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「前回のアップ分も、たくさんのコメントをもらえたな~」
相変わらず独り言をつぶやきながら、蜜愛が歩いていた。
今日は町の中心部にある商店街を散歩コースとして選んだらしい。
「でも……最近はなんだか、バカにされているようなコメントが目立つようになってきた気がするのよね~」
蜜愛は頭の中で、実際につけられていたコメントの数々を思い浮かべる。
「うわっ、九話目にしてようやく主人公の『私』登場ですか!? 完全にナレーションに徹してると思ってたのに!」
「イケメン宇宙人も、ここから本格的に出てくるんですね! 今さらながら!」
「俺としては、超美人というソンブレランの宇宙人に期待してます!」
「だけど、あの絵だよ? 期待しても無駄な気がするけど」
「あれはイメージだから! 自分なりの美人を思い描けばいいんだよ! みなさん、痛姫様の絵をそのまま受け取っちゃダメですよ! 思い思いの美人を、頭の中で当てはめてください!」
「お前、必死だな! ま、確かに美人のほうがいいけどな。あんなおかしな絵のままじゃ、ソンブレランの宇宙人がかわいそうだし!」
「あの絵は、あれはあれで味があっていいと思うけど」
「まぁ、さすが痛姫様って感じではあるけどな~」
「なんだっていいよ! 痛姫様最高! これからもずっと、絵も文章も、面白おかしく、今のままの勢いで突っ走ってください!」
「それにしても、次回は宇宙人と主人公の出会いになるですね。とても楽しみです!」
「どうでもいいけど宇宙人たち、痛姫様と出会ってどうするんだろうな?」
「あれ? 『私』って痛姫様自身なの?」
「えっ? そうじゃないのか? だって、赤虫を投げつけられて泣いたっての、あれ絶対、痛姫様の実体験だろ?」
「あ~、なるほど~。痛姫様、実際のところはどうなんですか~? コメントの返信、よろしくお願いします!」
コメントをくれた人たち同士で盛り上がっていたのを思い出し、蜜愛は微笑んでいた。
「それにしても、完全に痛姫様って呼び名が定着しちゃってるな~。本当は板姫なのに~。べつにいいけど……」
そうぼやきながらも、唇を尖らせる。
「小説の『私』は私であって私じゃないんだけどな~。コメントにもそう返事を書いたけど、どういうこと? って言われてたな~」
不満は次々と口からこぼれ落ちる。
「だいたい、私の絵、おかしいかなぁ? 自分では結構上手く描けてると思うのに……。応援してくれてるみたいなのは嬉しいけど、絵も文章も面白おかしいって、それこそどういうこと? って感じだよ~」
ぶつぶつぶつぶつ。
蜜愛の独り言は留まるところを知らない。
「宇宙王子さんだけは、いつも私を擁護するコメントをしてくれるんだけどな~。私の絵も、味があっていいって言ってくれてたし」
宇宙王子とやらのコメントを思い返し、不満顔からニヤニヤ顔に戻る。
味がある、の前に、あれはあれで、という言葉がついていたことなどすっぱり無視して、蜜愛は自分に都合よく解釈しているようだ。
「もしかして宇宙王子さん、私に好意を抱いてくれてたりして……。なんて、あは、私ったら、なに考えてるのよ!」
にへらにへら。
ヨダレすら垂れ流しそうな、周囲がちょっと引いてしまうほどの笑顔をさらしている。
そんな感じで、締まりのない顔のまま通りを歩いていた蜜愛に、前方からじっと視線を向けながら近づいてくる人影があった。
影は三つ。
全員、日本人とは思えない顔立ちをしている。
長髪をなびかせる、淡いグレーのスーツに身を包んだ男性――。
激しく跳ねさせた真っ赤な髪の、上下にワイルドなデニムを着た男性――。
ヒマワリの髪飾りをつけたボリューミーな髪を揺らす、和装をまとった女性――。
それはまさしく、先ほど喫茶店で会議らしきことをしていた、あの三人の宇宙人たちに他ならない。
「うわ~、外人さんかな~? 長髪のスーツの人、爽やかでカッコいいな~。隣の赤い髪の人は、ちょっと怖そう。腕の筋肉とか、すごいな~。わっ、あの女の人、外人さんっぽいのに着物だわ~。とっても素敵かも~!」
