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年度末試験が終わり、明日から夏季休暇に入る。
今年はクレージュ公爵令息も一緒に領地へ向かう事になった。
そのきっかけがアンダーソン侯爵令息の、「暑い王都から抜け出したい!」の一言である。
私は十歳になってからレベッカと一緒にクレージュ公爵領へ出向き、工場の機材や備品の確認をしつつ、アグレッサ侯爵家では出来ない料理を楽しんでいた。
クレージュ公爵にプレゼンを行い、この領地が更に発展しそうな提案をするのが恒例となっている。
今年はレベッカの想い人であるアンダーソン侯爵令息が一緒に過ごす予定だ。
クレージュ公爵令息と共に訪れるのは、アンダーソン侯爵令息と二歳下の弟、コンサル侯爵家の三男で姉の婚約者であるシリウス兄様、四つ上の先輩で元生徒会長だったレジス侯爵令息。
伯爵家の中でも旧家と呼ばれるベイロン伯爵令息といった、錚々たるメンバーが揃うようだ。
「凄い面子ね……」
レベッカも驚いている。
私もクレージュ公爵令息から聞いた時は同じ状態だった。
「シリウス兄様はお姉様と一緒にいなくて大丈夫なのかしら?」
「コンサル侯爵家の三男ね。彼も貧乏くじを引かされた事に同情するわ」
「貧乏くじって……お姉様の事よね?」
「それしかないじゃない。わたくし知っているのよ。あの女がジュリーの悪評を流していること。自分が地味で何の取柄もないからって、才能溢れる妹を貶める行為は死罪に値するわ」
「ベッキーも来ていたのか」
「あら、ダニー。ごきげんよう」
「ごきげんよう、ダニエル様。もしかして騒がしかったかしら?」
「エンヌは何も悪くないさ。久しぶりにベッキーの姿を見たから声を掛けただけだよ」
「ジュリーの前だと態度が違うのね。ダニーの成長にわたくしは感動したみたい」
「ダニー、招待をしてくれて有難う」
「シリウス兄様、お久しぶりでございます」
「ジュリエンヌ嬢、元気そうで何よりだ」
姉の婚約者であるコンサル侯爵令息は十八歳。彼は十六歳で学園を卒業した後、現在は専門分野を学んでいる。前世だと大学的な専門科の学生だ。
在校期間は十六歳から二十歳まで。
国立ヴァソール学園でも優秀な者しか進級は許されない場所で、同じ敷地内だが校舎が別になってしまう。その為、コンサル侯爵令息と会える機会が減ってしまった。課外授業や合同野外授業で会う事もありそうだが、これまでのように気軽に会う事が叶わなくなる。
彼らと会話をすると時間を忘れるほど楽しいのだ。互いの意見を言い合う楽しさを教えてくれたのは彼らーー旧生徒会メンバーの先輩たち。
その中でもコンサル侯爵令息は元生徒会副会長を務め、その柔らかな対応に何度も助けられたのである。婚約者の妹だから手助けしてくれた可能性もあるが、私にとっては頼りになる兄のような存在。
姉ハリエットの婚約者であるが、コンサル侯爵令息と王都の邸で会う事はない。
「先輩たちの偉大さを噛み締めている所です」
「わたくし達は未熟ですもの。本音は先輩たちにいて貰いたいわ」
「第一王女殿下、有難いお言葉を有難うございます」
「ダニー、ここに全員を集めてどう移動するんだ? 馬車も邸に戻してしまったし、移動手段が他にもあるのか?」
そこへアンダーソン侯爵令息が姿を現した。
「これは第一王女殿下、ご機嫌麗しくーーそして、シリウス先輩とフィルマン先輩、お久しぶりでございます」
「全員揃っているか? エンヌにベッキー、それとサミーとステファヌ。兄上たちも揃っている?」
「ああ、俺とシリウスにジェロームの三人は同じ馬車で来た」
そう答えたのは元生徒会長だったフィルマン・レジス侯爵令息。
彼もコンサル侯爵令息と同じく、高度な専門分野へ進級するのが確定している。
「自分たちが乗って来た馬車は邸に戻しているよな? まだなら至急戻して欲しい。この邸に集まって貰ったのは、ここから領地に向かうからーー転移門があるんだ」
「転移門!?」
