6.リューキとの出会い
エレーナが猫族部隊の陣地に来るたび、レナはエレーナをからかった。
普段は男勝りに振舞い、戦闘能力も高いエレーナが、からかわれて顔を赤らめるのを見て面白がっているのだ。
レナはテントを訪れるたび、エレーナがいると必ず声をかけた。
「よっ、エレちゃん!今日も美人だね!」
そう言ってガバっと肩を組んでくるレナに、エレーナはいつも動揺する。
「だ、だから、そのエレちゃんというのは止めないか!」
その様子が可笑しくて、レナは愉快そうに笑った。
ある日レナが、またエレーナに話しかける。
「リューキの奴も、隅に置けないな。エレちゃんみたいな可愛い彼女がいたなんて」
そう言うとエレーナは、たちまち顔を赤くした。
「な、何を言ってるんだ!私とリューキは、決してそういう関係では……」
「あれ、違うの?でもエレちゃんは、リューキのこと好きでしょ?」
「す、好きとかそんな、浮ついた気持ちは……」
レナはニヤニヤしながら、エレーナを見つめる。
たまたまテント内にいた俺達は、そのやり取りを見守っていた。
しかしもちろんエレーナは、リューキのことが好きだった。
エレーナがリューキに出会ったのは、魔王、つまりレオとレナが復活する1年前のことだ。
出会った頃からリューキはずっと、獣人族との和解を目指していた。
「俺さ、別の世界から転生してきたんだ。前の世界でも人種差別みたいなのはあったけど、でも、それはやっぱりおかしいと思う。同じ心を持つ者同士、分かり合える道が、必ずあるはずだ」
黒髪の短髪で、前髪は額にほとんどかかっていない。
ニカッと口を広げて笑うと、尖った犬歯が顔をのぞかせる。そのせいでリューキは、いつまでも少年のような雰囲気を漂わせていた。
エレーナは元々、パーティーを組んでは解散することを繰り返していた。
男勝りに振舞うせいか、エレーナに近づく者は男が多かった。エレーナ本人は気づいていなかったのだが、大抵はその美貌目的で近づいていたのだ。
逆に女性達はエレーナの美しさと強さに嫉妬して、仲間になろうとする者はいなかった。
なかなかしっくりくる仲間を見つけられず、エレーナ本人が困っていた時、リューキと出会ったのだ。
それはミッド・フォレストで、獣人族の部隊を襲撃するという依頼を引き受けた時だった。
たまたま同じ依頼を引き受けていたリューキとエレーナは、共に現場へと向かった。
その時のリューキはまだ、エレーナにその名を明かしていない。
「俺はマルニス。お前は?」
「エレーナだ。よろしく」
簡単に挨拶を交わし、森へと歩く道すがら、リューキは驚くべき事を口にする。
「俺さ、この依頼を引き受けたのは、獣人族を倒すためじゃない。話ができる奴がいないか、探すためなんだ」
それを聞いた時、エレーナはすぐに言葉の意味を消化できなかった。
「な、お、お前は、獣人族と対話しようとしているのか?」
「ああ、そうだよ!」
少年のように二カッと笑うその姿は、一切悪びれる様子がない。
エレーナは過去の経験から、獣人族に対して敵意しか持っていないので、すぐにリューキに反論した。
その時にリューキが発したのが、自分は別の世界から転生してきたという、先程の言葉だ。
エレーナとリューキは相反する意見を持ちながらも、なぜか意気投合した。
それから行動を共にするようになり、やがて正式にパーティーを組んだ。
エレーナは嬉しかった。やっと、心から語り合える相棒ができたことが。
最初は単に、仲間として付き合っていた。
出会った当時、リューキはまだ14歳で、エレーナは19歳だった。
五つも年下の相手に、恋心など生まれなかった。
しかし行動を共にするうち、エレーナの心に変化が起きる。
きっかけとなったのは、リューキが放った一言だった。
間もなく魔王が復活するという頃、リューキは15歳、エレーナは20歳だった。
毎日どこかしらで争いが勃発し、その日も一緒に森の中で、獣人と人間との争いを鎮圧しようとしていた。
その時、獣人族の一人がエレーナに向けて投げつけた槍を、前に立ちはだかったリューキが剣で弾き返した。
エレーナはリューキに向かって言う。
「おい、私のことなど庇う必要はない。あの程度、自分で対処できる」
しかしリューキは、肩に剣をかついで顔だけ振り向き、またあの犬歯を見せて二カッと笑う。
「いいじゃん、俺の前では、そんなに強がんなよ!」
リューキは気づいていたのだ。
気丈に振舞ってはいるが本当は臆病で、誰かに甘えたくてたまらないエレーナの心に。
それからエレーナは、5つも年下のリューキを意識してしまう。
もちろん本人の前でそんな素振りは見せないが、心の中ではいつもリューキのことを考えていた。
浮ついた気持ちに罪悪感を覚え、夜中に一人両手で顔を覆い隠し、身悶えることも多かった。
そんなリューキが命を落としたのは、半年前のことだ。
魔王復活が知らされてすぐ、リューキは一人森へと向かった。
危険かもしれないからと、エレーナにはウエストリアで待つよう書置きを残し、たった一人で行ってしまったのだ。
そこでレオとレナに出会ったリューキは、それ以降、獣人族の町に滞在するようになる。
町では勇者が洗脳されたと、あちこちで噂されていた。
エレーナは何度も、リューキを連れ戻そうとした。
しかしその度にリューキはそれを拒否し、逆にエレーナを説得しようとする。
しかし魔王復活に触発され、獣人達は頻繁にウエストリアに攻め入ろうとする。
いくらリューキが対話を試みても、エレーナにとってそれは、結局無駄だとしか思えなかった。
リューキが戻って来なくなり、一年半が経った頃、リューキが命を落としたという知らせが届く。
その頃は情報が操作され、リューキは獣人族によって殺されたと周知された。
エレーナの心の中で、何かが音を立てて崩れた。
やはり獣人族と和解するなど、夢物語だったのだ。その馬鹿な夢のせいで、リューキは命を奪われてしまった。
悲しみに押しつぶされそうなエレーナは、とにかく獣人族を一掃することだけを考え、それだけを糧として生きていた。
この世界に、再び勇者が現れるまでは。
その勇者、つまりアルクと共に王宮に囚われた時、エレーナは寝ぼけてアルクを押し倒す。
まだ覚醒していない頭で、その黒髪を目にした時、それまで抑えていたリューキへの思いが溢れてきたのだ。
「あ、あの時は、本当にすまない。あれは、本当に失態だった……」
エレーナはその後、度々アルクに対して謝罪した。
念話で心の声が漏れていることに気付いていない。
『わ、私、7歳も年下の相手に、何てことを……。え、こ、これって犯罪かしら。私、捕まっちゃうのかしら……』
俺は右前足でポンとエレーナの腕を叩いた。
「気にすんな。それより、俺達の前では普通に話したらどうだ」
エレーナは顔を覆っていた両手を離し、俺を見て、急にガバっと抱き上げる。
「ああ、もふもふ~~……」
やれやれ。
エレーナの男勝りな話し方は、完全にクセづいてしまっているようで、ずっと変わることはなかった。
「あっちの世界のみんな、元気かな。エレーナさんも、心を開けられる相手に、また出会えてるといいな」
異世界のことを思い出すたび、アルクは懐かしそうにそう語った。