9.ハジメの人生(2)
「そういえば、ハジメさん、結婚とかはしなかったのかな?」
マトリカの話を聞いたアルクは、ふと疑問に思い尋ねる。
自分は既に誰とも結婚しないと決めていたので、ハジメはどうだったのか気になったのだ。
「あの人、誰とも結婚しなかったわよ」
マトリカは事も無げにそう言った。
アルクはそれを聞いて、心の中で少し考える。
『もしかして、やっぱりハジメさん、しょこらの事が好きだったんじゃ……』
だけど、それで生涯誰とも結婚しなかったのだとしたら、悲しすぎる。
アルクはまた少し悲しそうな顔をした。
「あら、それはないわよ。あの人はただ、町人と交流を始めても、本当に心を開けられる相手に出会えなかっただけよ」
マトリカは俺にテイムされているので、俺達と念話ができる。
繋がっていた念話からアルクの考えを聞いたのだ。
アルクはマトリカが返事をしたことに驚いた。
「えっ、き、聞こえてた!?でも、そっか。……誰にも心を開けられないって、すごく良く分かるよ……」
アルクもずっとそうだったからだ。
前世で「ユウト」として生きていた時、ユウトは生涯孤独に生を終えた。
アルクとして生まれ変わって、家族や俺には心を開けたものの、それ以外で心を開いたのはハルトが初めてだったのだ。
俺はハルトとハジメについて考える。
二人の根本的な性格は同じだが、ハルトは陽の部分が、ハジメは陰の部分が、全面的に押し出された感じだ。
いつもにこやかに笑うハルトに対して、ハジメはどこか沈んでいて、誰にも心を開かない。
「だけどあの人、周囲と交流するようになってから、結構人気だったわよ。つまり好意を持たれて言い寄られることが多かったわ」
マトリカの一言に、アルクが驚いて顔を上げる。
「ええっ!?そうなの!?……でもそっか、まあ、当然か……だってハジメさん格好いいもんね、そりゃあ人気は出るか……」
アルクはどこか寂しそうだ。
全く、今になってハルトのあの忠告の意味が分かる。
今の言葉をハルトが聞いたら、また無意識に人をたぶらかすなと注意されそうだ。
「だけど、誰とも結婚しなかったんだね……」
独り言のように呟くアルクに、マトリカがまた追い打ちをかける。
「だけどあの人、適当に相手していたわよ。つまり後腐れのない関係を続けていたわ」
「ええっ!!?そ、それって……」
ハジメはその頃、領地開発に忙しかった。
国王から新しい領地を作ることについて許可は得たが、国から補助などは出ない。
魔王を討伐した報酬すら、与えられないのだ。
勇者は国のために尽くす存在であり、国のお荷物になってはならないのだ。
ハジメは闘技大会で得た大金と、それまで依頼で貯めていた金を初期費用として投じた。
それでも資金集めのため依頼を引き受けたり、町人と交流して協力者を探したりした。
ハジメが周囲の人間と関りを持つようになると、周囲の人間もハジメに歩み寄り始めた。
やがて多数の協力者ができて、顔見知りも増え、ハジメも心を開き出す。
しかしハジメは、心の奥にある一番最後の扉だけは、誰にも開くことはなかった。
その扉を開いたのは、俺とアルクに対してだけだった。
やがてハジメの周囲には人が増える。
そしてその中には、ハジメに好意を寄せて言い寄る者もいれば、単に勇者の名声欲しさに口説いて来る者もいた。
ハジメはそんな状況に、心からため息をついた。
正直、好意を寄せられても何とも思わない。
自分が周囲から拒絶されていた頃、唯一自分を勇者として扱わず、一人の人間として扱ってくれた二人の友人以外には、ハジメはどうしても気を許すことができなかった。
しかしハジメは同時に面倒になった。
あまりにしつこく言い寄られ続け、ハジメは投げやりになる。
とりあえず相手をしておけば、そのうち飽きて離れていくだろうと思い、何人かと関係を持った。
そして関係を持った者達は全員、同じような言葉を残して去って行った。
「何を考えているか分からない」
「私のことを見ていない」
「別の誰かのことを考えている」
そう言って去っていく者達を、ハジメはもちろん引き留めたりしない。
むしろ離れてくれて好都合だった。
ハジメは正直、そのうちの誰一人として、顔を覚えていない。
マトリカの話を聞いて、アルクは茫然とする。
「ま、まさかそんな、ハジメさんが……」
ハジメの遍歴を聞いて、アルクは衝撃を受けている。
アルクは純粋なので、もしその場にいたらまたハジメの腕をぐいっと引っ張り、言っただろう。
「ハジメさん!こ、こんなところで、夜遊びは良くないよ!!」
いつか夜の町で、ハジメにそう言ったように。
「まあ、いいじゃない。人間なんだからそういう事だってあるわ」
マトリカはあくび交じりにそう言った。
マトリカの話を聞いた夜、テントの中で、アルクは俺を抱えながら考える。
多くの人と関係を持ちながら、誰にも心を開けないというのは、きっと寂しかっただろうと。
「しょこら。ハジメさんはずっと、寂しかったと思うけど……。ハルトさんとして生まれてからは、きっともっと、幸せだったはずだよね?」
「さあな。たぶんそうだろ。家族だっていたし、俺達にも心を開いてただろ」
「うん、そうだね。それなら本当に、良かった……」
しかし俺は思う。
いつも明るいハルトだったが、実は心の奥底で、ずっとその寂しさを抱えていたのではないかと。
前世で唯一心を開いた二人の友人が、自分のことを覚えていないのだ。
俺達がハジメに出会うのは、ハルトが既にこの世を去ってからだ。
おそらくアルクも、本当はそこに気付いている。
だから余計に悲しくなり、俺を抱える腕にぎゅっと力を入れた。
「ねえ、しょこら」
「何だよ」
アルクはしばらく何も言わない。
そして俺の体をさらにぎゅっと抱きしめながら、小さく呟いた。
「いつか、僕達全員が生まれ変わったら、絶対ずっと一緒にいよう。もう二度と、ハルトさんやハジメさんを、一人にはしない」
裏話・番外編はこれで終わりです。ここまでお読みいただいた方、ありがとうございました。