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そう考えているうちに薄切りにしたイモが山盛りになっていた。
それに気づいて熱した油で揚げていく。
「お嬢様、油が跳ねたら危険でございます。これは私どもがやりますので」
ポテトチップスの作業を取り上げられてしまった。
チーズ焼きなら油が跳ねる心配はなさそうなので大丈夫だろう。
農場の人から譲ってもらったチーズを均等にカットし、それを一枚フライパンへ落とす。チーズが熱で溶けていき、フライパンの中で液状になって広がっていく。
香ばしい香りが漂い、料理人たちの視線がフライパンに向いている。
私は出来上がったばかりのチーズ焼きをへらで救い、まだ温かい状態でいるものを手で割っていった。一口サイズになったものを皿に乗せ、それを見ていた料理人たちに配っていく。
「どうぞ」
私に促された彼らは皿からチーズ焼きの欠片を取って口に入れる。
「美味しい!」
「なんだコレ」
「香ばしくて旨いな……酒のアテに合う」
「チーズを焼いただけですのよ。簡単でお酒のお供に合うと思って作ってみたの」
「旦那様もワインが進むに違いない」
「お気に召して頂けて良かったわ」
私はカットした分のチーズを焼いていき、皿へ盛り付けていった。盛り付けているというより、出来た物を皿へ乗せているだけ。これらは料理人たちが綺麗に盛り付け、ポテトチップスと一緒に提供されるはず。
そろそろソーセージは良い感じに燻されているだろう。
「ちょっと様子を見て来ますわ」
ソーセージを燻している場所へ向かうと、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
煙を風魔法で散らしてから、吊るしていた長い状態のソーセージを収納袋へ保管した。さすがに腕力がないので一人で持ちきれない。
ソーセージを全て収納してから厨房へ戻る。
「これをカットして茹で焼きにして頂ける?」
「茹で焼き?」
「ああ……フライパンに水を入れて、この水がなくなって焼き色がついたら出来上がりよ」
「新しい調理法ですね」
ソーセージが出来上がったので、それらを作業台の上に乗せた。
「後の作業は任せても良いかしら?」
「お任せください」
「有難う」
ようやく私が行う作業が終わり、調理から解放されてホッとする。
転生してから初めての調理だ。
私はクレージュ公爵とレベッカの居場所を確認して、二人がいる場所へ移動する。案内係はピエール・ボワトゥという執事補佐の男性。
彼の話ではクレージュ公爵とレベッカは、サロンでお茶をしているらしい。
「お待たせをさせたかしら?」
サロンへ案内されて中へ入った。
一面がガラス張りで日当たりの良さそうな部屋である。日焼け防止の為に厚手のカーテンで窓が塞がれているが、窓の外側には花壇があり、ここから庭へ出られるようだ。
私の姿を確認したレベッカが満面の笑みを浮かべている。
「待ちきれないわ」
「もうじき準備が整って呼ばれるはずよ。その前に喉を潤させて欲しいわ」
「お嬢様、どうぞ」
アニエスが茶器の準備をしてお茶を注ぐ。
厨房で作業している間、チーズ焼きのつまみ食いをしただけで水分を取っておらず、さすがに喉が渇いていた。目の前にある湯気の立つ熱いお茶ではなく、ごくごく飲めるような冷たい物が欲しい。
「水を飲むようなグラスはないかしら?」
アニエスに尋ねると、彼女は了承したように頷く。
すぐにグラスが差し出される。
そこへ氷をグラスに溢れるほど入れてから、「ここへ注いで下さる?」とお茶を入れて貰った。熱で氷が解けていくが、その分飲みやすくなったのでグラスに口を寄せる。
「美味しいわ」
からからに乾いていた喉が潤っていく。
「ジュリー、はしたないわよ」
「とても喉が渇いていたから、お茶が冷めるまで待てなかったのよ」
「その氷は魔法か?」
