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園遊会の会場に到着すると、私は両親から離れて目的の場所へ向かう。
レベッカとの待ち合わせ場所だ。
今年も彩豊かな花々が庭を華やかにしている。庭園の入口にある薔薇のアーチは何度見ても溜息ものだ。距離は短いがトンネル状になっていて、そこを歩くと薔薇の花びらに包まれていると錯覚するほど。
薔薇のトンネルをくぐり終わり、王族のプライベートエリアまで進んでいく。
既に到着している者たちは、それぞれのグループに分かれて賑やかに談笑をしている。園遊会なので花を見ながらお茶をするのが趣旨であり、基本は立食スタイルだがビュッフェコーナーに並ぶ焼き菓子や軽食も豪華である。
ゆっくり座れるテーブル席もあるから、そこでお茶をしたり食事を楽しむ事も可能だ。
そんな様子を横目で見ながら歩き進んでいくと、サミュエル・アンダーソン侯爵令息に呼び止められる。
「アグレッサ侯爵令嬢」
「アンダーソン侯爵令息、ごきげんよう」
「休暇中を楽しんでいるかい?」
「ええ、それなりに」
「サミー、その令嬢は?」
黒髪の令息が目の前に現れた。
「ダニー」
彼はアンダーソン侯爵令息の幼馴染のようで、年齢は二つ上だと言う。父親同士が先輩後輩という間柄で、幼い頃から互いの家を行き来していたらしい。
クレージュ公爵と同じ漆黒の髪を持つ令息は、金色に近い琥珀色の瞳をしていた。赤紫色の瞳を期待していた分、ガッカリした気分である。同年代にはモテそうな顔であるが、髪色は同じなのにクレージュ公爵とは似ても似つかない。
私は残念な気持ちを抑え込み、余所行きの表情を浮かべる。
「初めまして、ジュリエンヌ・アグレッサと申します。アンダーソン侯爵令息とは教室は違いますが、同じ学園の同級生として親しくさせて頂いております」
「アグレッサ侯爵家の者か! 父上の学生時代の先輩で膨大な魔力保持者と聞いている」
「父の事をご存知で?」
「勿論さ! 君の父上は有名人だから、この国で知らない者はいないと思うよ」
彼の父親も国立ヴァソール学園の卒業生という事か。
アンダーソン侯爵令息の父親も卒業生みたいだし、先ほど馬車の中で父が語っていた事を思えば、卒業後も何かしら繋がっているのかもしれない。
そうでなければ見ず知らずの子供の入学式に招待されないだろう。卒業生をランダムに入学式へ招待していると聞いた時、国立ヴァソール学園は何を考えているのだろうと思った。
私には分からない思惑はありそうだがーー学園を卒業したら理由が分かるかもしれない。
「ダニー、自分の自己紹介をしてないじゃないか。彼女に失礼だよ」
そこへアンダーソン侯爵令息が、彼の服の袖を摘まむ。
「すまない……自己紹介がまだだったな。俺はダニエル・クレージュ。サミーとは幼馴染で兄弟のような仲だ」
クレージュ!!
