4話 悪戯っぽい人たち
「久しぶりに来たけど、本当に良い所ね〜」
ぶらんこの前で瞼を閉じ、両手を大きく広げるミュリエルお嬢様。つばの広い白のキャペリン帽から溢れる亜麻色の長い髪とサーモンピンクのドレスが、そよ風によって靡いている。木漏れ日が当たっているのも相まって、その姿は今にも飛び立ちそうな天使のようだ。
僕はただ、その姿に見惚れてしまっていた。
「……」
「……さま」
「……」
「……サンデルさま」
「……」
「……ふぅ」
「ひゃわっ!?」
急に左耳がゾワリとくすぐったくなり、僕は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。瞬時にそちらを振り向くと、そこには微笑むじいやさんの顔があった。
「何するんですかっ!?」
僕は反射的に後退る。
「いやはや、いくらお声がけしても、なかなかお応えしてくださらなかったので。つい息を吹きかけてしまいました」
「だからって……」
そう、実はじいやさんも悪戯好きなのである。しかも厄介なことに、その対象は僕だけなのだ。
当然、自身が仕えるお嬢様やそのご両親は対象外だが、その他の従者さえも悪戯の対象ではない。本当に僕だけに悪戯をするのだ。
きっとじいやさんも、僕のことを丁度良く揶揄える相手とでも思っているのだろう。お嬢様といいじいやさんといい、人のことを何だと思っているのだろうか?
そんなことを考えていると、お嬢様がこちらへと駆けて来た。
「ちょっと〜、私だけ仲間はずれにしないでよ〜」
「いや、別にそんな――」
「まぁいいわ! それより貴方もあのぶらんこに乗ってみてよ! せっかく来たんだからさ!」
「あ、ちょ」
お嬢様は僕の左手を取ると、そのままぶらんこに向かって走り始めた。柔らかな手の感触に、一瞬心臓がドキリと脈打つ。
ぶらんこの前に着くと、お嬢様は「座ってみて」と僕に促した。
円い木と長い綱で作られた質素なぶらんこ。その座面には高級感溢れる赤いクッションが取り付けられているものの、不思議と一体感があった。
僕は遠慮がちにぶらんこに腰掛ける。
「おぉ」
座り心地はふかふかで気持ちいい。
「それじゃあサンデル、思いっきり漕いでみなさい!」
「はい」
僕は行けるギリギリまで後ろに下がり、そして軽く地面を蹴って足を浮かせた。
すると勢いよく前に体が飛び出し、一瞬だけ宙で止まる。そして今度は後ろへ体が引っ張られ、また一瞬だけ宙で止まる。
そんな単純な動きが繰り返される。
でもその動きがもたらす爽快感は、いつの間にかトラウマさえも吹き飛ばしていた。