< 23 > age14
私が十四歳になった年の新学期、教室はビッグニュースで持ち切りだった。
レベッカは自身の想い人であるアンダーソン侯爵令息と、ついに婚約したのである。それこそ幼少期から片思いをし、ずっと彼だけを思っていたらしい。
アンダーソン侯爵令息と結婚できなければ、平民として他国へ渡る覚悟までしていたようだ。
この世界では第一王女殿下としての立場で、貴族や使用人たちに傅かれて育っているが、元庶民の記憶があるので平民になったとしても生きていける能力は備わっている。生まれた時から前世の記憶があるので、たとえ子供のうちに王族を抜けて逃げ出したとしても、転生ギフトの魔力と知識があるから余裕だろう。
私の方はーーー。
弟のレイモン・アグレッサ侯爵令息が、国立ヴァソール学園の入学試験に首席で合格!
私が首席を取れなかった分、弟が頑張ってくれたらしい。
学問の方はアンダーソン侯爵令息と同じく、パーフェクト回答で全問正解。そして魔法の実技の方は、レイモンの独壇場と聞いた。この年の新入生の中で魔力量が膨大らしい。姉として鼻が高くなる。
そしてーーレイモンの容姿も女生徒の注目の的になるだろう。
学年が違うのでレイモンの姿を見る機会はなさそうだが、首席合格なら生徒会候補として会う事がありそうだ。
レイモンの国立ヴァソール学園入学を機に、祖父母たちは王都に別邸を購入したらしい。
私もお邪魔をさせて貰ったが、国立ヴァソール学園へ通うのに便利そうな立地だった。祖父母の要望で別邸から領地の本邸を転移門で繋ぎ、いつでも領地へ行き来できる。
私も別邸で過ごす事もありそうなので、祖父母に頼んで私室を作って貰った。
それと婚約者であるクレージュ公爵令息は、王立ノヴェール学院を二月に卒業したけど、農耕地や世界の作物の勉強をする為に他国へ留学となった。これはレベッカと私の受け売りのようで、自分の知らない作物を調べたりしているうちに興味が湧いたらしい。
私とレベッカが前世の料理の話をしている時に、彼は興味深そうに「カボチャとは? 紅イモって甘いの?」と尋ねてきていた。カボチャの天ぷらに大学イモの話をすると、「俺の知らない事を沢山知っているな」って言いながら、クレージュ公爵令息が笑みを浮かべる。
実際、他の野菜は国内にないのか、他国にあるのか分からない。
クレージュ公爵令息は未知の野菜と農耕に興味を持ち、留学を決意したのである。
留学となったのは、国内で農業を専門にしている学校が存在していなかったのだ。
彼はクレージュ公爵と二人で話し合った末に、二年間だけという条件で留学が許可された。この期限付きというのは、国立ヴァソール学園で行われる卒業生を祝う舞踏会への参加を物語っている。彼は私の婚約者として参加するので、これを欠席する事は許されない。
私の祖父母と父の時代は女生徒が少なく、王立ノヴェール学院と合同で行われていたらしいがーー数年前から合同ではなくなり、婚約者と同伴か身内の者を伴うのが主流となった。
現在はクレージュ公爵令息と遠距離になってしまったが、魔道具の通信機があるので連絡だけは取り合っている。
ハリソン伯爵令嬢の件については、有耶無耶のままだ。
クレージュ公爵の優秀な影からの情報では、ハリソン伯爵令嬢の一方通行だったらしい。私という婚約者がいるので、他の令嬢とは徹底的に距離を置いていたようだ。こういう所はクレージュ公爵の血を引いている部分である。自分が不利な立場にならない様に配慮する行動は、次期公爵として当たり前の事だろう。
美人局にころりと騙されてしまう様では、公爵家の当主にはなれない。
姉の方は相変わらず王都の邸に居座ったまま。
相変わらず「アグレッサ侯爵令嬢」として行動している。母も注意する事なく、当たり前のように姉を「令嬢」として接しているのだから意味が分からない。
姉ハリエットは十六歳の秋に結婚式を挙げて、現在の彼女の立場はシャプル伯爵夫人だ。
義理兄となったシャプル伯爵は、休暇の度に領地へ足を運び、領主としての仕事をしていると聞く。
妻であるはずの姉が不在でも気にしないのだろうか。
母と連れ添って夜会へ参加しているようだが、周りも疑問に思っていないのが不可解だ。この二人の行動が気持ち悪くて仕方ない。
聴覚を駆使して両親や姉の情報を集めるも、空振りばかりだ。
特に母と姉の会話は支離滅裂。
ーー会話が成り立っていないのよね。
二人とも互いに言いたいことだけ言うのみ。言葉のキャッチボールというものがないのだ。
まだ父と母の方が会話になっている。
ーー私は絶対に予定通りに結婚して家を出てやる!
