表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日陰に咲くふたり  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/6

あばたもえくぼ


 卒業式の日、体育館はざわめきと熱気に満ちていた。中学三年の最後の日。


 みんなは寄せ書きを回し合い、写真を撮り合い、泣いたり笑ったりしている。安島笑子は、いつものようにクラスの輪の中心にいた。


 でも、心のどこかで、ずっと気になっていた。


 優しくて強くて、不器用な、彼女のことが。


 笑子はそっと輪を抜け出した。体育館の隅、窓際のベンチ。

 原賀暦は一人で座って、卒業アルバムを膝に乗せていた。前髪は相変わらず長く、表情はほとんど見えない。笑子はそっと近づいて、声をかけた。


「……ねえ、原賀さん。寄せ書き、書いてくれない?」


 原賀は少しだけ顔を上げて、黙って自分のアルバムを閉じ、笑子のアルバムを受け取った。笑子の寄せ書きページは、ぎっしり詰まっていた。


「笑子はいつも明るくて楽しかった!」

「これからもその笑顔で頑張れよ!」

「顔芸最高だったわw」


 からかいの言葉も多かったけど、それでも、笑子の明るさと優しさに触れた人たちが、本気で書いた言葉がたくさんあった。原賀はペンを走らせ、無難に書いた。


「卒業しても元気で。 原賀」


 それだけ。笑子はそれを見て、少しだけ微笑んだ。


「……暦ちゃんの寄せ書きにも、私、書きたいな」


 突然の名前呼びに、原賀の肩が小さく震えた。

 笑子は不器用に、でも確かに笑った。原賀は戸惑いながらも、自分のアルバムを開いた。

 ページは、笑子のものとは対照的に、ほとんど白かった。

 先生の丁寧な言葉がいくつか。美術部の仲間や後輩が、


「また綺麗な景色見に行きたいね」

「先輩の絵、好きでした」

「また遊びに来て下さい」


 と書いてくれたもの。距離を感じるような書き方のものが多かった。


 けれど、傷付けて笑いを取るようなものは一個もなかった。


 笑子はペンを握り、ちょっと考えてから書いた。


「暦ちゃんと一緒に落語を見に行きたいです」


 笑子は落語が好きだった。テレビで見た寄席の雰囲気が、なんだか自分と重なる気がして。


 でも、誰にも言ったことがなかった。それを、初めてここに書いた。


「……行きたい…?落語…?」


 暦は、自身と彼女の未来を当たり前のように語る笑子に混乱していた。

 そんな暦を微笑まし気に見て、笑子はポケットから小さなメモを取り出した。


 買ってもらったばかりのスマホの自分の電話番号とメールアドレスを書いたもの。それを、暦の手にそっと押しつけた。


「……今まで、ずっと…ごめんね。もし、暦ちゃんが嫌じゃなかったら……。これからも……遊んでくれる?」


 笑子は眉毛を下げて泣きそうな顔で笑った。

 その笑顔は、いつもの道化の仮面じゃなかった。

 顔の造形なんてどうでもよくなるくらい、ただ、健気で、温かくて、切なくて、愛おしくなる、そんな表情。

 頬が熱くなった。前髪の下で、口角が少しだけ上がった。


「……うん、よろしく。笑子ちゃん」


 初めて名前で呼んだ。

 笑子と暦は、顔を見合わせて揃って笑った。

 小さく控えめな、でも確かに本物の、無邪気な笑顔だった。

 外では桜が舞い散っていた。

 三月の風に乗り、体育館の窓から一枚、舞い込んできた。

 春の日差しが、二人の門出を優しく照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