< 22 > age13
今年の春で私は十三歳になりました。
私の家は相変わらず母が姉を放さない。
王宮の大夜会でデビュタントを迎えた姉は、昨年の十月にコンサル侯爵令息と結婚式を迎えた。
彼が二十歳まで学生の身分でいる理由から、姉は王都の邸に住んでいるのだ。
男性貴族は十八歳で成人なので、学生でも結婚すのに支障はない。
姉とコンサル侯爵令息の様に、男性側が専門科へ進級した場合でも、結婚が可能な年齢に男女が達しているなら、国としても正式に認められている。
それは女性の場合に限り、男性と違って妊娠出来る期限というものがあるからだ。
理想は十代から二十代までに出産をすると、元気で健康な子が望める。
二十代後半以降になると生まれつき病弱だったり、最悪の場合だと死産。更に母体の健康を損なうというリスクがあるので、子は年齢が若いうちに設けるのが良いという事だ。
姉の名前がハリエット・アグレッサ侯爵令嬢から、ハリエット・シャプル伯爵夫人に変わっている。
コンサル侯爵令息は夏季休暇を利用して、領主としての経験を積む為にシャプル伯爵領へ向かう予定だ。
それなのに姉は彼と同行せず王都に残ったままでいるのも、私の死を虎視眈々と狙っているからだろう。私に聴覚と鑑定がなければ、生まれた瞬間に土の中で眠っていた。
姉はシャプル伯爵夫人としての自覚はなく、茶会や夜会でアグレッサ侯爵令嬢として振舞っているらしい。私が夜会へ参加出来るのは十六歳のデビュタント後なので、現状で参加できるのはお茶会だけである。
お茶会にも子供限定のものと、親同伴の正式な場があるようだ。
私が参加するのは同級生が主催した茶会に限る。それとは別に、個人的な交流としてレベッカに招待されたものと、婚約者同士の仲を深めるお茶会の二つのみ。
それが理由で社交界の噂を耳にした事はないけど、情報通のレベッカや国立ヴァソール学園の同級生が、私に色々と教えてくれるので不自由していない。
社交界の噂よりも姉からの殺意を何とかしたいのだ。
昨日も私の料理に猛毒が仕込まれていたので、姉の料理をこっそり私の物と交換してみたら、物凄い目つきで睨まれたのである。
その料理を姉は口にしなかったので、「美味しいですよ?」と言ったのが悔しかったのか。
私の部屋への侵入も試みているようだが、鉄壁な防御結界によって諦めたらしい。
その代わり部屋を出ると何かしらの攻撃はある。
料理や飲み物だったり、扉のドアノブにも毒が仕込まれていた事もあった。この攻防は姉がシャプル伯爵領へ移り住むまでか、私がクレージュ公爵令息と結婚するまでか分からない。
いい加減にして欲しいものだ。
ようやく国立ヴァソール学園では六期生となり、学園生活も残す所二年ーーこれが、もう二年しか残っていない。まだ二年も残っていると思うのは、人それぞれ。
そんな事をしみじみと感じながら、今年の夏季休暇もレベッカと共にクレージュ公爵領へ向かう。
去年はクレージュ公爵令息を含む六名が増えたので、かなり賑やかな休暇となった。
今年は例年と同じく私とレベッカの二人のみ。
クレージュ公爵令息とは最近ぎこちない関係になっている。お茶会も欠席する事が増え、彼に理由を聞いても教えてくれない。ただ気まずそうに話を逸らすのだ。
それをレベッカに話したら、「浮気をしているんじゃなくて?」と言われた。
ーー浮気ねぇ……。
同級生のデュプレ伯爵令嬢と、カゾーラン伯爵令嬢が言っていた事を思い出す。
彼女たちが招待されたお茶会で、ハリソン伯爵令嬢がクレージュ公爵令息に、愛の告白をされたと言いふらしているらしい。学校内でも二人で過ごしているとか、よく分からない話を聞かされたのだ。
レベッカはそれを指しているのだろう。
それとは別にーーーー。
「今年は自転車に乗りたいの!」
唐突な一言である。
レベッカの無茶ぶりを可能にする為、私は試作品と完成品を持参してクレージュ公爵でお披露目したのだ。
人目についてバレたら面倒になるので、クレージュ公爵邸の庭で試運転である。クレージュ公爵は初めて見る自転車に釘付けのようだ。彼は乗馬で移動する事が多いので、自転車は必要ないと思うけれど。
