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明日から学期末試験が始まる。
この試験が終われば夏季休暇だ。
私は自室で試験勉強をしていたが、喉の渇きを覚えて空間収納から飲み物を取り出す。クレージュ公爵領の特産品となった炭酸水と、普通の果実水を割る。
レベッカと違って炭酸飲料が苦手なのだ。
果実水が七で炭酸水を三で割った程度が丁度良い。
下手に部屋から出ると姉からの攻撃を喰らうので、こうして空間収納に必要物資を溜め込む癖がついた。部屋に籠城しても、余裕で数年は暮らしていけるだけの備蓄を保管している。
「せめて次席が取れれば……」
入学試験の時から順位が変わらない。
首席を守っているのはアンダーソン侯爵令息。次席はレベッカが死守しているのだ。この二人の壁は鉄壁すぎて超えられない。魔法の実技に関しては、私が首席を守っているのでお互い様である。
もうじき七期生も終わり、夏季休暇が終われば八期生になってーーいよいよ最終期生だ。
クレージュ公爵令息へ連絡を取ろうと、魔道具に魔力を注ぐ。この魔道具の通信機は通話専用なので、相手の顔が見えない仕様。勉強の邪魔をしたくないといった理由で、彼に通話だけのものを渡したのだ。
そしてクレージュ公爵に渡しているのは、互いの顔が見られるタイプのもの。
数分後にクレージュ公爵令息が魔道具に気づいて応対に出る。
「珍しいな、エンヌから連絡をしてくるのは」
「そうだったかしら?」
それなりに連絡を入れていると思っていたが、実際そうではなかったのだろうか。
十六歳になったクレージュ公爵令息の声は、少年の声から大人の男性のものに変わっていた。
クレージュ公爵令息の声だけを聴くと、ちょっとドキドキする。
「ダニエル様に確認したい事がありまして……」
「……結婚の事か?」
魔道具の向こうから声が詰まる気配がした。
「それもありますが……三着分のドレスの仕立てに時間がかかるそうなので、遅くても秋から準備に取り掛からないと間に合わないと言われたのです。ダニエル様は色と形の要望はございますか?」
いい加減にドレスを仕立てないと間に合わない。
それに男性服も夜会用の礼服になれば、女性のドレス同様に時間がかかるものだ。
それを分かっていないのだろう。
「ドレスが三着?」
クレージュ公爵令息が疑問を持ちかける。
「わたくしの話を聞いていなかったのですか? 三着のドレスと言うのはーー卒業用が一着、デビュタント用が一着、そして挙式用が一着です。披露宴に関しては、全く話をしていないので換算しておりません。披露宴を行う場合ですと衣装替えは必須条件ですから、更に追加で二着。合計で五着になりますが?」
子供が理解しやすいように丁寧な説明だ。
そこでようやく理解したのか、「なるほど」と呟く声が聞こえた。
「俺が帰国してからじゃ遅いって事か……卒業用とデビュタントの方はエンヌに任せるよ。俺よりもセンスが良いからな。ただし、俺とエンヌの色は絶対に入れて欲しい。ドレス代は父上に請求してくれ。結婚の方はデビュタントの翌日に入籍だけ済ませて、式は二人で考えよう。それで構わないか?」
ようやく了承の言葉が貰えてホッとする。
「わたくしの好みにしても宜しいの?」
以前は私の趣味を嫌がっていたと思う。
「ああ、エンヌの好みに合わせるよ」
この話について放置していた事への罪滅ぼしなのか。
クレージュ公爵令息は譲歩というものを覚えたようだ。実際、王立ノヴェール学院へ入学して以来、クレージュ公爵令息は子供っぽさが消えて大人になったと思う。
入学以来ずっと次席だったけれど、それに甘んじる事無く努力を続け、属性魔法まで発現した。きっと地道な努力を続けていたのだろう。そうでなければ魔力量は増えない。
学業も同様である。
彼なりに必死に頑張って首席で卒業を果たした。
「ふふふ、嬉しいわ」
「ごめんな……式の方は遅くなるけど、そこは二人で考えたいんだ」
クレージュ公爵令息なりに考えがあるのかもしれない。
デビュタントの翌日に入籍をすると言ってくれただけでも嬉しい事だ。
彼と結婚したら大切にしようと思う。
「ダニエル様が乗り気になって下さって嬉しいわ。お勉強で忙しい所、申し訳ありません」
現在の彼は世界の農作物と農耕について勉強をしている最中だ。
