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レベッカが用意してくれていた焼き菓子とお茶を楽しむ。
宮廷料理人が作る焼き菓子はとても美味しい。子供舌のせいか紅茶が苦く感じるので、私とレベッカはカモミールティーを好んで口にしている。
勿論、たっぷりのミルク入りだ。
クレージュ公爵は珈琲が好きらしく、いつも同じものを口にしている。
おしゃべりに夢中になっていたせいで喉が渇いていた。ついでに焼き菓子を頬張り、園遊会らしく花を眺めながらお茶を啜る。ようやく喉が潤った所で、レベッカが話を振ってきた。
「そういえば……ジュリーの自立の計画はどうなるの?」
「変更しないで続行するつもりよ」
「貴方の作る魔道具は便利よね。今後も期待しているから、じゃんじゃん作りなさいな」
「魔道具を開発しているのか?」
ぎょっとした顔を浮かべてクレージュ公爵が割って入ってきた。
「ジュリーの魔道具は評判が良いのよ。確か……伯父様も幾つか持っているわよね?」
「便利な魔道具は幾つか所持しているが、基本的に公務に必要な物が多い」
「お父様に融通して貰った魔道具が幾つかあったと思うわ」
レベッカの言葉にクレージュ公爵が私に問いかける。
「魔道具を開発するきっかけがあったのか?」
その言葉に対して頷いて答えた。
「七歳になった年に魔道具を作ったら、レベッカがとても気に入ってくれたのがきっかけでした。その流れで王家の方が後見となり、魔道具開発者として特許を授かったのです。私の希望で両親には内密に口座を取得しているので、この事は他言無用にお願い致しますね」
「そんなに幼いうちから個人資産を……」
「無理を言って口座を作って下さった王家の方には感謝しています。それ以降は王家に試作品を提出し、合格ラインが出たら特許を申請した後に商品を製造し、細々と市場へ出している形ですね」
特許の報酬と商品の売り上げがエグイ。
若干七歳にして資産が億に達してしまい、現在は口座に入っている金額を聞くたびに顔がにやける。
大まかな資産で言えば、準男爵家は億に達するか微妙なライン。男爵家はピンからきりまである中、旧家と呼ばれる男爵家だと十数億に達していて、格下の男爵家では準男爵家と同様に億に達しているかーーという様に、同じ男爵家でも資産の差がある。
子爵家も旧家と呼ばれる家は三十億くらいありそうだ。格下の子爵家は十億に達するかのラインだろうか。
伯爵家は更に複雑で旧家になると百数十億か、それ以上の資産を持っている可能性もある。中流の伯爵家は百憶あるか微妙なラインだと思う。
格下の伯爵家になれば資産は百憶に全然足りない。
逆に新興伯爵家は事業で授爵となっている為、資産は旧家に近いレベル。
そして侯爵家はーー平均で数千億から兆に達する資産を持っている。
こればかりは当主の才覚が左右するので、無能な当主なら資産を食い潰してしまい没落も有り得るのだ。
貴族のトップと呼ばれる公爵家は資産の額が圧倒的に違う。兆どころの話ではない。広大な敷地面積を保持している上に、投資や事業にも手を染めている分、資産は増加の一途。
勿論、当主としての手腕が関係しているので、無能な者なら没落の道へ進む。
貴族階級なら一月の生活費も高額になってしまうが、庶民の生活を基準にすると毎月五万程度あれば暮らせる。この国の庶民の月々の給料は平均二十万なので、それだけ国が豊かな証拠だ。
庶民は自分の土地を持てないので、土地を含んだ家賃が発生する。
王都と王領は国の所有地で、その場に暮らす者は家賃として国へ納めるシステム。
各領地に住んでいる領民も領主に土地込みで家賃を支払う形だ。改めて見直すと前世よりも暮らしやすい環境である。
そのおかげで個人資産が潤っている。
「商業ギルドが持つ研究所や工場で量産されている商品があれば、わたくし個人が手作りしている商品もございます」
「どういった商品か尋ねても?」
