第四十三話 「通算自滅回数何回目だろう?―ユキヤ編その②―」
注意
今回はユキヤ視点
今回は特に長い。今回だけで一万字越え
「あーぁ、もうしつこいって」
「仕方ないだろう。これも任務なんだよ。だから死ねッ」
僕は上体を逸らして突き出された剣を躱した。そして身体を捻りつつ、その体勢から左足で回し蹴りを繰り出した。だが相手に右手で蹴りを防がれ、そのまま足を掴まれてそのまま投げ飛ばされた。とりあえず相手との距離を開くことには成功した。
「丸腰相手に剣振るってくるなよ」
「るせぇ、関係ないんだよ」
「勘弁してくれよ、ローグだっけか?」
僕は何とか空中で体勢を整えると襲ってきた相手――ローグを睨みつけた。実際、ローグは容赦無い。僕は今、武器を持ってない。『聖槍』はシノンの家に置いてきたし、刀身の氷は溶けちゃったしで今は徒手空拳で何とか凌いでいるけれど、正直回避で精一杯だ。
ところで、何でこんなになっていると言うと……。
午前六時頃……?多分、元の世界で言うならそれ位の時間。早朝ランニングを強制させられていると、頭上から無数の刃物が降ってきた。僕は驚きながらもそれらを全て、風の流れでナイフの軌道を逸らさせた。そして反射的に魔力を使って風を弾丸状にして一本の木にぶつけた。その木は激しい音を立てて倒れた。倒れる直前に一つの影が飛び出して僕から大体、二、三十メートル離れた辺りに着地した。僕はそっちを向くと、それは頭から黒いマントをかぶっていた。うん、あのマント。サイズは違うけど同じものを見た事があるよ。一人称が『ボク』の女の子が同じマント着てたよ。
「不意打ちは失敗、と」
「えっと、……どちら様?」
僕は何処かで聞いた声の主に敢て、とぼけてみた。いや、正体はわかってるんだけどね。双子でも女の子でもないし、ましてや聞き覚えのある声だからまだ遭遇してない二人なわけないしね。
向こうは僕の問いに満足したようにフフフッ、と笑いだした。あっ、この人ばれてないと思って満足げだよ。
「俺は『だ……」
「『弾劾』のローグ、だろ?」
台詞を遮られると、マントを脱ぎ棄てようと掴んだ右手が石のように動かなくなった。ショックだったんだな~。どうでもいいけれど。
ようやく動き出したローグはその場にしゃがみ込んで、地面に指をなぞらせ始めた。『ブレイカー』の連中って結構、コミカルなんだな。
「おーい、大j……」
「馬鹿が、油断したな」
僕が余裕をかまして突っ立っていると、何時の間にかローグの接近を許していて、ローグは下から剣で斬り上げてきた。僕はそれを右に避けてそこからローグの懐に入り込んで剣を奪おうとした。だが、それはまるで読まれていたように、無駄のない動きで防がれた。そこからはローグの一方的な攻撃を避け続け、冒頭に至る。
………誰に説明してるんだろう?ついに頭の病気でも発病したか?
