相互理解は必須項目
「おはようさん、起きるのはやいなあ、メシはもう食ったんか?」
レイが食堂に下りていくと、リャスが一人で座ってオートミールのようなものを食べていた。
どことなく眠そうにし、目の下にクマを作っているかぎり、一睡もしていないようだ。
『朝食はもう先に部屋でいただきました。
それで、あの…昨日のことなんですが。』
リャスはスープを掬っていた手を止め、真面目な顔つきになり、前に座るように促した。
「分かっとる、国王なんてもん、すぐに決められんのも当然や。」
『はい、国王になってもいいです。』
リャスは頷く。
「そうか、でも諦めへんで、国王になっても良いって……って、は!?
いいんかいな!
そりゃまた…」
リャスは頷いたかと思えば、首を振り、勢いよく立ち上がってまたすぐに座りなおした。
『はい、よく考えてみれば別に国王になっても縛り付けられたりしないんですよね。
基本自由にしてくれるなら抑止力として国王になるのもいいかなって。
ラスもいますから一人じゃないです。
それに……もし何かあっても、今までラスと完膚なきまでにプチッと潰してきたので、同じようにしちゃえばいいことです。』
リャスは持ち前の高い危機察知能力に従って後半の発言を脳内消去した。
思わず立ち上がったリャスを尻目にレイはテーブルの上にイチゴに似た果物フレサの実を数個出現させ、ラスに言われたとおりに(美容のためとは気付いていない)食べる。
そのまま、二人が食べ終わるまで会話が始まることもなく、時は過ぎた。
「ところで、一人みたいやけど、ラスはどうしたんや、まだ寝とるんか?」
暗に一人でいることを咎めつつ、ようやく朝食を食べ終えたリャスがプレートを戻してきてからイスに座ったまま待っていたレイに尋ねた。
『ラスですか? お風呂に入ってますよ。』
「風呂? なんやあいつ朝風呂派やったんかい。」
ニヤニヤとリャスがからかうネタが出来たとばかりに含み笑いをした。
『いいえ、昨日お風呂に入るのを(杖で殴ったりして気絶させたから)忘れただけです。』
リャスはなんとなく今の会話の中に省略された物騒なものがあるような気もしたが下手につっこんではいけない気がしたので、そうか、と言うに留めた。まったくもってたいした危機察知能力である。
レイは満面の笑みで微笑んでいるが、そこだけ見えないブリザードが吹き荒れている。
実はラス、あの後も風呂に入ってこようとしたので杖で殴った後レイが《睡魔》のスペルを唱えて眠りに誘い、そのまま床に放置したのである。
ラスが起きたら朝で、身体に毛布が掛かっていたというなんとも情けない事情があったりする。
そのため、今の時間になってようやく風呂に入ることになったのだ。
ちなみにレイはぐっすりとベッドで寝ていた。
リャスはなんとなく悟り、ラスに少し同情した。
そうとは知らず、ラスがやっと食堂に下りてきた。
心持ち髪が湿っている。
「なんだ、レイ、もう話したのか。
つまらん、リャスのアホ面が見たかったのに。」
「アホ面とはなんや、アホ面とは!
このワイのクールでセクシーな顔のドコがアホ面やねん!
火ぃ吹くぞ、コラぁ!」
確かにリャスは黙っていれば学者であり、魔術師でもあるので全体的に線が細く、(とはいってもエルフはたいてい線が細いが)知的でミステリアスなエルフ美人である。
もっとも口を開いてしまえば、知的というよりは口が軽く、ミステリアスというよりは胡散臭くなってしまうが。
「クール? セクシー? はん、鏡を見て出直して来い、そういうのはレイにこそ相応しいんだ。」
「レイと一緒にするなボケェ! 次元がちがうんや!」
『ラスは格好いいぞ。』
二人のじゃれ合い(?)を楽しく見守っていたレイが思ったままを口にする。
「ま、オレは格好良いな、レイは綺麗系、リャスはうさ……不思議系?」
ラスは直前で言い直す。
『うさ?』
「絶対胡散臭いとか言おうとしたやろ、オイ。」
ひくりと頬を引きつらせてリャスが食って掛かった。
ラスはあらぬ方を見て無視している。
「チッ……無駄に目ざといな(ボソッ)」
キャンキャンとその言葉も聞きつけたリャスが猛抗議しだした。
「黒っ、コワッ! 酷いで、コイツ酷いでレイ、あかんで!」
食ってかかるリャスに聞き流すラス。意外といいコンビになりそうだ。
もっとも、ラスがレイから離れるとは思えないが。
二人の言い争い(レイにとってはじゃれ合い)が一段楽した頃。
「それにしても、どうしてレイの時はあの結晶、虹晶だったか? 割れてしまったんだ?
