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祖母は昔話を聞かせるような口調で語り出す。
「ダーレンがメグさんと出会ったのは、学園の合同ダンスパーティーの時らしいわ。当時の国立ヴァソール学園は男子校と間違うほど、男子生徒が圧倒的に多かったせいでダンスのパートナーが足りない状況だったの。わたくしの時代も同じで、合同ダンスパーティーが開催されたものよ。逆に女性が多くいる王立ノヴェール学院と相談して、両校の合同パーティが開催される事になったのがきっかけだったと聞いているわ」
そうえいばーー確かに男子生徒が多い。
女生徒も少なからず存在しているが、私がいる教室の中でも半分に満たない状況だ。
「メグさんと知り合ったのは、ダーレンがダンスの相手を探していた時だと思うの」
父は自主的に動かないが学校行事なので、教師に言われるがままダンスの相手を見つける事にしたのだろう。そこで母と出会って結婚を考えるとは、運命を感じるほどの出会い方だったのだろうか。
「これはメグさんから聞いた話なのだけど、メグさんはダンスの相手を探す事も出来ずに、壁の花になって手持ち無沙汰だったらしいわ。偶然にもダーレンが休憩していた目の前の壁だったそうよ。何となく視線が合ってダンスのパートナーとなり、そこから話をするようになって親密になっていったと聞いたの」
両親のロマンスを聞かされるのは意外と恥ずかしいものだ。
祖母の言葉を思い返して、ふと疑問を抱く。
「お父様とお母様は別々の学園に通っていましたよね? 両校は王都に存在していますが、それなりに距離があるので待ち合わせをするにしても無理があるかと。それにーーどうやって親密に?」
ここが疑問を抱いたポイントだ。
同じ王都に学校があっても場所が違う。国立ヴァソール学園の敷地はとても広いのだ。その敷地を確保する為、学校は王都から外れた位置に存在している。
王立ノヴェール学院の敷地面積は見た事がないので分からないけれど。
国立ヴァソール学園の近くにあるのは、男子校であるルーセル付属学院しかない。物理的に距離が近いわけではないが、ルーセル付属学院は全寮制なので寮と校舎が隣接している形であり、その周囲に建物がないので遠目だと隣接しているように見えるだけだ。
実際の距離は徒歩だと約三時間くらい。
王立ノヴェール学院まで徒歩だと厳しいが、馬車なら二時間かかる程度だろうか。
同じ王都と言っても区域によって住所が分けられている。分かりやすく言えば東京都なら二十三区があるように、王都も同じように幾つかの区域に分かれているのだ。
王宮のある一等地の周りは森林と高位貴族の住宅街となっていて、その場所だけで三つ分の区域が取られている。そして中流と下級貴族の住宅街に繁華街が存在し、少し外れた区域に歓楽街があるらしい。大人の男性が通う場所らしいので、女性は存在を知っていても足を踏み入れる事はしない。
国立ヴァソール学園が一丁目なら、ルーセル付属学院は三丁目にあたるだろうか。
そして王立ノヴェール学院に至っては、六丁目とかなり距離が離れている。放課後に待ち合わせるにしても、その中間地点となる場所すら距離があるのだ。
父の性格なら学生の間は模範生を突き通す。
それなのに二人が距離を縮める機会はあったのだろうか。
「わたくしも不思議に思って調べさせたのだけど、その合同ダンスパーティーでしか二人は会っていなかったのよ。それから結構な期間ずっと会っていなかったのに、学園を卒業する年にダーレンがメグさんを連れて来て結婚すると言い出した時は驚いたわ」
「わたくしも祖母様の立場なら驚きますね」
あの父が母を見初めて結婚した事すら信じがたいのに。
「ダーレンがそこまで恋焦がれているならと、メグさんの調査結果を確認した後に旦那様が了承したの。そしてメグさんの両親の方はーー二人の結婚を承諾した直後に、メグさんはタイペイ伯爵家から追い出された形ね。メグさんは着の身着のままでアグレッサ侯爵家に来たの」
その家の血を濃く受け継がなかった理由で母を蔑ろにした家族。
ーー子は親を選べない。
血統を重んじるのは貴族としての矜持かもしれないが、その血を受け継がなかったというだけで子供を見捨てる。
「最低な家ね……」
ーーって、そうか!
