笑いものには蓋をせよ
原賀暦は、小学五年生の秋に笑うことをやめた。学芸会の準備で、クラスで寸劇をやることになった。
原賀は役をもらえなかったから、裏方で小道具を作っていた。休み時間に、クラスの人気者の男子がふざけて原賀の顔真似をした。目を細めて、歯をむき出して、わざと大げさに笑ってみせた。
「原賀って、笑うとこうなるんだよなー!」
周りがどっと沸いた。原賀はただ、黙ってそれを見ていた。笑いの輪の外側で。その瞬間、胸の奥に何か熱いものがこみ上げてきて、でもそれを表に出したら負けだと思った。笑われたら、もっと笑われる。笑えば、変な笑顔だとまた言われる。
それから、原賀は笑わない修行を始めた。朝起きて、鏡の前で表情をチェックする。口角を上げない。目を細めない。どんなに面白いことがあっても、息を吐いて堪える。学校で誰かが転んだり、先生が変なことを言ったりしても、唇を噛んで耐えた。
最初は辛かった。でも、だんだん慣れてきた。そして気づいた。笑いには種類がある。
友達と一緒に遊んでいて、自然にこみ上げる笑い。怖いものやスリルを楽しむ、叫びのような笑い。誰かの失敗を見て、つい出てしまう笑い。会話が噛み合わなくて、思わず吹き出す笑い。そして——他人の欠点をあげつらって、優越感に浸る笑い。原賀は、自分が我慢するたびに、少しずつそれらを分類していった。まるで虫取りのように、笑いの種類を観察して、心の中で標本にしていく。我慢するのは苦しかったけど、どこかでそれを「チャレンジ」だと思っていた。小学生らしい、ゲームみたいな感覚だった。
でも、その中で一つだけ、ゲーム感覚とは別に、はっきりと思ったことがある。自分は、他人の失敗や欠点を笑うような笑いはしないようにしよう。それが、原賀の小さな、でも確かな誇りになった。
だからこそ、安島笑子のことが苦手だった。笑子は、自分の顔をネタにして笑いを取る。クラスで誰かが笑子の顔を真似しようとすると、笑子が先回りして大げさにやってみせて、みんなを笑わせる。そして輪の中心に立つ。
あれは、自分自身を馬鹿にしているのと同じじゃないか。原賀には、そう見えた。笑子の周りにいる連中も嫌いだった。特に、笑子がネタにする前から彼女の顔をからかおうとして、結局笑子に上手く返されてフォローされているような奴ら。あいつらは、ただ弱い者を笑いたいだけだ。笑子がいなければ、きっと原賀を標的にしていただろう。笑子は強い。原賀はそれを認めざるを得なかった。でも、その強さが、原賀にはどこか痛々しく映った。
あんな風に、自分を笑いの種にするなんて。原賀は思う。私は、絶対に笑わないーそれが、原賀の最後の砦だった。だから、体育の時間に男子が転んだときも、笑子がこちらを見ている気がしても、原賀は唇を固く結んだまま、視線を地面に落とした。笑
ったら、負けだ。笑ったら、あの学芸会の日と同じになる。笑ったら、自分が自分でいられなくなる。だから、堪える。いつも、いつも、堪える。それが、原賀暦の生き方だった。
原賀暦は、小学五年生の冬から「笑い」を観察し続けた。最初はただ我慢するための手段だった。笑いたくなった瞬間に、息を止めて、心の中でその笑いを「捕まえる」。そして、種類を分ける。それが習慣になった。彼女が自分で分類した笑いの種類は、だんだん細かくなっていった。
まず、自然笑い。楽しいから出る笑い。
友達と遊んでいて、ふとした瞬間にこみ上げるもの。ジェットコースターで急降下したときの、叫び交じりの笑いもここに入る。心の底から湧き上がる、純粋な喜びの笑い。
原賀は、これを出さない修行が一番大変だった。幸せはそこにあったから。
次に、共感笑い。噛み合わないことから生まれる笑い。
誰かが真面目に言ったことが、予想外の方向にずれて、みんなで吹き出すやつ。先生が変な例え話をして、クラス全体がくすくすするような。
これは悪意がない。むしろ、みんなで共有できる優しい笑い。原賀はこれも、実は嫌いじゃなかった。でも、参加するには自分から笑わなければいけない。だから我慢した。
そして、優越笑い。他人の失敗や欠点を笑う笑い。
誰かが転んだ。変なことを言った。顔が変だ。服が変だ。
それをあげつらって笑う。
原賀はこの笑いが、一番嫌いだった。
自分は絶対にしない、と決めた。あの文化祭で自分が笑われたとき、周りの笑いがまさにこれだったから。
この笑いは、笑う側が上に立ち、笑われる側を下に置く。原賀は、そんな上下関係が許せなかった。
だからこそ、自分が笑われても、この笑いだけは返さない。それが、彼女の小さな誇りだった。
また、防御笑い。痛みを隠すための笑い。
これは、後から気づいた分類だ。
安島笑子がやっているのは、これだと思った。
自分の欠点を先に笑いの種にして、誰も自分を傷つけられないようにする。笑われる前に笑わせる。痛みを笑いに変換して、仮面にする。
原賀には、それが「逃げ」に見えた。
痛みを直視せずに、笑いでごまかしているように見えた。
ー私は違う。
そう、原賀は思う。
ー私は笑わない。痛みをそのまま受け止める。
それが、自分の誇りだから。
ただ一つだけ、許した笑いがあった。義務笑いー仕方なくする愛想笑い。
先生に呼ばれて、はいと答えるとき。身内に話しかけられて、相槌を打つとき。
これは、修行の例外だった。完全に無表情だと生きづらい。だから、最小限の笑みは許した。
それらの分類で言うならば、安島笑子の笑いは、原賀にとって「防御笑い」そのものだった。あんな風に、自分を笑いの道具にするなんて気が知れなかった。
痛々しい。だけど、少しだけ、羨ましい。
あれはあれで、強さだ。原賀の持てない類の強さ。
少しだけ尊敬をしながらも、それでもやはり、原賀は笑子が苦手だった。