この黒髪の令息はクレージュ公爵の令息だった。
「サミーは羨ましいな、こんな素敵な令嬢が同級生にいるなんて」
「ダニーの学校にも探せばいると思うよ」
二人の会話は本当に気安いものである。
幼い頃から兄弟同然に育ったのなら、二人が親し気にしているのも頷けた。私と姉は実の姉妹なのに冷え冷えとした関係なのに、彼らは赤の他人同士でありながらも兄弟のように親し気である。
そういえば父も言っていた事を思い出す。
「そういえば、わたくしの父もクレージュ公爵は学年で首席だったと言っておりました。恥ずかしながら……先ほど馬車での移動の際に、両親が話をしていた内容を漏れ聞いたのです」
「君たちの学園の卒業生は結束力が強いみたいだ。サミーの父であるアンダーソン侯爵は父上の先輩で、学生時代からの付き合いが今も続いている。アグレッサ侯爵の話も聞くから、君の父上も卒業生の集まりに参加していると思うよ」
ーーなるほど。
それで父はクレージュ公爵からバレッタを頂いた事に気づいたのか。そんな集まりがあるという話は聞いた事がないし、今後も私に話をする気はないだろう。
馬車での会話はあくまでも母が切り出したものに補足しただけ。
「わたくしは父とあまり会話をしないので、そういった話は初耳です」
「君の父上は寡黙なタイプだから仕方ないと思う。それを言うなら、俺の父上も同様のタイプだ」
「僕の父上はおしゃべりなだけだと思うよ。とにかく誰かと一緒に話し合いたいタイプだから、父上に捕まると長い時間おしゃべりに付き合わされて気づくと深夜になっているんだ。君たちの父上が本当に羨ましいよ」
心底げんなりした口調で漏らすアンダーソン侯爵令息は、父親の会話に深夜まで付き合わされているのだろう。現在は学校の休暇中でもある。夏休み前の小連休といった所か。
息子と語らいたい父親にとって、このタイミングを逃すはずがない。
「それよりーー君ともっと話がしたい」
「え?」
「ダニー、いきなりは失礼だよ」
アンダーソン侯爵令息がクレージュ公爵令息を諭すように告げる。
しかし当の本人は考えを巡らせるように黙り込み、すぐさま顔をこちらに向けて満面な笑みを向けてきた。
「そうか! 君が俺の婚約者になれば良いんだ」
「ちょっとダニー、婚約の話は子供が勝手に決めて良いものじゃないよ。それに公式な手順を踏まないと婚約は出来ない。まずはダニーの父上に相談したのち、アグレッサ侯爵家へ婚約の打診をするのが常識なんだ」
「そうか! それなら早速父上に相談するさ。今回の園遊会は、俺にとって最後の参加になるんだ。学校の違うアグレッサ侯爵令嬢に会う機会がなくなる」
「ダニーは十二歳になったのか……」
「そうなんだよ。九月から王立ノヴェール学院に入学だし、このチャンスを逃したくない。父上を探して説得する」
「え?」
私とアンダーソン侯爵は呆然となった。
まさか初対面の相手から婚約を打診されるとはーー。
しかも相手はクレージュ公爵の嫡男である。
私にとって婚約はどうでも良いが、この先もクレージュ公爵と会う口実になるのは喜ばしい。
「父上、彼女と婚約したい」
気が付くとクレージュ公爵令息が、父親であるクレージュ公爵を引っ張って来ていた。その先に私の姿を見つけて驚いた表情をしている。
勿論、表情そのものに変化はなく、クレージュ公爵の纏う雰囲気というか眼差しの変化で気づいた。
「彼女ってアグレッサ侯爵令嬢?」
「父上は彼女を知っていたんだ? 学生時代の先輩の娘だから知ってて当然か。俺は彼女と婚約したい」
クレージュ公爵は息子の言葉を聞いた後、深い溜息を漏らす。
「アグレッサ侯爵令嬢の気持ちは?」
私に気を遣っているのが分かる。
こういった気遣いをしてくれる所が好ましい。
「そうですね……突然の事に動揺しております」
「息子がすまないね」
「いえ……」
「アグレッサ侯爵家に婚約の打診をしたい」
「娘と婚約を希望しているのか?」
いつの間に傍にいたのか、父が近づいて来る。
てっきり母と一緒にいるものだと思っていたが、別行動をしていたのか。この中に国立ヴァソール学園の卒業生がいるなら、父が母から離れている事に頷ける。
「アグレッサ侯爵、ご無沙汰をしております」
「クレージュ公爵、久しいな」
超絶美形な父と、私のドストライクなクレージュ公爵の対面。
二人が並ぶと周りから歓声が飛び交う。
この二人の顔面偏差値は世界最高レベルなのでは?
