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レベッカとクレージュ公爵令息以外の者は初めて見る食べ物だろう。
我先にとレベッカが席につくと、すぐにポテトチップスに手を伸ばす。グラスには冷えたコーラが注がれている。レベッカにとって、ポテトチップスとコーラの組み合わせは絶対なのだろう。
嬉しそうな表情でポテトチップスを頬張り、コーラで流し込んでいく。
とても幸せそうだ。
「レヴィ嬢、それは?」
レジス侯爵令息が興味津々にレベッカへ問いかける。
「これはポテトチップスよ。イモを油で揚げたお菓子なの」
「ベッキーはこれが目的で此処へ来るんだ」
クレージュ公爵令息が溜息交じりに声を漏らす。
そんなクレージュ公爵令息はポテトチップスではなく、ポテトフライがお気に入りである。
「貴方たちも食べてみたら分かるわよ」
レベッカに促された令息たちは、皿を手にして食べたいものを乗せていく。軽食はキュウリのサンドイッチとローストビーフのサンドイッチ、そしてミートパイの三種。
焼き菓子はクッキーとマフィンのプレーンなもの。シンプルな物が美味しいと思う。
そしてーーポテトチップスとポテトフライ。
同じ原料だが厚さが違うだけで、別の料理になるのだから不思議だ。男性陣は軽食をメインに選んでいる。皿に乗せ終わった人から席について食べ始めていた。
「旨い!」
「初めて食べたが美味しい」
そんな彼らを横目にして、私も自分の食べたいものを選ぶ。キュウリのサンドイッチは外せない。このシンプルな具が好きなのだ。それとポテトフライにチップスも乗せる。
こういった食べ比べも楽しいのだ。
飲み物は冷たい紅茶。
塩気のあるものには冷たい紅茶が合う。
「ダニエル様、こちらで何をする予定ですか?」
私は隣にいるクレージュ公爵令息に声を掛けた。
「特に予定は入れていない。サミーが夏場の王都は嫌だと言うから来ただけで、これといって何も予定を立てていないんだ。エンヌは?」
「わたくしは毎年恒例の作業をする予定です。そうですね、時間に余裕があれば冒険者ギルドで素材を集める事もしたいですわ」
「冒険者ギルド?」
「ジュリエンヌ嬢は冒険者ギルドで何をするの?」
何故か他の人たちも会話に加わってしまった。
「ジュリーは冒険者登録を済ませていて、ここへ来るとクエストを受けたり依頼をしたりしているの」
「冒険者登録って……」
「魔力操作の実力者だな」
「ジュリエンヌ嬢の魔力は、父君のアグレッサ侯爵の血筋だね」
コンサル侯爵令息が加勢してきた。
彼は姉の婚約者でもあるので、両親や姉から何か聞かされているのかもしれない。
「そんなに凄いんだ?」
クレージュ公爵令息が驚いた声を上げる。
彼と婚約をして三年が経つけれど、ちょっとした魔法を使う事はあっても、攻撃魔法を披露した事がなかった。
「野外授業の時は大活躍してるから、いつも注目の的だよ」
アンダーソン侯爵令息が大それた事を言う。
国立ヴァソール学園では月に一度だけ野外授業があり、学園の近くにある低層のダンジョンへ潜るのだ。そのダンジョンには弱い魔物しか存在せず、階層も地下6階だけの初心者向けのもの。
弱い魔物だが貴重な鉱石や原石をドロップする。
集めた素材は学園の研究室で実験材料となり、また学園の生徒たちの魔法の授業として行われている行事の一つ。
「エンヌ、俺とペアを組んでクエストしない?」
「狡いぞ、ダニー。それなら僕も加わりたいよ」
すかさずレジス侯爵令息が割って入ってきた。