危険があったじゃないか、危うくレイの柔肌に傷がついてしまうかもしれなかったんだぞ。」
どうしてくれる、と、どちらかと言うと虹晶が割れたことよりもその破片でレイが傷ついたかもしれないことに重点を置いて責めているところにラスの性格が現れている。
「ワイかてまさか割れるなんて思ってなかったわ。
知識としてなら虹晶がパリンする状況っていうか原因っちゅうか知っとったけど。」
『割れる理由があったんですか?』
「ある、あんま知られてないけど実はあったりするんよ。」
本来、虹晶というものはとても硬質で、ダイヤモンドで地道に削っていくしか方法はないと言われている。
しかし、魔術師の間では半信半疑ながら脈々と受け継がれてきたもう一つの方法がある。
それは
「ハンパない魔力を一気に注ぐ、やな。
まさか本当やったとは思っても見いひんかったわ。」
呆れたように、しかしリャスは眩しい物でも見るようにレイを見た。
「ハンパない、ね。ま、オ……レイだしな。
逆に言えばレイで割れなかったら誰が割るって話なんだけどさ。
レイは魔法に関することなら知識面でも技術面でもあっちの世界では随一の力を持ってたぜ。」
『オの次に何が来るのかは聞かないでおいてやる。
まあ、魔法に関することがハイエルフの特性でしたから。デメリットを補って余りあるメリットということです。』
その言葉に一応納得したのかリャスはもう一つの方法を話し出した。
「まあ、ハイエルフっちゅうのは謎の塊みたいなもんやからなあ。
もう一つの方法はな、いや、その前にまず、基本として赤の平均魔力保持量を一とするとやで。
橙はその四倍の保持量の四、黄は十六、って感じに四を掛けていくと分かりやすいで、紫で赤の四千九十六倍、つまり紫一人で赤の者の四千人分の魔力を持っとるってことや。
それだけですごいってことが分かるやろ?
そんで、配られとった虹晶は赤の五千倍以上の魔力を注がれると砕ける……らしい。」
最後のほうは自分の言っていることの滑稽さに気付いたのか小さくなってゆく。
さもありなん、レイ自身も半信半疑なのでしょうがない。
『つまり、私の魔力保持量はまだ未知数ってことですか?』
「言ってしまえばそういうこっちゃな。でも王都に行ったら簡単に分かるで。
王都セイレーンにある王城の中には虹球の間っちゅうところがあってな、その名のとおり部屋の中には大人一人半ぐらいの球体の虹晶が真ん中に安置されとるんや。
虹球は二段階目、つまり藍紫とかやな、まで計れたり、紫紫以上までも計れたり、それを数字に出したり出来る物なんや。」
ま、言うたら虹晶のスゴイ版やな、と、どや顔で見てくるリャスに、パチパチと気のない拍手を送るラス、そして二人を頭の片隅に置いたまま一人マイペースに考え事をしているレイ。
まったくもって協調性がないことこの上ない。
しばらくはそのままだったがふとリャスが固まり、次いで叫ぶ。
「せや! 危うく忘れるところやった。あかん、あかんで!
