第6話 初めての土
轟音が過ぎ去った後、列車は動かなかった。
何百年もの間、一度たりとも止まったことのない鉄の巨体が、今は線路の上で沈黙していた。
蒸気の白煙が空へと散り、世界は耳をつんざく静寂に包まれる。
最初に気づいたのは子供だった。
「……汽笛が、鳴ってない」
その声は小さかったが、通路の人々に伝わり、ざわめきへと変わった。
「止まった?」「どういうことだ」「故障か?」
誰も経験したことのない状況に、言葉が空回りする。
やがて扉が開け放たれた。
外気が流れ込む。冷たく湿った風、土の匂い、草の青い匂い。
人々は一斉に息を呑んだ。
「……これが」
列車でしか生きてこなかった者たちにとって、それは未知の匂いだった。
一人の少年が、恐る恐るステップを降りた。小さな靴が枕木を踏み、その先の草を踏みしめる。
沈んだ音。土が沈み、靴底を柔らかく受け止めた。
「……あったかい」
少年は思わず笑った。
その笑い声が、列車全体に響き渡った。
押し殺していた息が解放されるように、次々と人々がステップを降り始める。
老人がしゃがみ込み、震える指で地面を撫でる。
「生きている……まだ大地は生きている……」
皺の間を涙が伝い、手の甲を濡らした。
若者たちは顔を見合わせ、大声をあげて駆け出した。
子供たちは草を引き抜き、笑いながら投げ合う。
女たちは手を繋ぎ、土の感触を確かめるように一歩ずつ歩いた。
「これが、土……」
「柔らかい……」
「草の匂いがする……」
その一つ一つの声が、誰かの胸を震わせ、連鎖のように広がっていく。
⸻
アランは列車の影に立ち、静かにその光景を見ていた。
人々が土に触れ、歓声をあげ、涙を流す。
その姿は美しかった。だが同時に、彼は重さを感じていた。
リサが隣で袖を掴んだ。
煤に汚れた手は小さく温かい。
「アラン……やり遂げたんだね」
彼は頷き、目を細めた。
「これで……人々は選べる」
リサの瞳が揺れる。
「私たち、本当に大丈夫かな。評議会は黙っていない」
アランは少し笑った。
「それでも、もう嘘は続けられない。誰もが知ってしまったから」
風が吹いた。
草の海が波のように揺れ、青い匂いが全身を包んだ。
リサは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「……自由って、こういう匂いなんだね」
アランは彼女の横顔を見つめ、何も言わなかった。
ただ、自分の胸に灯った炎が、もう消えることはないと知っていた。
⸻
日が昇り、朝の光が大地を照らし始める。
止まった列車は、もはや牢獄ではなかった。
人々の足跡が草を踏みしめ、新しい道を描き出していく。
その道は不確かで、危険に満ちているかもしれない。
だが――確かに彼ら自身の足で選んだものだった。
アランとリサは、まだ群衆の端に立っていた。
手を握り合い、ただ黙って大地に立つ人々を見守り続けた。
遠くから子供の笑い声が響いた。
その声は、汽笛よりも澄んでいて、力強かった。