とりあえず、距離は開けた。問題はそこからだ。せめて、ひのきの棒でもあれば何とか戦えるのにな。ドラ○エ定番のアレがあれば。クソッ…。
僕がしょうもない事を考えていると、何処からともなくローグに向かって数本の矢が飛んで行った。矢は真っ直ぐに飛ぶのではなく不規則な加速と軌道で飛んで行った。途方もない方向に飛んでいた矢が、垂直に落下したり、強引に曲がる様に軌道が変わったり。徐々に速度が上がったり、亀程のスピードの矢が急に光速に至ったり。あまりの不規則さに流石のローグも全て避ける事が出来ずに二、三本は顔を掠ったり、背中に刺さった。
「チッ、誰だ。名乗れよ」
「襲撃者に名乗る名前は持ち合わせてないですから」
その後も雨の如く勢いで変則的な矢が撃ちこまれていった。徐々にローグの掠り傷の数も増えていった。ローグも防ぎきれない事に苛ついてきてるようで、ついには魔力を使って矢を全て焼き払った。そして木の陰に隠れた。そして矢を放ってきてる人に向かって。名前を訊いた。……この前の島の時も僕らの名前訊いてきたな。何でだ?もう、主義とかそういう次元の話ではないような気がする。
少女の声が……というよりシノンの声が、ローグの要求を撥ね退けていた。声の方向からして僕の方なんだが、いかんせん気配が感じ取れない。ここまで気配を消せるって凄いと思うが味方もわからないって色々問題あると思うけどな。
と、そんな事を考えていると僕の真横に何かが勢いよく突き刺さった。
「わっ、び、びっくりした」
「ユキヤさん、それを使って下さい」
そう、僕の横に突き刺さった物はひのきの棒……ではなく一本の黒く輝く鞘に入った刀だった。僕はそれを抜いた。形状ははひたすらに真っ直ぐな直刀。柄は今まで使っていた刀と同じ物に変な窪みと白い中途半端な長さの布が伸びていた。刀身は鈍く輝く白刃。よく見れば柄のところに紙が括り付けられていた。それを見ると『|閃刀―風貫《せんとう ―かざぬき―》―取り扱い説明書※注:絶対に読むことbyコリエ(制作に半日かかりました)』と大きな赤字で書かれていた。中を見ると、中には大きな図説や細かい説明文が書き込まれていた。いや、あの人。変なところで手が込み過ぎてるって。しかも半日って……。
その取り説を片手に呆れていると、ローグはナイフやら手裏剣やら苦無やらが投げてきた。僕は風護を張りながら、片手間で取り説を読み始めた。えぇっと、何々…、ついてる布で魔力を自動チャージ出来て、鞘でも攻撃できるくらいに硬く丈夫で……。
「えっと、まずはじゃあ……絶風閃・双翔ッ」
僕は右手に刀を左手に鞘を構え、魔力を込めて振り放った。絶風閃・双翔の『双翔』はなんとなくでつけただけ。いや、二つ翔ばすから『双翔』なんだけどな。
とりあえず試しで放ってみた絶風閃・双翔だが、案外上手くいったみたいだ。適当な方向に飛ばしこそしたが、単純に考えてもただの絶風閃の二倍以上だ。木は綺麗に四分割された後、砕け散った。威力、範囲に手数。上出来だ。
僕は風護を保ったままで刀を納刀しながらローグの隠れた木に突っ込んだ。そしてその木ごと抜刀で切裂いた。だが、それは既に知っていたかのように抜刀を放つ直前に余裕な表情で木から離れていった。
……向こうの攻撃は疲れたり、癖が出たりするとき、意識して避けようとするときは当てられる。ただ、反射での回避の時は当たった事がない。逆に、こっちの攻撃は全く当たらない。寧ろ、相手に反射をさせる様な攻撃を出せない。だけど、シノンの攻撃は当たっていた。もしかしたら……?
「トレス、あの矢の軌道は全部計算で撃ってる?」
「え?え、い、いえ、違いますけど。全部撃ってみないとわかりません」
シノンはいきなりファミリーネームで呼ばれてうろたえていたが、それでも欲しい情報は手に入った。やっぱりか。随分と嫌な『能力』だ。
「『弾劾』、か。嫌な奴だよ」
「ほぉ、わかったのかお兄ちゃん。俺の『能力』が」
「いやらしすぎるだろ?人の考えや記録を調べるなんてな」
『弾劾』―― 犯罪や不正をはっきりさせて、責任をとるように求めること。日本語的にはそうだ。だが、この場合大切なのは結果じゃなくて過程だ。ローグは多分、人の名前を知る事でその人にまつわるエピソードを読めるんだと思う。未来は無理かもしれない。けど常に進んで行く「今」や「過去」はいくらでも読み解けるだろう。それが単なる物思いでも、複雑な思考でもその気になればいくらでも調べられる。だから意識して考えた行動は全て避ける事が出来るんだ。二秒前でも知っていればいくらでも避ける方法は出来るのだから。
「五十点。いや、それ以下か。不正解じゃないが、まだ足りないな」
「そうかよ。まぁ、そうだよな。『弾劾』だから、な」
問題はここからだ。さっきのはあくまで過程の話だ。最終段階は罪の責任の追及。さて、どうやって僕のエピソードから罪の責任を追及するんだ?