「嘘だろ……それがあれば一瞬でクレージュ公爵領じゃないか。ダニーの家は凄いのを持っているんだな」
「父上の成果だ」
「クレージュ公爵は尊敬できるな」
その言葉にクレージュ公爵令息は力強く頷く。
「父上は素晴らしい方だ」
本当に父親の事が好きな事が伺える。
こういった所は子供っぽいままだが、自分の親に向ける感情なので微笑ましい。
「転移門の登録をしているのが、俺とベッキーとエンヌの三人だ。手荷物は一つにまとめてから移動しよう」
貴族令嬢より令息の方が荷物は少ないが、やはり貴族なので着替え等の荷物がかさばっているようだ。ざっと見て大人の男性が入れるサイズのトランクが六個。
それと馬車の移動中に食べようとしていたのか、菓子類が詰まった革袋が三つ。
これらを一つにまとめないと荷物だけ置き去りになってしまう。
「荷物を一つにまとめるって……拡張バッグがあるのか?」
レジス侯爵令息が拡張バッグに食いついた。
「フィル兄上もコレが欲しいのか?」
クレージュ公爵令息が拡張された袋を見せる。
これは荷物の搬入を考えただけのやっつけ作なので、貴族の令息が持つような物ではない。
「もの凄く欲しい」
「父上に頼んでみるよ。どういった物が欲しいの?」
「どういった物って……そうだな、クレージュ公爵領の騎士たちが持っているようなベルトポーチ型が良い。手に持つタイプだと盗難の心配があるけど、ベルトポーチ型なら常に身に着けているから安心だ」
「向こうへ行ったら頼んでみるよ」
「きちんと代金は支払うから伝えて欲しい」
二人のやり取りが終わった所で、革袋の中へ全員の荷物を収納していく。入れ忘れがないか確認をしてから、転移門のある場所で互いに手を繋ぐ。
転移門という名称ではあるが、実際は床に魔法陣を描いたもの。無属性魔法である空間移動の魔法を床に固定させると魔法陣が現れる。その魔法陣に使用者の血液を一滴垂らしたら登録完了だ。
この転移門をクレージュ公爵領の邸から王都の邸へ繋ぐ際、私は王都の邸へお邪魔した事がないからクレージュ公爵と手を繋ぎ、クレージュ公爵の脳内に浮かぶ場所へ転移門を繋げる事に成功。
これは精神同化の類で、一瞬だけクレージュ公爵と精神が一つに溶け合う。
この感動は言葉では言い表せられない。
ドストライクなクレージュ公爵と精神だけでも一つになれた喜びは、私の一生の宝物と言っても良いだろう。
床に描かれている魔法陣の上に乗り、円を描くような形で手を繋がないと、転移門の術式から外れてしまうのだ。
その場に残るだけなら良いけれど、別の場所へ放り出されると捜索が困難となる。
全員が手を繋いでいるのを確認した後、円の中央に一人だけ立っているクレージュ公爵令息が転移門へ魔力を注ぐ。
すると全員の体がふわりと宙を舞う。
クレージュ公爵令息を中心に一周ほど回ったのちに、視界が別の景色を映した。
「凄い! 一瞬で着いた」
「これがあれば領地と王都の行き来が楽だろうな」
「物凄い魔力と属性魔法がないと無理な話だ」
「この偉業を成し遂げられるのはダニーの父上と、アグレッサ侯爵の二人だけだろうな」
アンダーソン侯爵令息が溜息交じりに呟く。
私の父は魔力量と全属性魔法のチート過ぎる能力だが、実はその偉業を見た事はない。父の武勇伝は人づてに聞いただけなのだ。
クレージュ公爵の方は魔獣の討伐シーンを見学させて貰い、その圧倒的な強さに悶絶したのは内緒である。
まだ開墾が進んでいない農地の視察に同行した際、魔獣の群れが襲ってきた。私も自分の魔法を使いたかったので参戦したのである。
氷魔法で魔獣の額を狙い撃ち。
倒した魔獣の魔石を貰えるという事で張り切った。
そこでクレージュ公爵の魔法や剣捌きを拝見し、やっぱりドストライクだと惚れ直したのである。
そんなクレージュ公爵が溜息交じりに、「ジュリエンヌ嬢の父上は私の学生時代の先輩だが、まだまだ彼の足元にも及ばない」と言ったのだ。
ーー私の父の強さはどのくらいなの!?
王都の邸で執務をこなしている姿しか見た事がないんですけど?