そして父の方は私の結婚にあまり良い顔をしていない。
どうにかして婚約を解消に向けさせたいようだが、相手が自分の後輩の息子とはいえ格上の公爵家の嫡男だ。たとえ先輩風を吹かせて破談を交渉しても、公爵家のバックに王族がいるので無謀な話である。
そんな話を父は執務室で語っていた。
相手は侍従か執事か分からないが、娘の婚約を解消させたいとはーー親として最低だろう。姉が家にいる事にも疑問を持っていないようだ。
家にいる父は母とイチャイチャしている以外、かなりポンコツに見えるのは私の気のせいじゃないはず。それなのにチート能力で有名なのだから不思議でならない。事実なら家の中でも父親らしく、娘に立派な姿を見せて欲しいものだ。
そんな私の不満は別として、貴重な昼休みの時間を有効に使った方が良い。
現在はデュプレ伯爵令嬢とカゾーラン伯爵令嬢、そしてシャレット子爵令嬢を交えて食後のお茶を飲んでいる所だ。
「サミーは十六歳になったら専門科へ進級するみたいなのよ。わたくしは卒業するけど、結婚は譲れないわ」
「同じ年齢の壁ですわね」
デュプレ伯爵令嬢はクラス委員で、レジス侯爵令息の婚約者である。
私たちが卒業する時期に、レジス侯爵令息も専門科を卒業するので結婚するタイミングが良いのだ。
「同じ年齢は話の共通点が多い所は利点だけど、結婚する時に壁があるのよね。法律上では入籍は可能ですけど。男性の成人が十八歳に定められている以上、国では年の差の結婚を推奨しているのでしょうね」
そう漏らすのはシャレット子爵令嬢で、彼女の婚約者は同じ教室にいるミレー伯爵令息。同じ年齢の婚約者を持つ同士、レベッカの気持ちが分かるのだろう。
「相手の年が離れていた方が安心よ。精神面でも大人だから、無体な事はしないはず」
そう訴えるのはカゾーラン伯爵令嬢で、彼女の婚約者はベイロン伯爵令息。
実は私とレベッカを交えて一緒にいた事がきっかけで、二人は婚約する事になったのだ。
デュプレ伯爵令嬢とレジス侯爵令息は、互いの兄弟を通じて園遊会から面識を持っていたが、国立ヴァソール学園へ入学してから交流が深まったらしい。
元生徒会長とクラス委員だから、先生の雑用で一緒に過ごす機会が多かった事も要因か。二人は次第に互いを意識するようになり、そこから徐々に親密度を上げていったのだろう。レジス侯爵家から正式に婚約が申し込まれ、二人は婚約を結ぶ事になった。
クレージュ公爵令息にとって兄のような存在の婚約者が、同じ教室で学び親しくしている同級生である事を嬉しく思う。卒業してからも会う機会がありそうで、それが凄く嬉しいのだ。
「アグレッサ侯爵令嬢は?」
「わたくし?」
「ええ、婚約者の方とは遠距離恋愛と聞き及んでいるので」
デュプレ伯爵令嬢だけじゃなく、この場にいる全員が気になっているらしい。
レベッカには随時、通信機で話す機会があるので、彼女は大体の事は把握している。
クレージュ公爵令息との遠距離に関しても、あまり実感がないというのが正直な感想だ。元から頻繁に会う間柄でもなかったし、通信機があるので連絡は可能である。特に寂しいとか不自由している感じもないので、現状を言葉にすると説明が難しい。
「遠距離に関しては問題は特に……」
「そうなの?」
「ええ、通信用の魔道具があるので連絡が可能ですし」
「通信機をお持ちですのね! わたくしも欲しいのですが、品薄で手に入らないのよ。それをお持ちになっているなんて、さすが公爵家ですわね」
自分が欲しくて作ったものなので所持している。
これは本当に便利なアイテムなのだ。
「ご結婚についてお二人で話合われているの?」
「クレージュ公爵令息とは予定通りに結婚するつもりよ。デビュタントを済ませないと結婚できないのが、本当にもどかしいのだけど」
私が深い溜息を漏らすと、レベッカも同意とばかりに頷く。
「わたくしはデビュタントの当日に入籍を済ませるの。そして……その翌日か、その次の日にでも結婚式を挙げるのが目標よ」
「アンダーソン侯爵令息は同意しているの?」
「当たり前じゃない。サミーが反対する理由がないもの」
二人はそこまで話し合っているのか。
私とクレージュ公爵令息は、お互いに先の話をした事がない。クレージュ公爵令息と婚約を結んだ際に、私のデビュタント後に彼と結婚する事が決められた。
ーー本当にそれだけ。
その後、結婚式や新居について語った事が一度もない。
私の中ではクレージュ公爵令息と結婚した後、クレージュ公爵領でソーセージやハムだけじゃなく、新商品の開発や販路を広げる予定だ。そして更に領地を盛り上げる計画を練っているが、果たして彼の方は?