ローグはこっちに歩んでくるといきなり少し離れた所にある木に向かって小さな火球をぶつけた。その木はすぐに燃え尽きそうになった。燃え尽きる直前に、一つの人影が飛び出して僕のすぐ横に着地した。シノンだ。シノンの左手には何時も持っている使いこまれた弓と奇妙な形の籠手。背中には矢筒、中には目一杯矢が敷き詰めるように入っていた。……軽々と担いでるけど、かなり重いと思うんだけど。
「お兄ちゃんが余計な事を考えてくれたおかげでそっちの女の子の名前もわかったからな」
「あちゃー、やっちまったZE☆」
「何言ってるんですか?頭、大丈夫ですか?あなたもドヤ顔気持ち悪いです」
ローグがドヤ顔で言ってきたから悪ノリでZE☆を語尾に付けて言ったらシノンに死んで下さいとでも言いたげな目で見られた。ちょっとした悪ふざけで、何でこんな仕打ち受けなきゃいけないんだろう。酷い、ただの出来心だったのに。
とりあえず、意気消沈しながらも納刀状態の刀を抜刀術の構えで構えた。シノンは少し後ろに下がって矢を弓に番えて狙いを定め始めた。ローグもこっちを向き剣と楯を再び構えた。そしてこっちに突っ込んできた。ローグはその勢いを生かして凄まじい突きを繰り出してきた。僕は鞘に入ったままの刀で受け流して左に避け、右足でローグの胴を勢いよく蹴り上げようとした。だが、それは読めれているために楯で防がれた。僕が今はいているのは特殊加工の革と鉄を組み合わせた靴。ローグの楯は鋼鉄製。という事は……。キーーーーーーンと軽い音が周りに響いた。あ、足がし、痺れた。凄い衝撃だ。布の靴なんてはいてたら……。僕はそれを考えると背筋が寒くなった。実は昨日まで布の靴だったのだ、壊れたけど。絹壊れないでそのままで今日を迎えていたら足が死んでた。
「ユキヤさん、退いてください」
シノンはそう言うと矢を放ってきた。僕はそれを咄嗟に風護で受け流して、ローグにぶつけた。風護の気流は僕自身も知らない。だから、それらの矢は殆どローグに当たった。これは意識じゃない、無意識だ。考えなければ攻撃を与えられる。それが対ローグの正攻法だ。
僕は距離を取るべくバックステップで後退して目を瞑った。風の流れに身を任せて、風の流れに意識を委ねて。ただただ反応だけに全てを集中させるだけ。何も考えないで、無心、無関心を貫くだけだ。視覚も聴覚も嗅覚も全てシャットアウトだ。奴に一切の情報も与えない。それが必勝法だ…………と思う。
「小癪だな、おい」
「……………」
「無視かよ。……なら、さっさと死ねッ」
「ユキヤさんッ。何してるんですかッ!?」
何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。反応を反射で返すだけ。風を使って周りを知って、それを使って、反撃するだけ。無情に機械のようにオートメイションを繰り返すだけ。
「闇の焔に呑まれて果てろッ」
「悠久に流れる風、吹き荒れろッ」
ローグの放ってきた魔法(目を閉じてるからよくわからなかった。多分、闇系統だと思うけど)を魔法を使って反射的に吹き飛ばした。そのまま剣撃に持ち込んできたローグの動きを風の流れの乱れだけで反応して避け続けそして、決して回避できない体勢にさせると抜刀斬りを放った、反射で。
反射での反撃はやはり有効らしい。感覚からして、横腹を軽く切裂けた。だが聞こえてきた呻き声は予想していた低い男の声、ローグの声ではなく少女の声。ここにいる筈のない少女の声。あり得ない、それはわかってる。でも僕はその声を意識してしまって、目を開けてしまった。最愛の少女、いや最愛の妹の声に反応してしまった。自殺して、今は武器に憑依している妹。
「おやおや、どうしたんだお兄ちゃん。急に目を開けちゃって、さ」
目を開けるとそこには倖枝の姿があった。喋った声も倖枝のものだ。だけど倖枝はそんな喋り方はしないし、そんな呼び方もしない。明らかにローグの口調だ。
……成程。これが過程を経てからの最終段階。罪の責任の追及。成程、僕の罪は妹の自殺を止められなかった事。ここから…どういう、責任を取らせるんだよ?