淑女たちの視線を集める存在が二人もいるせいで、周囲に女性が集まり始めた。
「この場で話す内容ではないな。時と場を改める」
「そうした方が良いだろう」
共に寡黙な二人は会話も最小限である。
ほぼ二言で会話が終了。
「父上!」
この場に私の父がいる事をチャンスと考えたのか、クレージュ公爵令息が文句を言いたそうな声で訴える。そんな息子の肩に手を置き、クレージュ公爵は宥めるように軽く叩く。
「場が悪い、今回は諦めろ」
そんな二人のやり取りを聞きながら、私は自分の父の方へ顔を向けた。
「お父様、わたくし人と会う約束がありますので、これで失礼させて頂きます。クレージュ公爵、そして令息とアンダーソン侯爵令息、失礼しますね」
淑女の礼をしてから、私はその場を立ち去った。
レベッカを待たせているので早歩きになってしまう。
ようやく王族のプライベートエリアに辿りつくと、ホッと息を漏らす。
いつものベンチにレベッカが腰を降ろし、読書に耽っていた。
「レベッカ、待たせてしまってごめんなさい」
私の声にレベッカが顔を上げる。
公衆の前では「第一王女殿下」と呼んでいるが、二人きりの時は名前で呼び合う。
「婚約の話は受けるの?」
「もう耳にしたの?」
「ここは王宮よ。そこら辺に目と耳があるの」
「怖いわね……つい数分前の事なのに」
「初対面の貴方に婚約の話を持ち掛けるダニーには驚いたわ。これも伯父様の育て方なのかしら?」
レベッカが背後を振り向いて言葉を呟く。
あの場から移動してきたのか、クレージュ公爵が立っていた。
「息子の考えている事が分からない」
「子供の心は親知らず、また親の心は子知らずって言うものね」
「確かに!」
「それは他国の言葉なのか?」
「わたくし達が通じる言葉よ」
私とレベッカが顔を見合わせて微笑み合う。
それを楽し気に眺めるクレージュ公爵の眼差しが優しい。
「そうか。それより、アグレッサ侯爵令嬢」
「はい」
「とても似合っているよ」
クレージュ公爵が私の髪を指して呟いた。
このバレッタに気づいてくれたのが嬉しい。
ーーメイドに頼んでつけて来て正解!
「有難うございます。まさか入学祝いを頂けるなんて……こんなに素敵な髪飾りを有難うございます、クレージュ公爵。この土台の細工がとても気に入っているので、特別な日につける事にしているのです」
「特別な日? もしかして今日?」
「はい。今回の園遊会がクレージュ公爵も最後の参加になりますわよね……」
この園遊会は子供の同伴で親が参加している形だ。
規定の十二歳を過ぎれば参加資格がなくなる。
クレージュ公爵家に子供が一人ではなく、もう二人いれば残りの二年も楽しめるのに。
「この園遊会へ参加した時は、息子の成長が楽しみであったのだがーー子供の成長は早いな。あっという間に十二歳を迎えた気になる」
「親とはそういうものですの?」
「男親と母親では気持ちに違いがあるかもしれないな」
それはそうだろう。
母親の場合は自分の胎内に子が宿り、それを十月十日もかけて母親として自覚と覚悟を持つようになる。そして出産時の苦労の末に子を腕に抱き、更に母性が強くなっていくのだと思う。
父親の方は子供が産まれた後に、ようやく親としての自覚が芽生えると聞く。
これは世間一般の家族が抱いている認識であって、私の家族には一つも当てはまらない。
「わたくしは子供が出来たらビシバシ扱いて育てる予定ですの。親に頼り切って甘えてばかりの自堕落で無能な子供にしたくないわね。それこそ自我が芽生えた頃から教育を始めるわ」
「良いわね」
「ええ、無能な者は害悪よ。家の資産を食いつぶすだけじゃなく、周囲にも迷惑をかけてしまう」
「貴方たちと会話をしていると、息子より年下とは思えないほど大人だ」
先ほどの自分の息子の行動を思い出したのか、クレージュ公爵は溜息交じりに呟いた。
「クレージュ公爵、男性より女性の方が早熟なのよ」
「その言葉は卑猥に感じるわ」
レベッカが横やりを入れてくる。
「卑猥だなんて、はしたないわよ」
私が嗜めるように呟けば、レベッカが首を傾げた。
「何を想像しているのかしら」
わざとらしい笑みを浮かべるレベッカに、私は小さな溜息を漏らす。
「レベッカ、貴方は揚げ足取りの天才ね」
「ふふふ、ジュリーとの会話を楽しんでいるだけよ」
「あら奇遇ね。わたくしもレベッカとの会話を楽しんでいるわ」
二人同時に顔を寄せ合い、声を上げて笑う。
私たちの会話を微笑まし気に見つめているクレージュ公爵の視線が心地良い。彼は会話に加わる事もあれば、こうして黙って眺めているのだ。
まるで私たちの保護者のようだが、レベッカにとっては正真正銘の身内である。
クレージュ公爵も親戚の子供のお守りをしているつもりなら、彼に子供扱いされないように私が努力するだけだ。




