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転生令嬢は初恋を貫く!  作者: 尾木 愛結
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 マーガレット・ベル伯爵令嬢は、クレージュ公爵家の侍女として奉公しているものの、担当する主人が決まっていない。いずれクレージュ公爵令息の妻となる私か、クレージュ夫人の侍女になるかの二択だろう。


 現状で私の侍女はアリエルしかいないので、近いうちに私の専属侍女になりそうだ。


 その彼女は今、私の婚約者であるクレージュ公爵令息の私室にいる。

 私の聴覚で二人の様子を伺う。



「ダニエル様、このまま黙っているつもりですか?」



 ベル伯爵令嬢がクレージュ公爵令息に問いかける。



「エンヌとの結婚式は未定だけど、彼女がデビュタントを迎えた翌日に入籍するのは変わらない。だけど俺はメグも手放せないんだ」


「わたくしを愛人になさるの? 正妻になるのは諦めろと言うの?」


「……すまない」



 シーツの擦れる音が聞こえてきた。


 二人の息遣いが荒くなってきた所で聴覚を閉じる。男女の睦合っている所を聞くのは趣味じゃない。これで完全にクレージュ公爵令息の不貞が判明した事になる。


 私と入籍する前に、他の女性と体の関係を持つなんて有り得ない。


 この世から不倫不貞をする輩は滅んで欲しいと思う。

 たった一人の女性を愛する事が出来ないのなら、他の女性に対しても同じ事だ。体の快楽だけを求めるなら、金銭で割り切れる商売女で十分だろう。


 ーー高級娼館なら病気の心配もないのだけど。


 場末の娼館だと病気が蔓延している可能性が高い。

 商売女たちは借金を抱えているので、高額な医療機関で定期的な診察を受ける余裕がないのだ。


 あの様子だと、これが初めてではないのが分かる。


 ーーこれで白い結婚が確定したわね。


 クレージュ公爵令息が、ベル伯爵令嬢の純潔を奪ったのだろうか。彼女からクレージュ公爵令息を誘惑して、自分の純潔を捧げたという可能性もある。


 あとはーーベル伯爵令嬢は既に純潔を失い、身を守る為にクレージュ公爵令息を陥落したのか。十六歳で成人を迎えたら、後見人であるクレージュ公爵の後ろ盾が消えるのだ。

 その後はクレージュ公爵邸で侍女として奉公する事が決まっても、荒れた領地を立て直す事が出来ない状態が続く。


 ーー彼らの関係は何時から?


 そこが分からない。


 ベル伯爵令嬢がクレージュ公爵の援助を受けた時期も分からないのだ。

 スタンピードが起こったのは、私が生まれる前の話である。もしくは大規模なものではなく、小規模なものだった可能性はあるが、私の記憶にスタンピードで被害を受けたという情報はなかったはず。


 アグレッサ侯爵邸で過ごしていた間、外の情報が乏しかったのは否定しない。


 六歳以降はレベッカを通じて、私も外の情報が得られるようになった。そして十歳になってから、クレージュ公爵領へ訪れるようになり、更に情報が手に入るようになったと思う。