もちろん蜜愛は、この感想も独り言としてしっかりと声に出していた。
ただ、その声に気づいたからというよりは、最初からそのつもりだったとしか思えない動作で、三人は蜜愛の目の前に立ちはだかる。
横並びで迫ってきたため、蜜愛としては避けて通ろうとしたのだが。
「ねぇ、キミ。ちょっといいかな?」
スーツの男性から、爽やかな声がかけられた。
「あっ、はい……?」
蜜愛は首をかしげながらも、素直に答える。
その頭の中には、この外人さん、日本語上手だな~、といった思いが浮かんでいるに違いない。
「これから少しだけ、つき合ってもらえないかな? 時間は取らせないから」
突然見知らぬ人からかけられた言葉として、これはあまりにも怪しい。
しかし、スーツの男性の爽やかな印象が功を奏したのか、それとも単純に蜜愛が抜けているだけか。
おそらくは後者だろうが、蜜愛はまたしても素直に返事をしていた。
「はい、まぁ、少しくらいなら……」
「よし、じゃあ来い!」
肯定するやいなや、赤い髪の男性が強引に蜜愛の腕をつかんで引っ張る。
「ちょ……っと、痛いです……!」
「ごめんなさいね。ですが、重要なお話がありますの。わたくしたちを信じて、一緒に来てくださいませ」
文句を言う蜜愛を、和服の女性が優しく諭しにかかる。
赤い髪の男性に腕を引っ張られたままだったものの、その女性の柔らかい物腰に、蜜愛はすっかり警戒心を解いてしまった。
「そうですか、わかりました」
あまりにも無防備すぎる。
相手が悪意を持って近づいてきたやからであったなら、どんな凄惨な結末が待ち受けていたことか。
蜜愛の将来が少々心配になってくるところだが。
今は宇宙人三人とのファーストコンタクトの様子に注目しておくべきだろう。
蜜愛が連れていかれたのは、人もほとんど通らない、行き止まりの路地だった。
まだ昼間だというのに薄暗く、様々なゴミが散乱しているという、見るからに怪しげな場所だ。
さすがの蜜愛も、怖いな~という思いは抱いていた。
それでも、ここまで来て逃げ出そうものなら、余計に怖い思いをする結果が待っているかもしれない。
今はどうにか気持ちを抑え、様子を見ている状態のようだ。
もし本当にヤバい相手だったら、様子見なんかしていないで、一刻も早く逃げたほうがいい場面だろうが……。
「あの……それで、いったいなんの用でしょうか?」
蜜愛は意を決し、震える声をしぼり出す。
そんな彼女に迫る、赤い髪のワイルドな男。
「お前を殺す!」
「えっ!?」
あまりのことに驚きの声しか出ない。
「あなたは黙ってなさいな!」
すかさず和服の女性がたしなめる。
というか、ワイルドな男性の尻の辺りに強烈な蹴りを入れる。
着物姿から繰り出される蹴撃って、なかなか絵になる光景だわ、などとやけに余裕のある感想を思い浮かべる蜜愛だった。
「申し訳ありません。この人、ほんと野蛮で……」
「い……いえ、気にしないでください」
蜜愛がどうしてここまで落ち着いていられるのか、それはひとえに、三人の容姿が影響しているからだと言える。
その三人の姿は驚いたことに、自分が小説の中で思い描いていた三人の宇宙人とそっくりだったのだ。
もっとも、実際にブログにアップされている蜜愛自身が描いたおかしな絵とは、似ても似つかないのだが。
「まずは、僕たちの自己紹介をしておくね。えっと……そうそう、僕はこういう者だよ」
爽やかな長髪の男性が、スーツのポケットから長方形の厚紙のようなものを取り出す。
「名刺……?」
そう、それは名刺だった。
宇宙人のくせに名刺とは。郷に入りては郷に従え、というやつだろうか。
「あっ、これはどうも、ご丁寧に」
慌てて両手を差し出し、蜜愛はその名刺を受け取る。
一介の女子高生でしかない彼女には、返せるような名刺はないのだが。
蜜愛が受け取った名刺には、会社名やら肩書きやらといった情報はなにも記されていない。
名前の漢字とその読み仮名が書かれてあるだけだった。
「沙羅双樹?」
「うん。僕の名前だよ」
一見して名前だとは判断しづらかったが、本人がそう言うのだから間違いないだろう。