「俺も参加したい」
「将来の義理妹になるジュリエンヌ嬢に怪我はさせたくないから、僕も付き合うよ」
「じゃあ、わたくしはお留守番をしているわね」
レベッカは両親から注意を受けたらしく、冒険者ギルドへ近づけない。
初めてクレージュ公爵領へ訪れた際に、私が冒険者登録をした事についてレベッカは悔しがっていた。
クレージュ公爵領から王都へ戻った時に両親に話をしたら、凄い勢いで反対されたらしい。
王女殿下が冒険者登録するのは外聞を考えたら不味い事だろう。
成人の儀を終えて王族籍から抜けないと自由にならない。
こういった部分は王族にいると、行動が制限されてしまうのだと実感する。
「僕は姉上と一緒にいるよ」
「まあ、ステンは優しくて良い子ね!」
レベッカがステファヌをぎゅっと抱きしめていた。
十歳になったばかりのせいか、顔立ちも幼さが残っている上に背が低くいので癒される。
レベッカとステファヌの二人の姿にほっこりしていたが、不意に自分の状況に気づいた。
「ちょっと待って。わたくし一人だけ?」
レベッカが留守番で残るなら、女性は私一人きりである。
さすがに男性陣の中に女性一人は困ると抗議の声を上げるが、「そんな謙遜しなくても」とか「俺たちを守ってよ」といった声が続く。
そして追い打ちをかけたのは、レジス侯爵令息の一言だった。
「ジュリエンヌ嬢は俺たちより強いから大丈夫さ」
彼はとても良い笑顔で告げたのである。
合同野外授業で互いの実力を知っているだけに言い返せない。
レジス侯爵令息も魔法の腕はトップレベルだ。魔力量も多いが魔法のセンスが飛び抜けている。魔法を使う時に無駄な魔力を流さず、最小限の魔力量で魔獣の急所を確実に狙う。
さすが元生徒会長である。
「まずは冒険者ギルドへ行ってクエストを確認してから決めよう」
どうやら決定事項になってしまったらしい。
冒険者ギルドへ向かうチームは、私とクレージュ公爵令息、アンダーソン侯爵令息。そして先輩のレジス侯爵令息とコンサル侯爵令息にベイロン伯爵令息の合計六名で向かうようだ。
「俺たち二人は学園を卒業して専門科の入学まで暇だから、体が鈍ってしまうのを心配していたんだ。王都にあるダンジョンは各学校が抑えてて使用できないし、自領だと野生の魔獣だから単独だと危険だろ? 何より騎士団や冒険者の仕事を奪う事になる。暑い王都にいても退屈だし、どうせなら仲間たちとダニーの領地で過ごせないかなって」
「フィル先輩らしい」
「僕も王都で暇を持て余すのがイヤだったんだ」
「シリウスも同じだったんだ。でもーー婚約者と会わずにいて良かったのか?」
「彼女は卒業試験の合格ラインに達していなくて、来月まで補習が入ってる。その補習に参加して卒業資格が貰えるみたいだ」
コンサル侯爵令息の言葉に絶句する。
この国の卒業は各学校によって時期は異なるが、大体二月下旬から三月半ばに行われるのが慣例だ。
姉は私の四つ上で十六歳。
本来なら卒業してデビュタントを済ませた後に、晴れてコンサル侯爵令息と結婚式をする予定だと思っていたのだが。
まさか卒業試験の合格ラインに達しておらず、この数か月ずっと王立ノヴェール学院に通い続けているとは、私も全く気付いていなかった。
そうなると結婚式の準備も始まっていないのだろうか。
既に決まっている事なら、準備はかなり前から始めているはずだ。卒業試験で躓くとは誰も思っていなかったと思うが、コンサル侯爵令息は十八歳を迎えているので結婚するのは可能のはず。
ーーそれよりも、姉は魔力だけじゃなく頭も弱かったのか?
