-1-
清々しい朝の通学風景。
そこに、軽やかな足取りで歩く蜜愛の姿があった。
筆が進んで満足のいく内容の小説をブログにアップできた翌朝は、いつでもこんなふうに気分がよくなる。
反対に悩みまくったりすると朝からどんよりしてしまうのだが。
元来大雑把な性格の蜜愛だから苦悩することなどほとんどないし、たとえ心が曇っていても、たいていはすぐに日本晴れ状態へと戻る。
それは蜜愛の性格ゆえでもあるが、毎日のように一緒にいる友人、ゆゆがいるおかげとも言えるだろう。
今日も今日とて、ゆゆが現れる。
いつものように、蜜愛の背後に迫る。
だが……。
普段とは違い、いきなり胸を揉み始めたりはしなかった。
「ん? あれ? ゆゆちー、おはよう~」
基本的にぬぼーっと歩く、別な言い方をすれば鈍い蜜愛が、背後から近づくゆゆの存在に気づいて振り向き、挨拶を送るなど、これまでには絶対に見られない光景だった。
一方、挨拶されたほうのゆゆは、やはりいつもとは違ったオーラを放っていた。
底抜けに明るい元気いっぱい花丸印の女の子。
それが凛々原ゆゆを的確に表すイメージと言えるのだが。
今日は友人に対して胸揉み行為に出ることもなく、黄色い声を響かせることすらない。
効果音をつけるなら、ゆらり、といった感じだろうか。
やけにゆったりとした動作で、振り向いて立ち止まった蜜愛へと歩み寄ってくる。
「ゆゆ……ちー?」
首をかしげる蜜愛。
その首に、静かにゆゆの両手が伸ばされていく。
「ふぇ……?」
「あんた……殺す!」
「ふええええっ!?」
蜜愛のかしげられていた首は、ゆゆの白くて細い両手によって締め上げられ、まっすぐになっていた。
「ぐぐぐ、ぐるじい……! ゆゆちー、どうして……?」
「なによ、あの小説! 思いっきりあたしじゃないの! 変態ってなんだ! それに、誰が汚らわしいのよ! しかも、あだ名そのままって! ……ミッツ、殺す!」
「ぎゃう、やめて~、どこか別の世界に行っちゃう~~!」
「お前なんか、どこへでも行ってしまえ!」
そう言いながらも、殺人犯にまではなりたくなかったのだろう、ゆゆは蜜愛の首から手を離した。
「げほっ、げほっ! ゆゆちー、ひどいよ~!」
「ひどいのはどっちよ!」
「でも、ほぼ事実だと思うけど……」
「創作小説に事実を書くな!」
「なによ~。沙羅さんのこと、気に入ってるみたいだったから、キスまでさせてあげたのに~」
「扱いがひどいって言ってんの! あたしの口は汚くて、あんたの口は綺麗って、どういうことだ!」
「え~? だって、事実……」
「事実じゃない! だいたいあんたのほうこそ、口臭すごいじゃないの!」
「ええ~~? そんなことないでしょ~? ひどいなぁ、もう。ただちょっと、歯みがきするのを数日くらい忘れてるだけだし~」
「冗談のつもりだったのに、ほんとにひどそう!」
なんだかんだと、結局は普段と変わらず、騒がしくなっていくふたりだった。
当然ながら今いる道には通学中の学生の姿も多く、視線を向けられたりはしているのだが。
こんなふたりの様子はそれこそいつもどおりなので、誰も気してはいないようだ。
「そういえばさ、最後のアレはなによ?」
「えっ? ああ~、隊長さんが倒れたって話?」
「そうそう。それも事実だっていうの?」
「なんとなく、思いつきで追加しただけだよ~。事実かどうか以前に、沙羅さんたちが宇宙人だなんて、そんなバカな話からしてありえないでしょ~?」
「でもさ、たとえば故郷の親戚が倒れたとか、そういった話を聞いたのかな~って思って」
「そんなことないよ~。次回への引きって、必要なものでしょ? だから追加してみたってだけだよ」
そのなにげない追加によって、宇宙人たちを大いに悩ませることになっているとは、蜜愛はまったくもって気づいていなかった。
と、蜜愛が不意に、きょろきょろと周りを見回し始める。
「ミッツ、どしたの?」
「うん……あのね、なにか変な視線みたいなのを感じた気がして……」
