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私たちは腹を満たした後、クレージュ公爵家の使用人たちに案内されて、それぞれ用意された部屋へ移動した。
レベッカと私については、毎年ここへお邪魔している事もあり、同じ客室を使用させて貰っている。客室というより私室といった状態だろうか。十歳から私物を残しているので、自分の部屋のように寛げる。
クレージュ公爵令息に至っては自室があるので、使用人の案内は不要だ。
客室に入って一人きりの時間を味わう。
いつもレベッカと二人で訪れていたので、大人数と一緒に行動するのは初めての事だ。まるで国立ヴァソール学園での野外授業の様で、自分でも驚くほど気持ちがワクワクしている。
それと同時に園遊会でレベッカと話した内容が、たまに頭を掠めて不快な気分になる事もあった。
ーーミレーヌ・ハリソン伯爵令嬢といったわね。
彼女が王立ノヴェール学院へ入学したのち、下心を隠してクレージュ公爵令息に近づくだろうか。またクレージュ公爵令息は彼女の誘惑に対処できるのか不安に思う。
ーー心だけは支配できない。
私も心に想うのは彼の父親であるクレージュ公爵だ。彼への想いを封印して結婚する覚悟を決めたけれど、肝心のクレージュ公爵令息は誠実でいてくれるだろうか。
私が求めるのは親愛と信頼。
クレージュ公爵令息が心に誰かを想っていても、私には誠実なままでいて欲しい。ここで悩んでいても仕方ないのだが、どうしても一人になると暗い思考に陥ってしまう。
「……お風呂に入って頭をスッキリしなくちゃ」
晩餐の時間まで少し時間に余裕がある。
私は浴室へ向かって汗を流した。
浴槽で体と髪を洗って風魔法で乾燥させ、クローゼットに入っている余所行きのワンピースに着替え、髪型をどうしようか迷っている所で使用人が姿を現す。
「お嬢様、晩餐の準備が整いました」
この邸で働いている侍女のアリエル。
執事頭のアレンと家政婦長のアニエスの一人娘らしい。彼女は職場結婚をして家名が変わったが、職務中は旧姓を名乗っているのでファーストネーム呼び。
「有難う、アリエル。髪型に迷っていたのだけど、このままでも良いかしら?」
「そうですね……サイドの髪を残してハーフアップにされた方が、食事の邪魔にならないかと思います」
「なるほど」
私はアリエルの提案に乗っかり、風魔法を使って髪型を整える。
「そういった魔法の使い方もあるのですね」
アリエルは感心したように声を漏らす。
「わたくしには侍女がついていないから、こうして自分でやるしかないのよ」
「侍女がいらっしゃらないのですか? 失礼ですけど侯爵家のご令嬢ですよね? 一般的に貴族の令嬢は侍女がつくのは十二歳からですが、これは婚約者様がいない方に限ります。そして婚約を結ばれている令嬢なら、年齢に関係なく侍女がつくのは当然の事ですよ」
ーー正にソレ!
十歳の時に婚約者ができたのに侍女はつけて貰えず、十二歳になったら侍女はつけられるだろうと高を括っていたのだが、現在も変わらず侍女をつけて貰えない。
理不尽すぎて逆に笑える。
見た目と違って中身は成人済みの大人なので、自分の事は出来てしまう。魔法の基礎と呼ばれる生活魔法は大いに活用させて貰っているのだ。魔法が使えるから支度は簡単に出来てしまう。
「わたくしの家は普通とは違うみたいなのよ」
アリエルに肩を竦めて見せる。
そんな私にアリエルは悲しそうな表情を浮かべ、私の両手をそっと握ってくれた。
「ここにいる間は、私がお嬢様に仕えさせて頂きます」
「良いのかしら?」
「勿論でございます。旦那様にも進言しておきますので、どうかご安心下さい」
「有難う」
「それではダイニングルームへ参りましょう」
私はアリエルと共にダイニングルームへ向かった。
既に席についている人もいる。ベイロン伯爵令息とアンダーソン侯爵家の兄弟の三人だ。他の人は部屋に案内されてから寛いでしまって支度が遅れているのだろう。
レベッカの姿もない。
彼女の場合はお風呂で時間がかかっている可能性がある。
テーブルの上にはカトラリーと水差し、それと均等に置かれたパン籠のみ。食事の運搬は全員が揃うまで、もしくは主が席につかないと運ばれてこない。
