異なる世界、重なるモノ
二人は興奮し、変人化したリャスを落ち着かせるためにいろいろと涙ぐましいほどに頑張った。
例)状態異常を無効化する万能薬を飲ませてみる、鎮静効果のある魔法をかけてみる。etc…
効果はほとんど無かったが…
『落ち着きましたか、落ち着きましたね? もう急に笑い出さないでくださいね。
私たちは北の国と西の国の真ん中付近にあるセレスの森を探索していました。すると森の大樹がいきなり光りだしたんです。収まったらこの辺りに倒れていました。
…あの、どうしました?』
落ち着いていたリャスは今度は考え込み始めた。
「ブツブツ…森やて?…いや、なんでや、どっかとつながっとるんか?……ブツブツ…んんー?……ったいわ!」
ゴスッ!という音がふさわしいほどのスピードでリャスを殴ったラス(苛ついているようだ)は今度は攻撃呪文を唱え始めた。レイにこれ以上変人を見せたくないようだ。
「……大地に潜みし灼熱の焔よ 吹き出……」
「だー! まてや、まてや! 滅茶苦茶物騒やな、オイ。
ワイは学者なんや!そやから、どうしてもそーゆう話とか聞くとシャーって自分の世界に入ってしまうんや。これだけは堪忍してくれや。学者の宿命ちゅーわけやな。」
レイは大げさなまでに焦って謝るリャスに微笑みながら(若干黒い気がする)手を振って安心するように伝えると、ラスにむかっていつのまにか取り出していた杖(物理攻撃力が高い)を向け、下から上に思い切り振り上げた。
ブンッ…グハッ!
あわれ、ラスは三メートルほどぶっ飛ばされて昏倒した。
目の前を横切っていったラスに顔を引きつらせたリャスは、怖っ、バイオレンスや、ドメスティックバイオレンスや、レイって黒いわー、と呟いた。
一仕事終えたレイは殴ったときに乱れた髪を整えて、耳にかけた。
そのときに顕わになった耳にリャスが目を見張った。
「…嘘やろ、ちょっとまてや。」
リャスの声に気づかなかったレイはリャスを横切って、ラスに近づいた。既に傷は治っていた。
『ッチ、この頑丈め。ラス、いい加減におきろ。ラス!』
「なぁ、レイ、あんさん、もしかしてハイエルフとちゃうんか?」
不安と希望、興奮がごちゃ混ぜになった声で尋ねられてレイは戸惑う。
「だったらどうかするのか?」
いつの間にか気絶から回復していたラスが起き上がってレイを背中に庇い、警戒しながら問う。
今までに同じようなことで何かあったのか、表情は硬い。
「別に、せな警戒せえへんでええで。たいしたことやないんや。ハイエルフはめっちゃ珍しいからな、ワイもちょっとしか会ったことなかったし、学者として会えて興奮しとっただけや。まあ、ワイやなかったらちーと危なかったかも知れへんがな。
せや、向こうの、一時間ほど行ったところに今滞在しとる村があるんや。
そこで地図でも見ながらこん世界とあんさんらの世界の話でもしようや。飲み物くらい出すで。」
でも行くんやったらレイ、耳は隠しといたほうがええで。
それはどういう意味か聞こうとするラスだが、ここまであからさまに話を変えられ、思わず言い詰まった。
元々その村に行くつもりだった二人に否があるはずも無く、三人は村への方角に足を進めた。
パーティーにリャスが入りました。
どこからかそんな幻聴が聞こえた気がした。
ところが、実際には村に着くには三時間以上も掛かった。
リャスのモンスターとのエンカウント率が半端なく高かったことが原因だろう。
湖で水を汲もうとすると湖の主が現れ、道を逸れると巨大熊、大蛇etcに襲われ、心休まらなかった。
あまりの質より量のモンスターの数の多さに圧され、魔法を連発して集中力の切れかかっていたレイが巨大熊の爪攻撃を避けきれずに腕を掠って血を流したときは、急いで傷を癒したレイが杖でラスを殴らなければ、あやうくラスが森を焦土と化すところだった。
「ハァハァ、……フゥ、ここが…村、といってもワイはもうすぐ王都に向けて行くんやけどな。」
『………(ぐったり)』
「…ハァ、何でお前はあんなに襲われてんだ! あそこは野生の王国か!」
ビシッと今まで襲ってきたモンスターから採集した物が入った袋を持ち上げて指差し、ラスは吼える。
コクコクコク
レイも無言で息を整えながらも何度も素早く頷いていた。
当然といえば当然かもしれない、あんなに襲われていれば。
「イヤイヤイヤ。ワイかて全然なんでか分かってへんわ、今日は厄日なんやろか、いつもはちゃんとモンスター避けの守護薬かけてるから、モンスターは寄って来んのやけどなぁ
…ガサリ、……ん? あ、今日使ったんは邪気薬やった。」
いやー、どおりでモンスターがわんさか寄ってくるわけやわぁ。ははは。
カラカラと乾いた声で笑うリャスの頭にとりあえず一発拳を落としたラスはレイを連れて村の中へ入っていった。
「てて、でもなんで邪気薬なんて入ってたんやろ、ワイあんま戦わへんからそんな危ないのん買った覚えないんやけどな。まさか、誰かの陰謀? あんさんらはどう思う? ……ん? っておらんのかい!」
せめてなんか言ってから行けやー!