母マグノリアは姉のハリエットを、過去の自分に重ねて見ているのかもしれない。
アグレッサ侯爵家の血筋に生まれながら、長女のハリエットは魔力量が少ない上、全てにおいて能力の向上が見られなかった。髪色と瞳も母の色で生まれた事から、自分と重なって見えるのだろう。
魔力量が少ない理由だけで娘を追い出す親も毒親だが、長女を守る為なのか過保護に育てる傍ら、次女には必要最低限しか接しない親も毒親だと断言する。
父の方は妻以外には無関心な所は徹底しているので潔い。
「お母様の生い立ちは納得しましたわ。それでも姉だけの意見を取り入れ、子供を平等に見られないのなら親の資格はないと思います。レイモンもわたくしと同じ気持ちにならなければ良いのですが」
七歳下の弟レイモンは、父と私に酷似している。
髪色と瞳は勿論だが、魔力はチートな父に良く似ているのだ。おそらく魔法の腕や学力の能力は伸びるだろう。そんな優秀な嫡男と不出来な長女の構図は母と同じ。
姉が王都の邸にいる限り、母は姉にしか目を向けない。
「ダーレンは父親として失格なのは分かったわ。嫡男のレイモンは領地で育てる事にしましょう。そうした方が情緒も育ちそうね。レイモンはダーレンのように無感情な子に育って欲しくないわ」
現時点では姉も弟を可愛がっているが、それがいつまで続くか分からない。
「わたくしは弟には少なからず愛情を持っておりますが……両親には何一つ期待しておりません。わたくしを殺したいほど憎んでいるお姉様も同様に、成人を機に家族の縁を切りたいと願っています。わたくしの家族は、これまでも今後も祖母様と祖父様の二人だけ」
「その決意は変わらないのね?」
「はい」
「貴方のデビュタントまで六年。それまでダーレンが無関心のままでいるならーー貴方を知り合いの家へ形だけの養子縁組をすると約束するわ。本当はわたくしの養子に出来れば良かったのだけど、ただの貴族籍になってしまったら、爵位の格差問題で公爵家へ嫁ぐのが難しくなるのよ」
私の血統はアグレッサ侯爵家とタイペイ伯爵家だが、アグレッサ侯爵家を去ると貴族籍から抜けるのと同じ。そうなると公爵家との婚姻が難しくなる。
侯爵家の令嬢として生まれても、生家と縁を切ってしまうと平民の扱いだ。高位貴族と平民の婚姻は法律で許されていない。財政難で没落した元貴族も同様で、爵位を失ってしまうと貴族との結婚は許されないのだ。
どうしても貴族と結婚したい場合は貴族院に嘆願書を提出し、素行調査を徹底的に調べ上げられた末に何処かの貴族の養子になるか、救済処置として一代限りの爵位が授けられるといった二択が選択できる。
貴族院に嘆願書を送る方法を選ぶと年単位で時間がかかるのだ。最短で一年程度だが、ほぼ三年は見ないといけないらしい。このケースで婚姻した貴族も実際いるので、私も噂でしか聞いた事がないのだ。
「わたくしの理想は結婚した際に、アグレッサ侯爵家との縁を切る形ですが……この場合も難しいですか?」
「そうね、実家という存在がないのは貴族同士の結婚では法律が許さない。この法律は貴族の人数を減らさない為に作られたものなの」
「そうなると……例えば、結婚した数年後に妻の実家が没落してしまった場合は?」
「即離縁ね」
ーーマジか!?
貴族が作った法律が厳し過ぎる。
結婚後に家が没落してしまったら、即離婚になるとは思わなかった。
そうなると他家の養子になった方が良いのかもしれない。
「それでは……わたくしがアグレッサ侯爵家と縁を切るのは、その養子先が見つかった後ですね」
「ジュリエンヌの子を腕に抱きたかったわ」
「祖母様、いつでも抱けますよ? わたくしは両親と姉の三人との縁を切りたいと願っていますが、祖母様と祖父様、それに弟との縁は続けたいと思っています。たとえ家名が変わっても、わたくしを祖母様の孫でいさせて下さい」
「勿論だわ! 貴方はわたくしの自慢の孫ですもの」
「ふふふ、嬉しいわ」
その後も祖母と楽しくおしゃべりをした。
アグレッサ侯爵領の本邸で残りの休暇を満喫した後、新学期の準備の為に王都へ戻る。今年度から三期制となり、やはり先生からの推薦で生徒会へ加入する事になってしまった。
平日は国立ヴァソール学園へ通い、週末はレベッカと過ごす。
そして月に一度のペースで、クレージュ公爵令息とのお茶会イベントが増えたのだった。場所はクレージュ公爵邸とアグレッサ侯爵邸を交互に訪れる形である。
クレージュ公爵邸ならクレージュ公爵と会えるが、アグレッサ侯爵邸だと姉の妨害が地味に続く。
茶器が割れているとか、もの凄く渋いお茶が出たりーーこれは私だけに差し向けられていると思うので、クレージュ公爵令息に被害が及んでいない事を願う。
今回はアグレッサ侯爵邸でのお茶会の日だ。
「エンヌ、久しぶり」
「ダニエル様、ようこそおいで下さいました」
「いつも堅苦しい言葉を使うよね」
「そうですか? 言葉使いは素だと思うのですが、お気に召しませんか?」
「エンヌらしいよ」
「ふふふ、有難うございます」
