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灰の線路  作者: つか
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第5話 心臓部へ

列車は評議会の中枢都市へと近づいていた。夜明け前の空気は重く、蒸気の白い靄が都市の輪郭を覆っている。煙突群が立ち並び、鉄骨の影が霧に沈む。その中心に、黒鉄の塔がそびえ立っていた。


 リサが窓の隙間から身を乗り出し、声を潜めて囁いた。

 「あれが……」

 アランは頷いた。

 「あれが世界の心臓だ」


 黒鉄の塔は無数の蒸気管に繋がれ、壁一面を覆う歯車群はまるで巨大な時計仕掛けの臓器のようだった。汽車の全てを統べる中央制御機構。列車の時刻、停車の間隔、三十日の制限――すべてをここで監視し、支配している。


 貨物車両の影に身を潜めた二人は、互いに目を合わせた。

 「準備はいいか」

 「ええ。もう後には引けない」

 リサの声は震えていなかった。むしろ静かな決意が滲んでいた。


 アランは工具袋を肩から下ろし、レンチや鉄片を確認する。リサはポケットに隠した地図の切れ端を確かめ、短く息を吐いた。


 列車が停車すると同時に、二人は荷の影に紛れ、整備員に紛れて施設の奥へと忍び込んだ。



 中に入ると、空気は重油と蒸気の混じった匂いで満ちていた。歯車の唸りが壁を伝って骨に響く。鉄板の床は震え、蒸気管の接合部から白い霧が噴き出している。


 「すごい……これが全部、列車を動かしてるのね」

 リサは圧倒されながらも目を輝かせた。

 アランは頷き、指で圧力計を示した。

 「見ろ。蒸気圧を一箇所で制御してる。ここを逆流させれば……」

 「列車は止まる」


 二人の視線が交わる。恐怖ではなく、確信が宿っていた。


 制御塔の根元には、直径数メートルもあるバルブ群と真紅の圧力計が並んでいた。数十本の配管が絡み合い、まるで蛇の群れのように脈打っている。


 アランはレンチを構え、低く呟いた。

 「これを回せば、三十日の鎖は終わる」


 だがその時――

 「止まれ!」


 鋭い声が響き、暗がりから黒い外套の影が現れた。

 銀の徽章。監察官だった。その背後には数人の兵士が蒸気銃を構えている。


 「やっぱり来たな、整備士。そして……小娘」


 リサが息を呑み、背を強張らせる。だが彼女の瞳は怯えていなかった。

 「秩序のため? それともただの支配のため?」

 監察官の顔には表情がなかった。

 「人は真実を知れば混乱する。血を流す。だから我々は嘘を選んだ」


 アランは叫んだ。

 「それは人の未来を奪うことだ!」


 兵士たちが一斉に動いた。だがその瞬間、アランはレンチを振り抜き、近くの蒸気管を叩き割った。

 白い蒸気が轟音とともに噴き出し、視界を覆う。兵士たちが咳き込み、姿勢を崩す。


 「今だ、リサ!」


 リサは迷わずレバーに飛びついた。両手で全力を込めて引き下ろす。

 圧力計の針が振り切れ、赤域を突き抜けて震えた。


 ゴウン、と塔全体が唸りを上げる。

 配管が次々と悲鳴をあげ、鉄が割れる音が響く。


 監察官の声が蒸気に掻き消されながら飛んだ。

 「やめろ! お前たちは……!」


 だがその叫びを最後に、轟音が全てを呑み込んだ。



 制御塔が崩壊する音が響き渡った。

 巨大な歯車が弾け飛び、蒸気の白い爆風が施設を覆う。床が揺れ、鉄骨が軋み、蒸気の熱風が頬を焼いた。


 アランはリサを抱き寄せ、瓦礫の影に身を投げ出した。

 全身を突き抜ける轟音と熱。だが確かに、心臓部は止まりつつあった。


 長い歴史の中で一度も途絶えたことのない汽笛が、都市中で次々に消えていく。

 世界を縛っていた鉄の鼓動が、静寂へと飲み込まれていく。


 リサは荒い息の合間に笑みを浮かべた。

 「……やったのね」

 アランは頷き、汗に濡れた額を拭った。

 「これで、人々は選べる」


 背後で蒸気の残響が低く鳴り続ける。

 二人はその音を聞きながら、互いの手を強く握り合った。

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