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転生令嬢は初恋を貫く!  作者: 尾木 愛結
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 アグレッサ侯爵邸の庭は基本的に、母というより祖母の趣味が反映されている。


 祖母が邸で庭園の差配をしていた状態を、現在も引き継がれている形だった。庭の管理は庭師が行っているので、大掛かりな花の配置を変えたり品種改良を求められないだけ、彼らには楽な作業だろう。


 本来なら侯爵家の夫人ともなれば、ガーデンパーティが行える見栄えの良い庭を目指す。


 私の母はマグノリアという花由来の名前ではあるが、本人は植物に全く興味のない人なのだ。人並みに花を愛でる事はするけれど、「綺麗ね」の一言で終わる。

 庭も現状維持が保っていれば良いとさえ思っているのだ。


 この庭園は祖母が構想を練って作り出した風景なのだから、母も下手に手を加えたくないのだろう。

 それにーー父との思い出の風景の一つ。


 この庭園の目立たない場所にマグノリアの木が植えられている。

 マグノリアの木の傍には二人掛けのベンチとテーブルが設置されているので、両親の秘密の場所なのではと想像したものだ。私も偶然その場所を見つけた形なので、庭師以外は知らない者がほとんどだと思う。



「アグレッサ侯爵家の庭は素晴らしいね。俺の家なんて庭を気にする者がいないから殺風景さ」



 クレージュ公爵令息が庭園を眺めながら呟く。

 父親と息子しかいない邸だと、庭に気を配らなくなるから殺風景になるのか?


 前クレージュ公爵夫人は健在のはずだ。

 クレージュ公爵令息が言っている庭というのは、領地の屋敷ではなく王都の邸の庭かもしれない。

 


「わたくしも庭は散歩をするだけで、あまり気にした事はないわね」


「そうなんだ?」


「ええ、実用性があれば別かもしれないわ」


「実用性?」



 花を愛でる心も大切かもしれないが、私の場合はそれだけでは物足りないのだ。



「そうね……例えば、庭に果実が実る木があれば便利に思うわ」


「果実? 果物が好きなんだ」


「果物は好きだけど、それを利用して商売をするのよ」



 私の言葉にクレージュ公爵令息は首を傾げて見せる。



「商売って……たかが果物だろ? 単価だって微々たるものじゃないか」



 クレージュ公爵令息が言っているのは当然の事だ。

 国内で栽培されている果物に限られるが、市場価格は単価も安い。輸入の果物は関税も加算されているので、国内産と比べたら価格は値上がる。


 私が言っているのは普通に果物を育てて売るわけじゃない。



「あら、加工品として売り出すのよ。素材そのものだと単価は安いけれど、それを加工すれば値を上げられるわ」


「ふーん……俺には興味がそそられないな」



 ーーでしょうね!


 本当に子供っぽい人だな。

 改めて考えると、私の周りって大人びた人しかいない。


 国立ヴァソール学園に通う子女は知能が高く、大人を相手でも対等に会話が出来る。それも目の前にいるクレージュ公爵令息より年下の者たちだ。

 弁論大会は白熱するほど、互いの意見をぶつけ合うのが楽しい。


 ここで話題を別の物へとすり替える。



「クレージュ公爵令息は夏の間は領地へ戻られるの?」


「ダニエル」


「え?」


「ダニエルって呼んでみて」



 クレージュ公爵令息から名前を呼ぶように言われるが、これまで異性の名前を口にした事がない。私にとってハードルが高く感じる。



「ほら、ダニエル」



 無言のまま立ち尽くしている私に、クレージュ公爵令息が焦れたように詰め寄ってきた。



「……ダニエル様?」


「婚約者になったんだからさ、様はいらないよね? 俺もジュリエンヌ……エンヌって呼ぶよ」



 いきなり愛称呼び?

 しかも微妙な「エンヌ」と呼ぶつもり?



