2話
霊が見えても反応するな。それが正しいのか分からないけど、そうしてきた筈なのに今日、いきなり少年からいきなり腕を掴まれた。その少年は既に死んでいて、私以外皆見えていない。誰も交差点角で泣き続けている少年に気がついていない。いや、見えていない。そして、聞こえないし、触れることもない。私は出来るだけ皆のように、一般人として振る舞った筈だった。
なのに少年は私の腕を掴み行かないでと言った。
どうする? どうする!?
私は自分の手を引っ込めようとした。だが、少年は私の手から今度は私の足にしがみついた。
え!? どうしよう……本当にどうしよう!
「お姉ちゃん僕が見えてるんだよね。どうして見えないフリするの?」
私は答えるべきか悩んだ。でも、このまま逃げて万が一でも家までついてこられても困る。ここは彼に本当のことを教えてあげるべきだろうか。
私は迷った挙句、私にとって重大な決断をする。それは、この少年に真実を伝える。この決断が吉と出ることを天に願って。
「ごめん……あなたはもう死んでいるの」
「知ってる。だって皆僕が見えてないんだもん。お姉ちゃんは死んでるの?」
私は首を横に振った。
「僕、どうしたらいいのか分からないの。ねぇ、どうしたらいい?」
「ごめんなさい。私にもどうしてあげたらいいのか分からないの」
すると、少年は私の足にしがみついたまま泣き始めた。だが、周りを見渡しても誰もその声が聞こえないのか、自転車や歩行者が通り過ぎていく。
「ねぇ、私じゃどうにも出来ないの。お寺かにお願いしてみたら」
「分かんないよ」
泣きながらそう言われ仕方なく私は鞄からスマホを取り出し、近くのお寺を検索した。すると、ここから数キロ離れた方に神社がヒットした。神社とお寺の違いがいまいち分からない私はとりあえずそこへ行ってみようと少年に言った。少年は一旦泣き止むと、鼻水を垂らしながら「うん」と頷いた。
それから私達はそのマップの案内通り歩き始めた。
もし、このあとなんとかならなかったらどうしよう……私の胸の奥が不安でざわついた。この際、この少年を置いて走って逃げるか? でも、追いつかれたらどうしよう。単なる競走ならこの子に負けないけど、幽霊の足って速いんだろうか? 私のホラー知識は幽霊は瞬間移動をする。やっぱり駄目だ。
……というか、この子何で亡くなったんだろう。
私は少年を見た。少年はてくてくと足早に歩いている。そうか、私と少年との歩幅が違うから、彼は早歩きしなければ私についていけないのか。
私は歩行を遅めに意識し直した。
すると、少年も歩くのが落ち着いた。
「君、何年先なの?」
「二年生。になる予定だった」
「そう……」
まだ全然小さい。そんな小さな子どもが何で…… 。
「学校は近く?」
「うん」
「それじゃここは通り道?」
「うん」
「事故にあったとか?」
「うん」
「そっか……」
私はスマホで場所、事故、小学生で検索した。すると、早速そのニュースらしき記事が沢山出た。トップは〇〇ニュース、次いで〇〇新聞と並んだ。私はトップをタップし、スクロールする。
成る程ね……
高齢者(八十代)男性によるブレーキの踏み間違い事故。最近、高齢者による事故が多発し世間の目が厳しくなっている時期に……既に判決が出ていて今は服役中か。なんか報われないな。
色々調べていくと、男性に認知症の症状はなく、認知テストもクリアしていたようだ。ただ、薬を幾つか内服していたようだ。それが運転前に飲んではいけない薬だったのかは書かれてはいない。加害者の家族は男性妻が認知症で老人ホームに、息子は東京に住んでいて独り暮らしだったようだ。加害者の男性はこれまで犯罪歴はゼロ。ただ、たった一度の事故でそれまでの信頼がその歳になって失われた。一方でまだ未来ある小さな子どもの命が失われ、家族も相当ショックを受けた筈。
ネットでは高齢者がまた若き子どもの命を奪った、老害、老人は〇ね! ニュースを知った人々の怒りがそこに書かれてあった。
私は少年を見た。この子がどうして死ななければならなかったのか? この子はなにも悪くないのに。
でも、こうして見ると死んだようには見えない。その辺にいる普通の小学生だ。まるで、この子の時間だけまだ止まっていないみたいに、生きているようだ。でも、この子は死んでいるんだ。だって、繋いでいる彼の手からは体温が感じられない。触れているのに。冷たいわけでも温かいわけでもない。感じないのだ。それは不思議な感覚だった。
そもそも何で私には霊が見えるんだろう? 何で私だけが見えるのか。本来なら、私なんかよりこの子の家族に見えた方がいい筈なのに。
でも、それはそれで幸せなのだろうか? だって、この子は成仏できていないと知って悲しむかもしれないし、この子は他の子とは遊べない。他の皆には見えないのだから。それはずっと孤独で寂しいことだ。
私と少年は今、この繋いだ手と同じように繋がっている。少年の世界と、私のいる世界と。でも、皆は同じようには出来ない。これは私にしか出来ないこと。
分からないのは何故自分なのか。
信号が青になりました。
そのアナウンスで私達は横断歩道を渡る。交差点によってはそれは音だったりする。
横断歩道を渡りきり、暫く歩き続けると街中に神社が現れた。それ程大きくはない。それに、人がいそうな感じもしない。
「どうしたものか……」
私は少年を見た。少年は鼻くそをほじっている。
「やめな」
私が注意すると、少年は直ぐにやめて鼻くそのついた指先を半ズボンで拭き始めた。
「とりあえずお祓いでもしようか」
私と少年は小さな階段を登り、神社の前に立つと賽銭箱に小銭を二人分入れた。五円がなかったので十円2枚だ。
それから名前なんだったか、とにかくガラガラと鈴の音を鳴らし、私達は手を合わせ目を瞑った。
どうか神様、この子を成仏させてあげて下さい。
お祈りをし、私は目を開けた。そして横を見ると少年は私を向いていた。
私は深いため息を漏らした。
「駄目かぁー」
どうすりゃいいんだ?
私は早速詰んだのだった。