あのな、セイレーンで思い出したんやけど、お二人さん、すまんけど一緒にセイレーン城まで来てもらうで。」
何を言い出すかと思えばそんなことかと、曲がりなりにも国王になるのだから当然そのつもりだった二人にとっては何を今さら、なことのため、心配して損したと安堵して息を吐いたのだが、
そうとは知らないリャスは二人のついたため息を誤解し、慌ててその理由を述べた。
「あのな、藍以上の色が出た者は一回虹球の間で詳しく計ることが義務付けられているんや。
これは国際会議で決められたことやからどこの国でも同じやで。
虹球の間はたいていの国には作られとるからそこんとこどこでも計っていいんやけどな。
ま、セレス国の虹球が一番デカくて精度が高いんやけど。ふふん。
やから、レイだけやなくてラスにも計ってもらわなあかんねん。」
ふうん、とやはり魔法をあまり使わないがゆえに興味がないことが丸分かりなラスの返事とは対照的に、
先ほどからどうにかして虹晶を手に入れて解析してみたいと好奇心で一杯のレイ。
そこにレイにとっては朗報が。
「レイ、レイ、アレやったらセレス国で採れるから結構他所より簡単に手に入るで。」
ぱああ、とレイの周りに花が散る幻覚が見えて慌ててリャスは首を振る。
あれー、おかしいな、寝不足でワイ一瞬幻覚が見えたで、とラスに言おうと横を向くが当の本人はほのぼのと喜んでいるレイ(幻覚付き)に悶えていた。
変な人おるでー、レイー、逃げやー。
いつ何時グリムリ国との間で戦争が起こるかもしれないという暗い世情の中、ほのぼのとした雰囲気が漂う。(若干一名疲労困憊しているのは無視)
藍二名に紫超えが一名というまさしく人外魔境。
事態は始まる前から既に決していたと、後に苦労することになる王の側近は語った。
最強ともいえる三人がこのような状況のため、意外と未来は明るいかもしれない。
とりあえず、まだ見ぬグリムリ国に黙祷を捧げておこう。
「あかん、ラスは一見ツッコミに見えてボケやった。そやかてレイは天然ボケやし。
ワイには荷が重過ぎるんとちゃうか?」
どよよんとした雰囲気で哀愁に満ちたリャス。
「ゴホンッ、えーとな、明日にでもこの村を出発したいんやけど。」
会話も終わり、レイが出したティーセットで食後のお茶を楽しんでいると、藍色の美しい手帳に目を通していたリャスがそう切り出した。
『明日、ですか。随分と早いですね、もう少しこの村で常識を学んでおきたかったんですが。
分かりました、何か理由があるのでしょう、後で食料でも買い込んでおきますね。』
「何で早く出るんだ?」
別にどうでもいいが一応のために聞くラス。
「出来るだけ早く王位につけたいのもあるんやけど、実はこん村ん中にダークエルフがおるみたいなんや。見つかって騒ぎにならん内に出よう思ってな。」
ダークエルフは肌の色が黒く、エルフより少し力が強く、逆にエルフより少し魔力が弱い以外はエルフとそう変わりはない。
そのため普通の住民には区別がつかない者が多い。
幸いこの村はセレス国に近かったためエルフとダークエルフの不仲について知っていたのでリャスに教えてくれたのである。
「教えてくれたおっちゃんによるとな、一人でセレス国に入国しようとしとるらしい。しかもセイレーンを目指しとるらしい。
で、そいつよりも先に着いた方がええと思ってな。」
何ともまあ物騒な香りのする話である。開戦間近と言われている敵国に一人で乗り込む。
すわ宣戦布告かと男が聞くと、どうやらそうではないらしい。
むしろ和平を申し出に行くとのことだったそうだ。
「何と言うか、急展開な話だな。」
『…何かがあったのだろうか。』
「分からん、分からんから先に着く必要がある。もしくは監視も含めて一緒に行くか、やな。」
リャスの言葉を聞いてレイが微笑む、その瞬間ラスは立ち上がり一歩引き、リャスも背中に氷塊が落ちる思いがした。
反応の仕方に経験の差が出ている。
『……何ですか二人ともその反応は。』
「「いや、別に。」」
さっと二人はあらぬ方に目を逸らした。
じっとレイは二人を見つめていたが
『はぁ、別に変なことは考えてないですよ。
ただそのダークエルフと会ってみたいな、と思ってただけで。』
((十分たいしたことなんじゃ……))
ガタ…コツコツコツ…
『部屋に戻っていますね。』
「まて、レイ、オレも行く。」
コツコツコツ…パタン
「……つまりそいつ探して来いってことかいな、しゃあないか、はぁ。
いくらこん村が小さくても一人を探し出すのは大変なんやけどな。」