 クレージュ公爵がベル伯爵令嬢の後見人になった時期と、クレージュ公爵令息がベル伯爵令嬢と面識を持った時期が分からないまま。


 ーーハリソン伯爵令嬢の事も気になる。


 彼女は国立ヴァソール学園へ魅了を使って不法侵入し、ヴァソール学園長の厳重注意だけで解放されたらしい。ハリソン伯爵家にも通達は届いているようだ。


 王女殿下に対する不敬な態度、格上の貴族の名前を呼び捨てにしていた件を踏まえ、高額な慰謝料を請求されたようなので、ハリソン伯爵家が存続しているのか定かではない。


 ーー彼女に接触しても、知りたい情報が得られるとは思えないのよね。


 この件を誰に相談すれば良いものか、クレージュ公爵やクレージュ夫人が無難な気もする。


 もう少し様子を見てから動いた方が良いだろうか。

 取りあえず、秋にある大舞踏会の準備を進めなくてはいけないので、この問題は頭の中から掻き消す事にした。



 八月の半ばから九月まで、アグレッサ侯爵領に滞在して祖父母と弟と過ごす。


 クレージュ公爵が気を遣ってくれて、私の部屋からアグレッサ侯爵領を繋ぐ転移門の許可をくれたのだ。本当にクレージュ公爵は優しい人だと思う。


 私がアグレッサ侯爵領へ向かう許可だけじゃなく、転移門の設置まで許すなんて普通じゃ有り得ない話だ。その理由が、「ジュリエンヌ嬢の移動の負担を減らしたい」との事らしい。


 そして「ジュリエンヌ嬢が不在なのは寂しいな」と言われて、天に上る嬉しさだった。

 

 ーークレージュ公爵は天然のタラシですか!?


 ドストライクなクレージュ公爵に面と向かって言われたら、本気で勘違いしてしまいそう。私の本来の婚約者は、別の女性と淫らな関係を続けている。年齢が若いから性欲に溺れるのは分かるけれど、不貞行為をする理由にはならない。

 結婚式をする気がないのか、全く話が進まないので諦めている。


 入籍は予定通りに行われるが、初夜は行わないつもりだ。


 今はアグレッサ侯爵領にいるので、ここぞとばかりに祖父母に甘えて弟を可愛がる。

 アグレッサ侯爵領は国の西側に位置した場所だが、意外にも湿度は少なく過ごしやすい方だと思う。気温だけは下がらないので、夏の季節が暑いのは変わらない。


 高齢になった祖父母の為に、空調の魔道具をプレゼントした。

 これは夏冬を過ごしやすくする為のもので、前世でいうエアコンみたいなもの。魔石に魔力を注げば、永久的に使用できる。私が領地で過ごしたのは六歳までだが、冬場は極寒に近い状態だった。


 暖炉に火がついていれば温かいが、朝晩は凍えそうな程に寒い。


 弟が国立ヴァソール学園を卒業するまで、祖父母は王都の別邸で冬を越すようにしている。社交シーズンも兼ねているので、冬場を王都で過ごす貴族も多い。

 祖父母は賑やかな王都より、領地でゆっくり過ごす方を好むので、ゆくゆくは領地で余生を過ごす予定だ。



「姉上、これは?」



 レイモンが高級蜂蜜を見て驚く。


 祖父母は甘い物に目がないので、此方に来る前に連日ダンジョンへ通って確保したのだ。

 その内の数回は、クレージュ公爵と一緒にダンジョンへ行ったのである。クレージュ公爵の戦闘は目に焼き付いて離れない。さりげなくエスコートしてくれたり、お姫様抱っこも体験した。


 ーー思い出すと顔から火が出そう!


 さすが老公爵の息子と言うべきか、クレージュ公爵の動きも無駄がない。そして例の四階層もクレージュ公爵が瞬殺して終わったのだ。瞬きする間もなく、一瞬で終わったのが信じられない。


