3.孤児院の妹
俺とアルクとハジメは、ほとんど歩いて旅をした。
ある日俺とハジメは、最後の町、ランデッジへと向かう途中でまた対戦していた。
もう何度目かという対戦で、俺もハジメも互いの攻撃パターンを知り尽くしている。
俺とハジメが放つ攻撃魔法は、ぶつかり合うと大きな爆発音をたてて破裂した。
そして周囲に黒煙が漂い、その煙の中から案の定ハジメの姿が現れる。
ハジメが剣を振りかぶり、俊足で俺の目の前に現れた時、俺は大抵はヒラリと避ける。
しかし今回は逆にハジメに向かって真っ直ぐ突進していく。
俺が避けないことに不意を突かれたハジメは、降り下ろそうとした剣を一瞬止める。
俺はここぞとばかりに、ハジメに思いっきり頭突きした。
ゴツッッと鈍い音を立てて頭がぶつかり、ハジメの目の前に火花が散る。
あまりの衝撃と痛みに、ハジメは剣を取り落とした。
「おう、悪いな。思い切り突き過ぎた。頭蓋骨は大丈夫か」
ハジメは手のひらを額にかざし、治癒魔法を施しながら、力なく笑った。
「いたた…。大丈夫。まったく、完全に不意を突かれたよ」
その日も激しく対戦したせいで、俺もハジメも泥だらけだった。
俺達は野営する時は、浄化魔法で体を清める。
浄化魔法があれば、本来は宿に泊まるときも、風呂に入る必要はないのだ。
アルクは俺とハジメを心配そうに交互に見た。
「二人とも、本当に大丈夫?どこか骨とか折れてるんじゃ……」
「問題ない。それより疲れた、今日はもうさっさと寝かせてもらうぞ」
俺はそう言って服を脱ぎ捨て、ゴロンと横になる。
ハジメはまた目を逸らし、一人でテントの外へ出た。
その夜、ハジメは焚火を眺めながら、一人でテントの外に座っていた。
寝付けないアルクは自分もテントから出て、ハジメの隣に腰かける。
アルクはハジメに向かって問いかける。
「ねえ、本当に、頭の傷は大丈夫?」
ハジメはふっと笑って答える。
「ああ。大丈夫だ。……それにしても、レナは本当にすごいね。強くて、たくましくて、勇敢だ。本当に僕なんかより、ずっと勇者に向いている。素晴らしい人だ」
ハジメがそう言うと、アルクは少し心配そうにハジメを見つめる。
「どうしたんだい?」
ハジメが不思議そうに尋ねると、アルクは少し渋っていたが、言いにくそうに言った。
「も、もしかして、ハジメさん、レナのことを好きに、なったんじゃ……」
ちなみにアルクは、ハジメに対して嫉妬しているわけではない。
ハジメが俺のことを好きになってしまっても、俺達はいずれハジメの元から去るのだ。そうなるとハジメが辛い思いをするのではと、心配しての発言だ。
心配そうにじっとハジメの目を覗き込むアルクを、ハジメはしばらく見つめ返す。
そして俯き、右手で顔を覆い隠した。
「ハ、ハジメさん……?」
しばしの後、ハジメは顔を上げ、アルクに向かってふっと笑う。
そしてその手をアルクの頭に乗せた。
「心配しなくても、君のお姉さんを取ったりしないよ」
「そ、そういう意味で言ったつもりじゃ……」
今度はアルクが、恥ずかしそうに俯いた。
しばらく無言で焚火を見つめた後、何となく思い出したように、ハジメがまた話し出す。
「僕は前にも言ったように、生まれた時からこの世界を憎んでいた。誰かを好きになる余裕なんて全くなかった。
……だけど今思えば、一人気になる子はいた。好きという感情とは違うけど、何ていうかな、妹みたいな感じだ」
「そうなんだ……。その子は、どんな子だったの?」
その女の子は、ハジメと同じ孤児院にいた。
孤児院の子供たちは、ハジメが勇者と言われていることで、どこかハジメを警戒していた。
