平穏、築くは難く、崩すは易し
『なんでこうなったんだ…』
杖の一振りで辺り一面を氷の世界にし、相手を恐怖に陥れながら
レイこと、レイ・ラティーシャ・フォン・ロストセレス 、は不満そうに呟き、画家がいれば即座にその足元にひれ伏し、絵に描かせてくれとたのむような顔をしかめた。
レイは現実でもその美貌から、力仕事をしたことがなかった。
別段、レイは病弱というわけでもなかったのだが、日本人にしては白過ぎる肌が彼をより儚いものに見せた。
そして、幼なじみがまるで恋人のように扱い、力仕事をさようとせず、溺愛したため、自然と周りの高校のクラスメイト達も大切に扱った。
レイ自身は家事洗濯から何まで自分で出来たので嫌がったのだが、
家事がまったくできない幼なじみのために弁当を作っていたのでそれであいこになると割り切った。
もっとも、学校では公認カップルとみられていたが
レイ自身にはそんなつもりはない。
幼なじみの行為は物心つくころからのことだったので疑問におもっていないのだ。
そのためだろうか、レイは体を動かすことに興味を持ち、月の王という人気なゲームに興味を出した。
月の王とは、主に日本を中心とした世界中でプレイされているファンタジーな剣と魔法のバーチャルリアリティなゲームで、日々更新されている。
レベルは上限なしなのだが、100以下は新人プレイヤー、400で平均、650で上級者といわれる。
とはいっても、そのレベルは徐々に上がってきているそうだが。
職業は100以上、副業もある、
呪文や技術は3000を超えたらしい。
だが、それすらも彩りを加えるだけでしかない。
よりゲームの質を上げ、面白みを深めているのは種族とその選び方の奇抜さにある。
最も多い種族は四割を占める人間、次いでドワーフや魔人、ヴァンパイア、その他にも二十種ほどを普通種と呼ぶ。
そして稀少種に竜族とエルフがあり、よりすくないのがハイエルフである。
何故竜族やエルフ、ハイエルフがすくないのか
まず、ゲームを始める時にチュートリアルで自分の顔や身体をベースに、少し美化されたキャラクターを数体ほど作られる。
その時に自分の顔立ちや骨格にあった種族を十種類ほどの中から選ぶことができる。
そして、その中でも容貌が格好いい者は竜族、美しい者はエルフが選択肢に加えられる。
どちらも基礎能力が普通種とは前者は体力や物理攻撃力が、前者は魔力や魔力攻撃力が比べられないほど秀でているので選択肢に現れた場合、基本的に皆はそちらのほうを選ぶ。
しかし、二つとは違い、ハイエルフの場合は強制的に選ばされる
ハイエルフは傾国の、と形容されるような、エルフになる者よりも圧倒的な美貌をもつ者がなる。
ハイエルフはエルフの王族、という意味があるため、エルフよりも美しくなければならないのだ。
そうなると必然的に数が絞られてしまうために、強制なのである。
竜族には負けるが普通種よりも体力、攻撃力があり、魔力、呪文習得速度に関しては他の追随を許さない。
レベル10のハイエルフとレベル200のエルフがまったく同じ、《爆発》の呪文を唱えたとしてもハイエルフの方が強力な破壊力をもつ
更にエルフの攻撃はハイエルフには効果がない、
などの恩恵がある一方、NPCを使ったイベントがある時に、事前に知らせがあるが、
強制的にイベントのために利用されることがあったりする。
レイは自分がどうやら人から美人と言われているらしいと知っていたので、竜族やエルフが選択肢にでるかもしれないが、無難にすべてのパラメーターが平均の人間にしようと思っていた。
3ヶ月ほど先に月の王を始めていた幼なじみの飛鳥、月の王での名をラス、ラースフル・ドリューエンス・ハイエンド(月の王での名前は始めの名だけを自分で決め、後の名は勝手に決められる)が竜族であったので安心していたのだ。
ラスは
「人間に決められるといいがな。」
と苦笑いしていたが、蓋を開けてみれば選択肢はハイエルフの一つだけ
まさかのことにレイがショックで固まっているうちに、隣にいたラスによって決定され、二年後の今に至る。
竜族とハイエルフのコンビは最強で、二人はメキメキとレベルを上げ、レイは838、ラスは845となり、ギルドランクは二人ともSである(ギルドランクはSからGまでの8段階ある)
二人は名実共にトップレベルの実力を持っている。
今回も、ランクAのモンスター数十体の討伐の依頼をしているところだ。
『吹雪け、凍れ、樹氷となって永久に眠れ! 《凍結悪夢》!』
ゴオォォー!
