先手必笑
友情物語です。
安島笑子は、自分の顔を「武器」に変えることで生きてきた。
幼い頃、近所の子供が彼女の顔を見て吹き出した時、笑子は悲しかった。
けれど、数日後、悟った。
自分は笑われる側ではなく、笑わせる側に立てばいいんだ、と。痛みを逆手に取る。醜さをネタにすれば、誰も自分を傷つけられない。
相手に怒ったところで無駄だ。
相手の心と自分の顔を変えることは出来ないのだから、意識を、態度を、表情を変えるしかない。
彼女は鏡の前で何度も表情を練習した。目を大きく見開いてみたり、口を大きく歪めてみたり。笑われる前に、自分から笑わせる。それが彼女のルールになった。強い女になった。少なくとも、表面上は。
中学に上がると、クラスに原賀暦がいた。
原賀は笑子ほど極端ではなかった。顔立ちは地味で、眉が太く、唇が厚くて、髪はいつもぼさぼさ。
でも、普通に化粧して、普通に笑っていれば、目立たない程度には収まったはずだった。なのに彼女は笑わなかった。
いつも口をへの字に結んで、視線を床に落としている。誰かが話しかけても、短く答えるだけ。すぐに会話が途切れる。
ある日、休み時間に誰かが唐突に聞いた。
「なんで原賀さんって笑わないの?」
クラスが一瞬静まり返った。原賀は少しだけ顔を上げて、淡々と言った。
「……笑う理由ないから」
それだけだった。その日から、原賀は完全に孤立した。誰も近寄らなくなった。
話しかける価値がない、とみんなが判断したのだ。原賀自身も、それを望んでいるように見えた。
一人でいることを選んでいるように。笑子は遠くからそれを見ていた。
ーもうちょっと上手くやればいいのに。
笑えばいい。
冗談の一つでも言えばいい。
自分の欠点を少しだけ笑いものにすればいい。
笑子はそう思った。笑子はそうやって生きてきた。痛みを受け入れて、笑いに変えて、みんなの輪の中に入った。
原賀はそれができないのか、それともしたくないのか。
ある日の体育の時間だった。準備体操の最中、クラスの男子が転んで尻餅をついた。みんながどっと笑う中、笑子はふと原賀を見た。原賀の口元が、わずかに震えていた。笑おうとして、堪えている。頰が微かに赤くなり、目を細めて、唇を噛んで。でも、結局、笑わなかった。ただ黙って視線を逸らした。笑子は不思議だった。
何で我慢してるんだろう。笑うのが、そんなに嫌いなのか。それとも、笑ったら何か壊れてしまうとでも思ってるのか。
笑子には、わからなかった。ただ、原賀のその表情が、なぜか胸に引っかかった。自分とは正反対の、頑なな沈黙。それが、笑子の仮面の下の何かを、かすかに揺らした。




