1.両親への宣言
俺達が過去の時代から戻り、アルクの両親と再会したのは、エド町に2週間滞在した後だった。
アルクの母アリゼーは、アルクを見ると今度は涙を流して抱きしめた。
エド町で行方不明になったと聞かされた時から、気が気ではなかったのだ。
「アル、本当に、よかった……」
母に強く抱きしめられ、アルクは恥ずかしいながらも、嬉しそうだった。
しかしアリゼーはまた、いらぬ計画を立て始める。
アルクが戻ったことで、再び見合いをさせようとしたのだ。
「アリゼー。アルクはこの家を継がないんだ。無理に結婚させる必要もないのではないか」
アルクの父ゼノスは、アリゼーを諭した。
しかしアリゼーは、なかなか諦めきれないようだ。
「でも……。私達はアルクより先にいなくなるわ。例えこれから旅を続けるにしても、アルクと生涯を共にするパートナーが……」
「パートナーなら、もういるようじゃないか」
ゼノスはそう言って、アルクに抱えられている俺の方を見た。
ゼノスの背後でメイドのナターシャが、顔をわずかに引きつらせる。
「だけど、いくら何でも、猫がパートナーというのは……。それに猫の寿命はそこまで長くないわよ」
アリゼーがそう言うと、アルクが必死に割って入る。
「大丈夫だよ、母さん!ほら、僕が従魔契約してるから、寿命だって延びてる。そう言ってたよね、父さん!それに、僕はしょこらと……」
「しょこらと、何なの?」
アリゼーが不思議そうに呟く。
「えっと、しょこらと……」
見かねたメイドのナターシャが、後ろから思わず声をかける。
「坊ちゃま、まさか、その猫と結婚するなんて仰るつもりではありませんよね?」
動物好きの母アリゼーと違い、ナターシャは俺に向かってじろりと鋭い視線を向ける。
さすがのアリゼーもその言葉を聞いて、心配そうにアルクを見る。
「どうなの、アル?」
「えっと……」
「坊ちゃま?」
「あの……」
やれやれ。誰とも結婚したくないなら、素直にそう言えばいいのだ。
例えアリゼーでも、アルクがはっきり言えば無理強いはしない。
俺は念話でアルクに向かって言う。
『おいお前、ごちゃごちゃ言ってないで、はっきり結婚したくないって言えよ』
『だ、だってこの世界で結婚しない貴族ってすごく珍しいからさ、たとえ父さんや母さんが許してくれても、周りからの目があるし、本当はすごく申し訳ないんだよ……』
『仕方ないだろ、そんなこと気にするな。それか大人しく結婚するんだな』
『そ、それは…』
念話に夢中で傍から見ると無言のアルクに、ナターシャがハッとしてさらに追い打ちをかける。
アルクが幼いころから世話をしてきたナターシャは、アルクの俺に対するやや過剰な愛情を知っているのだ。
「坊ちゃま、まさか……その猫と何か関係を……」
「ええっ!?」
アルクが目を見開いてナターシャを見る。
ナターシャの目はギラギラと光っている。
「何か良からぬ関係を持たれたのでは……」
「え、えっと、いや、そ、そんなことは……」
「ア、アル……?」
アルクの慌てふためく様子に、アリゼーがますます不安げな顔をする。
まったく、仕方ない。
俺はアルクの家族の前で、猫耳忍者に変身する。
「キャアアアアァァァ!!?」
アリゼーとナターシャが同時に叫ぶ。
いつも落ち着いているゼノスも、目を丸くして俺を見つめた。
「おう。こいつは誰とも結婚したくないらしい。ずっと旅する予定だし、俺はレベルが上がって人間の姿に変身できるようになった。だから俺がこいつに付きそう。見合いは不要だ」
俺はアルクの代わりに、それだけを言ってのけた。
アルクの家族は全員、俺の姿を見てポカンとしている。
しばらくの間、誰一人として言葉を発さない。
「……し、しょこらあああぁぁぁ~~~!!!」
感動したアルクはガバっと俺に抱き着く。
「しょこらありがとう!!ほら、父さん、母さん、大丈夫でしょ!僕にはしょこらがいるから!!」
ちなみにこの時点で俺は、まだアルクに、変身時間の制限がなくなった事を伝えていない。
アルクは俺の猫耳忍者姿を見るのがこれで最後だと思い込み、ここぞとばかりに抱き着いてくる。
「お前な、いい加減離せ!!」
「いいじゃない、ちょっとぐらい……」
やがて俺達の姿を見つめていたゼノスが、ふっと笑いを漏らした。
「アリゼー。言っただろ、アルクにはもうパートナーがいるようだ。」
「え、ええ……」
アリゼーはまだ呆気に取られている。ナターシャも口を開けたまま、俺の姿を見つめていた。
するとアリゼーはさっと俺の方に足を踏み出す。
俺の顔に手を添え、まじまじと見つめてくる。
俺はついでだから礼を言っておいた。
「おう。俺が生まれたばかりの頃、拾ってくれて感謝してるぞ。」
するとなんとアリゼーは、アルクのように俺にガバっと抱き付いた。
「おい、何のつもりだ……」
アルクに対するように強く当たれないので、俺はされるがままだ。
「だって、私が拾ったあの子猫が、こんな……。とても美人で、綺麗で、可愛いわ!!!」
「でしょ、母さん!母さんなら分かってくれると思ったよ!!」
「ええ。あなたがしょこらと結婚したいと思うのも分かるわ。いいわ、いっそそうしなさい。きっと可愛い子供が……」
「おい待て、急に話を進めるな!!」
全く母子揃って、頭がおかしいのだ。
ゼノスとナターシャは、そんな母子を呆れたように、しかし微笑ましく眺めている。
それ以来アリゼーは、アルクに結婚の話をしなくなった。
「ああもう、本当に焦ったよ。ありがとうしょこら、皆に説明してくれて……」
その夜、部屋でベッドに腰かけながら、アルクがはあっと安堵の息をついた。
「これでもう、二度とお見合いはしなくて良さそうだ……」
アルクはしばらく無言になり、俺に問いかける。
「ねえ、しょこら、変身できる残り時間ってあとどのくらい……?」
「さあな。もう5分もないんじゃないか。」
「そっか……」
アルクは少ししゅんとする。
俺がアルクに、制限時間はなくなったと説明するのはもう少し先の話だ。
俺はこの時点ではアルクに嘘をつく。
単に面倒だし、説明すると本気で俺と結婚すると言い出しそうだからだ。
しかしアルクは、すぐに笑顔に戻った。
「いいんだ。言ったでしょ、僕は人間のしょこらが好きなんじゃなくて、しょこらが好きなんだよ」
そう言って、幸せそうな笑みを浮かべている。
俺は特に返事をせず、ただフンと鼻を鳴らした。