この国しか知らないので世界の作物に詳しくないが、異世界ならではの珍しい物があるなら知りたい。
農耕についても土壌の改善や、寒暖によって収穫できる作物が違う事についても学んでいる。寒い地域にしか育たない作物を改良し、温かい地域で育てるのも楽しそうだ。
クレージュ公爵令息が帰国したら、色んな話をしたいと思う。
少し取り留めのない話を交え、そろそろ寝る時間が迫っていた事に気づく。
「いや、エンヌの声が聞けて元気が出たよ」
彼は根本的に優しい人だ。
「早く戻って来て下さいね」
私も今の気持ちを素直に告げる。
「うん、おやすみ」
「おやすみなさいませ」
数日ぶりにクレージュ公爵令息と会話をしたせいか、私の心がぽかぽかと温かな気持ちになった。
万年三番目の私は自分の成績に肩を落とす。
学期末試験が無事に終わったので、晴れて夏季休暇を楽しめる。
クレージュ公爵令息は休暇中も滞在し、知識を詰められるだけ詰め込む予定らしい。彼は行ったり来たりの移動で、時間を無駄にしたくないのだろう。
これまでもクレージュ公爵令息は、夏季休暇で領地に戻る事はなかった。私と婚約した後に一度だけ一緒に過ごしたが、他の令息たちも同行していた為、彼は領地にいるより王都の方が過ごしやすいのだろう。
今後はどうなるか分からないが、私は自分の目的の為に領地へ向かうのである。
今年はクレージュ公爵領へレベッカは同行しないので、私一人だった。
アンダーソン侯爵令息と婚約した事で、レベッカは彼と休暇中にドレスの注文をするらしい。彼女の場合は、卒業用にデビュタント。そして結婚式と披露宴を合わせて六着も仕立てるので、そのデザインを彼と一緒に考えるようだ。
クレージュ公爵令息の衣装は、私が彼に最も似合う完璧なデザインを描いている。
ーー軍服一択!
卒業用のは黒地の軍服仕様で肩紐や袖の装飾、前身ごろの飾りも凝ったものにしたいのだ。
そしてデビュタント用の礼服は、黒地のフロックコートとベストは絶対に譲れない。襟もとは銀色の飾り紐か刺繍で悩んでいるが、仕立て屋の人に要相談だろう。
クラバットは薄紫色の生地に、黒い糸でクレージュ公爵家の家紋を刺繍。その縁を銀色の刺繍糸で飾り刺繍をすれば、素敵な貴公子に見える。
私の方は薄紫色の生地に銀色の刺繍糸で装飾し、アクセントの差し色はブラックダイヤモンドを使用したイヤリングと髪飾り。ネックレスはシンプルにプラチナあたりをチョイス。首回りは宝石をつけたくない。
デビュタント用は白い色のドレスと決められているので、初々しさを出す為にシュミーズタイプのドレスと決めている。白い生地に銀色の刺繍は、さぞ清らかに見えるに違いない。
先に卒業用のドレスで大人っぽくシックに演出した後、デビュタントでは清楚系を狙う。
私流のギャップを演出だ。
初めてレベッカと離れて過ごす夏季休暇ーーどんな夏になるのだろう。
いつもと変わらないのは目に見える。
私は自分の部屋から王都のクレージュ公爵邸へ移動し、そこからクレージュ公爵領の邸へ向かう。
十二歳から両親には黙って外出しているのだ。
どうせ私の予算を打ち切っているのだから、私がいてもいなくても関係ないだろう。
クレージュ公爵には許可を取って転移門を繋げている。
さすがに無断で転移門は繋げられない。
祖父母がいる場所も私の部屋と繋がっているので、こちらも私の部屋から自由に行き来が出来るのだ。部屋の扉は頑丈な結界で誰も侵入が出来ない。
チートと噂の父であれば可能かもしれないがーー娘を心配して様子を見に来る事はないので平気だろう。
私は勝手知ったる王都のクレージュ公爵邸へ到着し、使用人たちに挨拶をしてから転移門を使用する。一瞬でクレージュ公爵領の本邸だ。
「お嬢様、お待ちしておりました」
「アリエル、夏の間は宜しくね」
クレージュ公爵家の侍女アリエルは、私が滞在している間、彼女が私の専属になってくれている。
「はい、こちらこそ。それと……大旦那様と大奥様も、今年の夏はご滞在なさる予定でございます」
「クレージュ公爵のご両親で合っているかしら?」
「はい」
クレージュ公爵のご両親とはーーアブラーム・クレージュ老公爵は五十五歳、その妻マリーテレーズ・クレージュ夫人は五十二歳。そして元第一王女殿下で、レベッカの伯母である。
もしかしてーーレベッカはこの事を知っていて来なかった?