「はい、わたくしの家は水魔法の上位である氷魔法が使えるのです。実際に扱えるのは、わたくし以外では祖父様とお父様の二人……弟はまだ一歳ですが、既に魔力を感じるので今後に期待といった所でしょうか」
「他にも水魔法を得意としている家系もあるのに、上位の氷魔法まで扱えるのはアグレッサ侯爵家しか耳にした事がないな」
「氷魔法はこれからの時期に重宝しますのよ」
「それは?」
「こういう事ですわ」
私は氷の小鳥を魔法で発現させ、それをクレージュ公爵の周りに飛ばせる。
その光景にクレージュ公爵は目を見開き、そして周りの気温が下がっている事に気づいたようだ。
「なるほど。これは良いな」
クレージュ公爵はひんやりと冷える空気に感嘆の息を漏らす。
まだ本格的な夏ではないが、貴族の服は露出が少ない形が多い。男性はシャツのボタンを外したり袖を肘まで捲る事も可能な上、ボトムスも半ズボンがあるので露出が可能である。それとは逆に女性は服を重ね着して着こんでいるので、夏場はとても暑いのだ。
彼もラフな姿とはいえ、長袖のシャツに胸元はしっかりと留めている上に、下半身はトラウザーズに膝までのレースアップブーツである。
この室内は日当たりが良いので室温は高い。
「ひんやりして気持ちが良いのです」
「ジュリー、伯父様にもプレゼントして差し上げたら?」
「何か良い物でもあるのか?」
「すぐに渡せるのは試作品しかないですが」
アイテムボックスから小型の冷風機を取り出す。
魔力を流せば冷風が出る仕組みだ。
「伯父様、わたくしたちだけの秘密にして下さる? コレの存在を知っているのは、この場にいる三人だけなのよ」
「まだ伯父上も知らないものを、私が先に持っているというのは高揚感が出る」
「くれぐれも内密に」
クレージュ公爵がにやりと笑みを浮かべる。
「勿論だ」
不意に執事頭のアレンがサロンの入口で、誰かと言葉のやり取りをしているのが見えた。今度はクレージュ公爵の傍へ近寄り、恭しく頭を下げながら告げる。
「旦那様、食事の準備が整いました」
アレンの言葉にレベッカが反応し、その姿にクレージュ公爵は笑みをかみ殺す。
「晩餐の準備が整ったようだ。ダイニングルームへ移動しよう」
クレージュ公爵が先導して、私とレベッカをダイニングルームへ誘う。父が母をエスコートしている姿を目にするが、クレージュ公爵にエスコートされるなんて夢みたい。
現実は右手にレベッカ、左手に私という形ではあるがーーそれと正確にはエスコートというより、逸れないように手を繋いでいる感があった。
見た目は十歳の子供なのだから、今は仕方ないと諦めよう。
クレージュ公爵家では晩餐にドレスアップをしないようだ。アグレッサ侯爵家では晩餐の席に着く際に、ドレスに着替えて身だしなみを整えてないといけない。まだ子供なのでドレスというより、余所行きのものが基本スタイル。
これはーー女性がいないのが理由なのだろうか。
彼の外見は見目麗しいと言われる父と遜色ないが、父と違って服装に全く気を遣わないというのは、今日一日クレージュ公爵と一緒に過ごして気づいた事だ。公務や外出先での服装に気を遣う分、自宅にいる間くらいラフなスタイルでいたいのだろう。
食事をするだけなのに正装に着替えるのは面倒くさい。
この領地で過ごす間だけ服装に気を遣わなくても良いなら、とても良い事だと思う。
「レディ、どうぞ」
「伯父様、ありがとう」
先にレベッカを席へ座らせ、その次に私を席へ案内する。
最後にクレージュ公爵が自分の席に腰を降ろす。ダイニングテーブルの上には、私が作った物だけじゃなく、本来の夕食のメニューも一緒に並んでいた。
コース料理で提供される事もあれば、こうして全ての料理が並ぶ事もある。
前菜のテリーヌに温野菜サラダ。メイン料理はステーキのようだ。
クレージュ公爵の皿にあるステーキが分厚い。バランスの取れた筋肉のつき方だから、食事には気を遣っているのかもしれない。
