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灰の線路  作者: つか
3/7

第3話 監察官の影

夕刻、列車は臨時停車のため速度を落とした。鉄の悲鳴のようなブレーキ音が車体を震わせ、人々は揺れる体を支え合う。汽笛が二度短く鳴り、やがて重い衝撃とともに停車した。


 プラットホームは仮設の板で組まれていた。釘の頭が夕陽に鈍く光り、乾いた木の香りが漂う。降りていく人々の顔には安堵と不安が入り混じる。三十日の始まりと終わりが、このホームですれ違うのだ。


 アランは工具袋を肩に掛けたまま、無意識にホームへ出ていた。整備士は停車ごとに点検をすることになっている。だが彼の足は、昨日の老人の言葉に突き動かされていた。外の空気を吸いたかった。大地の匂いを確かめたかった。


 ホームの中央に、黒い外套の男が立っていた。

 銀の徽章が夕陽を受けて冷たく光る。監察官だった。


 人々は視線を向け、すぐに逸らした。関われば厄介事を招く。誰もが知っていて、誰もが知らないふりをする。


 監察官の目がアランを射抜いた。足が止まる。胸の鼓動が急に早くなり、手に持ったレンチが重く感じられた。


 「……整備士」

 低い声が、喉奥を震わせるように響いた。


 「は、はい」

 アランは思わず背筋を伸ばす。


 監察官はゆっくり歩み寄り、影を伸ばすように近づいてきた。

 「昨夜、老人と話していたな」


 冷や汗が背を伝う。

 「……ただの世間話です」


 監察官の目は笑っていなかった。

 「世間話ならいい。だが“過ぎ去ったもの”を口にすれば、それは秩序を乱す」


 アランは唾を飲み込んだ。

 「……秩序、ですか」


 監察官は顎をわずかに上げ、夕焼けに染まる空を見た。

 「秩序は、よくできた嘘でできている」


 その一言に、アランの心臓が強く跳ねた。

 老人が語った言葉と重なる。だがこれは、権力の中心にいる者の口から吐き出されたのだ。


 「嘘……だと、知っているんですか」

 勇気を振り絞って問うと、監察官は一歩だけ近づいた。

 「知っているとも。大地は死んでいない。川は流れ、草は育ち、鳥は飛ぶ。だが人々にそれを知られては困る。人は真実を知れば、制御を失う」


 アランは拳を握った。

 「それは支配だ。自由じゃない」


 監察官の瞳が鋭く光る。

 「支配こそが秩序だ。人が勝手に群れれば争いが生まれる。血が流れる。だから我々は嘘を選んだ。必要な嘘を」


 沈黙が落ちた。ホームの喧騒が遠のき、風の音だけが二人の間を吹き抜けた。


 アランは唇を噛んだ。言い返す言葉が出てこない。

 監察官はその様子を見て、わずかに口角を動かした。笑みではない。挑発の影を帯びた表情だった。


 「……若い整備士。お前は針を読む目を持っている。機械は嘘を吐かない。だが人は嘘を吐く。評議会も、人も、皆な」


 監察官は背を向け、外套を翻した。

 「壊す覚悟があるなら――やってみろ」


 その言葉を残し、彼は兵士たちの影に紛れて去っていった。


 アランは立ち尽くした。手の中のレンチが汗で滑る。

 秩序は嘘で成り立つ。

 老人の声と、監察官の声が頭の中で重なり合い、やがて一つの問いとなって胸を突き刺した。


 ――嘘を守るのか。

 ――それとも、嘘を壊すのか。

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