「さっきの話だけど」


「はい」


「俺は領地へ戻らないよ」


「理由をお聞きしても?」


「クレージュ公爵領は夏場は涼しくて過ごしやすい地域だけど、面白味も何もない辺鄙な場所なんだ。そりゃ観光名所もあって賑わっている方だと思う」



 クレージュ公爵令息の口から領地の大雑把な説明を耳にする。

 公爵領は王都から離れた場所にある為、気候も違うのだろう。王領も避暑地として有名な場所があるから、クレージュ公爵領もそういった場所があるようだ。



「この時期は社交シーズンに入ってて、地方から王都に人が集まっているのに戻りたくないよ。それに王都の方が知り合いは多くいる。領地に戻っても友人と呼べる相手がいない。一人で領地の邸で過ごすより、王都で幼馴染や友人と一緒にいた方が楽しいからね。俺が領地へ戻るのは冬だけなんだ」



 クレージュ公爵令息は年の大半を王都で過ごし、冬の期間だけは領地で過ごしているらしい。



「では一人で王都の邸に?」


「一人は退屈だから、サミーの邸にいる事が多いかな?」



 年の大半を王都で過ごしている場所がアンダーソン侯爵家なら、彼が兄弟同然に育ったと言っているのも頷ける。

 クレージュ公爵は公務と領地運営に、個人事業も手掛けているから育児まで手が回らなかった事だろう。きっと乳母とメイドに任せきりだったに違いない。


 前クレージュ公爵夫妻も共同経営と投資で多忙を極めていたと聞く。


 学生時代の先輩であるアンダーソン侯爵夫妻が世話をしてくれるなら、安心して預けられただろう。社交シーズンに王都にいるなら、おのずとクレージュ公爵令息に知り合いが増えていく。


 アンダーソン侯爵家にいるなら自然と社交が身に付くので、クレージュ公爵令息にってもそれが武器となるだろう。貴族の世界は社交性で左右されるのだ。


 ーーという事は、クレージュ公爵令息は領地に同行しない!


 今回のクレージュ公爵領への訪問は、邪魔者がいないという事になる。

 クレージュ公爵領へ同伴するのはレベッカだ。


 思う存分に羽根が伸ばせそうで何よりである。



「エンヌは?」


「わたくしはクレージュ公爵領へ視察する第一王女殿下の同行を予定しています」


「ベッキーの同行?」



 レベッカの名前を出したら、クレージュ公爵令息の眉間に皺が刻まれた。



「第一王女殿下に頼まれましたので……」


「ベッキーに良く付き合えるな。王族じゃなかったら、ただのクソ生意気な女だ」


「国立ヴァソール学園では、第一王女殿下はアンダーソン侯爵令息と肩を並べる才女ですわよ?」


「それが生意気なんだよ」



 ーーコイツ、マジでヤバいわ!


 本当にクレージュ公爵の血を引いてるの?


 彼から爪の垢ほどの知性すら感じられない。それなりに教育を受けているはずだから、知性がないというより品性の問題だろうか。



「俺が国立ヴァソール学園の試験に落ちた事を笑うようなヤツだ。何かある度にベッキーと比べられる事も多くてさ。アイツは生まれた時から、王族として教育を受けているんだぞ。俺よりも勉強が出来て当たり前。そもそも俺とベッキーの置かれている環境が違うんだ。それと比べられても困る」



 ーーなるほど!


