消えた妻 1話読み切り
「奥様がいなくなったんです」
警察署でそう言ったとき、健一は泣いていた。
結婚して五年。
妻の沙織が突然姿を消した。
財布もスマホも置いたまま。
争った形跡もない。
まるで煙のように消えていた。
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警察は捜査を始めた。
だが手がかりはない。
防犯カメラにも映っていない。
近所の聞き込みも空振り。
健一は毎日のように署へ通った。
「まだ見つかりませんか」
その姿に刑事たちも同情した。
妻を愛する夫。
そう見えた。
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ところが一週間後。
事態が動く。
山中で白骨遺体が発見された。
鑑定の結果。
沙織だった。
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健一は崩れ落ちた。
涙を流し続けた。
葬儀でも気丈に振る舞い、
参列者たちは口々に言った。
「お気の毒に」
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だが担当刑事の村上だけは違和感を覚えていた。
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夫は悲しみすぎている。
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普通なら疑わない。
しかし刑事の勘だった。
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村上は過去を洗った。
夫婦関係。
金銭状況。
交友関係。
すると一つの事実が見つかる。
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沙織には多額の生命保険がかけられていた。
受取人は健一。
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さらに調べる。
すると事件当日の深夜、
健一の車が山へ向かっていた可能性が浮上した。
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捜査本部は色めき立った。
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夫が犯人だ。
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動機は保険金。
完全犯罪のつもりだった。
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やがて証拠が積み上がる。
タイヤ痕。
不自然な証言。
嘘のアリバイ。
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逮捕の日。
健一は抵抗しなかった。
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取調室。
村上は言った。
「奥さんを殺したな」
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長い沈黙。
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やがて健一は小さく笑った。
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「すごいですね」
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初めて見せる笑顔だった。
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「そこまで辿り着くなんて」
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村上は確信した。
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落ちた。
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だが次の言葉で全てが変わった。
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「でも、一つ間違ってます」
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「何がだ」
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健一は言った。
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「僕は妻を殺していません」
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「じゃあ誰が」
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健一は肩をすくめた。
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「妻ですよ」
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村上は黙った。
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「何を言ってる」
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健一は机の上に写真を置いた。
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若い男とのツーショット。
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「妻の愛人です」
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さらに書類。
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偽名。
海外口座。
偽造パスポート。
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すべて沙織名義。
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「二年前から準備してました」
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村上の顔色が変わる。
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「遺体は?」
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「知りません」
健一は言った。
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「でも妻は生きてます」
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「馬鹿な」
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「そう思いますよね」
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健一は笑う。
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「だから僕も最初は信じました」
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村上は理解できなかった。
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妻は死んでいる。
DNA鑑定も済んでいる。
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間違いなく本人だ。
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すると健一は静かに言った。
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「刑事さん」
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「DNA鑑定って、誰と照合しました?」
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村上の背筋が凍る。
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行方不明だったため、
鑑定は実家の母親のDNAを基準に行われていた。
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つまり。
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母親と血縁関係があれば一致する。
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姉妹でも。
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娘でも。
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「まさか……」
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健一はうなずいた。
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「妻には双子の妹がいました」
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「死んだと聞かされていた妹です」
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村上は立ち上がった。
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そんな記録はない。
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「ありますよ」
健一は言う。
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「妻が消したんです」
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部屋が静まり返った。
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そして健一は最後にこう言った。
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「妻は二年前から計画していました」
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「妹を探し出し」
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「殺し」
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「自分の死体として使う」
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「そして愛人と国外へ逃げる」
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村上の喉が鳴る。
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健一は続ける。
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「だから僕は妻を探していたんです」
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「警察より先に」
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「見つけるために」
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「殺すために」
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沈黙。
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村上はようやく理解した。
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この事件には被害者がいない。
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少なくとも最初に思っていた被害者はいない。
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本当の怪物は。
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死んだと思われている女だった。
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そのとき。
村上の携帯が鳴った。
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海外捜査班からだった。
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「刑事!」
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受話器の向こうで声が震えている。
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「今、空港の監視カメラを確認した!」
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「沙織が映ってた!」
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村上は息を呑む。
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生きていた。
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やはり。
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だが次の言葉で全てがひっくり返った。
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「ただし……」
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「映っていたのは三年前だ」
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村上は固まる。
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「どういう意味だ」
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返ってきた答えは一言だった。
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「彼女は三年前に出国している」
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受話器が震える。
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三年前。
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計画を始めたとされる時期。
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そして。
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夫の健一と暮らしていた時期。
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つまり。
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健一が三年間一緒に暮らしていた相手は、
本当に妻だったのか?
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取調室の時計だけが音を立てていた。
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健一の笑顔は、
その瞬間が来るのを知っていたかのようだった。




