じませんでした。やはり気のせいではないでしょうか」
「う……そうですよね……」
鈍い蜜愛が視線を感じるだなんて、それ自体がまずありえない。ゆゆにだって言われていたことだ。
他の三人の誰もが、そんな視線を感じていないようなのだから、気のせいだと考えたほうが自然というものだろう。
これはやはり、自意識過剰なだけなのか。
蜜愛自身もそう思い始めていた。
しかし……。
「最近多いんですよね、こうして視線を感じること。もちろん、瑠璃月さんに言われたとおり、気のせいかもしれませんけど……」
どうしても不安が拭いきれなかった蜜愛は、恥を忍んで正直な思いを吐露していた。
「若い女の子だもんね。もしキミになにかあったらと思うと、僕も心配でたまらないよ」
「沙羅さん……」
じっと見つめ合う沙羅双樹と蜜愛。
普通に考えたらいい雰囲気ということになるはずだが、蜜愛が沙羅双樹に対して特別な感情を抱いていない以上、色気のある展開にはなりようもない。
沙羅双樹のほうにしても、心配でたまらないと言ってはいるものの、蜜愛になにかあってブログの更新ができなくなったら大変だ、という意味でしかないのだから。
「それでよ、小説の今後の展開はどうなるんだ?」
不思議な雰囲気に包まれるふたりに若干呆れながらも、獅子春人が尋ねる。
それが自分たちの未来にも関係することになるからだろう。
「先の話は内緒なんですけど……」
「そこをなんとか!」
両手を合わせてお願いポーズを形作りながら、沙羅双樹も一緒になって必死に頼み込む。
伯父の命がかかっている分、本気度は他のふたりよりも確実に上なのだ。
そんな姿を見せられてまで拒絶できるほど、蜜愛は固い意志を持っているわけではなかった。
「うん、大丈夫ですよ~。サラードさんの部隊の隊長さんは、ちゃんとよくなります。話の展開上、すぐにとはいかないかもしれませんけど」
「本当? よくなるの?」
「はい。といっても、先の話はまだ漠然としか考えていないですけどね。でも、絶対によくなります。それだけは保障します!」
「ああ、蜜愛さん、ありがとう! 本当にありがとう!」
蜜愛の両手を固く握って、ここまで必死になって感謝の言葉を述べるとは。
正常な思考回路を持った人であれば首をかしげるところだが、蜜愛は違った反応を示す。
「そんなに心配していたなんて、そこまで私の小説にのめり込んでくれてたんですね!」
「あ……うん、そうなんだよ」
「ふふっ、なんだか可愛いです!」
上機嫌で宇宙人たちと別れ、蜜愛は自分の家へと帰っていった。
その後ろ姿を眺める三人。
「これでどうにか、お前んとこの隊長は大丈夫そうだな!」
「うん。ふたりとも、協力してくれてありがとう」
「べつに、わたくしたちはなにもしておりませんわ」
といった会話を交わしつつ、遠ざかっていく蜜愛の背中を温かな瞳で見つめていた。
「しっかし、今後もゴッドからは目が離せねぇな!」
「そうですわね」
「うん……」
有力な三つの部隊から派遣された宇宙人スパイ三人は、決意を新たにする。
このとき、そこからすぐ近く――遊歩道脇の木陰に別の影が潜んでいたことには、誰ひとりとして気づいていなかった。
蜜愛が非常に鈍い女の子であるのは確かなのだが。
この宇宙人三人組にしても、あまり鋭い感覚は持ち合わせていないようだ。