「お兄ちゃんの罪は死を持って償ってもらうよ」
僕はローグのその姿を見た瞬間、全身が金縛りにあったように動かなくなった。そんな僕に倖枝の姿をしたローグは剣を掲げて、振り下そうとしていた。
ははは、ヤバい。抗えない。これが、ローグの能力か。本当に、詰めが甘いな、僕は。こんな手に引っかかるなんて。あぁ、動けない。打つ手はあるが、僕も無事で済まないしなぁ。というより、考えた瞬間に全て駄目になるから、反射で奇策練らなきゃなんだよな。普通に厳しいって。諦めるべきか?打つ手があっても反射では出来ない。それに……。
「馬鹿な事を考えないで下さい。死ぬ事は許しません」
そう聞こえた瞬間、倖枝の姿をしたローグに矢が十本程、一気に突き刺さった。矢が刺さったローグは元の姿に戻り、僕の身体も動くようになった。ローグの術が解けたんだ。
「ありがとう、シノン。一気に決める」
僕はシノンに礼を言ってから複雑な術式(制御するための+αのプログラムみたいなもの)を魔法陣に織り交ぜ、一つの魔法を完成させた。
「風檻」
竜巻の様にしてぶつけた風を使ってローグを空中に拘束する事に成功。流石にこの状態なら避けられないだろう。御自慢の『能力』で先に恐怖を味わえよ。下衆野郎ッ!!
「雷縛」
更に雷を四本の楔状にして、更に拘束を強めた。常に電流を味わってもらえる、拷問術としては完成した。だけどまだだ。まだ最後を見せてない。せめて一気に楽にしてあげるさ。
「僕がお前の罪を裁いてやるさッ!!トドメだッ」
僕は魔力が溜った刀を抜いて飛び上がると同時に斬りつけた。そして二回横に斬り払った後、落下と同時に魔力を解放し、無数の風刃を纏った刀で斬り下した。その一太刀でローグの身体は無数に斬り裂かれ、そして僕の着地と共に天から一筋の雷がローグの身体を貫いた。
「風爪雷牙。これが今の僕の全力だ」
僕は納刀しながらそう言った。なんかゲームとかアニメとかの登場人物になったみたいにこそばゆいけど、似たようなもの(異世界とか普通はこれないし)だから、まぁいいか。偶にはこういうのも悪くない。
「ユキヤさんカッコつけないで下さい。気持ち悪いです」
……最近気付いたけど、シノンって結構毒舌だよね。普通、こういうところでそんな事言わないよね。なんか惨めな気分になって来るし。
「良いだろ。もう終わったんだし」
「終わってねぇよ。舐めすぎだろう、お兄ちゃん?」
ぼくは驚いて振り返ると、そこには服こそボロボロになっているが殆ど掠り傷ですんでいるローグが立っていた。
うわぁ、僕の全力ってあんなものなんだ。軽くショックだ。カッコつけてたのに。シノンがいなかったら唯の痛い奴になり下がってた。奇しくもシノンの毒舌がここで役に立った。
「流石、『ブレイカー』の特殊戦闘服。剥き出しの部分ですら殆どノーダメージだ」
「うわぁ、チートかよ」
「お兄ちゃんの性質の方がよほどチートだろ」
チートで意味が通じた!?ズルとかで通じるのならわかるけど、チートで意味が通じるって……。恐るべき異世界『クリアレス』。
「まぁ、お兄ちゃんは無害みたいだな」
うわっ、酷い。さらっと弱いって言われた。いや、確かに仲間内でも一番弱いみたいだし事実だと思うんだけど。そんな言い方ってないだろ。
ローグはさらっと酷い事を吐いた後、くるりと街の方を向くとそっちに歩いて行った。
「ちょっ、待てよ。何処行くつもりだ?」
「弱者は捨ておいても問題ないからな。元・騎士団の奴を殺りに行く」
「させr……」
「今のままじゃ俺は殺せないさ。お兄ちゃん」
僕が飛びかかろうとするとローグの後ろ蹴りで吹き飛ばされて近くの木に衝突した。骨格や内臓にかなりの衝撃を受けて思わず吐血してしまった。苦しすぎて息も思う様に出来ない。悔しいけど、今の攻撃で僕は限界で動けそうにない。クソッ、このまま見過ごして良いのかよ?
