第四話 「ユキヤの夢。悲しい過去って誰にでも有るよね。」
気付けば、僕は真っ白な空間に浮いていた。
確か僕はレミアの料理を食べて…。ウッ、思い出しただけで気持ち悪くなってきた。どんだけ酷いんだよ、あいつの料理。
思考が逸れた。僕は確か、レミアとレイと一緒に居たはずだ。こんな所には居なかったはずだ。
そういえば、昔いたな。レミアほどではないが、食えたもんじゃないものを作る奴が。そんな事を考えていると、周りが急に光り始めた。あまりの眩しさに目をつむった。光が弱まったから目を開けると、そこには見覚えのある景色が、僕が通っていた小学校がそこには在った。
少し昔話をしよう。
僕には昔、妹が二人いた。一人はご存じ、雪菜です。
そしてもう一人は、僕が小六の時にいじめにより自殺してしまった僕の妹であって、雪菜の姉でもあった、長女の倖枝だ。
倖枝は成績優秀、スポーツ万能、さらには容姿端麗と兄の贔屓目抜きでも、人に思わず自慢してしまうほど、良くできた可愛い妹だった。料理以外は。料理だけは何故かうまくいかず、全く上達しなかった。まぁ、雪菜があれだけ作れるからな。たぶん料理の才能は、すべて雪菜に持って行かれたのだろう。
そもそも、倖枝が元から持っている能力は、他の人より多少劣る程度の物だった。それで、幼稚園の時には他の子にからかわれてよく泣いていた。しかし、彼女はそれが悔しかったのか人の何十倍も努力した。それらの功績は何十倍もの努力で勝ち得た物だった。
小四の時迄は良かった。小五の秋頃、それは始まった。
ちょうどその頃は、運動会シーズンであり倖枝達のクラスも優勝目指してがんばっていたそうだ。そんな頃、僕は倖枝から相談を受けていた。何でもクラスの友達と喧嘩してしまい、仲直りするにはどうしたらいいのか?みたいな内容だった。倖枝は喧嘩をしたことがないというのが自慢の一つであり、喧嘩に対しては全くと言っていいほど耐性が無い。
ちょうどその頃僕も友達との喧嘩に一区切り付いたときであった。だから僕は倖枝に自分の体験談を話してあげた。それが参考になったかは分からないが、倖枝は満足そうな顔をして、「ありがと、幸兄♪」と言って部屋から出ていった。僕はそれで満足し、その日は寝た。
今思えばあの時、もっと深くまで話を聞いてやれば良かったと思う。次の日、倖枝の席が無くなっていたそうだ。いきなりの事で、何がなんだかわからなかった倖枝は近づいてきた子に、昨日喧嘩した子に謝ろうと思って声をかけた。すると、彼女は倖枝が話しかけたのを無視して、他の子と話し始めたらしい。倖枝が唖然としていると、周りがみんな倖枝の事を笑い始めたらしい。倖枝は何がなんだかわからずに、逃げ出したらしい。たぶん、本能的に危険を感じたんだと思う。
そのことを担任に相談すると、担任は信じてくれなかったらしい。何故なら、授業中には倖枝の席はあったからだ。
倖枝は無視されても尚、その子に話しかけた。しかしその子は相手にしてくれず、終いには暴力を振るわれたらしい。その日帰ってきた倖枝のかわいい顔に赤い跡が残っていたのを覚えている。そのとき倖枝は、
「ただ転んだだけだよ。心配し過ぎだよ、幸兄も雪菜も。」と言っていた。
このとき無理矢理でも聞き出せば良かったんだ。二ヶ月後にあんなことが起きるのだったら。
次の日から、倖枝はどんどん元気をなくしていった。それでも倖枝は大丈夫だから、大丈夫だから、を繰り返すだけだった。 あの事件の数時間前、僕は倖枝から無理矢理に話を聞いた。倖枝も観念したようで、全て話してくれた。話すだけでも辛いだろうに、泣きそうになっても最後まで話してくれた。そして倖枝は、
「黙っててゴメンね、幸兄。でも、みんなには迷惑かけたくなかったから」
と泣きそうになりながら僕に謝った。
「辛いのは僕じゃなくて倖枝だろ。今までよく我慢してきたな。えらいよ。それでも次からは、そういうことがあったらすぐに話せよ。倖枝は大切な僕の妹なんだから。倖枝が心配なんだよ」
僕はそう言って、倖枝を抱きしめた。すると倖枝は耐えきれなくなったのか、わんわんと泣き出した。そのまま僕は倖枝が泣き疲れて眠るまでその体勢でいてあげた。僕は少し疲れたから風呂に入った。風呂から出て倖枝の様子を見に行くと、そこに倖枝の姿はなかった。代わりに……置き手紙が、別れの言葉を書いた手紙が置いてあった。
そこにはこう書いてあった。
「幸兄、雪菜、お父さん、お母さんへ。
私は生きてることが辛くなりました。健康に生んでくれたお母さん達には悪いけど、私は生きることに意味を見いだせなくなり、生きていてもつまらなくなりました。