クレージュ公爵令息との距離が縮まったのか、意外と話しやすい。彼は王立ノヴェール学院へ入学して以来、少しずつ子供っぽさが抜けているのだ。
成績も次席をキープしているが、そのうち首席を狙うと意気込んでいる。
クレージュ公爵邸へ訪れた際に勉強を見る事もあるので、彼が知識を覚えていく様は見ていて楽しくなるのだ。クレージュ公爵令息は教えた事に対して、疑問を持たず素直に受け止める柔軟性は高いと思う。自己診断はとても冷静で、自分を客観的に見れるのは凄い事だ。
彼に勉強を教えるのが楽しいし、一緒にいると時間はあっという間に過ぎてしまう。
第一印象の時はクレージュ公爵に似ていないと思ったが、こうして彼と親しくなっていくうちに性質の根本的な所が似ている。そして気取らない接し方にも好感が持てた。
このまま結婚したら良い関係になれると思う。
私の心は彼の父親であるクレージュ公爵に占められているが、クレージュ公爵令息とは信頼しあえる関係を築きたい。
「本日はわたくしがブレンドしたお茶を用意したのよ」
「エンヌが? それは楽しみだね」
クレージュ公爵令息へ庭園の中にある東屋まで案内する。
私をエスコートする彼の動きが様になってきた。最初は互いにぎこちない動きだったが、お茶会の回数が増えていくうちにエスコートに慣れてきたらしい。
東屋に到着すると、テーブルの上には何も準備されていなかった。
「え? どういう事?」
傍にいたメイドに確認すると、彼女は首を横に振って答える。
「厨房に確認して参ります」
「ええ、急いで確認してきてちょうだい」
メイドがすぐさま立ち去って行く。
「申し訳ございません。こちらの不手際で準備が怠っていたようです」
「エンヌ、気にする事はないよ。お茶の準備が出来なければ、俺の邸に来ると良いさ」
「ダニエル様……有難うございます」
「それにしても指示を出したのは誰だろうね? エンヌの母上は気弱そうだから、やっぱり嘘つきな姉君の差し金かな。エンヌの姉君は王立ノヴェール学院で品性を疑う事をしているようだ」
「まあ……他人様に迷惑を?」
「そうじゃない。姉君は生徒が知らないエンヌの悪い噂を流している。高位貴族の者は園遊会でエンヌを知っているけど、子爵家と男爵家の人間はエンヌの事を知らないからね」
「他人様にご迷惑をおかけしていないのなら、わたくしが気に病む必要はなさそうですわね」
「エンヌの評判を下げているのに?」
「わたくしの評判など、どうでも良いのです」
これまでの命を危ぶまれる行為に比べたら、悪評など可愛いものだ。
それにーー姉の言葉を信じるような相手はロクな人間ではないだろう。
「お嬢様、何かの手違いで本日のお茶会が中止だと誤った通達が入り、料理人たちは何も準備をしていないそうです。お時間はかかりますが、今から準備をすると言っておりますが如何致しましょう」
「いや、準備は必要ない。クレージュ公爵邸に場所を移す」
「それでは厨房へ伝えに行って参ります」
「ええ、お願いね。わたくしはダニエル様と、このまま向かうわ」
「お一人で?」
「連れ添う侍女がいないのですもの」
姉は十二歳の誕生日を迎えてから侍女を二人つけて貰えたので、私も十二歳の誕生日を迎えないと侍女をつけて貰えないだろう。
本来なら婚約者が出来た時点で、令嬢には侍女がつけられる。幼いうちだと侍女に舐められる懸念はあるが、正式に婚約が結ばれると事情が変わるのだ。
その理由は婚約者が出来ると親睦を深める為に、互いの邸を行き来するので外出する機会が増えるからである。傍に仕える侍女がついていないと、令嬢は一人で行動しなければならない。
貴族令嬢が一人で行動すれば、人買いに誘拐されるといった事件が起こる可能性が出て来る。
ーー私にまだ侍女をつけないのは姉の嫌がらせなのか?
それとも母が意図した事なのか分からない。
「左様ですね……では、旦那様にもお伝えしておきますね」
「それは伝えなくても良いわ。予定を変更したと伝えてちょうだい」
「分かりました」
「では、ダニエル様。わたくし達も行きましょう」
姉の嫌がらせで自宅のお茶会は断念し、クレージュ公爵邸へ場所を移した。
クレージュ公爵邸まで馬車の移動だと大体三十分くらい。高位貴族の住宅エリアなので意外と距離が近いのだ。
「ダニエル様、せっかく来て下さったのに申し訳ありません」
「エンヌが悪いわけじゃないだろう?」
「わたくしの身内の仕出かした事なので、わたくしも同罪ですわ」
「俺はエンヌが邸に来てくれて助かるよ」
「もしかして?」
「そうなんだ。今回の課題に頭を悩ませているんだ」
「まあ……ふふふ」
「笑いごとじゃないんだよ?」
「わたくしで良ければお手伝いしますわ」
十二歳と十歳の会話はこんなものだろうか。
クレージュ公爵令息は思っていたよりも誠実な人だった。
人は付き合ってみないと本質は見えてこない。中には平気で裏切る人間も存在するが、クレージュ公爵令息は裏切るどころか真摯に向き合ってくれるタイプだ。
姉の嫌がらせを考えたら、今後はクレージュ公爵邸でのお茶会に切り替えた方が良い気がする。