「行かせません、これ以上は一歩たりとも」
シノンはそう言うと矢を連続で放ち始めた。放たれた矢の軌道は全てあの変則的な矢だ。流石のローグもこればかりは読めなかったみたいで、避けたり防げたり直撃したりで足止めは出来てるみたいだ。
「いい加減にしろよ、餓鬼」
ローグはそう言うと、禍々しい魔力を解き放ち矢を全て吹き飛ばし、そのままシノンに近づきシノンの身体を斬りつけた。幸い、傷は浅そうでふらつきながらも立ち続けていた。それでも傷は長く、出血量は比較的多かった。左肩から腰の右側まで。いくら浅いとは言ってもこのまま放っておけば死んでしまってもおかしくない。僕は這いつくばってシノンの傍まで行った。その間にローグは街の方に行ってしまったそして自分の上着を脱ぐとそれを破って結んで、即席の包帯代わりのものを作って、シノンの傷口に巻き付けた。止血だけでもしておかないと、失血死してしまう。
「ユキヤ…さん。私の事は、いいので、家族を……」
「ゲホッ。そんな事言ったって…。おい、シノン?シノンッ!?」
シノンはそう言うと同時に意識を失った。とりあえず脈はあるから生きてはいるけど、ここに気絶したまま寝かせておくわけにもいかない。僕は震える体に鞭を打ってシノンを背負って、街まで飛ぶ事にした。正直、限界を振り切ってる。それでも、動かなきゃならない。シノンの頼みもそうだけど、自分の知ってる人間をみすみす殺させたりはしない。それだけは何としてでも防がなければならない。
普段ならこの距離なら三分かからずに辿り着けるが、流石に体力の消耗が激しくて二十分程かかった。だけど、歩いて行くよりはマシだ。この状態じゃ一時間はかかっただろう。
僕はとりあえずシノンの家の前に降り立った。周りの様子や、物音からまだローグは来てないみたいだ。僕はとりあえずシノンの家の中に入ろうとドアノブに手をかけようとした。だが、その前にドアノブが動いて、誰かが出てきた。
「一体、何をしているんだ?」
「コリエさん、とりあえずシノンを頼みます。それから、ここからにg……」
「おー、まさかその傷で追い抜かれるとは思わなかった」
遅かったか。僕は後ろからかけられた声でそう思った。振り向けばそこには少し驚いたような顔をしたローグが立っていた。僕はシノンの状態に驚いているコリエさんを無理矢理家の中に入れてそれと同時に家の中に入って、自分にあてがわれた部屋から『聖槍』を背中に背負って窓から外に出た。
僕が急いで表に出るとローグは丁度、家のドアを開けるところだった。
「させるかよッ。……風檻ッッ」
「おや、随分と速かったな。てっきり逃げだしたと思ったんだが?」
「ふざけろっ。逃げる事は恥じゃないけど、助けられるかもしれない命を見捨てる事はしないんだよッ」
僕は一瞬だけ風檻を使ってローグの動きを止めた。あまり長時間使っていると精神が保たないからな。僕は納刀状態の刀をローグに叩き付けた。ローグはそれを抜き身の剣で受けてきた。やっぱり読まれてる。
もし、もしも、反応出来ない程の連撃を繰り出したらどうだろう?それならば人間の身体の駆動限界を超えてしまえば行動が読めても避けきれないだろう。でも、それは僕自身の駆動限界を超えて始めて出来る方法だ。非現実すぎる。……いや、方法がない訳でもないけど反動が大きすぎる。逆に、重すぎる一撃を当てられればどうだろう。一撃が重ければガード自体が無意味になって来る。だけれど当たらなければやっぱり意味がない。それに外した時の隙も大き過ぎるわけだ。クソッ、どうすればいいんだ?