身内の恥ずかしい話を聞いて居たたまれない気持ちになる。
「ジュリエンヌ嬢と違った意味で凄いな」
誰かがポツリと呟いた。
一同がそれに同意するように頷く。
「妹のジュリエンヌ嬢は国立ヴァソール学園で三番手だけど、魔法の実技は入学試験から変わらず首席だ。学業においては神童と呼ばれているサミーと、王族のレヴィ嬢に続いてだから三番手でも優秀なのは変わらない」
「エンヌは自慢の婚約者だ」
「ダニーが羨ましいよ」
いつの間にか話題の内容が、姉から私の話になっている。
姉の話は身内として非常に恥ずかしいものだが、自分の話題となると違う意味で恥ずかしくもあり居たたまれなくなるものだ。
まさに穴があったら入りたいといった心境だろうか。
私が心の中で葛藤している間も、話は尽きないようで続いている。
ーー彼らは本当に仲が良いな。
「俺の勉強も見てくれるから成績は安泰さ。それにエンヌは教え方も上手いんだ。ずっと勉強が嫌いだったけど、エンヌのおかげで勉強をするのが楽しくなった」
「僕に感謝してる?」
「勿論さ」
「どういう事だ?」
「園遊会の時に、サミーからエンヌを紹介して貰ったのがきっかけで知り合えたんだ。ベッキーは紹介してくれそうになかったからな」
「当たり前じゃない。ジュリーはわたくしの親友よ」
レベッカまで会話に参加している。
あんなにポテトチップスに夢中になっていたのに、もしかして箸休めをしているのだろうか。レベッカも彼らとは幼馴染の関係だ。特に親しいのがクレージュ公爵令息とアンダーソン侯爵令息の二人。
ベイロン伯爵令息は一つ上である為、アンダーソン侯爵令息との繋がりで親しくなったらしい。
レジス侯爵令息とコンサル侯爵令息の二人に関しては、こちらも幼い頃から顔見知りではあったが、国立ヴァソール学園へ入学してから親しくなったようである。
「ジュリエンヌ嬢を狙っている奴が大勢いたから、サミーに感謝しておくんだな」
ここでレジス侯爵令息が爆弾発言を落とす。
その言葉にコンサル侯爵令息とベイロン伯爵令息の二人が頷いている。
「義理父上から聞いた話だけど、彼女への婚約の打診は六歳から届いていたらしいよ。義理母上は乗り気でいたらしいけど、義理父上が婚約はまだ早いといって全部断っていたそうだ」
ーーは?
どれも初耳な事ばかり。
姉が卒業試験に合格しなかった件といい、私の婚約の話までーーコンサル侯爵令息は、意外とアグレッサ侯爵家の内情について詳しいようだ。
「ジュリエンヌお嬢様、少し宜しいですか」
アニエスに呼ばれて席を立つ。
「何か相談事かしら?」
「今夜の晩餐について、厨房にいる者から相談を受けております」
「わたくしが其方へ向かうわ」
アニエスへレベッカに席を外す事を伝えて欲しいと告げてから、私はそのまま厨房の方へ向かった。
「お嬢様、わざわざ申し訳ありません」
料理長が頭を下げる。
「何か困った事でも?」
「今夜のメニューについて何か良い案があればと思った次第です」
「そうね……ダニエル様とステファヌ様は食が細いけど、他の方は魔力量の関係で大食いレベル。彼らの食事に気を遣ってしまうのは当然よね」
魔力量が多いと食事量が増えてしまうのだ。
冒険者ギルドへ向かう事が決定されてしまった以上、彼らの弁当も準備しなくてはいけない。
「大食いが満足しそうなメニューか……焼き菓子の余りはあるかしら? それと卵とミルクに葉野菜とベーコンがあれば嬉しいのだけど。後は分厚いステーキにポテトフライね。前菜には魚介のマリネがあれば理想かも」
「焼き菓子はこのくらい余っております」
籠に入れたクッキーを差し出され、それを受け取った。
特大サイズのボウルにクッキーを入れてからミルクを注ぐ。
「ミートパイに使った焼き型の形をした大きな物はある?」