 クレージュ公爵令息は、国立ヴァソール学園の入学試験に落ちた事を卑屈に感じているらしい。彼は学力試験よりも魔法の実技試験が本命だという事実を知らないのだ。


 おそらくクレージュ公爵令息の魔力量は多くない。


 それが原因で試験を落とされたのは間違いないだろう。魔力量は母親の血を濃く受け継いでしまった弊害だが、地頭が悪くないのであれば見込みはありそうだ。


 王立ノヴェール学院の入学試験は次席で通過したと、私の父が言っていた事を思い出す。クレージュ公爵令息の学力は高いけれど、魔力の操作不足で不合格だった事が分かった。頭が足りないと思っていた分、良い意味で騙された気分である。



「わたくしの姉も国立ヴァソール学園の試験に落ちましたのよ」



 私の姉は学力筆記試験でさえ白紙に近い状態だったと聞く。

 その上、魔力量は微々たるものしかない。


 魔力量は本人にはどうしようもない事だが、勉学については謎の一言だ。




「そうなんだ!」


「姉は王立ノヴェール学院の二期生として通学しています」


「王立ノヴェール学院の先輩か……他に知り合いがいないから、婚約者の姉がいるならホッとする」



 クレージュ公爵令息と親しい間柄の人たちは、国立ヴァソール学園へ通っているという事になる。

 知り合いがいないと心細く感じるのだろう。


 私の姉が通っていると言っただけでホッとしているのだから現金なものだ。



「休暇明けに入学式ですわね」


「あまり勉強は好きじゃないけど、王立ノヴェール学院で社交性を身に着けろって言われてる」


「それだけクレージュ公爵はダニエル様に期待しているのですよ」


「父上に認められるのは誇らしいな」


「男性は父親に褒められると嬉しいものですか?」


「男同士はそういうものだと思うけど……女の子は母親に褒められて嬉しく感じないもの?」


「わたくしは両親に褒められた事は一度もありません。ただ……祖父母には可愛がって頂いておりますのよ。両親とは他人みたいな関係ですので、他の家族とは違うのかもしれませんね」


「それで他所他所しかったんだ?」


「父はあまり語るタイプではありませんし、母は姉と弟がいるので其方に手がかかっている状態かしら? わたくしまで母の手が回らないのですよ。おかげで自由を満喫させて頂いておりますわ」


「俺も父上が多忙にしている状態だから、あまり構って貰えないんだ。父上の仕事の邪魔はしたくないし、それに仕事をしている父上は凄くカッコいい。俺も父上のような大人になりたくて勉強を頑張っていたけど、入学試験に落ちた時は父上の期待を裏切ってしまったようで悔しくてさ。もっと努力しないといけなかったのに、それが出来なくて……これでも凄く反省しているんだ。だからさ、王立ノヴェール学院では恥ずかしくない成績を残すつもり」


「素晴らしい考えだと思います」



 クレージュ公爵令息の話に合わせて頷いておく。


 子供っぽいのは否めないが、彼なりに葛藤しているようだ。良く言えば素直な性質なのだろう。彼の周りにいる人は人格者が多い。だからこそ真っすぐに育ったとも言える。


 ーークレージュ公爵令息に対する印象が変わったわ。


 彼の中身の子供っぽさは愛嬌で済みそうだ。

 アンダーソン侯爵令息も彼の本質が分かっているからこそ、こうして付き合っていられるのだろう。


 彼の場合は下に弟が二人いるから、子供の扱いに慣れているのかもしれない。


 クレージュ公爵令息と会話をしながら庭を進んでいく。

 この先に東屋があるので、その場所にお茶の用意がされていると思う。



「あら、貴方がクレージュ公爵令息? 初めまして、ジュリエンヌの姉のハリエットと申します」



 姉が淑女の礼をしている。

 私がクレージュ公爵令息と一緒に庭へ出ているのを知って、わざわざ出て来たのだろうか。



「初めまして、ダニエル・クレージュだ。同じ学院の生徒として新学期から宜しく頼む」


「まあ、クレージュ公爵令息は後輩になるのね。わたくしの事はハリエットとお呼び下さいませ」


「ああ、ハリエット」


「ふふふ、素敵な婚約者ね」


「有難うございます、お姉様」


「ジュリエンヌの相手は疲れるでしょう? 彼方で一緒にお茶にしましょう」



 そう言い終わらないうちに、姉はクレージュ公爵令息の腕に自分の腕を絡ませ、そのまま二人で東屋の方へ歩いて行く。二人に置いて行かれた私は、どうするのが正解なのだろう。