「さっさと楽になったらどうだ?」
「へっ。生憎、まだ死ぬつもりはないいんでね」
そう言って僕は刀と剣の打ち合いに持ち込んだ。右に左に、縦に横に、斬り上げて打ち止めて、斬り下して受け流して。しばらくそんな攻防が続いた。いつの間にか僕は鞘と抜き身の刀で戦っていた。意識せずに両の手を使って戦っていた。そしてローグを押していた。いけるかもしれない。そう思いあがって鞘で牽制するように突きを放ち、刀の大振りで勝負を決めようとした。その時……。
ザシュッッッ―――――――――――僕の胴はローグの剣に貫かれていた。
僕は吐血するしかなかった。そしてその場に膝をついた。刀も鞘も落とした。傷口を左手で押さえるので精一杯だ。
「今、楽に逝かせてやるよ」
僕は僕の目の前に立って、剣を振り上げているローグを悔しげに睨む以外出来なかった。まだ、死にたくない。……こうなったらリスクなんて気にしてる余裕なんかない。一か八か賭けるしかない。いいよ、見せてやるさ。奇策師の二つ名をいつの間にか得ていた僕の一世一代の自爆ショーだ。
僕は限界までスピードを上げて刀を拾いながら居合で斬り抜け、それと同時に雷縛でローグの手足を繋いだ。これでしばらく手足は使えない。そして僕は背中の『聖槍』を抜き、聖槍と全身に雷系統の魔力を溜め始めた。これで決まらなければ終わりだ。だからこれで決めて見せる。
「僕の本気、見せてやる。喰らえッ……」
僕は『聖槍』を突きの体勢に構えて一歩、思いっきり踏み出して……稲妻の如くローグを貫き抜いた。
ローグの胸元には十字印の大きな傷口が刻まれ、腹部は無残に貫かれていた。そこから飛び散る様に、噴水のように血が噴き出した。
「神閃・グングニル……。特殊…戦闘服、破れたり……」
そう言い終わると、雷縛は解けて僕の身体は全身から血を流し出した。やっぱり、無理しすぎたか。服はもボロボロだ。
僕はローグの方に振り向いてから、その場に座り込んだ。ローグもその場に立っているのがやっとのようだ。目的達成、かな?
「何を…しやがった?」
「無理矢理、身体の周りを電波と同化させて…それに無理矢理乗って、光速をホント一時的に体現しただけ」
そう、そのせいで全身の筋肉はその駆動に耐え切れずに裂けた。光速移動で空気摩擦との影響でで服もボロボロ、所々焼け焦げてる。その分、凄まじいエネルギーが生まれて、それを全てローグにぶつけられた。どうやら威力は十分すぎるようだ。反動としてしばらく動けないわけなんだけど。
ローグは悔しそうな顔をしながら懐から一つの球を取りだすとそれを地面に叩きつけようとして、そして付け足すようにこう言った。
「お兄ちゃんやお姉ちゃん、他のお仲間によろしくな。まぁ、他のお仲間が生きていればの話だが」
「なっ!?どういう……」
「じゃあな」
そして地面に投げつけて、光と共に消えていった。僕の問い掛けに答えないまま。
その後、僕はコリエさんや他の人たちに手当てしてもらってる最中もローグの残していった言葉が気になっていた。嫌な予感しかしない捨て台詞。僕はどうすればいいんだろう?
