第4話 窓辺の少女
夜。通路のランプは最小限に絞られ、列車は闇の中をひた走っていた。
人々は寝台に潜り込み、車内はひそやかな寝息と車輪のリズムだけに支配されている。
アランは眠れなかった。老人の言葉、監察官の挑発が脳裏で何度も反響していた。
「秩序は嘘でできている」
「壊す覚悟があるなら――やってみろ」
毛布を被っても、胸の鼓動がうるさくて眠気は遠のいていくばかりだった。結局、アランは布団から抜け出し、靴をつっかけて通路へ出た。
ランプの明かりに照らされる通路は、昼間より広く感じられた。影は深く、窓からは冷えた夜風がわずかに吹き込んでいる。
その窓辺に、小さな影が腰掛けていた。
肩までの髪が煤でわずかに灰色を帯び、膝を抱えて外を見ている少女。背中は細く、だが芯の強さが漂っていた。
アランは足音を殺しながら近づいた。
「眠れないのか?」
少女の肩がびくりと跳ね、振り返った瞳がランプの光を映して揺れた。
「あなたも?」
「機械の唸りが頭に残ってね」
少女はまた外へ視線を戻した。月の光が雲間から洩れ、草原が青白く輝いている。列車はその上を黒い影のように走り続ける。
「……見えるの」少女は囁くように言った。
「線路の向こうに、まだ生きてる街が」
アランは言葉を失った。その口調は夢を語るのではなく、確信を滲ませていた。
「君は……?」
「リサ。貨物の整理をしてる。孤児だから、住む場所はここしかない」
彼女は淡々と答えたが、その声には強い芯があった。
アランは少し間を置いてから、口を開いた。
「三十日の制限、馬鹿げてると思わないか」
リサは小さく笑った。
「思う? 私なんてずっとそう考えてた。みんな怖がって口にしないけど」
彼女は制服の隙間から紙片を取り出した。古びた地図だった。端は破れ、インクは掠れていたが、確かに川や森の印が描かれている。
「貨物の目録に紛れてた。見つかったら処分されるから、誰にも見せなかった」
アランは目を凝らした。線路の外に緑の印。その上に文字が掠れて残っていた。
――「許されざる定住区」
心臓が大きく鳴った。老人の語った街の姿が頭に浮かぶ。
「……そこは、今もあるのか」
「あるはずよ。もし本当に土地が毒されてるなら、どうしてこんな地図を隠す必要があるの?」
リサの声には怒りがにじんでいた。
「私はずっと思ってた。嘘を壊さなきゃ、人は自由になれないって」
アランは地図を握る手が震えているのを感じた。恐怖ではなく、何かが芽生える震えだった。
「……一緒に確かめないか」
言葉が自然に口をついて出た。
リサは振り返り、じっと彼を見た。その瞳は若さの無鉄砲さではなく、長い孤独を耐えてきた者の強さを湛えていた。
そして、彼女は小さく笑った。
「壊すなら、二人で」
その一言に、アランの胸は熱くなった。
窓の外で月が雲から顔を出し、線路を白く照らした。
二人の影は、その光に並んで伸びていた。
まるで同じ方向を目指すことを、最初から決められていたかのように。