蜜愛は不安げに声のトーンを落としながらも、周囲に視線を巡らせ続けていた。
ゆゆも注意して確認してみるが、通学途中の学生たちがいる以外、とくに変わった様子は見当たらない。
「考えてみたらあんた、すごく鈍いんだから、視線なんて感じられるわけないじゃん!」
「そ……そうかなぁ……?」
「そうだって! そもそもこうやって大声で喋ってたら、ちらちら見られたりもするってもんでしょ!」
「う~ん……でも、そういう視線とは違った気がするんだけど……」
「それこそ、鈍いミッツなんかにわかるわけないじゃないの!」
「なるほど……それもそうね」
ここで納得してしまう蜜愛もどうかとは思うが。
ともかくふたりは、気のせいだったと結論づけ、さらに会話を続けていった。
「そうだ。コメントもすごいの来てたよね!」
「えっ? どんなの? 私、書いたあとすぐ寝ちゃうから、コメントの確認は放課後になってからなの~」
「朝読んだりはしないの?」
「だって朝って時間ないじゃない? 起きるのって、どうしてもギリギリになっちゃうし~」
その言葉に、ゆゆは大きく頷き納得顔。
どうやらそのあたりは、ゆゆも同類のようだ。
「それで、すごいコメントってのは~?」
「ほら、宇宙王子さんよ! あの人のコメント、『唇を奪われなくてよかったです! でも痛姫様、サラードとかいう奴のことを好きなんですか?』って感じだったよ? コメントっていうか、質問だけど」
「え~? なにそれ~。小説の中の『私』は、私自身とは違うのに~」
「まぁ、わからなくもないけど、頭の中でごっちゃになってるんじゃない? どうでもいいけど、コメント多いよね、あの人」
「毎回楽しみにしてくれてるみたい。コメントまでもらえるのって、やっぱり嬉しいよ」
「それにしたって、のめり込みすぎじゃない? むしろ、『痛姫様』に恋してるくらいの勢いかも。もしかしたら、ヤバい人かもしれないよ?」
「そんなふうに言ったら悪いよ~」
「でもさ……」
そこで突然、真面目な表情に変わるゆゆ。
「実際のところ、どうなの?」
「えっ? なにが?」
蜜愛はキョトンと目を丸くする。
ゆゆはそんな蜜愛に、ずいっと顔を近づける。
「沙羅さんのこと、好きなの?」
「いや、カッコいい人だな~とは思うけど、べつに好きとか、そんなのは全然……」
友人からの不意打ちの質問に少々呆然としてはいたものの、焦ったり恥ずかしがったりといった様子もなく、平然とした答えが返された。
ふ~っと、ゆゆは息を吐き出す。
「そっか、よかった。宇宙王子さんじゃないけど、あの小説を見たら勘違いしちゃうわよ。あたしだって、あんたが沙羅さんを好きなんじゃないかって思って、気が気じゃなかったんだから」
「あれ? ゆゆちー、本気なんだ」
「わ……悪いっ!?」
「ううん、いいけど」
真っ赤になっているゆゆを、蜜愛はほのぼのとした目で見つめていた。
ただ、すぐに反撃を受けることになる。
「えいっ!」
「えっ!? ちょっと……あんっ!」
ゆゆが蜜愛の胸を揉み始めたのだ。
これはふたりにとって、毎朝の恒例行事のようなもの。
ゆゆがそう考えているかは不明だが、ようやくここでその恒例行事が実行されることになった。
「なにせ小説を見る限り、あたしはミッツの豊満な胸を羨ましく思ってるらしいからね! 吸い取ってやる!」
「そこ、根に持ってるの!? っていうか、やめて~! 吸い取られたら、なくなっちゃう~! かろうじてBカップなのに~!」
「そんなあってもなくても変わらないもの、なくなってしまえ!」
「イヤぁ~~~! なくなったら、ほんとに板胸になっちゃう~~~~!」
朝の通学路にはやっぱり今日も、女子高生の騒がしい声が響き渡っていた。
とはいえ、それもすぐに消え去ってしまう。
周囲には通学中の生徒の姿が見えなくなっていて、お約束どおり予鈴のチャイム音が聞こえてきたからだ。
そんなわけで、ふたりはまたしても、学校まで全速力で走る羽目になるのだった。




