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転生令嬢は初恋を貫く!  作者: 尾木 愛結
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 七月に入ってから気温が高くなってきた。


 まだ夏真っ盛りの時期ではないが、北部の気温でも暑く感じるほど、今年の気候は異常なのかもしれない。

 南部に近い王都の方は、ここよりも猛暑になっているだろう。



「涼しい!」



 レベッカが第一声を放つ。



「今年は異常気象よね。もしかしたらスタンピードの予兆なのかしら?」


「それならヴァソール侯爵の方から発表があるはずよ。何も聞かされていないから、ただの異常気象だけかもしれないわ」


「いらっしゃい、お嬢さんたち」


「クレージュ夫人、お世話になります」


「若い女性って良いわね。わたくしも若返った気がするわ」



 そんな事を言うクレージュ夫人だが、彼女の外見は若い。


 実年齢は五十四歳だが、見た目年齢は三十代前半くらいだろうか。さすがに二十代には見えないが、肌艶も良く麗しい熟女にしか見えない。

 普段は肌を露出しないドレスを着ているが、夜会用のドレスを纏えば艶めかしい色気が駄々洩れ。


 ーーまさに美魔女!


 クレージュ公爵も二十代にしか見えないのだから、魔力量の膨大さが伺える。



「伯母様、伯父様は?」


「従兄弟に向かって「伯父様」はないでしょう?」


「年が離れ過ぎているのですもの。それにーーわたくしが娘でも通る年齢よね?」



 ーー年の差二十一歳だから、確かに親子と言っても通りそう。


 見た目だけなら違和感はないはず。


 実際、クレージュ公爵とクレージュ公爵令息は親子というより、見た目だけなら兄弟に見えるのだ。これはクレージュ夫人も同様に、クレージュ公爵とは親子じゃなく姉弟に見える。


 二人は魔眼持ちだから、余計に若く見えるのかもしれない。



「アルカードはアブラームと一緒にダンジョンへ向かったわ。女性に囲まれるのを恐れたのかもしれないわね。そういえばダニエルと一緒ではなかったの?」



 転移門から現れたのは、レベッカを始めデュプレ伯爵令嬢を含む四人だけだった。



「ああ、ダニーはベル伯爵領の土壌を調べると言って別行動なのよ」


「ベル伯爵領? スタンピードの被害にあった土地ね。あの孫は土属性が使えないから、一人で行っても土壌の改善は無理だわ。農地へ撒く肥料についても、まだ何の対策も練っていないのに何をしたいのかしら。少しまともになったと思ったのだけれど、わたくしの勘違いだったようね」



 王都のクレージュ公爵邸にある転移門は、この領地としか繋がっていない。


 クレージュ公爵令息が別行動を取っているなら、彼は馬車で向かったという事だろう。王都から領地まで片道だと約五日の距離だ。

 しかしクレージュ公爵令息は自領ではなく、王都から三日で行けるベル伯爵領へ直接向かっている。ベル伯爵領はクレージュ公爵領と、ヴァソール侯爵領に挟まれた位置にあったはず。


 ヴァソール侯爵領は結界に守られているので、スタンピードが起こった時でも被害はなかった。クレージュ公爵領は老公爵が騎士団を引き連れ、前衛で逸れた魔獣を瞬殺していたらしい。


 その間にある領地のベル伯爵領は結界で守られる事なく、当時の当主も魔力量が少なかった為に命を落とした。

 当時のベル伯爵が取った行動は悪手としか言いようがない。


 隣接している領主の魔力が多い事を知っているなら、被害が及ぶ前に助けを求めるのが先決だった。それを怠った結果、自ら命を落としただけじゃなく家族や領民の命まで失ったのである。


 更にスタンピードが起こった際に、魔獣の毒素も跳ね上がるという悪循環。領地の広範囲に渡って毒素が撒かれたのが原因で、現在も作物が育たない状態が続いている。

 その現状を見た事がないので分からないが、現在も毒素が抜けていない状態なら浄化が先だろう。毒素に汚染された土壌は、その場にいるだけで人間の体に影響が出る。


 そういった事を踏まえて、クレージュ公爵令息は王都で国立図書館に通い、毒素に汚染された土壌について国内だけじゃなく、他国での改善策を調べて模索していたのだろう。



「まず……領地全体に浄化魔法をするのが先かしら? その後に土属性で土壌を作り変えるか、肥料を撒いて土を整えるの二択だけど、肥料を撒く方だと時間がかかりそうね。ヴァソール侯爵家の方に浄化魔法を依頼する方が簡単ですが、ダニエル様は伝手があるのでしょうか?」