幸兄、雪菜ゴメンね。勝手にいなくなっちゃって。でも、二人にこれを言ったら、私の決断が鈍りそうで怖いの。だから、何も言わずに出て行きます。最後まで心配かけてゴメンね。
今までありがとうみんな。こんな、こんなあたしを愛してくれて。私は幸せでした。さようなら。出来るなら私、来世もこの家に生まれたい。 倖枝 」
僕はこの手紙を読み終わるとすぐに、家を出た。勿論倖枝を捜すためだ。誰かに連絡を取ってる暇はない。そうしている内に倖枝が、倖枝がいなくなってしまうかもしれない。
僕は小学校を目指した。何故そこに行ったのか、自分でもわからない。でもそこに、倖枝がいる気がしてならなかったのは確かだ。
僕は階段を上り屋上を目指した。途中、何回も転んだ。それでも止まらなかった。大切な妹がいなくなってしまうかもしれないのに止まってなんていられなかった。ついに屋上に着いた。そこには、倖枝が僕の大切な妹が今にも飛び降りようとしているところだった。
「倖枝ッ!!」
僕は思いっきり叫んだ。倖枝は、びっくりした様子でこっちを向いた。
「幸兄。どうしてここに?」
「決まってるだろ。お前が死のうとしてるからだ。こっちに来いよ。兄ちゃんのところに。自殺なんて止めろ。止めてくれ。こんな事したって何にも変わらないぞ」
「ううん。無理だよ。そっちには行けない」
「何でだよ。何でこっちに来れないんだよ。早く来いよ」
「ねぇ、幸兄。知ってた?私が幸兄の事が好きだって事」
「そんなもの今更言う事じゃないだろ。当たり前だろ。兄妹なんだから」
「違うッ。そういう意味じゃないの。私は一人の異性として、幸兄の事が好きだって言ってるの」
「は?」
僕はこう言われて意味がよく分からなかった。
「でも、私たちは兄妹じゃん。だからどうしようもなかった。今までの頑張りは幸兄に誉められたいが為のものだったの。でもこんなんじゃあもう私、頑張れないよ。だから決めたの。幸兄のそばに入れるなら、どんな事でもする。たとえそれが死ぬことであっても」
僕は駆け出した、倖枝の元に。そして強く抱きしめてやった。
「バカかお前。お前のことは僕が守ってあげるから。これからも倖枝の頑張ってる姿を見せてくれよ。ずっとそばにいてくれよ。死ぬとか言わないでくれよ」
僕は泣きながら頼んだ。しばらくその状態が続いたが、倖枝が苦しそうな感じになってきたから少し力を緩めた、その時だった。倖枝は僕に笑いかけてくれてそして、「チュッ」と僕にキスをしてきた。僕が突然のことで怯むと、倖枝は僕の腕の中から抜け出し最後に、
「ありがと、幸兄。大好きだよ」
と言うと、そのまま飛び降りていった。僕は倖枝を掴もうと手を伸ばすがわずかに届かず、そのまま倖枝の落下を許してしまった。
数秒後、グシャッと嫌な音を立てて倖枝は、僕の妹の鈴無 倖枝は短い生涯を終えた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ。倖枝…、倖枝………、倖枝ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
僕は泣いた。大声を上げて泣いた。その泣き声が近所の人に聞こえたようだ。学校の校庭に人だかりができていた。そんな事を無視して僕は泣き続けた。後ろから足音が聞こえてくる。それでも僕は泣き続けた。倖枝を守れなかったことを悔やみ、倖枝の想いに答えられなかったことを悔やんだ。
そして僕はいつの間にか、警察署にいた。ここ何時間かの記憶はないが、あれから十時間は余裕で越えていただろう。僕は何もしゃべれなかった。倖枝の遺書が別に見つかったらしく、今そちらを調べているから警察の方も無理には聞いてこなかった。
その後、一ヶ月。僕は家からでなかった。いや、出れなかった。学校へ行くのが怖かった。あのときを思い出しそうで、怖かった。さらに一ヶ月後。学校へ入っているが、可能な限り雪菜のそばにいた。また大切な妹がいなくなりそうで怖かった。それから一ヶ月後。僕は中学生になり、中学に通うことになったが、登下校は必ず雪菜と一緒にしていた。まだ怖かった。いなくなってしまうような気がしてとてもとても………、怖かった。怖くて怖くてたまらなかった。流石に中二になってからは落ち着いたし、今でも怖いけど大丈夫だと思えるようになった。
さて、このあたりで昔話はお終いにしよう。
そして僕は、目の前の小学校に入っていった。多分、あいつがあの場所にいると思う。だって僕らが最後にあった場所だから。屋上。きっとあいつはここにいるはずだ。
僕は扉を開けた。案の定あいつは、妹は、倖枝はそこにいた。
「ん、久しぶり。倖枝」
「あっ幸兄だ。元気にしてたって、聞くまでもないか」
「何でだよ?」