「おい、少しいいか?」
「何ですかコリエさん?」
その夜、僕の部屋にコリエさんがやってきた。その手に何か袋を持って。そして、僕の近くまで来るとその袋を投げ渡してきた。
「今夜中に出発すると良いだろう。丁度月夜だ」
コリエさんは袋を開けるように促すと窓の外を見てそう言った。袋の中身を確認するまでは意味がわからなかったけど、袋の中身をみると僕は納得した。
「『卒業』…ですか」
「あぁ、『卒業』だ。……今朝は何も出来なくてすまなかったな」
袋の中身は『風のエメラルド』だった。僕はそれを袋に仕舞い、そして荷造りを始めた。その最中、コリエさんはバツが悪そうにそう言ってきた。そんなこと気にしてたのか。
「過ぎた事ですよ。今更何もありませんから」
「そう言われると痛いんだが」
「それは失礼」
僕らはその後も取りとめのない会話をしながら荷造りを終えた。そして世話になった礼を言って、シノンには会わないで出発した。コリエさんもそれを勧めてたし。
僕が街門まで来るとそこには一人の少女が立っていた。
「さよなら、ですか」
「そう、だよ。さよならだ」
シノンは些か不機嫌そうにしながら僕の前で立ち止った。やっぱり、挨拶なしは失礼だったかな?そんな事を考えていると、シノンは何か渡してきた。僕はそれを受け取った。それは方位磁針だった。って、こんな時にコンパスかよっ!!
「ユキヤさんは少し方向感覚がずれてるみたいなので」
「あ、あぁ、ありがとう」
「では、また会えると良いですね」
「そうだな。それじゃあな」
「えぇ、お気をつけて」
意外とあっさりとした別れだったなぁ。不機嫌だからてっきりもう少し文句とか言われるのかと思ったんだけど。僕はコンパスを眺めながらそんな事を考えていた。そしてコンパスを開くとそこから幾重にも折られた一枚の紙が出て来た。へぇ、手紙か。僕は歩きながらそれの文面を読み始めた。
――ユキヤさん
おそらく私はあなたとあっさりとした別れをしたと思います。それについてあなたは何か思うかもしれませんから一応、此処に書き記します。
今朝は介抱してくれて、家族を助けて下さってありがとうございました。私など足手纏いでしかなかったかもしれません。ですが私としてもあれが精一杯だったので、役に立たないかもしれませんが、弓矢のテクニックを書いておいたので良かったら参考にして下さい。
それではまた、あなたとお会いできることを願って。
シノン――
追記――どうやら私はあなたのことが好きになってしまったようです。お返事待ってます
「ぶっ!?」
僕は最後の追記を見て驚いてしまった。いや、だって文面で告白って。ラブレターかよッ!?いや、それ以前に僕にはレミアって言う恋人がいて……。
僕は落ち着くように深呼吸を繰り返した。はい、吸ってぇ、吐いてぇ。うん、返事は今度だ。今はまず、レミアのところに行かなきゃだ。
僕はその手紙を丁寧に折り直して、鞄にしまった。そして痛む身体に鞭打って空を飛んで、南西に『リミック』と呼ばれる街に向かった。
お疲れさまです。風宮です。
今回は長すぎる文章になってしまいました。いや、途中で切っちゃうと中途半端になってしまうんで書いちゃいましたけど。
えっと、次の次くらいでようやく合流の予定です。それぞれの視点書いてるだけでかなり話数いっちゃいましたけど、この流れだけで今のところ十四話投稿してるわけで、現在約三分の一が占めてるわけですけどね。
今回は何か無駄にネタに走ったり、中二的になっちゃったりしてかなりの乱文だったような気が自分でもしていますけどそれでも投稿しちゃったのは作者の事情です。
えっと今回はこのくらいで、それではっ。