 クレージュ公爵は闇魔法が使えないはずなのに、光魔法の裏技で呆気なく。こんなに凄腕なのに、私の元父の方がチートなんて想像できない。

 クレージュ公爵と二人きりでダンジョンへ向かったのは二度で、残りの数回は老公爵も交えて三人で攻略した。この二人でダンジョンへ行くと、最下層まで二時間もあれば終了。


 そういった経緯で高級蜂蜜を集めたのである。


 此処へ来るのは年に一度しかないので、蜂蜜は幾つあっても困らない。

 私が持参した拡張バッグに、蜂蜜が百瓶ほど詰めている。



「これはダンジョンで手に入れたものよ」


「ダンジョン産ですか!?」


「ええ、クレージュ公爵領に十階層のダンジョンがあって、その最下層のドロップが蜂蜜なのよ」


「ダンジョンがある領地なんて羨ましいな。此処にもダンジョンが出現していたら、僕も魔法の練習がてらに潜れるのに」



 男の子だけあってダンジョンに興味があるらしい。


 クレージュ公爵の許可が出れば、レイモンを招待して一緒にダンジョンへ行くのも楽しいだろう。

 アグレッサ侯爵領にダンジョンはないけれど、森や山に魔獣が狩れる穴場があるのだ。



「レイモンは森へ行った事はある?」


「ないです」


「わたくしと森へ散歩する? 森はダンジョンではないけど、なかなかの大物が徘徊しているのよ」


「大物!? それは何ですか?」


「そうね……時期にもよるけど、火蜥蜴とアースドラゴンかしら? ドラゴンは運次第だけど、火蜥蜴は割と見かけるわね。他は大熊あたりかしら?」



 火蜥蜴は魔道具や薬の素材になるので、見つける度に倒していた。

 繫殖力が凄まじいので、見つけたら狩り尽くすようにしている。



「ジュリエンヌ、レイモンに変な事を教えないでちょうだい」


「あら、祖母様。わたくしは変な事を教えているわけではないわ。将来はレイモンが領主になるのよ。今のうちに領内の穴場スポットを覚えておいた方が良いと、わたくしはアドバイスをしているのよ」


「口だけは達者になったわね」


「ふふふ、お褒めの言葉を有難うございます」


「こんなに蜂蜜を頂いたのだから、今回は目を瞑って差し上げましょう」



 祖母が蜂蜜の入った拡張バッグを大事そうに抱えている。



「充分に確保したつもりですが、足りなかったら補充するわ。クレージュ公爵が許可を下さったら、レイモンを領地に招いても良いかしら? 一緒にダンジョンに入りたいわ」



 レイモンは学年で首席という実力者だ。


 学術は勿論、魔法の実技もぶっちぎりらしい。



「クレージュ公爵は許可して下さるだろうね。特に老公爵にレイモンが気に入られそうで心配だわ」



 祖母が溜息を零す。


 ーー老公爵に気に入られると問題があるのだろうか?



「老公爵とダンジョンへ行くと、わたくしの出番がないのよ」


「わたくしの世代の中で最強と呼ばれていたのよ。まだ彼も若いから現役と変わらないのね」



 ーー祖母の世代で最強!?


 王族も化け物揃いだが、クレージュ公爵家も同様らしい。


 祖父母と弟と過ごす夏は、のんびりとした時間だった。

 私がクレージュ公爵領へ戻ったのは、レイモンの新学期に合わせて祖父母たちが王都へ戻る頃。九月からレイモンは二期生に進級し、更に勉学と魔法を頑張ると言っていた。


 二人で森へ行った際は、レイモンに魔法の使い方を伝授しながら、魔獣の討伐に精を出したのである。チート能力の元父の血を引くだけあって、レイモンは九歳にそぐわない実力を持っていた。


 魔法のセンスが良い。


 どのタイミングで魔獣の息の根を止める魔法が効果的か、レイモンは無意識のうちに放つ。

 我が弟ながら頼もしい限りだ。


 二人で狩った魔獣の素材は、祖父母への手土産である。

 火蜥蜴の方は私が頂いたので、魔道具の素材に使ってプレゼントするつもりだ。前半は同級生たちと楽しく過ごし、後半は祖父母と弟の四人で家族団らん。


 なかなか有意義な休暇を過ごせたと思う。



 そしてーーいよいよ大舞踏会の日が迫ってきた。


 私がデザインした礼服の微調整をする為に、クレージュ公爵家に仕立て屋が訪れている。彼が留学していた頃に仕立てていたので、正確な寸法が測れなかったのだ。おおよそのサイズは本人から聞いていたが、首と腕周りは重要なので調整が必要となる。


 ブラウスとベストはフロックコートを羽織れば見えないが、フロックコートとクラバットは他人の目が向く。



「腕を上げてみて如何ですか?」


「かっちりした服を着ないから、俺も良く分からない。腕を動かす分にはきつく感じない」



 サイズの微調整の為に正装をしている為、髪型をセットしていないが正装が似合い過ぎる。髪色と同じ漆黒のフロックコートに赤紫色のクラバット。

 クラバットには銀色の刺繍でクレージュ公爵家の紋章が描かれている。


 フロックコートの襟と袖には刺繍で縁とり。

 ボトムスは黒のスラックス。衣装の生地は、クレージュ公爵領が誇る高級素材だ。光沢のある生地は見栄えが良い。さぞかし若い女性の視線を集める事だろう。



「ダニエル様、とても素敵です」


「エンヌのデザインだろ?」


「ええ、わたくしとクレージュ夫人の力作です」


「あのさ……エスコートの件だけど、父上と交代するのは駄目か?」


「エスコートを交代?」



 ーーどういう意味?