「大きいものでしたら、こちらのサイズになります」
通常のパイ皿の五倍の大きさ。
「ちょうど良い大きさだわ」
私はミルクに浸したクッキーを棒で砕き、更にバターを入れて細かく砕いた。結構な量なのでそれなりに力を使う。クッキー生地をパイ皿へ移した後は、多目の葉野菜とベーコンを炒めてもらいながら卵液を作る。
炒め終わった野菜とベーコンをクッキー生地の上に乗せ、その上に卵液とチーズを乗せてオーブンで焼く。
その間にマリネ液を作る。
玉ねぎは薄くスライスして貰い、水を切ってからマリネ液へ魚介と一緒に漬け込む。
これは氷室で寝かせておく。
スープは野菜たっぷりの方が良さそうだ。
分厚いステーキ肉がメインとなるし、キッシュもベーコンがゴロゴロ入っている。
「ステーキは一人三枚は食べると思うので、量は大丈夫かしら? わたくしとレベッカにダニエル様、そしてステファヌ様の四人は一枚で十分よ。四人の方が一人三枚と計算して……十六枚ね」
「肉の補充は豊富ですので大丈夫です」
「今夜のメニューは前菜から魚介のマリネ、キッシュ、野菜たっぷりスープ、メインがステーキよ」
主食のパンの補充も確認してから、少し足りない気がしたので急遽トマトソースのパスタを追加。これで彼らの腹は満たされるに違いない。
食後のデザートは既に準備しているとの事だったので、私は厨房からダイニングルームへ戻った。
「ジュリー、今夜のメニューを考えていたの?」
私の姿を見つけたレベッカが近づき、こっそり耳打ちをする。
クレージュ公爵邸の料理改革をしている事について知っているのは、提案者であるレベッカと当主であるクレージュ公爵の二人だけだ。
レベッカの呟く料理を私が作っているといった流れなので、料理人たちは私の指示に従っている形だろうか。そもそも唐揚げやソーセージの件以来、厨房の料理人がメニューについて聞いてくるようになった。
数年後にクレージュ公爵令息と結婚する予定は変わらない。
私もクレージュ公爵邸で働く使用人たちと信頼を築く為に、こうして早い段階から交流を深めた方が良いのだ。
「考えるというより助っ人ね」
レベッカに向かってそう答えると、アンダーソン侯爵令息が驚いたように呟く。
「クレージュ公爵家の料理の差配は、ジュリエンヌ嬢が決めているんだ? ダニーとの婚姻前から女主人の仕事をするなんて、本当にジュリエンヌ嬢は凄いな」
アンダーソン侯爵令息と同じ十二歳だから少し頼りないように見えるのだろうか。
日本人の姿なら幼く見えるかもしれないが、この世界で女性の成人は十六歳。同じ年齢の男性と比べたら女性の方が早熟だろう。子供の頃から現実を見据え、自分の将来の為に努力をする。
脳内がお花畑になるのは、厳しい現実を見ない愚か者だけだ。
「サミーはジュリーの手料理を存分に味わうが良いわ」
「え? 手料理?」
レベッカの言葉にアンダーソン侯爵令息が更に驚いている。
「レベッカ、大げさな事を言わないで。そもそもレベッカが言い出した料理を、わたくしが料理人に説明しているだけじゃない」
私が溜息交じりに言葉を漏らす。
「レヴィ嬢が?」
「ええ、それも料理人たちの知らないメニューを言い出すから、わたくしが材料と調理の過程を説明する形になってしまったの。レベッカは料理名を言うだけで、肝心の調理法を知らないから代役として動いてる形かしら」
実際はレベッカに言われなくても、いつか料理はしてみたいと思っていたのだ。まさかこんなに早く願いが叶うと思っていなかったけれど。
レベッカの無茶ぶりに近い物を私が料理人たちに指示を出すか、実際に手本を見せて実現させている形である。そのおかげでクレージュ公爵邸の料理人たちとの関係は良好だ。
四年後にクレージュ公爵令息と結婚した後も安泰である。