「沙羅が名字で、双樹が名前ですか?」
「え……? ん~と、どうなんだろうね?」
自分の名前のはずなのに、どうなんだろうね、とは。
不信感を覚える蜜愛だったが、続けて他のふたりも名刺を渡してきたため、素直にそれを手にする。
「俺は獅子春人だ。よろしくな!」
「わたくしは瑠璃月です。どうぞお見知りおきを」
「はぁ、どうも……。私は姫鷺蜜愛です。こちらこそ、よろしくお願いします。やっぱり外人さんなんですね~」
「え……ええ、そうですわね。もともとの名前を、この国の字に当てはめてみたという感じです。名字は省略して、名前だけになってはおりますが」
「それじゃあ、沙羅双樹さんと獅子春人さんも、全体でひとつの名前なんですか?」
「ええ、そうなりますわね。長ったらしい名前かもしれませんが……」
「そうですね……。あっ、だったら、沙羅さんとレオさんって呼べばいいですよね?」
「うん、まぁ、そうだね」
「おう! 俺も構わねぇぜ!」
「瑠璃月さんは、ルリさんかな?」
「いえ、わたくしは瑠璃月と、略さずに呼んでもらいたいですわ」
「ふむ……。わかりました! 私のことは下の名前で蜜愛って呼んでくださいね!」
こうして自己紹介を終えた面々。
宇宙人三人を代表するかのように、瑠璃月が話し始める。
「それで、わたくしたちがあなた……『ゴッド』に会いにきたのは、他でもありません」
「ちょっと待った~!」
いきなり、蜜愛が瑠璃月の言葉を止める。
「ゴッドって、なんですか、それ!?」
「あなたのことですわよ、蜜愛さん。わたくしたちは、あなたのことを『ゴッド』と呼んでおります」
「ええええ~~~っ? どうして~~~!?」
わけがわからない蜜愛を置いてけぼりにしながら、瑠璃月は話を続けようとする。
「それで、わたくしたちは……」
「いや、ここは解説を加えたほうがいいよ。ゴッドが困ってる」
助け舟を出してきたのは沙羅双樹だった。
そんな沙羅双樹も、蜜愛のことをしっかりゴッドと呼んでいたのだが。
「えっとね、僕たちはキミのブログを読んでるんだよ」
「そうなんですか! ありがとうございます!」
瞬間的にぱーっと明るい笑顔に変わり、蜜愛は大きくお辞儀をする。
「いつも楽しませてもらってるよ」
にこっと優しい笑顔に、蜜愛はひとつの推論を浮かべた。
「あっ、もしかして! 宇宙王子さんって、あなたですか!?」
「え……? いや、違うよ。あれは僕じゃない。ついでに言えば、獅子春人や瑠璃月さんでもないよ」
不意打ちの質問に戸惑う沙羅双樹だったが、すぐに否定の言葉を返した。
「そうですか……」
沈んだ表情になる蜜愛。すぐにそれ以前の話題を思い出し、再度質問を返す。
「そ……それで、ゴッドっていうのは、いったい……」
「そりゃ、お前がブログで宇宙を改――」
「あなたは黙ってなさいな!」
なにか言い始めていた獅子春人の声は、すぐに途切れることとなった。
先ほどと同様、またしても繰り出された瑠璃月の蹴りによって。
そんなふたりの様子を見て苦笑を浮かべつつ、沙羅双樹が話を継ぐ。
「うん。あの小説、『かこまれたちきゅう』、すごくいいよね。僕たちも気に入ってるんだ。だから、神として崇めるって意味で、『ゴッド』って呼んでるんだよ」
「そうだったんですか! 気に入ってもらえて、嬉しいです!」
神と称されるほど気に入られていると知って、蜜愛は顔をほころばせる。
とはいえ、神はないだろう。本人もそう考えたようだ。
「でも、ゴッドはいくらなんでも恥ずかしいです。普通に名前で呼んでくださいね!」
「はぁ……わかりましたわ」
なぜかしぶしぶながら、といった様子ではあったが、瑠璃月も蜜愛の提案を承諾する。
「今日はこれで帰るけど、また会ったときにはよろしくね」
「またな!」
「それでは、ごきげんよう」
最後はやけにあっさりと。
そんな感じで、宇宙人と蜜愛とのファーストコンタクトは終わりを告げた。
あれ? これだけ? もっとお話してもよかったのに。
呆然としながら立ち尽くす蜜愛の手には、三枚の名刺だけが残されていた。