「だって私、幸兄の守護霊になったんだもん。あの後」
「だからか。ようやく納得したよ」
「何が?」
「いや、風呂の最中にものすごい視線感じるな~。と思って」
「見てないよ。私、幸兄の裸なんて見てないよ。未だにシャンプーハットつけてるのなんて知らないよ。ホントだよ」
「語るに落ちてるな。倖枝」
「あっ。もう、幸兄の意地悪~」
「ハハハッ。久々に倖枝と話せたのが嬉しくてな」
「うぅ~。その台詞はずるいよ~」
「ところでこれって夢なのか?」
「違うよ、ここはね天国の一歩手前だよ」
「え?マジでかよ!!」
あいつの料理、生物兵器でもあながち間違え無いじゃん。
「あの、レミアっていう人の料理は私よりも酷いじゃん。大丈夫なの?幸兄は」
「まぁ、おかげで倖枝にも会えたからな。判断が難しいな」
「でもさぁ、もう一口食べてたら幸兄ここを通らずに、ショートカットで天国に逝ってたよ」
「今度からは自分で作ればいいからな。その辺の心配は、もう無いよ」
「なら良いけどね」
僕と倖枝は、互いに笑いあった。
「ごめんな、倖枝」
「え?いきなりどうしたの幸兄?」
倖枝は僕が急に謝ったことに驚いたようだ。
「倖枝を守ってやれなくて、助けてあげられなくて、救ってやれなくて…。本当にごめんな」
「幸兄。まだそんな事気にしてたんだ」
「そんな事ってなんだよ。お前を死なせちゃったんだぞ」
「それは私が選んだことだもん。幸兄は気にしなくっていいんだよ」
「それでも、もっと早くに知っていればあんな事にはならなかったろ」
「それも私が話さなかっただけ。自業自得なんだよ。だから幸兄は気にしなくていいんだよ」
「それでも…、」
僕はここから先を言えなかった。何故なら倖枝があの時のように、キスをしてきたからだ。キスが終わると、倖枝は恥ずかしそうに笑いこう言った。
「いいんだよ。幸兄。私は心残り無く、逝けたんだから」
僕はずっと気になっていた疑問を聞いた。
「倖枝は何で、こんな僕を好きになったんだ。兄妹としてじゃなくて……その、異性として」
「幸兄、もしかして気付いて無いの?自分の魅力に」
倖枝は不思議そうに言った。
「いや、普通は気付かないと思うけど」
「幸兄はかっこいいよ。面倒見も良いし、相談にだって乗ってくれる。それに何よりも優しい。幸兄は気付いて無いけど、幸兄には良いところがたくさんあるんだよ。それに、幸兄って結構女子に人気なんだよ」
「それは初めて聞いたな」
「私はそんな幸兄の事が兄妹としても、異性としても好きになったんだよ」
倖枝は笑ってそう言った。
「そうなんだ。こんな僕を好きになってくれてありがとな、倖枝」
「うん。これからもずっと、そばにいるからね。守護霊としてだけど」
「あぁ。よろしく頼むよ倖枝」
それからいろんな事を話した。だが、そろそろ時間のようだ。
「もう、行っちゃうんだね」
「大丈夫。そばにいるんだろ。倖枝は」
「そうだったね。これで幸兄と話すのが最後かもしれないから、言うね。今まで、ありがとう。守ってくれて。今度は私が幸兄を護ってあげるから」
「ありがとな。頼んだよ、倖枝。出来れば雪菜の方も護ってもらいたいな。頼めるかな?」
「大丈夫だよ。私の大切な妹だもん。しっかり護るよ」
「そっか。安心した。じゃあ、もう行くよ。じゃあね。愛してるよ倖枝」
「…!」
僕はそう言ってそこから去った。最後に倖枝の声が聞こえた。
「ありがとう幸兄。私も愛してるよ。」
って。
目が覚めたら、レミアとレイが心配そうに僕の顔を見ていた。
「ん。おはよう、二人とも」
「お前大丈夫だったのか?」
「う~ん。大丈夫ではなかったかな」
「ユキヤどうしたの?わたしの料理一口食べたら急に気絶しちゃって」
「いや、ちょっとね。疲れがたまってたみたいだ。レイ、ちょっと良いかな」
僕とレイはレミアから少し離れてひそひそと話した。
「レミアはさぁ、あの料理食べても平気だったのか?」
「どうやらそうらしい。以前、僕もあいつの料理を食べたが、今回のお前と似たようなことになった」
「僕なんて天国の一歩手前に行っちゃったからな。懐かしい人にあったけど。」
「お前もか。僕もそこに行った。あいつの料理は此の世と彼の世を繋ぐのか?」
「なんか恐ろしいな」
「ねぇねぇ、二人とも何話してんの?」
「いや、大したことじゃない。なぁレイ?」
「あぁ、大したことではない。レミアは気いしなくて良いことだ」
「ふぅん。まぁいいや。それよりは、そろそろ行こうよ。日が暮れちゃうよ」
「そうだな、早く出発するか。ユキヤ、大丈夫か?」
「大丈夫。いつでも行けるよ」
「なら行くぞ。遅れるな」
こうして、僕らは旧ミアネス市街地に向かった。