主食のパンはライ麦パンに似ていて、それを食べやすいように薄くスライスされたものが籠の中へ並んでいる。給仕に言えば欲しい物を取って貰えるシステムだ。
クリームシチューは鍋型の器に移し変えられていた。おそらく冷めないように保温されているのだろう。そしてソーセージは大皿に、チーズ焼きと一緒に盛り付けられていた。
その隣には籠に入れられたポテトチップス。
「ジュリー、チーズせんべいも!? それにポテトチップスもあるじゃない」
「チーズせんべい?」
レベッカの言葉に反応したクレージュ公爵に、私がチーズ焼きの事を説明する。
「クレージュ公爵が食事の時にワインを嗜まれると聞いたので、それに合うものを作らせて頂きました」
給仕にクレージュ公爵の手元にある皿へチーズ焼きを乗せて欲しいと告げた。すぐにクレージュ公爵の皿の上にチーズ焼きが置かれると、私が食べ方を教える。
そのまま齧りついても良いのだが、さすがに公爵家の当主に品のない食べ方は勧められない。
「これは! 香ばしくて塩味も素晴らしいな」
「お酒を飲まれる方ならお好きかと思います。そちらの籠の中にあるのはポテトチップス。イモを薄切りにして油で揚げたものですが、とても美味しいですよ」
私の言葉にポテトチップスに興味を示した彼は、給仕に取り寄せてもらい口に運ぶ。
「これも良いな」
「ーーですが、クレージュ公爵。本日のメインはソーセージです。これをクレージュ公爵領の新たな特産品に致しませんか?」
ソーセージを口にしたクレージュ公爵は、パリっと弾ける皮の弾力と食感、そこから溢れるジューシーさに驚いているようだ。
「市場の方の話では、腸の塩漬けはここでしか手に入らないと言っておりました。他の領では腸の塩漬けが入手しやすいのか、まだ調べていないので分かりません。実際に腸の塩漬けが豊富な公爵領なら産業に出来ると思います」
「これから産業を立ち上げる場合ーー勝算は?」
「現時点では伯父様の独占販売よ。わたくしが言う現時点というのは、これが世に広まったら類似品も出て来るという意味ね。ソーセージは保存食にもなるから、生肉と違って販路を広げる事も可能になるわ」
レベッカが静かに告げた。
「保存食か」
「それと騎士団たちが野営をする時の携帯食にもなります。今回はソーセージを作るだけで終わりましたが、これも一緒に作りたいと思っています」
私はアイテムボックスからビーフジャーキーを取り出し、給仕にレベッカとクレージュ公爵に分けるように頼んだ。
「こちらも携帯食になりますが……どちらかと言えばお酒のお供ですね」
「確かにワインと合う」
「保存期間はソーセージより長く、干し肉より塩味も控えめで柔らかいのが特徴です」
「詳細は後程にしよう。まずは冷めないうちに食事を頂こうか」
クレージュ公爵の言葉に一同が頷く。
レベッカはソーセージを嬉しそうに頬張り、更にクリームシチューの懐かしさに感動していた。この世界のスープは基本的な物しかない。
代表なのは素材の味に頼り切った薄塩のスープ、トマトを煮込んだスープは具がゴロゴロ入っている。この二種類の味をランダムに提供される形だ。
スープの味が二種類しかない為、料理人の手によって具がアレンジされる分、スープは料理人の腕が物を言う。
私の住む邸の料理人は腕が良い。
スープの味が二種類しかないと知ったのは衝撃だが、アグレッサ侯爵家では豚汁やコンソメスープ、ポタージュスープまで揃っていたから、レベッカに教えて貰うまで知らなかったのだ。スープの種類が多いだけではなく、ハンバーグやパスタも揃っている。
おそらくスープの種類が豊富なのは、アグレッサ侯爵家だけだろう。
素晴らしい料理人を見つけたものだ。
クリームシチューはアグレッサ侯爵家で、まだ一度も出されていないスープの一つ。
これはクレージュ公爵家の特権にしようと思う。
そしてーー食事を済ませた私たちは、再びサロンの方へ場所を移した。