「待たせたな」
クレージュ公爵令息が席に着く。
「あれ? フィル兄上たちは来てない?」
「支度が遅れているのではないでしょうか」
「ベッキーが遅いのはいつもの事だけどな。父上もまだのようだ」
クレージュ公爵令息は水の入ったグラスに手を伸ばし、喉を潤している。
そこへクレージュ公爵がダイニングルームに現れた。
湯あみをしていたのか髪が少し湿っている。相変わらずラフなスタイルだが、白地のドレスシャツに黒い無地のロングコートを重ね、ボトムスは黒地のスラックス。
着こんでいるのに汗をかいていない様子から、小型の冷風機を身に着けているに違いない。
小型の冷風機とはバングルに氷魔法を付与した魔道具。
クレージュ公爵令息の方は白地のレースアップシャツに、黒地に刺繍の入ったオシャレなロングコートを重ね、ボトムスは半ズボンにレースアップブーツ。親子なので服の趣味が似ている。
二人の相違点はシンプルな物を好む父親に対し、息子は刺繍や装飾のある物を好んでいる点だろう。
滅多に観察できないので、ここぞとばかりに二人を見比べていると、レベッカが隣に腰を降ろした。
それに続き他の男性陣も姿を現し、空いている席につく。
「クレージュ公爵、夏季休暇の間はお世話になります」
「いつも息子が世話になっているのだ。ゆっくり羽根を伸ばすと良い。アレン、配膳を伝えてくれ」
「かしこまりました」
メイドと給仕がワゴンに乗せた料理をテーブルの上に並べていく。
前菜のマリネとキッシュが給仕によって小皿に取り分けられる。スープ皿には野菜がゴロゴロ入っていて美味しそうだ。それに追加で増やしたトマトソース味のパスタに分厚いステーキが目の前に置かれる。
ステーキの付け合わせはポテトフライ。
「見た事もない料理がある」
「美味しそうだ」
彼らの言葉にクレージュ公爵が笑みを浮かべている。
もしかして彼らに珍しい料理を提供した事が嬉しくなったのだろうか?
クレージュ公爵令息なら分かるが、まさかクレージュ公爵が十四歳の息子と同じ反応をするなんてレアだ。また一つクレージュ公爵の一面を知って悶絶しそうになる。
ーー淑女の仮面をかぶらないと!
「存分に味わってくれ」
「ご馳走になります」
まず最初に彼らが手を伸ばしたのは前菜のマリネ。
クレージュ公爵領での食料の流通は聞いてないけど、当たり前のように魚介が手に入るのだ。魔獣肉がメインかと思っていただけに嬉しい誤算。
ソーセージとハムの流通も順調で、その売り上げがえげつない事になっている。ハムはショルダーとロースの二種類。ソーセージはプレーンとハーブにニンニクと黒胡椒の三種類だ。
冒険者や騎士団で人気が高まっているのはビーフジャーキーで、酒場でも大量に仕入れていると聞く。
「クレージュ公爵は普段からこういった食事をされているのですか? この料理は初めて見るものですが、とても美味しい。口の中がスッキリするのが良いですね」
「この料理はマリネと言って、酒のアテにも合うものだ」
クレージュ公爵が料理の説明をしている。
それをレベッカが横目で見て意地の悪い笑みを浮かべながら、優雅な手つきでパスタを口に運ぶ。ここで提供されている料理のほとんどは、レベッカの告げたものばかりだ。
「伯父様、わたくしのおかげというのを忘れないで下さいませ」
「ダニーは旨いものが食べられて羨ましいよ」
「これは全てベッキーの発案らしんだ」
クレージュ公爵令息が肩を竦めながら呟く。
「父上、フィル兄上がベルトポーチ型の拡張バッグが欲しいそうです。騎士団が使っているのと同じ物ですが、父上が手配されたのですよね?」
クレージュ公爵がチラリと私の方に視線を向ける。
「クレージュ公爵、料金は如何ほどだろうか。公爵領の騎士団が装備しているのを見て、どうしても欲しくなってしまったんだ。入手方があるなら教えて頂けませんか?」
「そうだなーー発案者に問い合わせてみよう」
その発案者というのは私の事だろうか。
拡張バッグを欲しているのが先輩や婚約者なので、無料で請け負っても良いけれど。クレージュ公爵がどんな条件で提案してくるか楽しみである。
「有難うございます」
「私も同じものを」
「僕も欲しい」
