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消えた妻 1話読み切り

掲載日:2026/06/24

「奥様がいなくなったんです」


警察署でそう言ったとき、健一は泣いていた。


結婚して五年。


妻の沙織が突然姿を消した。


財布もスマホも置いたまま。


争った形跡もない。


まるで煙のように消えていた。



警察は捜査を始めた。


だが手がかりはない。


防犯カメラにも映っていない。


近所の聞き込みも空振り。


健一は毎日のように署へ通った。


「まだ見つかりませんか」


その姿に刑事たちも同情した。


妻を愛する夫。


そう見えた。



ところが一週間後。


事態が動く。


山中で白骨遺体が発見された。


鑑定の結果。


沙織だった。



健一は崩れ落ちた。


涙を流し続けた。


葬儀でも気丈に振る舞い、


参列者たちは口々に言った。


「お気の毒に」



だが担当刑事の村上だけは違和感を覚えていた。



夫は悲しみすぎている。



普通なら疑わない。


しかし刑事の勘だった。



村上は過去を洗った。


夫婦関係。


金銭状況。


交友関係。


すると一つの事実が見つかる。



沙織には多額の生命保険がかけられていた。


受取人は健一。



さらに調べる。


すると事件当日の深夜、


健一の車が山へ向かっていた可能性が浮上した。



捜査本部は色めき立った。



夫が犯人だ。



動機は保険金。


完全犯罪のつもりだった。



やがて証拠が積み上がる。


タイヤ痕。


不自然な証言。


嘘のアリバイ。



逮捕の日。


健一は抵抗しなかった。



取調室。


村上は言った。


「奥さんを殺したな」



長い沈黙。



やがて健一は小さく笑った。



「すごいですね」



初めて見せる笑顔だった。



「そこまで辿り着くなんて」



村上は確信した。



落ちた。



だが次の言葉で全てが変わった。



「でも、一つ間違ってます」



「何がだ」



健一は言った。



「僕は妻を殺していません」



「じゃあ誰が」



健一は肩をすくめた。



「妻ですよ」



村上は黙った。



「何を言ってる」



健一は机の上に写真を置いた。



若い男とのツーショット。



「妻の愛人です」



さらに書類。



偽名。


海外口座。


偽造パスポート。



すべて沙織名義。



「二年前から準備してました」



村上の顔色が変わる。



「遺体は?」



「知りません」


健一は言った。



「でも妻は生きてます」



「馬鹿な」



「そう思いますよね」



健一は笑う。



「だから僕も最初は信じました」



村上は理解できなかった。



妻は死んでいる。


DNA鑑定も済んでいる。



間違いなく本人だ。



すると健一は静かに言った。



「刑事さん」



「DNA鑑定って、誰と照合しました?」



村上の背筋が凍る。



行方不明だったため、


鑑定は実家の母親のDNAを基準に行われていた。



つまり。



母親と血縁関係があれば一致する。



姉妹でも。



娘でも。



「まさか……」



健一はうなずいた。



「妻には双子の妹がいました」



「死んだと聞かされていた妹です」



村上は立ち上がった。



そんな記録はない。



「ありますよ」


健一は言う。



「妻が消したんです」



部屋が静まり返った。



そして健一は最後にこう言った。



「妻は二年前から計画していました」



「妹を探し出し」



「殺し」



「自分の死体として使う」



「そして愛人と国外へ逃げる」



村上の喉が鳴る。



健一は続ける。



「だから僕は妻を探していたんです」



「警察より先に」



「見つけるために」



「殺すために」



沈黙。



村上はようやく理解した。



この事件には被害者がいない。



少なくとも最初に思っていた被害者はいない。



本当の怪物は。



死んだと思われている女だった。



そのとき。


村上の携帯が鳴った。



海外捜査班からだった。



「刑事!」



受話器の向こうで声が震えている。



「今、空港の監視カメラを確認した!」



「沙織が映ってた!」



村上は息を呑む。



生きていた。



やはり。



だが次の言葉で全てがひっくり返った。



「ただし……」



「映っていたのは三年前だ」



村上は固まる。



「どういう意味だ」



返ってきた答えは一言だった。



「彼女は三年前に出国している」



受話器が震える。



三年前。



計画を始めたとされる時期。



そして。



夫の健一と暮らしていた時期。



つまり。



健一が三年間一緒に暮らしていた相手は、


本当に妻だったのか?



取調室の時計だけが音を立てていた。



健一の笑顔は、


その瞬間が来るのを知っていたかのようだった。


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