もしくは母とイチャイチャしている現場だろうか。
いつか父が魔法をぶっ放しているのを見てみたいものだ。
「皆さま、ようこそおいで下さいました」
にこやかな表情で現れたのは、この邸を取りまとめている執事頭のアレンと家政婦長のアニエスの二人。わざわざ出迎えに来てくれたらしい。
事前に先ぶれを送っていたので時間に正確だ。
「坊ちゃま、皆さまのお荷物は?」
「ああ、ここにある」
クレージュ公爵令息が手にしていた革袋をアレンに手渡す。
革袋を受け取ったアレンが袋の中から荷物を取り出し、トランクを綺麗に並べていく。
「それでは皆様はお茶になさいますか? 荷物は私どもでお部屋へ運んでおきますので、どうぞお寛ぎ下さい」
「アニエス、わたくしはアレが食べたいのだけど、用意してあるかしら?」
レベッカが何を指しているのか、アニエスも慣れた様子で対応する。
「勿論でございます、レヴィお嬢様」
「良かったわ! ここへ来るなら絶対に食べておきたいもの」
クレージュ公爵領へ来るとレベッカが口にするものは炭酸飲料だ。炭酸飲料は去年ここへ来た際に、農地を視察に訪れた先で湧き水を見つけたのである。
ーー炭酸水を見つけたらジュースを作るよね。
レベッカの要望でコーラを作り、大人向けにはトニックとノーマルな炭酸水。
こちらも開墾と同時進行で炭酸飲料の工場を建築。木造建築だと心配だったので、土魔法を使える人が頑張ってくれた。おかげで広い農地と炭酸飲料の収益で潤う場所に。
レベッカもコーラが飲めるようになったので、そのお供にポテトチップス。
この二つがワンセットという扱いなので、どちらが欠けても成立しない。クレージュ公爵邸の厨房は夏季になると、レベッカの為にポテトチップスの準備に追われる。
領地を去る時はレベッカの差し出す拡張されたアイテムボックスへ、これでもかといった大量のポテトチップスと炭酸飲料、それと唐揚げを持ち帰るのだ。
クレージュ公爵はチーズ焼きがお気に召したようで、ワインと共に頂く事が多いらしい。
「第一王女殿下が食したいほど旨いのか?」
「ここでは第一王女殿下と言った者は罰金にするわ。そうね、一回につき銀貨一枚が妥当かしら?}
「レベッカはお忍びというより、普通の令嬢として休暇を過ごしたいの。皆様もどうかお願い致します」
レベッカの言葉に付け加えるように告げた。
「ダニーは親戚だから気軽に接しているけど、僕たちから見れば王族だし……遠慮するというか畏れ多い」
年長者組のレジス侯爵令息とコンサル侯爵令息の二人が恐縮している。
「ベッキーは嫌われているのか?」
クレージュ公爵令息が何か勘違いしたのか、とんでもない事を告げた。
「わたくしが嫌われている? そんなわけないでしょう。ここにいる方たちは王族の人間に対して、普通に接して良いのかと当たり前な感想を言っているだけよ。それを言うなら、貴方たちはダニーと付き合えているじゃない。わたくしとも普通に付き合えるはずなのよね」
レベッカの言葉に一同が固まる。
ここでクレージュ公爵令息が、王族の血縁者という事を思い出したのかもしれない。
クレージュ公爵の母親が元王女殿下で、クレージュ公爵令息にとっては祖母にあたる。
この公爵家の始祖も王族の人間が発端だ。時代と共に王族の血は薄まっている状況下で、先代公爵の妻が王族であるなら話が違って来る。
クレージュ公爵令息もレベッカと同じく、王族の血を受け継いでいるのは間違いない。
「そうだった! ダニーも王族の血縁者」
「なんだよ、俺には適当に接するけどベッキーには敬うって意味か?」
クレージュ公爵令息が少し不貞腐れたように告げる。
多分こういった所が令息たちに愛されているポイントだろう。
ーー変に擦れていない。
十四歳は思春期真っ盛りの多感な時期だ。
「この場にいる間だけ、堅苦しい呼び名を止めるルールにしておく?」
「例えば?」
「そうね……わたくしはアグレッサ侯爵令嬢をジュリーと呼んでいるわ。クレージュ公爵令息に至ってはダニーよね。そしてアンダーソン侯爵令息は、幼い頃からサミー呼びが定着しているわ。ちなみに、わたくしはベッキーよりもレヴィの方が響きが好きよ」
レベッカがそれぞれの呼び名を提案する。
すぐに反応したのは元生徒会長だったレジス侯爵令息。
「レヴィ嬢で許してくれるかい?」
「勿論よ、先輩は?」
「フィルと呼んで欲しい」
「では、フィル先輩ね」
元から交流がある二人なので、呼び名に関しては問題なさそうだ。
「レヴィ嬢、僕はシリウスで……愛称と呼べる名がないんだ」
そこへ申し訳なさそうに言葉を告げるコンサル侯爵令息。
「俺はジェロームかジェンと呼ばれる事が多い」
続いてベイロン伯爵令息が告げる。
「僕は姉上のままが良いけど……それじゃダメ?」
最年少であるアンダーソン侯爵令息の、弟ステファヌが首を傾げて訴える姿が微笑ましい。
「ステンはそのままで大丈夫よ」
レベッカもご満悦な表情だ。
それぞれ呼び名が決まった所で、ようやく場所を移す。お茶の準備は人数が多かったので、広々としたダイニングルームとなったようだ。
ダイニングルームへ入るとテーブルの上には軽食とポテトチップス、そして炭酸飲料とお茶がズラリと並んでいる。ビュッフェスタイルは良い案だと思う。
レベッカが座るだろう場所には、既に山盛りになっているポテトチップスとコーラの入った水差しが置かれていた。