「どうせなら全員がお揃いの物を持てば良いのではなくて? デザインの色違いでも良いわね。騎士団と同じ物だと紛らわしいから、自分たちでポーチのデザインをして特別感を出せば友情も深まるわよ」
レベッカの提案に全員が頷く。
「さすがレヴィ嬢、私たちでは考えが及ばなかった。色違いにすれば良いんじゃないか?」
レジス侯爵令息が告げれば、他の人もそれぞれ思った事を口にする。
「そうだね、色と言えば髪色と瞳の色だとダブってしまうな。ここは自分の好きな色の方が良いのかな」
髪色で言えば金髪はレジス侯爵令息、コンサル侯爵令息、アンダーソン侯爵家の兄弟の四人だ。そして瞳の色に関しても翡翠色の瞳はレジス侯爵令息、アンダーソン侯爵家の兄弟で三人が同じ。琥珀色の瞳はクレージュ公爵令息とベイロン伯爵令息の二人となる。
この国は金髪と薄茶色の髪が多く、瞳の色は翡翠色と琥珀色を持つ人間は多い方だ。
「自分の色じゃなくても婚約者がいれば、その相手の色でも構わないんじゃないか?」
今度はベイロン伯爵令息が提案を示す。
「わたくしからの忠告ですが、普段のあなた達の服装を参考にした方が宜しいかと。ベルトポーチ型なら服装に合わない色だと、そこだけ浮いてしまいますわよ」
レベッカの言葉に一同がハッとしたような顔をする。
「それから髪色や瞳の色にする場合なら、それぞれ家紋の刺繍を入れたら間違えずに済むわよ? まずは普段の自分たちの服装を考慮した上で、ベルトポーチのデザインを決めるのが宜しいと思いますわ」
「やっぱり女性の見方は違うものだな。普段の服装を考慮した上でデザインを考えるとは思いつきすらしなかった。ベルトポーチをつける時は外出時がメインだ。正装時に合わせるか、ラフなスタイルに合わせるか迷う所だ」
「僕はどちらでも合わせやすい自分の目の色に決めた」
アンダーソン侯爵令息は決まったようだ。
「俺も自分の目の色にしようと思う。そして家紋を刺繍して貰いたい」
「ダニーはどうする?」
「俺は黒にする。普段から黒を着ているし、クレージュ公爵家の髪色だから」
結局この場にいる全員がベルトポーチ型の拡張バッグをご所望らしい。
クレージュ公爵領の騎士団に作った拡張バッグは、他領でも噂になっているようだ。気まぐれに拡張バッグを制作して店舗へ下ろしているけど常に品薄である。
他にやる事も多くて拡張バッグの制作に時間を取られたくない。
「ダニーと先輩たちが白熱するのは勝手ですが、料理は温かいうちに食べるものですわよ」
「そうだ!」
「食事の途中だったな」
そんな彼らを微笑ましげに見つめるクレージュ公爵は、いつもと違って父親の顔に見えた。
彼はクレージュ公爵令息の父親である。
どちらか片方としか接する機会がなかったので、二人が一緒にいる場面を見てしまうと少し寂しい。どう足掻いてもクレージュ公爵に想いは届かないのだ。
私は彼にとって息子の婚約者で、レベッカの友人でしかない。
あんなに美味しく感じていた食事の味がしなくなる。目の前に出された分だけは平らげよう。給仕に少量だけと口にしておいて良かった。普段の量なら確実に残していただろう。
「この赤い料理も美味しいね」
「これはねパスタと言うのよ。赤いのはトマトソースを使っているから」
「トマト! 僕トマトが好きなんだ」
「ステンは好き嫌いがなくて偉いわ」
私の横でレベッカがアンダーソン侯爵令息の弟ステファヌと、微笑ましい会話をしていた。彼女はステファヌが生まれた時から知っているので、彼もレベッカを姉のように慕っている。
本当の兄弟ではないのに兄弟のようだ。
私も姉と弟がいるのに他人のような関係である。弟のレイモンは四歳の誕生日を迎える前に、祖父母が育てると両親に告げて領地の本邸へ身を移した。
元から子供に関心が薄い両親は反対もせず、祖父母に嫡男を託している。
母にとってレイモンはどんな存在なのだろうか。
嫡男に拘っていたと思っていたが、結局は姉が傍にいれば満足なのかもしれない。
私とレイモンは不要なのだろう。
祖父母に引き取られてからレイモンと良い関係になった。まだ五歳なので良い関係もないが、私の事を姉だと認識してくれたのは素直に嬉しい。
夏季休暇の残りの三週間はアグレッサ侯爵領で過ごすので、祖母と一緒にレイモンと楽しい時間を過ごそうと思う。