 デビュタントは大切な成人の儀式である。


 そんな大切な場に、私は婚約者ではない人のエスコートで参加しろって事だろうか。

 クレージュ公爵令息の私に対する扱いが、日を追う毎に酷くなっている気がする。これは私の被害妄想なのだろうか。さすがにベル伯爵令嬢に心が傾き過ぎだろう。



「父上に相談したら許可して貰えたんだ。エンヌにとって初めてのデビュタントだけど……」



 しどろもどろに告げる言葉が要領を得られず、思わず眉間に皺が寄るのは仕方ない。



「ダニエル、はっきり言えば良い」



 クレージュ公爵が溜息交じりに告げる。



「父上!」


「ジュリエンヌ嬢、息子がすまない。俺が後見人をしている令嬢のエスコートを、知り合いの者に依頼したんだが不慮の事故で駄目になったんだ。それを息子が知って、庇護下の令嬢のエスコートを名乗り出た。婚約者のジュリエンヌ嬢には申し訳ないが、今回だけは息子の我儘を通す事にした」



 クレージュ公爵が申し訳なさそうに話すが、逆にクレージュ公爵がエスコートしてくれるなら、クレージュ公爵令息はベル伯爵令嬢と仲良くしていれば良い。


 私はクレージュ公爵と念願のファーストダンスが踊れる喜びを噛み締める。


 ーーその前に心が浮足立って踊りそう!


 私にとって素敵なサプライズだ。デビュタントをする令嬢のエスコートをする相手は、ファーストダンスの相手でもある。婚約者がいない場合は、父親か兄弟といった身内がエスコートするのが慣例だ。


 私には婚約者はいるが、その相手は別の女性をエスコートするらしい。そうなると親族の誰かにエスコートをして貰わなければいけなくなる。実の父アグレッサ侯爵とは親子の縁を切っているので、祖父か養父に頼むのが筋だろう。


 しかし婚約者の代役が、その父親であれば問題ない。


 婚約者の父親が代役を務める事に意味がある。その婚約者との仲は円満であり、事情があって代役を務めているのだと周囲に知らせる意味も含まれるのだ。


 堂々とクレージュ公爵のエスコートが受けられるなんて夢みたい!



「そう……」



 浮かれる気持ちを抑えながら頷く。


 私の様子を見て心配しているのか、クレージュ公爵は膝をついて私の手を両手で包む。大きな手に包まれて、私の胸が早鐘を打つ。この気持ちを知られてはいけない。


 必死で平静を保つが、油断すると顔が緩んでしまいそうだ。



「ダニエルに庇護下の令嬢のエスコートをして貰い、俺がジュリエンヌ嬢のエスコートをする」



 キリっとした顔で言われ、その場に崩れ落ちそうになる。


 ーーソレ本当ですか!?


 庇護下の令嬢とはベル伯爵令嬢の事だろう。

 その令嬢のエスコートに知り合いの者に依頼したという事は、最初からベル伯爵令嬢のエスコートをする気がなかったという意味でもある。

 それなのに、私のエスコートには名乗り出てくれた。


 クレージュ公爵にとって、私は娘みたいな存在なのかもしれない。



「クレージュ公爵には責任もって、わたくしのエスコートをして頂きますね」



 私も神妙な顔を浮かべて言い返す。



「勿論、万全を尽くそう」



 クレージュ公爵に再びキリっとした顔で答えられ、私は頷くだけで精一杯となるのだった。





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