轟音と共に目の前にいた十数体のモンスターは凍り、やがて光となってお金とアイテムを残して消えた。
呪文を詠唱している間中レイを守っていたラスは息を吐いて剣を収めた。
「さっすが、レイ!
一発だったな、愛してるぜ!
ん? レベルがあがってるぞ、よかったな!」
レイははしゃいでいるラスを尻目に辺りを窺い、モンスターがもういないのを確認して落ちていたアイテムを拾い集め、
『よし、帰ろうラス』
ラスの言葉を無視した。
「レイ? 返事は? レイ?」
期待したような目で見てくるラスに対し、
レイはおもむろにステータス画面を見て
『あぁ、本当だ、レベルが上がってる。』
と答えた、がラスは手を振り回して
「ちっがーう!
いや、あってるけど、
あってるけど、そうじゃなくて、俺も愛してるよ、とかさ」
レイはそんなラスを見ながら
『私もラスを愛してるよ。
これでいいか?』
と見事な棒読みで応えた。
「Sなレイもツンデレなレイも好きだー!」
と叫んでいるラスを無言で杖で殴っ、ゴホンッ! 訂正、無視して、
レイはギルドに帰還した。
『これを換金してください。』
結局ラスがレイと合流したのは、ギルドでレイが報告をして、報酬を待っているときだった。
ラスはレイに殴られ、しばらくの間気絶していた。
「レイ、幾らになった?」
燃え盛る炎のような髪を嬉しそうに振り乱しながらレイに駆け寄って来たラスを見て、ギルドにいた者たちは、
こいつ、忠犬か? と思ったそうな
『今、換算しているところだ。
呆れた、ラス、お前まだ怪我を治してなかったのか?
今治すから動くなよ。』
怪我を治しもせずに帰ってきたラスに呆れ、嘆息しながらレイは手をかざし、回復魔法を使う。
『彼の者に癒しを与えよ、《応急手当》』
ポワァ
別に詠唱しなくてもいいのだが、気分でレイは詠唱する。
基本、レイは上級魔法以上の呪文でも詠唱を必要としないがそこはレイの、詠唱したほうがらしいでしょ、という初級者の詠唱が長い者からしたら後ろから刺されそうな理由だったりする。
レイの掌から光の粉が溢れ、ラスの傷ついた箇所を治してゆく。
この呪文は低位の回復魔法で、対象のHPの四分の一を回復する呪文である。どんな種族でもレベル20以上で取得出来るという、なかなか基本的な魔法である。
さらに、エルフやハイエルフなどの魔力特化型は最初から使えるということなどから便利な呪文であると人気があり、初級者、上級者問わずに重宝されている。
ランクAのクエストを請けたにしては四分の一しかHPが減っていないところから二人の有能性がわかる。
はぁ、怪我ぐらいさっさと治してから帰って来い。
いやー、レイに治してもらいたくて。
などとレイとラスが雑談していると二人に声をかける強者が現れた。
「よっ!
レイ、ラス、久しぶり。
今日もレイは綺麗だし、ラスはレイに甘々だな!