レベッカから聞いた話でしか情報は知らないが、マリーテレーズ・クレージュ夫人は礼儀作法に厳しく、女性に対して特に風当たりが強い。
ーー婚約者が不在なのに、我が物顔で滞在している私の評価は大丈夫だろうか?
事前に知っていれば回避出来たのにーーレベッカはわざと私に教えなかったのだ。
「その……ダニエル様が不在なのに、わたくしが滞在して大丈夫でしょうか?」
私が恐縮そうな表情を浮かべると、アリエルは「大奥様は気さくな方だから」と笑みを浮かべる。
ーーレベッカの情報と違う?
「第一王女殿下から厳しい方だと聞き及んでおりますが?」
「それは第一王女殿下が反抗なさるせいですよ。普段は気さくで話しやすく、とてもお優しい方ですので安心なさって下さい。大奥様はお嬢様へ感謝されているのです」
「わたくしに感謝?」
まだ面識した事がないのに、クレージュ夫人から感謝をされる覚えがない。
「お坊ちゃまがしっかりなさるようになったのは、お嬢様とご婚約をされてからです。それまでのお坊ちゃまは……その、子供っぽさが抜けない甘ったれた様子だったので」
やんわりとした言葉だが、アリエルも子供っぽいと思っていたようだ。
「それにーーこの領地の新たな特産品を生み出してくれた事を喜ばれておいでです」
ソーセージとハムにジャーキーから始まり、その後に炭酸飲料。更に破棄される果物と野菜を加工した保存の効く食品に作り替えた。それらの売り上げも伸びていて、私の方に入金されている。
新たな特産品を増やし、クレージュ公爵領は資産が増えている状態のようだ。
数年後には私の住む場所となるのだから、領地を繁栄させるのは当然の事だろう。
ーーそして将来は不労収入!
「お嬢様、お疲れではございませんか?」
「ええ、大丈夫よ」
私はアリエルに案内されて、いつも使わせて貰っている部屋へ向かった。
一人になるとホッと息をつく。
クレージュ公爵のご両親に、失礼がないように挨拶が出来るだろうか。
一人は元第一王女殿下である。
まずは心を落ち着かせて、自分のやる事を整理しておこう。
クレージュ公爵領産の生地で男女の衣装を仕立てること。
デザインは既に完成してある。これを形にする事が第一のミッションだ。そして服を飾る小物も準備しなくてはいけないので、仕立て屋に在庫があるのかを確認する必要がある。
それと新たな特産品のサンプル。
この領地は肉が多く取れるので、やっぱり肉が無難だろうか。観光地としても栄えているようだし、ここでしか食べられない限定メニューを考えるのもアリかもしれない。
食いしん坊のレベッカがいれば、食べ物のメニューは彼女が発案してくれたのに。
私は食べ物よりも道具を考える方が好きなのだ。
クレージュ公爵領は鉱石も取れるから、クズ石でビーズに加工すれば需要はありそう。あの素晴らしい生地もあるのだから、若い女性向けにビーズで飾るドレスも良さそうだ。
私は頭の中で考えている事をノートに書き出し、ついでにビーズをあしらったドレスのデザインを考える。
これなら低価格で仕立てられそうだから、予算の少ない令嬢にも買って貰えそうだ。
「お嬢様、大奥様がお茶をご一緒にしたいそうです」
「え? 着替えた方が良いかしら?」
現在の私の姿は部屋着である。
さすがに部屋着のままでは失礼にあたるだろう。
指先を鳴らして別の服に着替えた。
一瞬で別の服に着替えられるので、この生活魔法は便利である。先ほどまでの質素な部屋着から、外出にも合う薄紫色のワンピース姿となった。
「これで大丈夫かしら?」
「素晴らしい魔法です」
ぱちぱちと拍手をしながらアリエルが微笑む。
「ふふふ、侍女がいないから腕が上がるのよ」
「まあ……わたくしが不自由させないように、お嬢様のお世話を致します」
実家のアグレッサ侯爵邸よりも、クレージュ公爵邸の方が落ち着く。
十歳から毎年夏に滞在しているので、今年で四年目となる。
この部屋も私の私物で溢れるほどだ。
クレージュ公爵の好意に甘えて私物を置かせて貰っている。レベッカも同じなので、私も身内の一人として扱って貰えているなら嬉しい。まだ他人だけど二年後には義理の父となる。
アリエルも他の使用人たちも、私を温かく迎えてくれるのが有難い。
「頼りにしているわ」
私はアリエルの後に続いて部屋を出たのだった。




