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8.ハジメの人生

「ねえマトリカ、ハジメさんの話、もっと聞かせてよ」



俺達が元の時代でマトリカと再会して以来、アルクは毎日しつこくマトリカに話をせがんだ。

マトリカは面倒くさそうだったが、アルクのことは気に入っているので、要望に応えて渋々話し始めることも多かった。


俺は癪なので一度もこいつに話をせがんだことはないが、俺が頼んでもほぼ確実に鼻であしらうだけだっただろう。



アルクは特に、その後ハジメが孤独な人生を歩まなかったか、幸せな人生を過ごせたか、そればかり気にしていた。



「前にも言ったじゃない、あの人、町の人達と交流するようになってから、ずいぶんマシな人生を送れたわよ。最も、あなた達を失った悲しみは一生付き纏ったようだけど。


そうだ、あなた達、自分達のお墓があることを知ってた?」



アルクは驚いて目を見開く。

俺ももちろん、そんな話は聞いたことがない。





魔王討伐を終えた後、ハジメはその場に突っ伏して泣き崩れた。



どのくらいの時間泣いたかは分からない。ただひたすら、自分の声が全ての音を搔き消して何も聞こえなくなるぐらい、大声で泣いた。


涙はひたすらに溢れ続け、二度と止まる事はないかと思われた。



やがて、体中の水分を出し切ったような気分で、ハジメはその場に倒れてうずくまる。



どうして自害しなかったのか、自分でも分からなかった。

ただ目には見えない何かが、ハジメの手を止めたのだ。



ハジメはうずくなりながら考える。

このまま町に戻っても仕方ない。自分にはもう、生きる希望がない。



魔王を討伐したら、俺とアルクとは別れなければならないことは、ハジメにも分かっていた。

主にアルクの言動が、明らかにそう物語っていたからだ。



しかしまさか、この手でアルクの体をズタズタに切り裂き、同時に俺も魔王の犠牲になるとは、思ってもみなかった。


アルクは確かに、自分達がどうなっても自分を責めないでと言った。

しかしハジメは、それは単にこれから戦いに向かう者が発した覚悟の言葉だと受け取っていた。


まさか、アルクが自分の死を知っていたなんて、ハジメは知る由もなかった。



それにハジメは、アルクからそう言われた時、心の中で誓っていた。

例え何があっても、仲間は自分が守る。自分の身を挺してでも、仲間を犠牲にしたりしないと。




しかしその誓いは呆気なく破られる。

そしてハジメは今、たった一人で床にうずくまっている。



しばらくして顔を上げると、そこにはまだ、俺達の体が横たわっていた。

それはあくまで仮初(かりそめ)の体だ。俺達の魂は既に女神により召喚され、元の体へと戻されている。



ハジメは、このままここにいてはいけないと思った。

せめて二人の体を連れて帰り、墓を作ろう。


その思いが、やっとハジメを動かした。



ハジメは俺達の体を一人ずつ、魔王城の外へと運んだ。

その体を見下ろしながら、ハジメの目からは、もう枯れたはずの涙がまた流れ出ていた。



ハジメはマトリカを呼んで、俺達の体をその背に載せ、最後に自分も背に跨った。

マトリカはなぜか全てを予測していたように、俺達の体を見ても驚いた様子を見せなかった。



「だって私、高貴なドラゴンだもの。ドラゴンは物知りだし、とても敏感なのよ。あなた達を一目見た時、どこか別の世界から来たんだってことくらい、すぐ分かったわ」



マトリカは自慢げにフンと鼻から息を吐いた。


「んなことは聞いてない。それより続きを話せ」


俺もフンと鼻を鳴らして、マトリカに言い放った。




とにかく町の方向へと飛ぶマトリカの背で、ハジメは静かに涙を流し続ける。

このまま泣いていればそのうち死ねるのではないかと、ぼんやり考えたほどだ。



しかしハジメは、俺達の墓をどこに作れば良いか分からない。

俺達が一体何者で、どこから来たのか、ハジメは結局何も知らなかったからだ。



そこでハジメは、とにかく自分が常に訪れることができる場所に、墓を作ろうと思った。



しかし問題は、ハジメ自身、これからどこへ行けば良いか分からなかったことだ。

家族だっていないし、孤児院に戻る気などもちろんない。友人はおろか、知り合いすらほぼいない。



ハジメは何も思いつかず、目の前にある唯一の友人だった俺達の顔をただ眺めていた。




俺達の顔を眺めながら、ハジメはこれまでのことに考えを巡らせる。

魔王城の部屋を出る時から、頭のどこかでずっとそれについて考えていた。



俺達が隠していた、本当の名前。


まるでハジメが仲間を攻撃する未来を知っていたかのような、俺の言葉。


まるで自らの死を知っていたかのような、アルクの言葉。


仮の名について明かした時、アルクは言った。

「いつかきっと、分かるから……。」



ハジメは、その他様々な記憶の断片を繋ぎ合わせ、組み立てる。



そして、自分があの禁忌の魔術の本を手にしたのは、きっと偶然ではなかったのだと知る。

あれはきっと運命に定められ、自分の手に落ちてきたのだ。



ハジメは思う。禁忌を犯して生まれ変われば、きっと俺達に会えるはずだと。




そしてハジメはふと思う。

自分がこれから帰る場所がないなら、自分で作ろうと。


そこに俺達の墓を作れば、いつでも訪れることができる。



そしてそれは未来の勇者である俺達が、魔王討伐に向かう前に、休息を取れるような場所がいい。



ハジメはマトリカに頼んで、今のシロヤマ領がある場所へと向かって飛んだ。

現実的には、領地よりもまず墓を作る必要がある。


ハジメは周囲に結界を張り、土魔法で地面を削り、とにかく墓を作り上げた。



そこは後に、エド町の中にある墓地となる場所だ。




「え、じゃあ、エド町のあの墓地に行けば、僕達のお墓があるってこと……?」


アルクが驚いて尋ねると、マトリカは答える。


「ええ。ただし墓石に名前は入っていないわ。ただ二つの石が並んでいるだけ。時間があれば見に行ってらっしゃい」



マトリカによると、ハジメはそれから毎日、その墓の前で祈る事を忘れなかった。


毎日長い時間墓の前に座り込み、涙を流すハジメを見かねて、マトリカはツンとした様子で声をかける。


「ちょっとあなた、しっかりなさい。私はあの子から、あなたの事を任されたのよ。ずっとそんなしみったれた顔してないで、幸せになるために動きなさい」



マトリカの言葉を聞いて、ハジメは本格的に動き始める。

それからは領地開発に尽力し、そこは後の世まで勇者の名を語り継ぐ場所、シロヤマ領となったのだ。


その頃には町の人々のハジメに対する感情は、すっかり変わっていたことが分かる。




マトリカの話を聞いて、アルクは涙を流していた。




「ハジメさん、僕達のために、シロヤマ領を作ってくれたんだね……」



ハルトはいつか語っていた。護衛隊に入ったのも、町の人々を守るためだと。

しかしおそらくハルトは俺達と共に戦うために、護衛隊に入ったのだろう。




「でもとにかく、良かった。ハジメさんの人生が、孤独なものじゃなくて。ありがとうマトリカ、ずっとハジメさんに寄り添ってくれて。」


「あら、当然じゃない。私は高貴なドラゴンよ、約束はちゃんと守るわ。それに人間の一生なんて、ドラゴンにとっては一瞬だもの。」




アルクはマトリカを見て、にっこりと笑った。


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