こうして毎年レベッカと領地で世話になっているから、せめてものお詫びと感謝を兼ねて贈呈する。
「ジュリー、凄いわ!」
「レベッカ、あまりスピードを出さないように。ここの庭は整備されているから良いけど、絶対に舗装されていない場所では乗らないって約束して!」
「もう、ジュリーは心配性ね」
第一王女殿下に怪我でもさせたら、私が国王陛下に説教されるのだ。
その事を考えて行動して欲しい。
クレージュ公爵もレベッカを真似て自転車を動かす。
「これは!」
「伯父様、初めてにしては上手じゃない」
「馬より遅いが……近くへ移動するには便利で良いな」
クレージュ公爵は自転車を気に入ったようだ。
庭をひとしきり走った後、彼が満足そうな表情を浮かべる。
この邸の庭が広いから自転車のコースとして活用できそうだ。
「クレージュ公爵、ちょっとお話が聞きたいのですが」
「ん?」
「わたくしが気になったのは三か月前でしょうか。その前も不自然な態度がありましたが、気にしないようにしていたのです。その……ダニエル様について何か心辺りはありますか?」
私の言葉にクレージュ公爵は心当たりがないのか無言でいる。
「息子から何も連絡は来ていない。執事の話では、ようやく次席から首席になったーーと、それだけだな」
彼の口から首席まで成績が上がった事すら聞いてない。
以前の彼なら「聞いて欲しい事がある」と言って、嬉しそうな顔で報告してくれただろう。
「そう……ですか」
「私も身に覚えがあるが……十五歳という年齢は少し複雑でな。気分によっては親に反発意識を持ったり、好いている女性に対して素直になれない所とか。大人になるにしたがって、ダニエルも落ち着いてくると思う。息子の肩を持つ言い分となってしまうが、それまで待っていて貰えないだろうか?」
クレージュ公爵でも反抗期があったのかと、意外に思ってしまった。
私が心配しているのは、デビュタント後に家を出る計画を失ってしまうこと。
クレージュ公爵令息と婚約解消、または破棄になってしまったら大手を振って実家から出られない。私の計画は頓挫してしまう事になるのだ。
ーーそれだけは避けたい。
「ジュリー、わたくしが茶会を開催して情報を仕入れましょうか?」
「レベッカには迷惑をかけられないわ。王女殿下の茶会だと、税金が……」
王族は国民の税金で生活をしている。
衣食住は国民の税金で成り立ち、王族が主催する茶会や夜会も税金が資金だ。しかも高額な金額が使われるので、おいそれとレベッカには頼めない。
「ああ! そうだった。わたくしも早く王族から抜けたいわね」
レベッカが王族から抜けたいのは、第一に税金暮らしがイヤだから。
そして自由に動けないのが窮屈に感じているらしい。私とレベッカは元日本人で庶民の記憶を持っている為、税金という名と貴族の仕来りやルールが窮屈で仕方ないのだ。
アンダーソン侯爵令息を堕としたら、レベッカは貴族でいる事に躊躇いはないだろう。
最近は彼との距離が近くなったように思える。
レベッカは自分が主催できないと考えを改め、ならば親しい同級生に主催を願えば良いのでは。
「デュプレ伯爵令嬢か、カゾーラン伯爵令嬢に主催して貰う? それなら手土産だけで済むわ。わたくしも女官や侍女から情報を聞き出しておくわね」
レベッカがスッキリした顔で言ってのけた。
私たちの会話にクレージュ公爵が訝しげな表情を浮かべる。
「私の息子の事だったはずだが? 女官と侍女が情報を持っていると?」
クレージュ公爵令息について、女官や侍女たち。それに一介の貴族令嬢が、簡単に情報を掴めるはずがないといった様子だった。
こういう事は男性の方が疎いのだろう。
「伯父様、ダニーに近づいている女がいるのよ。ああ、誤解なさらないでね。女の方からダニーに近づいて、付きまとっているっていう噂が令嬢たちの間にあるのよ」
レベッカは同級生たちから聞いた話を語り出す。
昨年の九月に王立ノヴェール学院へ入学したハリソン伯爵令嬢が、二つ上の学年であるクレージュ公爵令息に目をつけ、何かと理由を言って近づいている事。
