最終話 解放者たち
朝の光が大地を染めていった。
人々は草の匂いに酔い、土の感触に涙を流し、互いの手を取り合って笑いあっていた。止まった列車の横で、誰もが初めての世界に戸惑いながらも、確かに「歩み出す」ことを選んでいた。
アランとリサは群衆の端に立ち、ただその光景を見守っていた。
「……本当に、やり遂げたんだね」
リサがぽつりと呟く。声は小さく、しかし胸の奥から震えるように溢れていた。
アランは彼女の横顔を見た。煤に汚れた頬、汗で張りついた髪。だがその瞳は、誰よりもまっすぐに未来を見ていた。
「俺たちがやったことを、誰も知らないだろう」
「うん。きっと、この人たちは覚えてすらいない。汽車が止まった理由も、どうして大地に降りられたかも」
リサは少し笑った。
「でも、それでいいんだよね」
アランも笑った。胸の奥に溜まっていた重さが、風に吹かれて消えていく気がした。
「俺たちは名前なんていらない。ただ、これで人は選べる。――それで十分だ」
群衆の中から子供の笑い声が上がる。草を握り、空へ投げて遊んでいる。老人が腰を曲げて土を撫で、涙をこぼしている。
その一つ一つの姿が、アランとリサに答えを返していた。
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やがて、リサがアランの袖を引いた。
「……行こう。ここにいるべきなのは、私たちじゃない」
「そうだな」
二人は群衆に背を向けた。誰も二人を呼び止めない。
人々はそれぞれの未来を選び始めていたから。
アランとリサは線路の先へ歩き出した。
足元の土は柔らかく、草は朝露に濡れている。
もう「三十日」という数字に縛られることはない。
しばらく黙って歩いた後、リサが小さな声で言った。
「ねえ、アラン。私……汽車の中でずっと、自由を夢見てた。でも、こうして隣にあなたがいるのは、夢の続きみたい」
アランは足を止め、リサを見つめた。
言葉は見つからなかった。ただ、彼女の手を取った。煤と汗にまみれた小さな手が、確かにそこにあった。
リサは驚いたように瞬きをして、やがて柔らかく笑った。
「……離さないでね」
「ああ」
二人の影は、朝の光に重なり合った。
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雲の切れ間から差す光が、灰色の線路を照らしていた。
その光の下で、人々は初めて大地に立ち、未来を選び始めていた。
そして二人もまた――無名の解放者として、手を取り合い、歩き続けた。