で、だ。
おまえら、どんなクエストを請けてきたんだ?」
ラスの肩を叩き、レイの銀糸のような髪を撫で、二人の友人であるライカ、ライカ・ヒュノメ・ロックウェルがギルドにたむろしている人ごみを掻き分けてきて、話しかける。
185cmを超える偉丈夫であり、レイの身長を超える獲物の斧を背負っている。
種族は人間、ギルドランクはA
栗色の髪に青空を溶かし込んだような瞳をしている。
レイとラスはライカの飾らない態度が気に入っている。
レイは至高のアメジストのような瞳を瞬き、ライカの方を向き
『あぁ、ライカ、お久しぶりです。お元気そうですね。私たちは北のノルデンゲンブ国周辺に出没しているオークとトロールの群れ、およびそのボスを殲滅するランクAのクエストをしてきたところです。』
ライカは大仰に驚いてみせ、レイとラスがあまり疲れてなさそうなので肩をすくめた。
二人は基本、非常識な存在である。
普通なら、もっと沢山の人が必要なクエストなはずだ。
こいつら、ありえねぇ…
「そうかい、そうかい、それは面倒だったな。
しっかし、それにしても、また北か。」
顎に手を当て唸る。
ラスはその言葉に疑問を持ち、ライカに訊ねた。
「北で何かあったのか?」
ライカは意外そうにラスを見た。
「知らないのか?」
後になって思えばこれが始まりだった・・・
ひとまず三人は話をする前に報酬を受け取ることにし、ライカに先に宿で待ってもらう事にした。
ライカは自分も待つと言ったが、なにぶんギルドの建物の中は人であふれていたため、渋々宿に向かって行った。
ギルドの受付にレイとラスが行くと、丁度作業が終わったところだった
「レイ様、ラースフル様
クエストの完了が確認されました。
報酬はオークが24頭、トロールが16頭の計40頭
そして群れを率いていたバジリスクが1頭
オークが1頭550F、トロールが1頭1100F、バジリスクが7500F
となりますので、オーク13200F
トロール17600F
合計38300Fとなります。
こちらがそのお金になります。」
お疲れ様でした。
硬貨の入った袋を渡し、深々と頭を下げる職員に見送られながら
レイとラスはライカの待つ宿に急ぐ
「しっかし、毎度思うけど、NPCってのはなんであんなに敬語で礼儀正しいのかな
こう、背中が痒くなるっていうか、なんというか。」
ラスは顔をしかめ、誰ともなしに呟くと
『プレイヤーと区別をつけやすくするためか、
単にプログラミングが簡単なんじゃないか?』
意外にもレイが返答する。
ラスは成る程と頷き
「確かに、皆の口調が違うようにするのは色々と大変だもんな
流石オレのレ……バキッ!」
最後まで言わすことなく、レイはラスを見もせずに杖で殴った。
ラスに学習能力はないのだろうか。
『アホか、誰がオレのだ、誰が。』
レイの目は既に冷たい光を帯びていた。
「いてて、レイ、ゴメンって
機嫌直してください」
全く痛そうにせずラスは謝る。
レイの機嫌を取るのに必死だ。
レイは力をそれなりに込めて殴ったのだが、やはり竜族なだけあって頑丈だ。
まったくもって種族能力の無駄である
『ふぅ、もういい。
っと、たしかこの宿だったか?』
レイは宿の外見を見てラスに確認を取る
「あぁ、ここで間違い無いはずだ。」
ラスは当たり前のようにレイの為にドアを開きレイが先に入るのを待つ、
レイも慣れたように先にくぐり、宿の受付にライカのことを尋ねる。
『ライカという者が来ていませんか?』
受付はレイとラスを見て
「レイ様とラースフル様ですね。
ライカ様は二階の左から四つ目の部屋でお待ちです。」
二人は階段を登りながら、ライカのことを考えていた。
『ライカは北について何を言おうとしていたんだろう?
ライカは確か副業が情報屋だったよな、
だったら情報を集めるスキルで何か掴んだのだろうか。』
レイは不安と期待の入り乱れる感情を隠しきれずに目を輝かせながらラスを見上げた。ラスはあ、その顔可愛い、
とレイに知られたらまた杖で殴られるようなことを内心思いながら、そんなそぶりも見せず。
「もしかしたらそうなのかもしれない。
モンスターも増えているらしいし、
新しい町や国、ダンジョンができたんだったらすぐに行こうぜ!」
ラスは返しながら、またドアをレイの為に開けたのだった。