また、ハジメだけが特別な称号を受け取ったことに、どこか妬ましい気持ちも持っていた。
子供たちは皆、遠巻きにハジメを見つめるだけだった。
食事の時間もハジメを仲間に入れず、他の子供たちだけで固まって食べたし、遊ぶ時も昼寝の時も、ハジメはずっと一人だった。
そんな孤児院に、ハジメが9歳の頃、小さな女の子がやって来た。
茶色くてくるくるとした髪に、アーモンド型の目を持つ女の子だ。
ハジメは自分で自分の名をハジメと決めたが、その女の子は孤児院から「ジーナ」という名を充てがわれた。ハジメが最初に名付けられた「ダール」同様、特に意味なく付けられた名前だ。
その女の子は、どこか常に緊張し、周囲を警戒している雰囲気があった。
ジーナはハジメと同じく、いつでも一人だった。食事も一人でしたし、誰とも遊ばない。そしてそれを、特に寂しいとは思っていないようだった。
そしてジーナは、皆が遊んでいる自由時間、いつも一人で何かをしていた。
そこら辺にある木の枝を拾い上げ、それを剣のようにして、何度も降り下ろしているのだ。
ハジメはその子のことを、いつも不思議そうに眺めていた。
どうして何かと戦うみたいに木の枝を振り続けるのか、分からなかった。
ハジメは小さな頃から、夜になると孤児院を抜け出し、近くの森で魔物を退治していた。
スラム街出身の勇者だからと馬鹿にされないために、毎日そこで鍛えていたのだ。
ある日、ハジメがいつもの通り森に行くと、何やら魔物がグルグルとうなる声が聞こえる。
魔物同士が戦ってでもいるのかと思い、近づいてみると、そこにいたのはジーナだった。
木の枝を構え、地面に尻もちをつき、震えながら魔物を見つめている。
「おい、何してるんだ?」
ハジメは驚いて声をかける。
するとジーナは、涙を浮かべながら振り返ってハジメを見た。
ハジメはため息をつき、手をかざして火炎魔法を発射する。
そして唸り声を上げていたシルバーウルフを、一瞬にして倒してしまう。
ジーナはキラキラと輝く目で、ハジメを見つめていた。
その日からジーナは、常にハジメにくっつくようになった。
食事の時も、寝る時も、何をするにもずっと隣にいる。
そして自由時間になると、孤児院の倉庫で見つけた木刀をハジメに渡し、振ってくれとせがむ。
ハジメ自身、いつもその木刀で自己訓練をしていた。
ハジメが木刀を振り下ろし、木の枝をドカッとへし折るのを見て、ジーナはもっと目を輝かせた。
「私も強くなりたい。私にも、剣を教えて!」
その日から毎日、ハジメとジーナはずっと一緒に木刀を振るいつづけた。
しかし2か月程が経過した頃、ハジメは10歳になる。ハジメは10歳になれば孤児院を去り、旅へと出ることに決めていた。
本来勇者は15歳で旅立つのだが、ハジメは孤児院が好きではなかったし、ここでこれ以上鍛えるのは限界だと思ったからだ。
旅立ちの日、孤児院の先生も子供たちも、誰一人として別れを惜しんだりしなかった。
ただ一人ジーナだけが、木刀を抱きしめながら、ぎゅっと唇を嚙みしめていた。
ハジメはジーナを見つめたが、また会おうとは言えなかった。
ここに戻ることは二度とないと思ったし、これまで散々周囲から馬鹿にされてきた事で、簡単に人に心を許せなくなっていたのだ。
「それ以来、ジーナとは一度も会っていない。」
ハジメはそう言って、話を終えた。
アルクは話を聞きながら、元の時代のことを思い出す。
ハジメを兄のように慕っていたジーナは、四百年後に生まれ変わって、ついにハルトの妹になれたのかも知れない。
ぼんやりとそんな事を考えながら、アルクはハジメと一緒に焚火を見つめていた。