「そうですね……代表的な商品は、相手の顔を見ながら会話が可能な通信機ですね。それと盗聴防止と監視映像の魔道具の三点になります。他は料理人向けの道具が多いかと思います」
通信機はレベッカとの連絡手段を考えて作ったものだが、盗聴防止と監視映像の魔道具については、レベッカの父親ーー国王陛下に頼まれて作った形だ。
国王陛下直々に情報漏洩を徹底させるのに必要だと言われると弱い。
その代わり、親に内緒で口座を作って貰ったのだから、その借りを返したようなものだろう。
「私もその三点の魔道具を購入させて貰った」
「お買い上げ有難うございます」
「他には?」
「ジュリー、アレを忘れているわよ」
「ああ! 計算機ね」
貴族用に計算機の魔道具を作り、庶民向けにはそろばんを作った。
そろばんが扱えれば暗算も身に着くので、庶民にとって仕事の幅が広がると思う。貴族用に作った計算機は、単純に自分が電卓を必要としていたから。
通信機よりも計算機の方が需要が高く、一番の売れ筋商品なのだ。こちらは電池の代わりに魔石を搭載している分、コストが高くなってしまい庶民には買えない価格となっている。
同じ庶民でも裕福な商家なら買えると思う。
「……そちらも愛用させて貰っている」
「まあ! もしかして伯父様は、ジュリーの魔道具の上客なのかしら」
「まだ十歳なのに……その頭脳は国宝級だ」
「クレージュ公爵に褒めて貰えて光栄でございます」
「ジュリーは実家を出たいのよね。だから一人立ちをする為に、親に隠れて資産を増やしているのよ」
「実家を出たいのか? 失礼だが先輩ーーアグレッサ侯爵家は裕福な家庭だろう?」
世間的には裕福で幸せな家族に見えるだろう。
たとえ大好きなクレージュ公爵の言葉でも、私は素直に頷けない。
「ーーー」
「ジュリー、魔道具の件をバラしたのなら今更よ。それにーー伯父様は誰にも口外しないわ」
私はレベッカの言葉に覚悟を決める。
別の世界の記憶を持って生まれた転生者と言えば、頭がおかしいと思われるだろうから、その部分を伏せて説明した方が良いだろう。
レベッカも転生者の事まで告げろと言っている感じではなかった。
私に対する姉の異常な行動と、それに見て見ぬふりをする両親に見切りをつけた理由で十分だろう。
「わたくしは……生まれた時から記憶があります」
「生まれた時からの事を覚えているという意味か?」
「はい、わたくしは生後二日目に、姉から殺意を向けられておりました」
「ーーーっ!」
私の言葉にクレージュ公爵が息を飲む。
いきなりこんな話を聞かされて驚かない者はいないだろう。
「わたくの姉は当時四歳でしたが、生まれてきた妹に対する殺意は本物だったのです。まず最初に鼻と口を押えられ、わたくしに呼吸をさせないようにしていました」
「ーーー!?」
その時の様子を想像したのか、クレージュ公爵の顔色が変わる。
「生後半年あたりまでは母の寝室におりましたので、さすがに姉も母の前で殺害する勇気はなかったようです。狙うのは母が湯あみをするのに付き添う侍女やメイドが不在の時でした」
「ーーー」
クレージュ公爵の顔色が徐々に変わっていく。
それとは対照的に、レベッカが私の話にうんうんと頷いているのがシュールに見える。
「姉から明確な殺害行為を受けるようになったのは、わたくしが母の部屋から出され、わたくし専用の子供部屋に移ってからです。姉は時間さえあれば部屋に忍び込み、わたくしを殺害しようと……それはもう一日に何度も訪れてきました」
「ーーーー」
クレージュ公爵の表情は変わらないまま。
彼が膝の上に乗せていた手を握りしめ、その握り拳が徐々に白くなっている。
「まだ幼い四歳の子供でも、生後半年の赤子を簡単に殺害できるのです。姉からの殺害行為を回避する為に、わたくしの魔力操作の腕は上がっていったのでしょう。いよいよ命の危機を感じた時、わたくしは無意識に魔力を暴走させてしまいました。おかげで事なきを得たのですがーー」
「ーーーーー」
クレージュ公爵の眉間に皺が寄り始めた。