クレージュ公爵令息はジュリエンヌという婚約者がいる為、自分から令嬢に近づく事はしない。
ハリソン伯爵令嬢は懲りずに接触を図ろうとしていた。
クレージュ公爵令息が図書室を利用していると聞けば近づき、学生食堂を利用していると耳にすれば向かう。野外授業ではクレージュ公爵令息のいるチームに割り込み、徐々に親しくなっていったと言うのだ。
現在では一緒に図書室を利用し、食堂を共にしているらしい。
そして授業が終われば一緒に馬車に乗って帰宅するまでの仲だと吹聴している。これらは全てハリソン伯爵令嬢の口から出た話であり、裏どりが取れていないので事実なのか分からないのだ。
それをクレージュ公爵に聞かせると、彼もまた唖然とした表情となる。
「ーーは?」
「わたくしもジュリーも王立ノヴェール学院の伝手は、ダニーしかいなくて詳しい情報が入らないの。だから茶会を開いたり、各家の情報に詳しい女官や侍女から情報を聞き出すのよ」
レベッカも「こればかりはねぇ」と深い溜息を漏らす。
「その女の名は分かっているのか?」
「ええ、新興貴族のミレーヌ・ハリソン伯爵令嬢よ」
その名を耳にしたクレージュ公爵の表情が険しくなる。
「ハリソン伯爵ーーあまり良い話は聞かない相手だな」
クレージュ公爵は社交の場へは最低限しか出ないが、男性だけが集まる紳士倶楽部には足を運んでいるようだ。
彼が耳にしたという情報は、紳士倶楽部で得たものなのだろう。
「多分ーージュリーを蹴落として、自分が婚約者になるのが目的だと思うの。ゆくゆくはダニーと結婚して、彼女は公爵夫人の座を狙っているのでしょうね」
レベッカなりに私を心配しての事だが、少し飛躍しすぎな気がする。
だけどハリソン伯爵令嬢が本気で婚約を狙っているのなら話は別だ。クレージュ公爵令息との婚約が消えれば、私は家から出られなくなる。
祖母は結婚する際に私へ養子の件を提案してくれたが、婚約が消えてしまったら養子の件も無くなる可能性が出てしまう。デビュタントまで三年しかないのだ。新たな婚約者が見つかるとも限らない。
それにーークレージュ公爵令息との婚約が消えてしまったら、こうしてクレージュ公爵と会う事もなくなるのだ。
「そんな事は私が許さない」
クレージュ公爵は自分の息子を信じたいのだろう。
「だから先手を打ちたいの」
「分かった。私の方も情報を集めておこう」
「伯父様の影は優秀だから、すぐに詳しい情報が得られるわね」
この話はここで終わりとする。
現状でハリソン伯爵令嬢の話が真実なのか分からないのだ。憶測で決めつけるのは良くない。ハリソン伯爵令嬢が言っている話は、幼い子が「王子様のお嫁さんになる」と言っているのと同じレベル。
私が彼女に苦言を言い放てば、「そんなつもりじゃなかった」とか、「憧れを語っていただけ」と言い逃れをするのが目に見える。そしてハリソン伯爵令嬢は周りから同情を受け、私は自分の評判を落とす流れになってしまう。
ーーハリソン伯爵令嬢の素性すら知らないのよね。
彼女がどういった人物なのか、裕福な高位貴族の令息を狙っているのかも知らない。
子爵から伯爵へのし上がるくらいだから、父親の方は野心家で間違いなさそうだ。その娘も親と同じとは限らないが、親を見て子は育つと言うのは同感である。
真っ当な親を持てば子は同じ道を進むが、中には反発する子も少なからず存在するものだ。毒親なら子も確実に毒を持つ子に育つが、こちらも少なからず毒親を反面教師として真っ当に育つ子もいる。親の教育や周りの環境により、子供は育っていくので憶測だけで動くのは不味いのだ。
真偽を確かめるまでは動くべきじゃないだろう。
それから気を取り直した後、私はクレージュ公爵に自転車の普及についての話と、レベッカと新たな魔道具について話し合う。これがクレージュ公爵領で過ごす通常運転だ。
クレージュ公爵はどストライクで理想の相手ではあるが、今は私の手掛けている魔道具の上客で事業のスポンサー様である。
ーーずっとこの関係が続いてくれたら嬉しい。
私の婚約については現状維持のまま。
いつでも実家から逃げ出せるように、資金だけは貯めておこうと心の中で固く誓う。