いけやー
やー
傾きかけた陽の中でリャスの声が虚しく響いた。
『ここは何処なんだろうな、北の方で採れるビズベリー、西のほうで採れるセキル、ということは北西のセレスの森の近くなんだろうか。』
村の中心部に向って歩いて行きながら小さな果物店を覗いたレイがそう推測する。
「それならワイがどのへんか教えたるわ、これでも歴史学とか得意やねん。
とりあえず、ワイの泊まっとる宿屋にでもいかへん?
っていうか置いてかへんといてや、ひどいで。」
追いついてきたリャスが、ワイ役に立つで、とばかりに笑顔で提案してきた。
どちらでもよかったレイがラスが頷くのをみて、リャスの案内に従い、宿屋へと急いで行く。
ちょうど夕立が雷鳴を連れてやってきたところだった。
宿屋に着いた瞬間、扉の外からザーザーという雨音が聞こえてきた。
やがて雷鳴が鳴り響き始めた頃には既に部屋を取って、三人は円テーブルを囲うイスに座っていた。
レイはひとまず落ち着くために道具袋から好物のセキルの実を三つほど取り出し、スキル、《圧搾》を使って、ジュースにしてグラスに注ぎ、テーブルに置いた。レイとラスにとっては何気ない動作だったが、リャスの受け取り方は違っていた。
おっかなびっくりとセキルのジュースを持ち上げて覗きこんでいた。
「それ、どうやったんや? 空中で果物が搾られてったみたいやけど、……ん?
なんや二人とも、こっち凝視して、アレか、ワイの格好よさにやっと気づいたんか。」
くだらないことを言うリャスの言葉を聞きながら、
レイは背筋が冷たくなってゆくのを感じ、ラスも同じようなものを感じているだろうと頭の片隅でぼんやりと思った。それくらい《圧搾》は一般的なもののはずだった。
「…何を言っているんだ。《圧搾》なんてスキル便利だから皆持っているだろ?
NPCだって例外じゃない、バーテンダーだってしなければならないから必須技術なはずだぞ。」
レイは今までの違和感が急速に目の前で形作られていくように思われて、ステータス画面を呼び出して操作し始めた。
「スキル? NPC? 何やそら、聞いたこっちゃ無いわ、さっき使こたんは魔法とちゃうんか?
ワイ、結構生きとるケドそんなん見たことないから興奮してきたんやけど。それ習得したらいろいろ搾るのに楽そうでええなあ。……って、ん?」
ここにきて、ようやく双方の食い違いに気付きだしたようだ。
「まさか、まさか、あんさんら本当に異世界から来たんとちゃうか?
