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日陰に咲くふたり  作者:


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5/6

案ずるよりも笑うが易し

 冬の風が、校舎の裏を鋭く吹き抜けた。放課後、生き物コーナーの前で、門前小絵と藤井臨が笑子を待ち構えていた。


「ねえ、安島。最近原賀と仲良くしてるみたいじゃん」


 門前が、いつもの甘ったるい声で言った。目は笑っていない。


「友達なの? あんな陰気な子と?」


 藤井が追い打ちをかけるように、にやにやしながら聞いた。笑子は一瞬、言葉に詰まった。原賀の家に行ったこと、田んぼで蛙を放したこと、一緒に過ごした時間。それが「友達」なのか、自分でもまだ整理がついていなかった。でも、否定したくなかった。


「……別に、友達じゃないっ!!!」


 突然、横から鋭い声が飛んだ。原賀だった。物置の影から現れた彼女は、顔を真っ赤にして叫んでいた。

「安島さんなんか、別に、友達じゃない。変なこと言わないでくれる!?」


 笑子が、引き攣った笑顔を作ろうとした瞬間——叫んだのは、原賀の方だった。門前と藤井が、目を丸くして原賀を見る。


「……何突然叫んでんの? こわ~」


 藤井が、わざとらしく身をすくめて笑った。


「てか盗み聞きかよ! きもーっ」


 門前もくすくすと肩を震わせる。意地悪な笑いだった。原賀は、二人の方を一瞥もせずに、笑子の方だけを見て、口の動きだけでゆっくりと言った。




『わ


 ら


 っ


 て


 い


 い


 よ』





 『笑っていいよ』。




 笑子は、息を呑んだ。


 いつもの笑子の、他人に合わせた笑いを見透かしたような、透徹して諦観した一言だった。


 原賀はそれだけ言いに来たのか、くるりと背を向けた。そして、歩き出した。冬の夕暮れ、校舎の影が長く伸びる中、原賀の背中は小さく見えた。でも、孤独で、でもどこかまっすぐで。


 追いかけたいと思った。声をかけて、肩を並べて、一緒に帰りたいと思った。でも、笑子は足が動かなかった。


 原賀の背中は、まるで冬の夜空にぽつんと浮かぶ星のようだった。


 遠くて、冷たくて、でも確かに輝いていて。触れれば消えてしまいそうで、近づけない。笑子はただ、立ち尽くすしかなかった。


 門前と藤井のくすくす笑いが、背後で響いている。


「やっぱりあの子、変だよね~」

「安島もさ、怖いと思わない?」


 笑子は答えなかった。ただ、原賀の背中が角を曲がって見えなくなるまで、見つめていた。







 原賀暦は、星なんかじゃなかった。


 ただの、十四歳の女の子だった。感情はちゃんとあった。




 胸の奥で、いつも何かが疼いていた。


 笑子が門前や藤井と笑い合っているのを見るのが辛かった。


 あの二人の笑いは、嫌いだ。誰かを下に見て、優越感に浸る笑っていて。笑子がその二人を宥めながらも、調子を合わせているのを見るたび、胸が締めつけられた。


 以前だってそうだったのに、今はもう、余計に辛い。




 どうして、自分じゃなくて、あんなやつらと一緒に、そんな辛そうに笑っているの。


 どうして。




 悲しかった。寂しかった。悔しかった。苦しかった。感情がこみ上げてくると、原賀は頬の内側の肉を噛んだ。


 笑いたくならないように。泣きたくならないように。噛み続けた。何年も噛み続けた。


 そのせいで、頬の内側はいつも傷だらけで毛羽立っていた。ざらざらで、時々血の味がした。


 だけどそこは誰にも見られないから、原賀の弱さを閉じ込めるにはうってつけの場所だった。




 泣きそうな目を見られたくなくて、前髪を切らなくなった。


 伸び放題の髪が顔を覆い、表情を隠してくれる。それでますます人が寄り付かなくなった。


 クラスで一番孤立した。でも、それでよかった。得たものを失う痛みを知るよりは、はじめから何も持たない方がましだ。




 原賀はそう自分に言い聞かせた。




 一人なら、傷つかない。一人なら、失うものがない。


 また仮面を厚くする。無表情をさらに隙なく。前髪をさらに伸ばし、頬の内側をさらに噛む。


 放課後、生き物コーナーに一人で残る。ザリガニに餌をやり、植物に水をやる。蛙はいない。


 もう、あの三匹は田んぼに帰った。自由になった。




 自分達とは違う。




 原賀は水槽のガラスに映った自分の顔を見る。


 ぼさぼさの前髪の下、無表情の顔。笑っていない。泣いていない。


 これでいい。




 これが、自分を守る方法だ。

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