7.ラファエルの愛
レオとレナが魔王として生まれる五百年間に、ラファエルとロベルトはその世界に生まれた。
その世界では、百年毎に魔王が生まれ変わる。
魔王は復活する度に勇者によって討伐され、百年後にまた生まれ変わることを繰り返しているのだ。
ラファエルとロベルトは魔族だ。
生まれた時からラファエルは25歳で、ロベルトは5歳だった。
兄弟として生み落とされた二人は、生まれた瞬間からずっと一緒だった。
数少ない狐族の一員として、二人は仲間と共に小さな町、イナリエに住んでいた。
そこはとても小さな町で、どちらかといえば村だった。
まばらに建てられたレンガ造りの家を通り過ぎると、一番奥に教会がある。
狐族は、この世界で唯一と言っていいほど、強い魔法を操れる存在だった。
他の獣人族にも、稀に魔法を使える者がいるが、それは非常に希少だ。
この世界に溢れる魔力はなぜか、魔王本人を除けば、ほぼ狐族により独占されていた。
しかしそのせいで狐族は、他種族からの迫害の対象となる。
他種族はその力を恐れ、狐族を見つけては集団で襲い掛かり、その命を殺めてしまう。
自分達の生活が狐族によって支配されることを恐れたし、それに狐族を倒せば、魔力を奪い取れるかも知れないと思ったのだ。
元々数が少なかった狐族は、迫害によりさらにその数を減らした。
それに加えて、魔王も狐族を利用した。
常に獣人族の一員として姿を隠している魔王だったが、狐族に対しては、正体を隠さない。
復活する度に、残忍な魔王は勇者を倒す戦力として狐族をこき使った。
勇者率いる人間軍が侵攻してくると、ほぼ特攻隊として少人数の狐族を出陣させ、その魔力で人間達を一掃させた。
ラファエルとロベルトは狐族の中でも、特に強い魔力を持っていた。
狐族の数が減るにつれ、ラファエルはなぜか、仲間が有していた魔力が自分達に集約されていることを感じた。
いつしか仲間が全ていなくなり、たった二人の狐族となったラファエルとロベルトは、魔王にすら抗えるほどの魔力を手にしていた。
そして二人の力は、二人が一緒にいる時に、最もその威力を発揮した。
二百年前、二人にとっては四人目の魔王の時代が訪れる。
その頃の魔王もまだ残忍だった。たった二人の狐族であるラファエルとロベルトに、人間達への先制攻撃を指示した。
ある日ラファエルはロベルトに問いかけた。
「ベル。もう魔王の言うことなんて、聞く必要はないんじゃないかな。どう思う?」
ラファエルに抱っこされたロベルトは、兄の問いかけにこくりと頷く。
「ぼく、たたかいたく、ない……」
それでラファエルの心は決まった。
このまま魔王に良いように使われる日々が続くなら、この世界を自らの手で終わらせようと思った。
自分達を虐げてきた獣人族も、見境なく攻撃してくる人間達も、二人の世界には必要ない。
この世界を壊して、弟と二人で一から世界を作り上げるのだ。
しかしその百年後、レオとレナの一つ前の魔王は、これまでの魔王とは様子が違った。
その魔王は、あまり戦いを好まなかった。
積極的に人間領を攻撃することをせず、攻撃されたら迎え撃つという受け身の姿勢だ。
獣人達の前で声を大にしては言えないものの、どこか戦いを避け、世の平穏を願っているという雰囲気があった。
しかしそんな魔王は呆気なく、勇者によって討伐されてしまう。
そしてさらに百年後、魔王は再び復活する。
その魔王は他の獣人族に対してと同じく、ラファエルとロベルトに対しても正体を隠した。
獣人族の一員に紛れ込んで生活しているようだが、狐族であるラファエル達に対して、出撃を命じてくることもない。
もしかしたら新しい魔王も、前回と同じく人間との戦いを望んでいないのかもしれない。
ラファエルにとっては、とんだ茶番だった。
獣人と人間の和平などありえない。ましてやこれまで自分達をこき使い、散々良いように使ってきた魔王だ。ラファエルはこの世界に心底うんざりしていたし、協力する気など更々ない。
しかしそこへ、同じく和平を望む勇者が現れる。
その名をマルニスと言ったが、後から聞いた話では、近しい者達からはリューキという名で呼ばれていたらしい。
