人を呪えど穴はなし
一人の女性が私の神社に訪ねて来た。
呪い殺してほしい者が居ると言う。
聞けば、付き合っていた男に二股をされた上に捨てられたらしい。
半狂乱になりながら「あいつを呪ってほしい。いや、呪い殺してほしい」という女性に対して、私は土産として持ってこられたマカロンを食べながら言った。
「悪い事は言わん。復讐なんぞ止めておけ」
「何故ですか!?」
寂れた神社の中、響き渡った声に私はため息をつきながら答える。
「人を呪わば穴二つ。こんなことわざを知らんのか」
すると彼女はきぃとなって喚き散らす。
「ここは人を呪う神社で、あなたは人を呪い殺す神様でしょ!?」
「その通り。だが、それ故に私は現代における呪いの悲しさを知っているのだ」
そう告げたが彼女はもう私の言葉など聞いていない様子。
「とにかく! 必ず、あいつを呪って!」
最早、言っても聞かないだろう。
「私は止めたからな」
そう言って彼女が望むままに私は二股をした男に呪いをかけた。
それから一ヵ月ほどして、とぼとぼとした足取りで彼女はやってきた。
そして、私の前に土産のフィナンシェを置きながら尋ねてくる。
「ねえ。呪いをかけてくれた翌日にあいつが風邪になったのって、もしかして……」
「察しが良いな。私の呪いだ」
「風邪薬飲んだら治ったらしいのだけど……」
「私が呪詛神としてぶいぶい言わせていた頃には、風邪薬なんぞなかったから。これで一発だった」
回答を聞いて彼女は俯く。
「それじゃ、自転車に追突されて右肩を痛めたのは……」
「貧困の時代じゃ、あれで右腕はおしゃかだったはずじゃ。少なくとも以前と同じ状態にはならんかった」
「カキを食べてお腹を壊したのも……」
「昔なら地獄の苦しみの果てに死んだはずだったのだがなぁ」
淡々と告げられる言葉に彼女は大きなため息をつく。
そんな姿を哀れに思いながら私は告げた。
「だから言ったのだ。復讐なんぞ止めておけと」
無言で首を振る彼女に対して私は言った。
「さて、人を呪わば穴二つだ。人に害を成そうとしたお前はこれより罰を受けねばならない」
その言葉を聞いた彼女は一瞬虚を突かれた顔になったが、それでもすぐに私の言葉を受け止めた。
「あいつにはろくな罰が下っていないけどね」
「見方を変えれば、その男が成した罪の程度はこの程度ということだ。以前までであれば、私の下に来るのは親や子供を殺された者達が主だったのだからな」
「あなたが弱いだけじゃない」
「かもしれぬな」
そう私は答えると咳ばらいを一つして言った。
「では、お前にも罰を下そう」
つくづく嫌な時代になった物だと私は実感する。
最も『繁盛』していた時代であれば、呪った相手と呪われた相手の二人分の魂を喰えたと言うのに今であれば一人分の魂しか喰えない。
おまけに発達しきった医学・薬学のせいで私の呪詛は相手を殺しきるに至らず、それ故に呪いを願った輩の罪は軽い。
些細な罪を犯した者を全て喰う訳にもいかず、かと言って無罪放免と言う訳にもいかない。
「困った時代だ」
全盛期には一国の大名までもが恐れていた厄神の末路がこれか。
実に情けない。
「まぁ、人を呪い続けてきた私には相応しいものかも知れぬな」
そう嘆きながら彼女らの細やかな罪に対して私が要求した罰……もとい捧げものである大好きな甘いお菓子を口に運んだ。