 国立ヴァソール学園の卒業生や現役の学生は、ヴァソール侯爵家の伝手を持っている。本人ではなく親や親戚が卒業生であっても同じ事だ。

 父親であるクレージュ公爵は、ヴァソール侯爵家に対して最大の伝手であるのに使っていない。


 家族であり兄弟同然のように育った、アンダーソン侯爵家や令息にも伝手があるのに。

 もしかしたら私の卒業パーティー以降も、彼らと何か食い違いがあったのか。


 彼らと敢えて距離を取っているのなら、その理由は一つしかないだろう。


 ーーベル伯爵令嬢が原因ね。



「ダニーが国立ヴァソール学園に入学していたら、そういった伝手があったかもしれないわね。サミーに口利きを頼んでいた様子もなかったから、独断で動いているのかもしれないわ」



 レベッカが溜息を漏らす。


 卒業パーティーで男性陣がしていた会話を、私が此処へ来てから通信機でレベッカに伝えている。

 その時にクレージュ公爵令息に対する感情が冷めたのだろう。レベッカなりにクレージュ公爵令息の事は、世話の焼けるヤンチャな弟みたいな存在だった。


 それが私以外の女性と関係を持つのは裏切り行為に値する。



「あの状況を目の当たりにして絶望を味わう方が良いわね。レジス侯爵家の嫡男やアンダーソン侯爵家の嫡男に、ダニエルが助けを求めるなら別だけど。あの孫一人で打開策は見つけられないわ。早々に諦めて領地に戻って来るはずよ」



 クレージュ夫人の言葉通り、クレージュ公爵令息は二週間後に領地へ来た。


 私たちはクレージュ公爵令息が来るまで、毎日楽しく過ごしていたのである。

 彼女たちと一緒に過ごす中で、私はアンダーソン侯爵家の養女になった事を打ち明けた。私の家庭の事情を薄々感づいていたようなので、詳細を省いた形で簡単に説明する。


 祖父母と弟に関しては関係が良好なので、アグレッサ侯爵家と完全に切れたわけではない。両親と姉と距離を置きたかったというのが大前提である。


 姉の夫となった義理兄も関係は良好なので、私が縁を切りたかったのは両親と姉の三人だけ。


 アンダーソン侯爵家は書類上の義理家族だが、本当の娘のように扱ってくれる。

 だからこそ家族として初めて迎える冬に、私を招待してくれたのだろう。レベッカもアンダーソン侯爵令息の妻として一緒に行くので、私も迷わずに了承した。



 私の個人的な話もしたが、今回此処へ初めて訪れた彼女たちも、合同研究会で別行動となった婚約者から任命を与えられているようだ。


 デュプレ伯爵令嬢とカゾーラン伯爵令嬢の二人は、此処へ来た事のあるレジス侯爵令息とベイロン伯爵令息に言われて、唐揚げやポテトフライの調理法を覚えて来て欲しいと頼まれたらしい。


 それについてレベッカが「極秘レシピよ!」と、二人に外に漏らさないなら教えると言っている。

 これらはレベッカ考案と言っているので、彼女にレシピの権限があるのだ。


 私は午前中から正午まで、クレージュ公爵の執務室で仕事をこなし、昼食後からレベッカたちと合流してお茶を飲んだり、ダンジョンへ行ったりと充実した時間を過ごしている。


 女性だけで初めてダンジョンに挑戦したが、さすが国立ヴァソール学園の卒業生なだけあって実力者だ。レベッカとダンジョンへ入るのは二度目。

 彼女はダンジョンで魔獣を倒すより、攻略方法や合理的に進む事を考える頭脳派だ。


 そしてお茶の時間は女性だけ集まり、クレージュ夫人を交えて色んな話題に花を咲かせる。



「国立ヴァソール学園の卒業生は常識人ね。そして話題が豊富だわ。茶会へ出向くより、貴方たちと話している方が実になるわね」



 クレージュ夫人もご機嫌だ。


 昨日は王都まで出向いて茶会へ参加したようだが、あまり実にならなかったらしい。主催していた夫人の人脈が乏しく、商談の話も途中で折られたようだ。

 主な話題は社交界のスキャンダルで、聞いていて気分の良いものではなかったらしい。他には王都で流行しているドレスメーカーや、化粧品についてといったもの。


 そして私たちの話題はクズ石の活用方法や、属性魔法を付与したアクセサリーのデザインの話だ。クズ石の多くはビーズに加工して廃棄分を抑えているが、それでもクズ石の量が多く廃棄を減らす為の案が欲しいのである。