リューキは猫族と仲良くなり、共に和平の実現に向けて協力しているようだ。
「まったく、目障りな勇者だなあ。こんな世界を救おうだなんて、どうかしている。ね、ベル」
ラファエルはロベルトに声をかける。
その腕で抱っこしていたロベルトは、いつの間にかすやすや眠っていた。
そしてラファエルは考える。
これまで色々と調べてきて、分かったことだ。魔王の魂は、この世界から魔王を崇拝する者が消え失せれば、もはや復活することはない。そして人間の神は、魔王が勇者自身により討伐されなければ、力を得る事ができない。
ラファエルは獣人と人間を思う存分戦わせ、命を削り合う事を望んだ。ある程度まで数が減れば、あとは自分とロベルトが一掃できる。
そして獣人達の中から魔王を見つけて引っ張り出し、自らの手で殺めるのだ。
しかしある日、ロベルトが姿を消す。
その日も二人は猫族の姿でガエルダ周辺を偵察していた。
ラファエルは町や森を見回りながら、魔王の魂の色を持つ者を見極めようとしていたのだ。
だがそこへ、人間軍による突然の侵攻が始まる。
勇者が魔王に洗脳されたと思い込んだ人間達は獣人領へと攻め込み、勇者への攻撃を開始した。
人間達が勇者を殺める様子を、ラファエルは森の木の上から見つめていた。
これが自らの神に背いた勇者の末路なのだと、興味深く観察していたラファエルは、次の瞬間ふと気づく。
観戦に気を取られ、隣にいたはずのロベルトが姿を消したことに、気づかなかったのだ。
ロベルトは森で、ふとレオの姿をみかける。
その魂の色に興味を持ち、思わず木の上から地上へと転移し、近くでよく見ようとしたのだ。
そこへ、王宮から派遣された隊員の一人が現れ、戦場に紛れ込んだ子供を見て目を丸くする。
そして好都合とばかりにロベルトを捕らえ、奴隷として王宮へと連れ去った。
王族の兵士達は、誰かを捕らえる際、黒曜石の腕輪や首輪を使用する。
ロベルトに背後から近づいた兵士は、その首に首輪を取り付けたのだった。
ロベルトがいなくなってから、ラファエルは失意の日々を過ごす。
自分一人となれば、もはや世界のことなどどうでも良い。ロベルトと一緒に生きられないなら、今すぐ命を絶つことすら厭わなかった。
しかしロベルトは生きている。ラファエルは直感でそう感じていた。
だとるすと森の中で、誰かに連れ去られたのだ。
そして獣人達が組織した馬鹿な「獣神協会」に近づき、獣人の子供を攫う商人達のルートを調べ、ロベルトが奴隷として売られたかも知れない場所を突き止めようとする。
それでもなかなかロベルトは見つからない。
ラファエルはたった一人で、イナリエの町に姿を隠し、失意のどん底に沈み込む。
そんな自分の元へロベルトを連れてきたのは、この世界に現れた新たな勇者だった。
異質な色の魂は、一目見ただけではうまく読み取れない。
ロベルトとの再会を果たし、心の底から狂喜したラファエルは、同時にその勇者に興味を持った。
それからしばしば、勇者の前に姿を現し、その魂を観察するようになる。
「ちょ、ちょっと、なんでまたここにいるんですか!」
その勇者アルクは、ラファエルが姿を現すたびに狼狽した。
アルクは常に従魔の黒猫、つまり俺と行動を共にしている。
しばらく観察を続け、ラファエルは本当の勇者が俺である事と、俺達が異世界から来た事を悟る。
結局俺達は平和的に魔王を討伐し、ラファエルに魔王代理として獣人族を守ることを命じた。
ラファエルは馬鹿げた提案だと思ったが、ロベルトが賛成したので受け入れることにした。
それに、どこか俺達に対して親近感も抱いていたのだ。
「だって君、しょこら君の事となると、きっと見境がなくなるタイプだ。僕のロベルトに対する愛情に匹敵する愛を、僕はこれまで見たことがないよ……」
「ええ……」
アルクは一緒にされて不本意そうだ。
しかしもちろん、ラファエルは間違っていない。
その後、俺達は異世界を去る事となる。
ラファエルは俺達を見送りながら思う。
「前にも言ったでしょ。君達の魂は二つで一つだ。僕とベルと同じようにね。僕は初めて、ベル以外の者のために祈るよ。その魂が、永遠に共にあらんことを」