クレージュ公爵令息の方は結婚について、明確な形になっていない気がする。単純に私と「結婚する」だけで止まっているのだろう。まるで「結婚」がゴールのように。
そこから先の生活について、彼は想像していないのかもしれない。結婚は終わりではなく、二人の生活の始まりだという事を理解していないのだ。二つ年上といっても、彼はまだ十六歳だ。前世では高校生の年齢である。
「男性の考えている事が分からないわ」
「ダニーは単純で分かりやすいじゃない」
「そういう事じゃなくて……結婚について現実的な話がないのよ」
「ああ……それは困るわね」
「入籍や結婚式の日取り、または新居についての話が全くないの。これってどういう意味に捉えたら良いの? わたくしとは結婚するけど、その後は決めてないから別居? 入籍や結婚式は親任せ? 式に着る衣装は何時から準備を始めたら良いとか……全く話に出ないし、それとなく振るけど駄目なのよ」
私にとっては有耶無耶にしたくない。
クレージュ公爵令息と入籍は絶対にするけど、結婚式に関しては特になくても気にしない方だ。問題は住む場所や、結婚後の生活である。結婚式をするなら少なくとも、一年前から準備に取り掛からないと間に合わない。
挙式をする場所の予約は、一年前だと遅いのだ。それから招待客への招待状も、相手の都合を考えて半年前に届けなければならない。
花嫁が着る結婚衣装の仕立てには物凄く時間がかかる。
そして一番重要なのは住む場所。新婚用に新居を建てるつもりでいるのか、既に存在している王都や領地の邸どちらに住むのか。
「そういう話は男性が最も避ける内容よね」
「もっと厳しく突き詰めなければ話し合って下さらないわよ」
彼女たちの婚約者も似たような事をしているようだ。世の男性は自分の夢を語る時は饒舌になるけど、こういった現実的な話は苦手なのだと知った。
厳しく突き詰めて話が出来るなら簡単だっただろう。
「……逃げてしまうのよ」
そう肩を竦めて言い放つと、その場にいる全員が「納得!」といったように声を漏らす。
「ああ!」
レベッカ以外、全員が声を揃える。
私と同じような気持ちを持っている人がいる事にホッとしてしまう。やはり男性は現実問題から目を反らす生き物なのだ。女性に面倒な事を押し付けて、自分は美味しい所だけを持っていく。
その後のフォローがあれば許してあげるけど、結婚式は一人じゃ出来ない。これは二人で話し合って決める事だ。まず二人でプランを決めて親に相談する。この流れが理想的だろう。
両親は私に対して無関心を貫いているので、私も両親ではなく祖父母へ話をする予定だ。
私は一応アグレッサ侯爵家の娘ではあるが、十二歳で参加した園遊会を最後に、なぜか私だけの予算が打ち切られていた。この予算というのは、私の維持費ーー外出用のドレスや普段着を新調したり、婚約者への誕生日プレゼントを購入する必要経費を指す。
分かりやすく言い換えれば、貴族流のお小遣いだ。
自宅にいれば食事は出来るが、外出する時は予算がないと困る。
私の予算が打ち切られているのに対し、入籍して家名が変わったはずの姉は、家のお金で茶会や夜会用のドレスを新調しているのだ。
ーーおかしいよね。
個人資産を持っているおかげで事足りているけれど。
十四歳になったのに侍女もつけてくれない。
幼い頃から世話をしてくれるメイドはいるけど一人のみ。同級生の話を聞くと十二歳から専属の侍女が二人と、部屋付きのメイドが二人もいるらしい。
ーー私の家と大違いだ!
姉にも侍女二人と専属メイドが三人いる。
この差が分からない。
実は姉だけじゃなく、母親にも嫌われているのだろうか。使用人の差配は夫人の仕事である。その母が私に侍女がついていない事や、予算が渡っていない事も知っているはずなのに。
「相手が乗り気じゃなくても、わたくしは絶対に結婚して家を出るわ!」
私は拳を固く握りしめて告げると、「素晴らしいわ」と拍手が送られる。
その後は卒業用のドレスの話や、次の野外授業の話で盛り上がったのだった。