 シャレット子爵令嬢の所もクズ石を抱え、それを無駄なく商品化したいとの事だった。



「クズ石を粉にして顔料にするのは?」


「顔料?」


「クズ石を粉にして混ぜたもので生地を染めると、光沢のある布になると思うの。それと塀や家の塗装にも粉にした物を入れたら、老朽を抑える事が出来るかもしれないわ」



 クズ石といっても魔素を含んでいるもの。

 粉状にするとキラキラ光る。それを染料に混ぜて布を染めれば、生地に粉が沁み込んで宝石を散りばめたみたいに、光に反射して輝く布が仕上がるはず。


 それとコンクリや漆喰の材料に粉を入れたら、頑丈なブロックや剝がれにくい塗装が出来る。



「まずはハンカチで試してみましょう」



 私たちはクズ石を砕いて染料と混ぜ合わせた。

 まるで真珠の粉みたいな輝きーーその染料の中へハンカチを入れて乾燥させる。



「素晴らしいわ!」



 ハンカチはキラキラと輝いて美しい。

 染料は藍色だったので、より美しい結果となった。淡い色よりも藍色や黒の方が映える。元クズ石だったものが布の繊維に入り込み、主張しているみたいに粒が輝く。



「これをドレス生地やワンピースの生地に沁み込ませれば、美しい布になるのは間違いないわね」


「大きい物を染めるのは時間がかかるから、まず先にハンカチや巾着袋から始めましょう」



 私たちが楽し気に話をしていると、クレージュ公爵と老公爵が揃って姿を現した。



「私の奥様は楽しそうだ」


「まあ、アブラームとアルカード」


「ご婦人たちに此方を」



 老公爵がテーブルの上に乗せたのは、高級蜂蜜。


 何度も言うが市場では滅多に見ない高級品である。この領地にあるダンジョンの最下層で入手できるが、他では聞いた事がないので貴重なものだ。


 一瓶に二キロ分が入っている。


 私たちもダンジョンで一人一つずつ手に入れているが、これだけは幾つあっても嬉しい。



「蜂蜜! 有難うございます」


「また二人で行って来たの?」



 クレージュ夫人が呆れたような口調で漏らす。



「老公爵は素敵でしたわ! あの四階層を瞬殺するのですから」



 私も老公爵と行った事があるので、クレージュ夫人に説明する。



「ジュリエンヌ嬢は父上とダンジョンへ?」



 クレージュ公爵が「聞いてない」といった感じで告げてきた。


 最近よく拗ねた顔をする事が多い。大人の彼が拗ねている様子は、悶絶したくなる程である。クレージュ夫人が「嫉妬」とか「ヤキモチ」と揶揄するのも楽しい。


 老公爵もクレージュ公爵の様子に気づいたのか、にやりと笑みを浮かべている。



「ああ、マリーとアルカードが不在で暇そうにしていたからな。彼女はダンジョンへソロでも行くと言っていたから、お手並み拝見したかったのだよ。ソロで行くだけあって、なかなかの実力者だ」


「それは褒めすぎですわ」



 目の前にいる老公爵は、私とは比べ物にならない程の実力者。


 魔獣が可哀そうになるほど、情け容赦なく瞬殺していくのだ。それはもう鮮やかな動きで。大きな体なのに動きは最低限のみ。老公爵の動きに無駄がないのだ。


 そんな実力のある相手に褒められて悪い気はおきない。



「ジュリーは同年代の中では、ずば抜けて凄いのよ」


「アンダーソン侯爵令嬢の魔法実技に関して、右に出る者はおりませんでした」



 レベッカの言葉の後に、デュプレ伯爵令嬢も続く。



「ジュリエンヌ嬢は首席だったな」



 最後にクレージュ公爵も加わり、場がいっそう盛り上がった。



「魔法の実技しか首席を取れなかったんです。学術の方はわたくしの弟になったアンダーソン侯爵令息が首席を譲ってくれませんでした。その次席にいたレベッカも……二人の壁が高くて超えられなかったのが無念ね」



 学術は三人とも甲乙をつけられない。

 ただ回答の微妙なラインで区切られていたのだ。


 点数で言えば全員が満点。言語の表現の仕方や、問題を解く解釈によって順位が決められていたらしい。

 私は何度か焦って凡ミスをしてしまった事もあるが、大体ほぼ満点に近い点数だった。アンダーソン侯爵令息は、教師が望むお手本通りの回答をする。


 レベッカも厳しい教育を受けているので、やはり教師が求める回答の仕方。私は自己流で勉強していたせいか、教師が望む回答を知らなかった事が、二人の壁を乗り越えられない原因となった。


 その分、魔法は元姉のおかげで自由自在に操れる。


 

「万年三番手」



 レベッカが悪戯っ子のように呟く。


 私が「三番手」である事を、レベッカが揶揄するのだ。



「レベッカだけよ、そう言っているのは。でも……秋に結婚したら、わたくしの事は「お姉様」と呼んで下さるのでしょう? レベッカにそう呼ばれるのが楽しみだわ」



 私も負けずに言い返す。


 それに対して、レベッカが器用に片眉だけを吊り上げた。



「あら、今からでも言ってあげるわよ? お姉様」


「まあ、ふふふ」



 私とレベッカのやり取りを見ていたクレージュ夫人が、楽し気に笑う。



「レベッカとジュリエンヌは、本当に良いコンビね」



 老公爵とクレージュ公爵も加わって、お茶の場が賑やかになった。


 そこにクレージュ公爵令息が現れる事もなく、彼は自室にベル伯爵令嬢を連れ込み、二人きりで過ごしていたのである。






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