異世界から来たんは冗談で、精々遠い地方から移動呪文に失敗でもしてぶっ飛ばされて来たとか思っとったのに。」
「いや、でも、まさか……」
『もしかしたら、ここは本当に異世界なのかもしれないな。
ラス、一回ログアウトしてみろ。』
今までずっと画面を弄って会話に入ってこなかったレイが唐突にいった。
顔色が少し青ざめているのは気のせいではないだろう。
ラスは疑問符を浮かべながらもレイが言うならとログアウトをする手順を踏むが、徐々に驚愕に染まっていく。
先ほどからレイはログアウトを選択しているのだが、“ログアウトしますか?”の画面で“yes”を押しても元のステータス画面に戻るだけで何の意味もないものだった。
「まさか、本当にここは……」
異世界なのか事態の重さを本格的に悟った二人はこうなったからには、と腹を据えてリャスを睨むように見つめた。気圧された感のあるリャスは若干腰が引けていた。
え? なんかワイ食われそう…
「おふたりさん? 目が、目が怖いで、もうちょっとリラックス、リラックスせなあかへんで。
とりあえず、あんさんらが異世界人だと仮定して、この世界のことを説明しとくな。
この世界は大小……いくつや? まあ数十の国がある。
大国で言うと、東西南北の国、中央にあるギルド主体のツンフト国、北西にエルフや竜族が集まって暮らしてるセレス国、ツンフト国を間に挟んでセレス国の反対側の南東にあるダークエルフや魔族、知能のある高位モンスターがおるグリムリ国。あとは小さい国やな。どや、ここまでで知っとるのはあるかいな。」
どうやらまったくの知らない世界ではないようだ。だが、セレス国、グリムリ国というのは月の王の世界には存在していない。そのことを話すとリャスは難しい顔をして部屋にあった机から地図を持ってきてテーブルに広げた。レイとラスは密かにスキル、《メモライズ》を使って地図を新しく登録した。
「これがこの世界セレネミスの地図や、セレス国とグリムリ国が無いちゅーことは、五大国と小国だけか、基本的には戦争してないことは一緒やな。他には……」
世界が違えば常識も変わってくるようだ。
たとえば、挨拶で頭を下げると相手への隷属を示したりするので間違えたりしたら大変だ。
「はー、これは超天才学者なワイが常識を叩き込んどいた方がええな。」
『できればお願いしたいです。』
「分かった。とりあえず誰でも知ってそなことだけ教えとくわ。
この世界の共通通貨はF言うんや。」
ジャララ…コトリ
「いいか、見てのとおり左から銅貨、銀貨、金貨、んで、ここにはないけど白金貨、晶貨や。
銅貨一枚が1F、銅貨百枚で銀貨一枚分、銀貨百枚で金貨一枚分、以下省略や。簡単やろ?
ん? どんくらい価値があるか? そやな、この辺りの村やったら、メシ食うのに銀貨四、五枚あったら十分やで。
一般的な初心者の冒険者用の剣やったら金貨一枚あったら買えるとちゃうんかな。曖昧? ワイ剣なんて使わへんし、知っとるのは杖ぐらいやで。
じゃあなんで剣で説明しようとしたか? 知らへんよ、そんなん、なんか天の声? が聞こえてきたんやもん。
なんやねん、電波系って、冗談に決まっとるやろ。
……何の話しとたっけ? ああそうや、杖は金貨二枚はいるで、どうしても魔法触媒を付けて魔力を付与せなあかんから割高になるんやってさ、これ武器職人の友人の受け売り。」
……………………
…………
…
「…ご苦労さん、こんくらい覚えとけば、あとは遠いところから来たって言えば誤魔化せるやと思うで。
そういえば、もうこんな時間か、三時間も話しとったんやな、今日はここに泊まるやろ?
宿のオバちゃんに言ってきたる、ここ二人部屋やからここでえやろし。
戻ってきたら何かお金と交換できそうなんと交換したるわ、ほなチャッチャといってくるから待っとき。」
キィ…パタン
返事をする気力も無いのか、一気に沢山の知識を詰め込まれ、ラスはテーブルに突っ伏して手だけをヒラヒラ振った。さすがにレイも頭が痛いのか、情報を処理しているからか、米神のあたりに手を当てていた。
『本当に私たちは異世界、もしくは月の王という0と1の世界にきてしまったみたいだな。
夢か何かだと否定するにはここはリアルすぎる。世界観が月の王に酷似しているらしいことが救いか、これでわけの分からない世界だったら目も当てられなかっただろうね。』
先ほど《圧搾》で出していたセキルのジュースを飲んで、頭を使いすぎてほてった身体を冷ましながら、レイはどこか自分に言い聞かせるように呟いた。
いつの間にか雨は止んだのか雨音は聞こえず、夜独特の静寂と共に、下の階のおそらく食堂の辺りから人のざわめきが聞こえてくる。どうやら夜は酒場と化すようだ。
と、いきなりラスが顔を上げてレイに太陽のような笑顔を惜しみなく見せた。
「とりあえず、目下の目標はどうやったら帰れるか探すこと! んでもってせっかくの異世界だ、楽しまなきゃ損だ!
でも、死んだら帰れるとか生き返れるとかは分からないから試せないな、蘇生魔法があるかはあとでリャスに聞いといたほうがいいな。とはいえ、ま、気楽に行こうぜ、ケ・セラセラだ。レイ、そんなに気にしてもどうにもならない、気をもむなよ。」
どうやら何かふっ切れたようだ。元から楽観主義のきらいのあるラスは、レイに危険のあることでないかぎり気楽である。既にこの世界に胸を躍らせている。
そんなラスを見ていると、レイはなんだか自分だけ真剣に考え込んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
ああ、ラスは…
『ふふっ、そうだなこうなったらとことんまで探索してやろう。
頼りにしているよ、ラス?』
意味深な笑顔で見つめられ、蛇に睨まれたカエルの気分を味わいながら、あ、これはちょっと早まったかも、とラスは早くも少し後悔した。