「……疲れた」



 正直に言えば物凄く疲れた。

 

 クレージュ公爵の息子だと思うと気を遣うし、何より会話が難しい。

 どういった話をすれば良いのか、クレージュ公爵令息の趣味や好きな事すら情報がないままだ。学園の同級生と会話をするのは慣れているが、その内容も共通した話題が多い。


 初対面に近い相手に好まれる話題なんて思い浮かばないのだ。


 アンダーソン侯爵令息から、事前に彼の情報を聞いておけば良かったと後悔する。その肝心のクレージュ公爵令息は、姉に連れて行かれて傍にいない。



「うん、部屋へ戻ろう」



 私はくるりと向きを変えて自分の部屋へ戻る事にしたのだった。



 

 東屋に向かった二人は楽し気である。

 私は聴覚があるので、その場にいなくても二人の会話を聞き取る事が可能だ。



「クレージュ公爵令息は、ジュリエンヌが婚約者で良いの?」


「勿論、俺の一目惚れなんだ。園遊会で初めて会った時、こんなに綺麗な令嬢に会ったのは奇跡だと思った。そして父上に頼んで婚約を打診してもらって……今日この場にいる」


「そうなのね」


「ハリエットはエンヌの事が好きではないのか?」



 クレージュ公爵令息が言葉を選ばず、姉に私の事をストレートに訪ねている。

 公爵令息なら言葉を選んで欲しい所だ。



「わたくしは妹の事が大好きなのですが、妹はわたくしの事が嫌いなのです」


「俺は一人っ子だから兄弟がいて羨ましい。でも兄弟喧嘩は良くないと思うな」



 二人の会話がズレているように感じる。



「ジュリエンヌはわたくしの事を憎んでいるのよ」


「そういう風には見えなかったけど。エンヌの態度が余所余所しく感じる所はあるけど、誰かを憎んでいるようには見えないから、ハリエットの勘違いだと思う」


「いいえ、わたくしの勘違いではないのです。あの子は……わたくしが大切にしていた髪飾りを奪い取ったのよ。今日も髪飾りをしていたと思うわ」


「髪飾り?」


「ええ、ブラックダイヤモンドがついた髪飾りよ」



 姉がブラックダイヤモンドの事を告げた瞬間、クレージュ公爵令息の雰囲気が変わった。

 これまでの子供っぽさが消えたというかーーブラックダイヤモンドの一言で変わるなら、この石に何か意味があるのだろうか。



「ふーん……それは本来ならハリエットの髪飾りだったって事?」


「そうよ」


「何かの間違いじゃない?」


「いいえ、わたくしの物だったのよ」


「ブラックダイヤモンドってさ、王族とクレージュ公爵家の色だって分かってて言ってる? それにあの髪飾りは父上が用意したものなんだ。第一王女殿下と親しくしている令嬢の入学祝いだって」


「ーーー!!」


「俺は嘘つきな女は嫌いだ」



 クレージュ公爵令息は姉に向かって告げると、東屋を出て邸の方へ向かって歩いていた。


 ーー意外な展開だったわ。


 まさかクレージュ公爵がプレゼントしてくれた髪飾りを、息子のクレージュ公爵令息が知っていると思っていなかった。二人は同じ邸に住んでいるだろうし、男同士ならあけすけに言い合うのかもしれない。


 女性は秘め事が好きなので内緒にするが、誰かに言いたい衝動があるのも認める。


 クレージュ公爵令息の子供っぽさは気になるが、さすが高位貴族として幼い頃から教育されていた成果がしっかりと出ていた。

 いつもあの状態でいれば、少しはマシだと思うけど。


 それはさておき、クレージュ公爵令息の意外な一面を発見した事に顔を綻ばせた。









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