「当時の乳母とメイドは姉に不信感を抱き、両親に姉の行動を訴えた様です。ですが……母からは、妹を可愛がりたい姉の気持ちを汲んで欲しいと言われたきり話が終わったそうです。父は母の意見に同意していました」
「ーーーは?」
とうとう声が漏れてしまったらしい。
クレージュ公爵も私の両親の対応に納得がいかないようだ。
「凄いわよね、ジュリーの姉は」
レベッカは六歳の時から事情を知っているので、私の過去の話は今更といったものである。
これまでリアルタイムで連絡をしていた分、改めて私の話を聞いていたレベッカも懐かしそうな雰囲気である。もしくは当時の事でも思い出したのか。
私も自分の過去を振り返って、物凄くハードモードな環境だと痛感する。
「姉がわたくしに殺意を抱くのは、単純にわたくしが父親に似ているから。その理由が分かったのは、魔力暴走の後からですが。これまで姉に何度も殺されそうになり、精神的に辛い日々を送る中でーーいっその事そんな家を捨てたい。早く大人になって一人立ちしたいと思うようになったのです」
「病んでいるファザコンって容赦ないわね」
「弟が生まれてから回数が減ってくれて助かっているわ」
「まだ続いていたの?」
「現在進行形のままよ。つい二日前も毒を仕込んできて……って、レベッカに話していなかったかしら?」
晩餐の料理に猛毒が混入されていた。
ご丁寧に私一人分の料理が全て猛毒入りだったのである。主犯は姉のハリエットだが、多少の知恵がついてからは自分の手は汚さず実行犯に使用人を使うようになった。
実行犯を使う場合は、家族や他の目がある時に限定される。
深夜の時は姉が直接手を下す。
「二日前の話は聞いてないわよ。それ以外の話は聞いたと思うわ」
「アグレッサ侯爵令嬢が大人びて見えるのは、そういった経験からなのか?」
「その解釈であっていると思います」
「ねえ、ジュリー。やっぱり実家を出るなら、伯父様の息子と婚約した方が良いと思うわ」
「そうね……初対面で婚約を持ち掛けられて驚いたけど悪くない話だわ。それにクレージュ公爵領に興味を持っていたの。両親には婚約者と過ごしたいっていう理由にすれば、大手を振って公爵領を観光する事が出来そうね」
「何に興味を持ったのかな?」
「コレよ」
私は自分のドレスの裾を摘まんで見せる。
初めての園遊会へ着て行くドレスを作る際に出会った素材。表面に光沢があって光が当たると虹色に輝く。そして何より肌触りと着心地が良いのだ。
この素材に出会ってから、他の素材で服を仕立てるのは無理。
生地の柔らかさはシフォンに似ている。
「この素材の魔物が気になって仕方ないの。魔物図鑑にも載っていないし、どんな魔物なのか目にしたくて。それと酪農にも興味があるの。食用と乳牛の数によっては酪農で領地が潤うわ」
「私に提案をすると言う事かな?」
「そうよ。クレージュ公爵令息と婚約が確定したら、わたくしもクレージュ公爵家の一人になるわ。自分が住む場所を繁栄させるのは当然の事よ」
若いうちは資産を増やす為に必死で働き、子供が一人前になった後は優雅に過ごす。
私が目指しているのは不労収入!
「ちょっとジュリー、何を考えているの?」
「レベッカ、ビーフジャーキーはお好き? それとパキッと音の鳴るソーセージはどう? 燻製のチーズも良いわね」
私はレベッカに向かって、まだこの国に存在していない食べ物の名を告げる。燻製肉やベーコンは存在しているが、ビーフジャーキーは見た事がない。それにソーセージもありそうでなかったのだ。
「やだ、思い出したら食べたくなるじゃない。王族権限で許すわ。ジュリーは伯父様の領地へ出向いて早く作りなさい」
「ふふふ、レベッカの食いしん坊」
「それを実行しようとしているジュリーの方が食いしん坊じゃない」
「私の一存では不可能だ。貴方たちは世間的には十歳の子供で、他領へ行く場合は親の承諾が必要になる」
「わたくしが同行すれば問題なくてよ」
レベッカのドヤ顔が可愛い。
その言葉にクレージュ公爵も納得したように頷く。
「なるほど、知能犯だな」
私たち三人は夏の長期休暇を利用して、クレージュ公爵領へ行く計画を始めた。




